横花火
これは群馬で聞いた話だ。
「花火ってのは、ハレの日のものなんだ。だから、よく分からないものも引き寄せてしまうんだよ」
そう言ったのは、隣の席に座っていた初老の男性だった。
群馬県の片品村というところにある、小さなペンションでのことだ。片品村はスキー場が多く、冬のシーズンにはかなり賑わうらしい。ただ、5月から6月になると急に人が減るという。特に県道64号沿い、川場村に近いあたりはかなり静かになるそうだ。
その時期でも気温は10度から15度ほどしかなく、夜はストーブをつけないと寒い。尾瀬国立公園に水芭蕉を見に来る登山客は多少いるが、皆できるだけ尾瀬に近い宿に泊まりたがる。山を一つ越えて反対側になる県道64号周辺には、あまり人が流れてこないらしい。
その日も宿泊客は少なく、夕食の席もまばらだった。私が怪談を集めているという話をしていると、隣の席のその男性が、ふと上の言葉を口にした。年齢は60代くらい。眼鏡をかけた穏やかな人で、尾瀬に行く途中の足掛かりとしてこの宿に泊まっていると言っていた。
「私の住んでいるところはね、結構有名な花火大会があるんですよ」
そう言って、昔の話を始めた。大きな川の河川敷で打ち上げる花火大会で、屋台も出店も並び、毎年ものすごい人出になるという。子供のころは迷子にならないように、父親の背中に背負ってもらって見ていたそうだ。
「父に背負われてね。人の頭より上から見る花火って、なんだか自分が巨人になったみたいで楽しかったよ」
そんなある年のことだった。
花火を見上げていると、川の方に何か光るものが見えたという。
最初は、花火の光が水面に反射しているのだと思ったらしい。だが、よく見ると様子が違った。
川の真ん中あたりで、ゆらゆらと揺れている。
そして少しすると、その光が岸の方へすっと近づいてくる。かと思えば、また川の中央に戻る。
「行ったり来たりしてるんだよね」
その動きを、何度か繰り返した。
だが、花火大会が終わるころには、その光は必ず消えてしまうのだという。
「瞬きをした瞬間だったり、人の頭で見えなくなったタイミングだったり……消えるタイミングが妙にいいんだよ」
たまに、花火が終わるより少し早く消えることもあったらしい。
それが気になって、三年ほど経ったころ、家族に話したことがあったという。
だが、返ってきたのは
「見間違いじゃないか」
という言葉だけだった。それ以来、その話は誰にもしていないそうだ。
それでも花火大会に行くたび、川の光は現れた。
高校生になるころまで、ずっと。
そしてある年を境に、突然見えなくなったという。
「まあ結局、見間違いかもしれないけどね」
男性はそう言って笑った。
それでも今でも、たまに花火大会には行くらしい。
ここ数年はコロナで中止になっていたが、今年ようやく再開されたそうだ。
「その時ね、一回だけ、ちょっと気になることがあって」
花火が始まってしばらくしたころ、近くにいた小学生くらいの子供が、ずっと空を見上げていたらしい。
首が疲れたのか、途中でふと視線を下げた。
そして川の方を見て、家族にこう言ったという。
「ねえ、川に火が見える」
男性はそこまで話すと、少しだけ笑った。
「まあ、関係あるのかは分からないけどね」
それきりだった。
今年も夏は終わった。
あの人は今年も、花火を見に行ったのだろうか。
そしてもし行っていたなら——
あの川の光に、また会えただろうか。
子供にだけ見えるという、あの“横花火”に。




