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蓬莱、或いは

これは新潟県で親戚から聞いた話だ。

話してくれたのはかなりの高齢の人で、方言が強く、埼玉育ちの自分には半分くらいしか理解できなかった。細かい言葉は違うかもしれないが、だいたいこんな内容だった。


「俺がガキの頃、戦中の話だな」

当時の新潟は港町で、朝鮮とも貿易をしていたから地方の中では栄えていた。

それなのに、なぜか空襲がなかなか来ない。

そのせいで疎開先として人気だったという。

「うちにも顔も知らねぇ親戚が何人も来てな。飯が足りねぇんだ」

だから子供たちは、海へ出て魚を釣った。

その日も兄弟の食い扶持を増やすため、砂浜で釣りをしていたという。

すると突然、空襲警報のサイレンが鳴った。

「砂浜だろ。隠れるとこなんてねぇ」

防空壕は遠い。

子供の頭では、とっさに海の方へ逃げるしかなかった。

爆撃から遠ざかろうと、必死に沖へ泳いだ。

振り返る余裕もなく、ただ泳ぎ続ける。

「気づいたらよ、海のど真ん中だ」

浜は見えない。

来た方向も分からない。

力が尽きかけたころ、水平線の向こうに黒い影が見えた。

「島みてぇなのが見えたんだ」

それが本当に島なのかどうか分からない。

それでも必死で泳いだ。

だが途中で力尽き、意識を失った。


気がつくと、浜に寝ていた。

「あぁ、助かったんだなって思った」

喉がひどく渇いていたので、島の中へ入った。

新潟の近くの島といえば、佐渡か粟島くらいしかない。

だが、その島はどちらにも似ていない。

「なんだかよ、南の島みてぇな草が生えてた」

琉球、と言ったようにも聞こえた。

ただ方言が強くて、そこははっきりしない。

しばらく歩くと湧き水があった。

「水は困らんかった」

だが歩いているうちに、妙なことに気づく。

「鳥が鳴かねぇ」

虫の声もない。

風もあるのに、木がほとんど揺れない。

波の音だけが聞こえる。

それから浜へ戻ろうとした時、彼は砂に残るいくつかの足跡を見つけた。

「俺のじゃねぇ足跡がある」

裸足の跡だった。

ただ、指が妙に長い。

しかもその足跡は、海の方から浜へ上がってきていた。

「沖から来てるんだ」

そして浜を横切り、林の中へ続いている。

島に人がいるのかもしれない。

そう思って、その足跡を追った。

遠目から何かがあることに気づき、近づいていくと奥で、『ソレ』を見た。

人の後ろ姿のようだが、よく見ると全く違う。髪と思われる部分は塩が付いていて、やけに体も腕も細長く、黒い。腰のあたりからは海藻のようなものが垂れていて、腰蓑のようになっていた。

ソレは木の陰にしゃがみこみ、彼から来た方と反対側、真後ろを向いていた。

彼が声をかけようとした、その時。

首がゆっくり動いた。

ぐるりと__後ろへ回った。体は背を向けているのに首だけが180度、回った。

顔は髪に隠れて見えない。

だが、確実にこちらを向いていたという。

「アレは絶対に人間じゃないってその時、思った。追いつかれたら絶対に殺されると思った」

逃げ出した。空襲警報を聞いた時と同じように、逃げて逃げて。

浜まで戻って倒れ、また意識を失った。


次に目を覚ましたのは、家だった。

いつまで経っても帰ってこない自分を探しに来たら海岸で倒れていたらしい。

その後、しばらくは忘れていたのだが戦争が終わって、沖縄が返還されたときにふと思い出したらしい。

あの島は何だったんだろうと。

この辺りの海図にも、島はない。恐怖感でおかしくなり、変なものでも見たんだろうと思おうとしたとき、自分を海で見つけた家族が妙なことを言った。

「海岸で倒れているアンタを見つけた時、足に指でひっかいたような跡がいくつかあった」

まるで……長い爪で掴まれたみたいに。


ここまで話して、その老人は言った。

「昔の人はな、海に人を食う島が出るって言ってたらしい」

溺れた人間が流れ着く島。

けれど、

「帰してもらえるのは、1人だけだってよ」

あの時、浜にあった足跡は、人間のは4人分あった気がするんだがな。

そう言って、その人は笑っていた。

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