とある家宝
これは大学の時の同級生、M君から聞いた話だ。
M君は山口県のとある旧家の生まれで、本人いわく『わりと面倒くさい家』らしい。何が面倒かというと、長男はM家に代々伝わる家宝を護るために必ず結婚して子供を産まなくてはならないとのことだ。
「家宝は絶対見ちゃいけないやつ。よくあるだろ? 神聖さが失われるとか、そういう理由で」
家宝は神棚の奥に安置されていて、普段は家族でも触れない。家宝が入った箱は縦30cm、横15cmほどの小さな桐箱。
M君は1度だけその中身を見たことがあるそうだ。
「うちの家系さ、みんなだいたいは霊感持ちなんだよ」
本人はあっけらかんとそう言っていた。
スーパーへ行く途中で
「今日はあっちの道やめとけ、悪いのがいる」
と言われるのは普通。親戚一族の集まりでも、
「なんかいるな」
と誰かが言い出すことは珍しくない。
むしろM家の血筋では霊感がない人の方が珍しいらしい。
だからなのか、家にはたまに『そういうものを連れてしまった人』がお祓いに来ることもあるという。
M君自身も1度だけ、そういう経験があった。
会社員1年目、夜遅くに帰る途中のこと。電柱のそばで、髪がぼさぼさの女が立っていた。
壁に向かって、ぶつぶつと何かを言っている。
M君はそれを見て
「ああ、アレだな」
と思ったらしい。
彼の話では、そういうものを見ること自体は珍しくないそうだ。むしろたまーに本当に生きている人間だった時の方が驚くらしい。
その日は特に関わらないように、遠回りして帰宅した。
ところがその夜だった。
ベッドで寝ていると、ふっと目が覚めた。
体が動かない。
金縛りだった。
……さっきのやつかな。
M君はそう思ったという。
今まで見ることはあっても、向こうから何かしてくることはなかった。だからその時が最初で最後だったらしい。
目だけを動かすと、部屋の隅に誰かがいた。
さっきの女だった。
壁に向かって、同じようにぶつぶつと話している。
やべえな……どうしよう。
お守りは別の部屋に置いてある。体はまったく動かない。
どうすることもできずにいると、女の声がふっと止まった。
そして、ゆっくりとこちらを向き始めた。
ぐぐぐ……と、首を少しずつ動かす。
ただ、顔は見えない。
長いぼさぼさの髪がかかっていて、ちょうど目の部分が隠れている。
そこまで覚えていて、次の瞬間には朝になっていたという。
それから先の記憶がない。
さすがに気味が悪くなって、M君は実家に電話した。
「1回帰ってこい」
そう言われて、次の日に実家へ戻った。
神棚のある部屋で待っていると、M君の祖父がやってきた。(以下M祖父とする)
M君を見るなり、こう言ったという。
「おまえ、妙なの拾ってきたなぁ」
それからM祖父は神棚の奥から、例の桐箱を取り出した。
普段は誰も触れないものだ。
M祖父はそれを、やけに丁寧な手つきで床に置いた。
「目、つぶっとけ」
言われた通り、M君は目を閉じた。
箱を開ける音がした。
怖いもの見たさで少しだけ目を開ける。
M祖父は箱の中から、布に包まれたものを取り出していた。
皿の破片のような、小さな欠片だった。
祖父はそれを指でつまむと、M君の額に向けてすっと振り下ろした。
空を切るだけの動作。
だが、その瞬間、部屋の空気が妙に重くなった気がした。
しばらくして祖父が言った。
「もう開けていいぞ。……というか開けてんだろ?」
M君が見ると、M祖父は呆れた顔で箱を閉じていた。
女の気配はもう消えていたらしい。
M君は思わず聞いた。
「それ、何なの?」
M祖父は少しだけ笑って言った。
「お前もそのうち当主になるだろ」
「その時にわかる」
その後、しばらくしてからM祖父はこんな話をしたそうだ。
M君の家は、平氏の末裔だという。
そして壇ノ浦のあと、関門海峡に沈んだ『あるモノ』を引き上げた一族がいたらしい。
それが本物だったのかどうかは分からない。
しかし、あまりにも力が強すぎたので、後の代で砕かれ、一族の者に分配された。
今、家宝として残っているのはその欠片。神威が強すぎて、見るだけで目を焼かれ、死に至るという神器の1つ。
M祖父が死ぬ間際にこう言った。
「まあ、本物かどうかは今となっては誰にも分からん。だが実際、悪霊やらなんやらにはコイツが良く効く。うち以外の一族はみんな無くしちまったらしいが……」
「くれぐれも本物だなんて他所で言うなよ?あえて『偽物ってことにしてある』んだからな」
それが、M君の家にある家宝__
その名は『天叢雲偽剣』、あるいは『草薙偽刀』というらしい。




