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メッシュ

これは登山が趣味の知人、Sさんから聞いた話だ。

Sさんは毎年群馬や長野の山に入る。特に人の多いシーズンを避けて、まだ肌寒い時期にテントを担いで一泊するのが好きなんだそうだ。

その年も4月の終わり頃、小さな平地でテントを張った。登山者の間ではそこそこ知られている野営地らしい。夕方に着いて、簡単に飯を作り、酒を少し飲んで早めに寝たという。

夜は特に変わったことはなかった。

気になるのは少し強い風の音くらいで、山としては普通の夜だった。

前日は風がうるさくてよく眠れなかったのか、どこか寝不足でぼんやりしたまま、朝起きてテントから出ようとしたとき、妙なことに気づいた。

入口の虫よけ用のメッシュの網が裂けている。

ナイフで切ったみたいに、すぅっと一直線に。

裂けているのは網の部分だけで、外側の生地はまったく破れていない。

しかもファスナーの横だ。

おかしい。普通なら先に生地の方が傷むはずだ。

「変だな」

と思いつつも、その時は深く考えずにテントの修理の事を考えながら下山した。

ところが、その1ヵ月後。

今度は別の山で同じようにテント泊をしたとき、また同じことが起きた。

朝起きると、やはり『入口のメッシュだけが切れている』。

今回はもっとはっきりしていた。

細い線が、縦に裂けている。

その時も生地は無傷だった。

熊やイノシシなら布ごと破るはずだ。

盗人なら普通、外側をナイフで切る。

しかし中に人がいると分かっているテントにわざわざ忍び込むだろうか?

しかも逃げ場の無い山の中で?ファスナーは開けて?網目だけ切った後、わざわざ閉めるか?

人間だった場合、どう考えても網目だけ狙って切る理由が無い。しかもSさんが今回来た山は前回の山とは遠く離れた場所の山だ。尾行でもされているのかと思い、どうにも気持ち悪さを感じたSさんだったが、結局盗まれたものも無く、またテントを修理する羽目になったらしい。


それからしばらく経って、登山仲間と平地で山の話をしていたとき、そのことを話した。

すると1人が

「前に似た話を聞いたことがある」

と言った。

Sさんが被害に遭った2つの山とは全く別の県の山小屋の人が言っていたらしい。

最近、『テントのメッシュだけ切れている』という話を何度か聞いた。そして何人か被害に遭った後、ピタリと止んでしまった。

結局犯人は分かっていない。

動物なのか、人なのか、それとも勘違いなのか。

ただSさんの話と共通しているのは、網の部分だけがきれいに裂けている、ということだった。


妙なことがあってからSさんは山でのテント泊をやめることも考えたそうだが、結局ズルズルと続けているらしい。

だが寝る前に必ずやることがあるそうだ。

テントの中と外を1度、ライトでぐるっと照らす。

荷物の影や、隅の方まで。

「まあ、今のところは何もないけどね」

そう言ってSさんは笑っていた。

ただ最後に、少し真面目な顔でこう言った。

「メッシュが切れていた日は2回とも朝起きたときは俺……」

「『入口の方に足向けて寝てた』んだよ」

いつも『頭を向けて寝る』のに、とSさんは言っていた。

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