64 -閉ざされた聖焔教会
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64 -閉ざされた聖焔教会
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サルウィンは御者台へ移り、客車にはルミーとモリーン、僕が残った。
「ねぇモリーン。本当に教会で何が行われているのかご存知ないのですか?」
「……うむ」
モリーンは一瞬だけ言葉を詰まらせ、すぐに咳払いをひとつした。
「まあ知らんというより興味がなかったという方が正しいかの。神官が龍神様へ祈念を捧げる、それぐらいの認識じゃ」
「でもよく噂で耳にしませんか? 聖焔教会をはじめ、各地方の教会には由緒ある龍石が祀られているそうです。龍の子がお祈りを捧げることで、あらかじめ定めた日時に雨を降らせることもできるのだそうですよ」
「天候操作ですね」
ルミーがこちらを向いたので、僕は頷いた。
「実際、狭い範囲なら普段から行われています。
ただ一度書き込めば終わりではなくて、龍石を自分の力へ馴染ませ続けなければならないので……龍石に含まれている龍素をずいぶん使い減らしてしまうんです」
「最後の方はよく分からんが。つまり、その規模を都市全体まで広げたものが祈念の儀、という理解でいいわけじゃな」
「はい。大雑把に言えばそういうことです」
「ひと聞きしただけでそこまでおわかりになるなんて」
ルミーの言葉にモリーンは満更でもなさそうに口元を緩めた。
「まあな。ジュナの話を聞く限り、祈念に耐えられるほどの龍石が必要になるのだろう。安置場所がどこにあるかは分からんが、聖焔教会なら無煙龍石ほどの価値を持つ龍石が使われていても不思議ではないからな」
「むえん? というのは一体、何なのです」
ルミーはモリーンの隣へ少し身を寄せて尋ねた。
「覚えておらんか、ルミー。以前、聖都にお主が遊びに来た時じゃ。博物館で役目を終えられた龍石を見たであろう。一番位の高い龍石じゃよ」
「ああ、思い出しました。島ひとつを海の底へ沈め、一国を滅ぼしたという伝説の龍石ですね」
かつてロゴス国の東には本土と地続きの島があった。その島に栄えた国が、ロゴスへ戦争を仕掛けた。
戦況はロゴスが優勢だった。それでも敵は敗北を認めず、各地でゲリラ戦を繰り返していた。
このままでは埒が明かないと判断したロゴスは、無煙龍石の中でも龍素含有量が九十九パーセントを超える龍石を投入し、その国を島ごと滅ぼしたとされている。
その名が示すように、煙ひとつ上げることなく島は跡形もなく海へ沈んだ――そう伝えられている。
「それほどの価値があるものはさすがに祀られていないと思いますが、儀式で使われる龍石ともなれば、さぞ見応えがあるのでしょうね」
「ああ、俄然興味が湧いた。楽しみじゃ」
やっぱり自分の心に嘘はつけない。モリーンの高揚がこっちにも伝わってきて、いつの間にか胸を躍らせている自分がいる。
龍石を調福する――龍石にあらかじめビジョンを記録させ、後からその力を引き出せるようにする技術だ。
その作業は龍造人形を造る際に生物の構造や情報を龍石へ組み込んでいく工程に近い。龍石へビジョンを記録するだけなら簡単に聞こえるが、実際には少しずつ情報を定着させていく必要があり、膨大な時間と根気を要する。
まして儀式で扱うほどの龍石ともなれば、その負担は比べものにならないはずだ。
一体、どんな龍の子が調福しているのだろう。
無煙龍石ほどの規模の龍石にどうやって自らのビジョンを馴染ませているのか。その技をこの目で見てみたかった。
昔、祈念の儀が行われる教会に忍び込む方法を夢想したことがある。どこから侵入すれば見つからないか。門番の交代する時間はいつなのか。内部へ入った後、どうすればその光景を盗み見ることができるのか。
あまり褒められた話ではないが、今回の作戦についてはさほど頭を悩ませる必要もなかった。
二人の会話を聞いているうちに、あっという間に東門まで来てしまった。龍造馬の蹄が石畳を打つ硬質な響きに変わっている。
龍造馬がゆっくり停車すると、扉が開いた。
サルウィンが手を差し出してモリーンが降りるのを待ったが、彼女は腕を組んだまま、微動だにしない。
「モリーン様、お降りください」
そう促しても、モリーンはこちらを見るや呆れたように笑った。
「本物の馬よりよほど快適ではないか。このまま行けば済む話じゃ」
「無理ですよ。聖都と違ってこの城郭内では龍造人形の使用は禁止されています」
「知っておる」
モリーンはあっさり頷き、窓の外へ視線を向けた。
「おい、そこの門番」
呼ばれた門番が慌てて駆け寄ってくる。
「この馬で城郭内へ入れるよう手配せよ」
「しかし、龍造人形は――」
「知っておる」
モリーンは懐から公爵家の紋章を取り出し、門番へ軽く掲げた。
「王を選ぶ席に連なるプルワ家の者が頼んでおるのじゃ。どうにかせよ」
門番は一瞬だけ戸惑ったように目を瞬かせたが、すぐに深々と頭を下げる。
「承知いたしました。少々お待ちください」
門番が詰所へ戻り、しばらくする間もなく、門番だけではなく、詰所にいた城兵たちが総出で姿を現した。
彼らは龍造馬を取り囲むと、手際よく装具を取り付けていく。
龍造人形であることを隠すため、人工の毛並みや革製の装飾が施され、見る間に一頭の立派な馬へと姿を変えていった。
「これで問題ございません」
作業を終えた城兵たちは汚れた手を慌てて衣服で拭い姿勢を正した。額に汗を浮かべたまま、モリーンへ深々と一礼する。
「さあ、聖焔教会へ行こうぞ!」
モリーンの高揚した声を合図に、龍造馬は東地区の大通りへと歩み出した。
『けれど、いつか……ありのままのあなたで歩める日が、必ず訪れます。
その日まで、もう少しだけ我慢してくださいね』
このとき、水景園で出会ったあの女性の言葉が蘇ってきた。
さっきの兵士たちも、僕たち龍の子も、誰かの都合に合わせて自分の役割を果たしているという点ではあまり変わらないのかもしれない。
あの女性の声が遠い記憶を辿るように揺蕩いながら流れていく。その声の向こうに、穏やかに僕を見つめていた女性の姿がゆっくりと浮かんでくる。その目元が、あのときのように柔らかく和らいだ。
しばらくその光景を眺めていたが、照れ臭くなって、慌てて東地区の大通りへ意識を戻した。
城郭内の東地区には聖都にも引けを取らぬほど評判の店が軒を連ねていると、父から聞いている。その中でも老舗として知られる甘味処の前を通り過ぎたとき、ルミーが馬車の中から身を乗り出した。
「教会に忍び込んだ後は、この甘味処でいただきましょう。東地区でも一番評判のお店なんですよ」
「そうじゃな」
ルミーが楽しそうに店を指差すと、モリーンも満足げに頷いた。
「吉報を肴に、そこで一席設けるとしようぞ」
作戦の直前だというのに二人には緊張した様子がまるでない。本当に教会へ忍び込むつもりなのかと、だんだん疑わしくなってくる。
「……どうやって、あの台地を上がるおつもりですか」
尋ねると、二人がこちら疑わしそうにみやった。
「台地の麓には番兵が立っています。それだけではありません。
山頂へ通じる入口にも番兵はいます。その二か所を誰にも気づかれずに通り抜けられると、本当にお思いですか」
「まったく……お主は先程から不満そうな顔をしておるとは思ったが、そんなことを気にしておったのか」
モリーンの癖なのか、また口の端を片方だけ持ち上げた。
「ほら、ルミー。お主から説明してやれ」
「私からお話ししてもよろしいのですか?」
待ってましたとばかりに、ルミーが口元を綻ばせた。
「ある教会の門番が、不正を働いていることを知りまして……」
声には隠しきれない楽しさが滲んでいる。
「今日の門番を引き受けていただくことになりました」
「……話が飛びすぎていますよ。まさか、脅したんですか?」
「まあ、お兄さまったら」
ルミーがくすりと笑う。
「そんな恐ろしいこと、私たちがするはずありませんわ」
そう言ってモリーンへ視線を向けた。
「そうですよね、モリーン」
「うむ。そうじゃな」
モリーンは平然と頷く。
「妾はただ、その者が働いていた不正の証拠を示し、今日の門番がお主であれば助かると伝えただけじゃ」
「それを世間では脅迫と言うんです」
「それはそうと、お主の方はどうなのじゃ? 妾はまだお主の作戦を聞いておらん」
……僕の話は最初から聞く気がないらしい。
半ばやけになって、少しきつい口調で答える。
「龍造鼠を教会内へ侵入させ、龍石を読み取ります」
「つまり、どういうことじゃ?」
「僕たちが教会へ入るのは難しいと思いました。だから龍造鼠を中へ入れて、その視界を龍造梟と接続して投影機で見られるようにします」
「……つまり、どういうことじゃ?」
「私にも仕組みまでは分かりませんけれど、お兄さまがお考えになった作戦ならきっとうまくいきますわ」
ルミーは少しも疑う様子なくこっちをみて微笑んだ。
「ねえ、ジュナお兄さま?」




