63 -少女たちの思惑
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63 -少女たちの思惑
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……どこかで。
木製の扉を叩く乾いた音がする。
眠気の底でぼんやりと耳を澄ませる。どうやら、部屋の扉を叩く音らしい。
「ジュナ様。朝でございます」
サルウィンの声だ。返事をする気にもなれず、枕へ顔を埋める。
聞こえないふりを続けていると、扉が開き、窓のカーテンが勢いよく左右へ引かれた。
「……昨日遅くまで作業するって言ったよね。饗宴の翌日なんだから、今日くらいゆっくり寝かせてよ」
文句をこぼしながら、抗議するように枕へさらに顔をうずめる。
このままもう一度眠ってしまおうと目を閉じていると、
「そんなこと言わないでください。今日はとても気持ちのいい朝ですよ」
……。
「ほら、ジュナお兄さまもご覧になってください」
…………。
今の声——
もしかしてサルウィンじゃない?
枕から片目だけをそっと覗かせてみる。
「おはようございます、ジュナお兄さま」
そこには口元を押さえながら笑いを堪えるルミーが立っていた。
「お兄さまは本当にお寝坊さんですね。朝日をそんなに嫌わなくてもいいではありませんか」
「ルミー!? サルウィンは?」
慌てて頭を上げると、扉の脇にはいつものようにサルウィンが控えていた。
相変わらずの仏頂面だ。
……いや。
その仏頂面もわずかに持ち上がった眉だけは隠せていない。
笑ってる。
絶対、笑ってる。
「毎朝このようにお目覚めくだされば、私の苦労も幾分軽くなるのですが」
そう言ってから、小さく一礼した。
「ジュナ様、おはようございます」
「……おはようございます。二人とも」
「それで、どうしてルミーがここに?」
あまり気が進んでいないことは声色から伝わったのだろう。ルミーは申し訳なさそうに微笑んだ。
「あのお約束の件ですが、さっそくいかがでしょう?」
さすがに驚いた。まさか昨日交わした約束を今日すぐ実行するつもりなのか。
「さすがにもう少し準備が――」
「待ってはおれんのじゃ!」
開け放たれた扉の向こうから声が飛んできた。
視線を向けると、すでに身支度を整えたモリーンが腕を組んで仁王立ちしている。
「モリーン様!?」
慌ててベッドから飛び降り、姿勢を正す。
「そう畏まるな。お主も誓いを交わした同志じゃ」
モリーンは腕を組んだまま、宙へ視線を向けてふんと鼻を鳴らした。
「饗宴も終わったのだから、さっさと帰ってこいと父上が朝から何度もしつこくての」
「じゃが妾は、ルミーとの約束を果たすまでは帰れんと言ってやった。そうしたら今度は『龍造天竜に乗せてでも無理やり連れて帰るぞ』と言い出しての。まったく聞き分けのない父上じゃ」
そこまで言ったのだから、あとはわかるだろうと言いたげにモリーンは胸を張った。
「ゆえに、もう待ってはおれん」
ずい、とこっちへ身を乗り出した。
「ほれジュナ。お主も支度せい」
口元をゆっくりと吊り上げると、秘密を打ち明ける子どものように声を潜める。
「聖焔教会に侵入するぞ」
思わず固まる僕をよそに、モリーンは上機嫌に笑った。
「台地へ誰にも気づかれず入り込める道は、ワシが確保しておる。あとはお主の龍力だけじゃ」
僕の肩を何度も叩きながら、
「期待しておるぞ!」
わっはっはっ――。
笑い声だけを部屋に残し、モリーンは嵐のように去っていった。
「つまり、そういうことです」
完全にモリーンの勢いに呑まれて、ルミーの存在を忘れていた。
振り返ると、ルミーはくすりと笑う。
「ジュナお兄さま。私たちは玄関前で待っていますね」
そう言い残し、ルミーもモリーンの後を追って部屋を出ていった。
「あぁ……最悪だ。まだ何もやってないのに」
軽く頭痛がして、額へ手を当てる。さっきの騒ぎで眠気はすっかり吹き飛んでしまっていた。
サルウィンが用意してくれた服へ着替える。寝衣を脱ぎ、シャツに腕を通し、襟元を整えていく。
昨夜はモリーンたちとの約束に向けて、段取りを考えるつもりだった。それなのに気づけば、水景園で出会ったあの女性との会話ばかり思い返している。
あの穏やかな声も、どこか寂しげに笑う横顔も、一度浮かぶとなかなか頭から離れてくれなかった。
「サルウィン、僕は先に厩舎へ行ってるから――」
「外出の件は、私にお任せください」
「お願い!」
手だけ振って部屋を飛び出した。
♦︎♢♦︎
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本殿からもっとも離れた北の端に厩舎がある。
まだ輪郭の定まっていない考えを具体的な形にするため、一刻でも早く厩舎へ向かいたかった。
いつもなら正面玄関から向かうところだがそんな余裕もない。
自室近くの廊下を掃除していた龍造岩を呼び寄せ、必要な荷物を抱えさせると、そのまま後ろに従えて駆け出した。
階段を一気に駆け下り、一階の食堂へ飛び込む。
パンや温かなスープの香りが鼻をくすぐるが、腹の虫をなだめながら食堂を横切り、中庭へ出た。
そのまま温室沿いの小道へ入る。
硝子越しに朝日を浴びた色鮮やかな花々が流れるように視界を横切っていく。
小道を抜けると、騎士たちの寄宿舎が並ぶ通りへ出た。通りを横切り、再び北へ延びる小道へ飛び込む。
木柵越しの鍛錬場から、木剣を打ち合う乾いた音と騎士たちの掛け声が聞こえてくる。できることならあまり耳にしたくない音だった。
さらに北へ駆け、そのまま見慣れた厩舎の扉を開け放つ。
厩舎へ入ると、藁の上で身体を丸めて眠っていたムギがぱちりと目を開けた。僕に気づくなり飛び起き、尻尾をぶんぶんと振りながら駆け寄ってくる。
厩舎には一秒でも長く過ごしたくなかった。
あの龍造天竜と目が合わないよう視線を落とし、必要な龍造人形を懐へ滑り込ませる。機材は龍造岩に運ばせた。
「ムギごめん。今日はお留守番してほしいんだ。ほら、こっちにおいで」
ムギを連れて厩舎を出ると屋敷のさらに北を指さした。
その先には深い常緑樹の森が広がっている。
僕が造った龍造人形たちが森を自由に巡回していて、ムギの遊び相手にもなってくれる。退屈することはないし、何かあればすぐ僕へ報告するよう命じてある。
あそこは父から管理を任されている僕だけの領分だ。ムギも安心して遊ばせてやれる。
「今日はあそこで遊んでおいで」
言葉を理解したムギは耳をぴんと立て、一目散に森へ駆け出していった。
やっぱりあの森が大好きなんだな。
少しくらい振り返ってくれてもいいのに。
そんな僕の気持ちなどお構いなしに、ムギは尻尾を車輪のように勢いよく回しながら楽しそうに森の奥へ消えていった。
ムギを見送ったあと、二体の龍造馬を龍力で呼び出し、荷物を積み込めるキャリッジを龍造岩に繋がせた。
僕は御者台へ乗り込み、龍造馬たちに声をかける。
「今日も東門までお願い。急がせて悪いけど、玄関まで走ってくれる?」
二体の龍造馬から、走れることを喜んでいるような気配が伝わってくる。
ただ命じるだけなら簡単だ。そうすればこの龍造岩のように、与えられた命令を忠実にこなすだろう。
それでも自分で造りあげた人形たちにそんな扱いはしたくない。こんなところだけ妙に潔癖なのだと、自分でもわかっている。
それでも彼らには感情のようなものが宿っている気がしてならない。だからこそ、できるだけ自由にさせてやりたいのだ。
馬車が玄関前へ着くと、そこにはサルウィン、ルミー、モリーン。そして――父クラウンが立っていた。
「父上……その、モリーン様たちと外出することになりました」
父は少し困ったように微笑んだ。
「問題ないぞ。ほれ、サルウィンからすべて聞いている」
時間が惜しかったからサルウィンに任せていたとはいえ、どこまで話したのだろう。
思わず彼へ視線を向けると、サルウィンはいつものように仏頂面のまま、表情ひとつ動かさない。
「東地区で買い物をするのだろう? しっかりモリーン様をお守りするのだぞ」
そう言って父は、銀の指輪を嵌めた左手をゆっくりと持ち上げた。
前庭の先にある出入口の扉が、金属の継ぎ目が擦れ合うような機械音を響かせながらゆっくりと開いていく。
「モリーン様、どうぞ楽しんできてください。東地区には聖都にも引けを取らぬ評判の店々が軒を連ねています。きっとお気に召すものが見つかるでしょう」
「クラウン卿、何から何まで感謝する。
ではジュナ、いざ行かん! せいかきょ――」
「東地区の甘味処を巡って、素敵なお店たくさん見つけましょうね!!」
ルミーがすかさず言葉を被せ、モリーンの続きを遮った。




