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龍の子らの饗宴  作者: 茎乃ハル
【第二章】風環 ――因果は巡り、薙ぐは定め。 それでも花は咲くのだろうか――
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60 -饗宴――余香①

「人目が増えてきた。続きは人のいないところで話そう。僕も二人に話したいことがあるんだ」

*********************************************************************************************

視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


60 -饗宴――余香①


♧

ジュナは一旦大広間へ戻ると、饗宴のために框を上がった入場口とは反対側へ向かった。扉の前には火竜騎士が一人立っていたが、顔を見るなり何も言わず道を開ける。


扉を抜けると左右へ廊下が伸びていた。ジュナはそのどちらにも向かわず、正面の扉を開く。外へ出ると、石造りのアーチを連ねた渡り廊下が奥へまっすぐ続いていた。


「この奥には水景園があるだけだから」


石門の両脇に灯された龍灯の淡い明かりを辿り、ジュナは渡り廊下の中ほどで足を止めた。俺もフリージアの咎めるような視線を無視して近くの石門にもたれかかる。


今でもこの二人なら話が通じると俺は信じている——。


「さっきの」

「僕も」

「あの」


三人同時に口を開いた。

……どうやら、考えていたのは俺だけじゃなかったらしい。


顔を見合わせたものの、誰も口火を切らない。

張り詰めた沈黙の末、フリージアがジュナへ軽く頷いた。


「ジュナ様からお話ください」


俺も手で先を促す。


「僕も今晩レオン兄上から聞いたばかりなんだけど」


ジュナは少し言い淀んでから口を開いた。


「僕たちが休暇に入った頃……カリオンが死んだんだ」


「あの男が死んだ?」


フリージアが思わず声を荒げた。


「癒しの力でも治せない龍呪《リュージュ》だったそうだ」


フリージアの顔から血の気が引く。それでも何かを振り払うように小さく息を吐き、ゆっくりと頷いた。


「……そうですか。あの男のやったことを思えば、自業自得です。

ええ、当然の報いだったのでしょう」


これに関しても言いたいことは山ほどある。だが今は、口を挟まずに俺の出番まで耐えた。


「それに、開宴前ポシルジ・ニコマコス卿と言葉を交わす機会があったんだ。そのときカリオンの死因が龍呪《リュージュ》だと、まるで隠す気もないように口にされた」


ジュナは眉を寄せ、しばらく押し黙った。


「どうしてなんだろう?

なぜ、龍呪だと公にする必要があったんだろう」


「……妙ではありますね」


フリージアも考え込むように目を伏せた。


「龍呪は噂として人づてに広まることはあります。ですが当事者である一族自らが公にするなど、あまり聞いたことがありません。

悪評が独り歩きする前に自ら事実を認めた——そう考えれば筋は通ります。ですが……」


最悪の可能性を思い浮かべたのだろう。フリージアの表情はいっそう険しくなった。

ジュナもそうだが、フリージアも考えていることが顔に出やすい。こんな調子で奴らの社会を渡っていけるのか心配になる。


「もしそれが別の意図によるものだとしたら、その矛先はジュナ様へ向いている可能性も否定できません。

カリオンを失脚へ追い込んだ張本人として恨みを買っているのであれば、ポシルジ卿が何らかの報復を企てているやもしれません」


自分でも言い過ぎたと思ったのか、フリージアはぎこちなく口元を緩めた。


「ひとまず、ポシルジ卿の今後の動きには注意を払う必要がありますね」


ジュナはフリージアへ頷き返し、それから俺へ視線を向けた。


「カリオンの死にセピアはあまり驚いていないんだね」


「……まあ、な」


あれからずっと、あの男の行方は追っていた。

聖都へ戻ろうとしていたことも、その道中で消息を絶ったことも掴んでいる。そこまで分かっていれば考えられる結末はそう多くはない。自尊心の高いあの男が身を隠して生き延びるような真似をするとは思えない。手っ取り早く考えりゃ、誰かに殺されたか、死を選ぶしかないところまで追い詰められたか――そのどちらかだ。


ジュナたちに話さなかったのはまだ確かな証拠がなかったからだ。憶測だけで無駄に警戒させてすり減らさせるのは、恩人たちにする仕打ちではないだろう。


「セピア、君はポシルジ卿が龍呪を公言した意図をどう考える?」


俺が一言だけ返して黙っていたからだろう。何を考えているのか測りかねたのか、ジュナは本題を切り出した。


ならばと、俺も腹を括る。


「龍呪なんてご大層な名前をつけるなよ。

結局、自分で首を括ったか、誰かに殺されたか――それだけの話だ。

なのに、奴らはわざわざ『龍呪』なんて名をつけた。その理由は明白じゃねえか」


「明白?」


ジュナは困惑したように眉をひそめた。


最初の一歩から間違ってる。

龍呪も名付け師の呪いも実在すると決めつけているから、そこから先の話が全部そっちへ転ぶ。だったら、最初の前提を壊せば済む話だ。


「龍呪も名付け師も、高位の人間ほど縁があるって話なんだろ?

だったら龍呪の場合は、『普段は徳深い高位のお方が罹ったのは、悪徳を働いたからだ』――そういう話にしておけば済む」


二人がその言葉を咀嚼するのを待ち、俺は続けた。


「ここが肝だ。よく聞けよ」


「結局、高位って看板は傷つかねえ。ニコマコス家の評判は一時落ちるだろうさ。だが長い目で見りゃ安いもんだ。

悪徳を働けば龍呪に罹る――そう教えるのも自分たち。その教えを根拠に、高位を神聖視させるのも——自分たちだ。とんだマッチポンプだぜ、そう思うだろ?」


「『徳深いお方だからこそ、道を踏み外せば龍呪に罹る』――そんな話を信じさせりゃ、その裏にある『高位の人間は本来徳深い存在だ』って前提まで、一緒に民草へ刷り込ませることができる」


ここまで言って、二人の言葉をまった。


「その話を……信じられたらいいんだけどね」


ジュナは少し裏返ったような声で呟いた。

俺は口を挟まず、その続きを待った。


「僕だって教義に異論がないわけじゃない。正直……セピアと同じように考えている部分もある」


「そうだろ? だったら――」


「でも、だからといって教えが全部嘘だとは思わない」


「そうかよ……はぁ」


結局そこへ戻るのか。

ため息が漏れ、投げやりな返事になる。


「じゃあさ、セピア」


俺の言葉に反応したその一言は、いつものジュナらしくなかった。

いつもなら押し殺す感情を隠そうともしなかった。


「そもそも龍の子って何なの?」


「どうして僕たちは龍力なんて超常の力を扱えるようになったの?」


「癒しの力が存在するのなら、どうして呪いは存在しないとセピアには言い切れるの?」


急にどうしたんだ。

その言葉は俺に向けた反論というより、何かを守ろうと必死になっているようにしか見えなかった。


「どうだい? 君でもこれは説明できないだろ」


そう言ったジュナの口元がわずかに歪んだ。笑っているようにも、苦しんでいるようにも見える。

反論ならいくらでもあった。だが今は言葉を重ねても平行線だ。

俺は何も言わず、ジュナが自分を取り戻すのを待った。


だが――。


俺を睨みつけていた目から、ふっと火が消えた。

全身を強張らせたまま、ジュナの手が自らの胸元を掴んだ。指先は服を握り潰さんばかりに力が入っている。


フリージアが心配そうに声をかけても、ジュナは反応しない。


ただ、小さな声だけがジュナの口から漏れた。


「僕を産んでくれた母さんは……名付け師だった」


言葉を吐くたび、その顔は苦痛に歪んだ。まるで本当に血でも吐き出しそうな苦しみようだった。


「母さんが名を授けたのは、僕で四人目だったそうだ。

それまで名を授けた三人も……ふたりなら名前くらいは知っているような人たちだ」


「母さんは心身ともに健康だった。それでも父は名付け師だった母さんを案じていた。本来なら許されないことだけど、毎晩眠る前に癒しの力を施した」


「それでも――僕を名付けてひと月後、母さんは眠ったまま目を覚まさなかった」


「父はあらゆる可能性を疑って、解剖まで行った」


「それでも毒は見つからなかった。病もなかった。死につながるものは、何ひとつ見つからなかった」


「ただ……心臓が止まっていたんだ」


その言葉を最後にジュナはしばらく動かなかった。


やがて胸元を掴んでいた手から力が抜ける。先ほどまで剥き出しになっていた感情は、もうどこにも見当たらなかった。


「全部が嘘なんて、僕には思えない」


そう言ったジュナは、もういつもの穏やかな顔をしていた。

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