58 -饗宴――杯中②
「ジュナ様!」
飛び跳ねるような声にはっと視線が引かれ、人混みの向こうへ意識が滑っていく。
彼女の頬はわずかに紅潮し、その瞳は不思議なほど強い光を帯びていた。
「私と踊っていただけませんか」
迷いなくその手が差し伸べられる。
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視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア
58 -饗宴――杯中②
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「フリージアさん!? ちょっと待って——」
フリージアは返事を待ってくれなかった。手首をぎゅっと掴まれ、そのまま引っ張られる。揺れる紅い三つ編みを目で追いながら、僕は足を動かした。
壁際の楽団からも人々の輪からも少しだけ離れた場所。
ホールの隅に近い静かな空間だった。
立ち止まった彼女は勢い余って半歩よろめき、くすりと笑い声を漏らす。
「手を取ってください」
そう言って差し出された手の先で彼女は目を細めた。どこか悪戯が成功した子どものような顔だ。いつもの凛々しい騎士然とした表情ではなく、張り詰めていた糸がほどけたような無防備な笑みだった。
僕はその理由を聞こうとして、やめた。
ただ差し出されたその手を僕は受け取ることにした。
「私はもう立ち止まって悩むのはやめたんです」
その言葉はまっすぐ前に向いてる。だからこそ心配になった。
「無理……してませんか?」
フリージアは僕の言葉に少しだけ困ったように眉を寄せ、楽団へと視線を向けた。
「今を、大切にしたいんです」
そう言った彼女の横顔は迷いを置いてきたように晴れやかだった。
楽団の音色に合わせて、
一歩。
二歩。
途中から加わったせいで合わせるのに一苦労だったが、彼女が自然に導いてくれる。
ぎこちなかった足運びも、いつしか音楽へ溶けていった。
視線が合うたび、フリージアはこらえきれないように笑った。
僕よりも彼女の方が背丈は高いのに、握った手は思いのほか小さい。
音楽に合わせて手を引かれ、歩幅を合わせる。
ただそれだけのことなのにいつの間にか周囲の話し声は遠くなっていた。
豪奢なシャンデリアも、着飾った貴族たちも、家族さえも視界の端へ追いやられていく。
揺れる薄紅の髪が目元にかかる。
その向こうで、彼女は微笑んでいた。
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演奏がひとつの区切りを迎えて広間の空気がふっと緩んだ。
それでもフリージアも僕も、どこか浮き足立ったままだった。
開け放たれた窓から夜風が流れ込んでくる。
「少し外へ行きませんか?」
「はい。実は私もお誘いするところでした」
次の演奏が始まる気配を背に受けながら、二人で庭園へ出て、噴水の縁に並んで腰を下ろす。
噴水の水は絶えず姿を変えていた。子鹿となり、鯉となり、風環となって、乳白の光の中をゆるやかに揺れている。
その移ろいに合わせ、あぶくがほどけるような小さな水音だけが、二人のあいだに落ちていた。
「初めてだよ。饗宴が楽しいと思えたの」
「私もです」
フリージアは噴水を泳ぐ水の獣たちを眺め、小さく頷いた。
「あとではしゃぎすぎたって怒られないといいけど」
そう僕が口にすると彼女はもう一度だけ噴水へ目を向け、それから立ち上がった。
「そうですね。そのときは二人で頭を下げましょう」
その直後だった。
「ひゃっ!?」
突然フリージアが素っ頓狂な声を上げた。
驚いて視線を上げると、ぼさぼさに毛を膨らませた黒猫が彼女の肩にしがみついている。




