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龍の子らの饗宴  作者: 茎乃ハル
【第二章】風環 ――因果は巡り、薙ぐは定め。 それでも花は咲くのだろうか――
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55 -饗宴――宴席①

視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


55 -饗宴――宴席①


サルウィンはルミーたちとの会合からいつの間にか姿を消していた。おそらく記憶喪失の間に、席を外すことも事前に説明してあったのだろう。


楔が外れたことで、狩猟の最中、天幕に残されたセピアと二人きりでも気兼ねなく話すことができた。


「やっぱり、お前が招待したんじゃなかったんだな」


「うん。僕もセピアに招待状が届いていたこと、招待客の一覧を見るまで知らなかった」


「まあ、断られる気なんて最初からない文面だったからな。出席前提で準備を進めてるとか、随分な話だ。

俺を呼んだのも口止めの意味合いが強いんだろ」


「……かもしれない。部外者に知られたくない話だから、なおさら」


セピアは所在なげに天幕の布をつま先で蹴った。


「この天幕に来る前、お前の親父殿と少し話をしたんだ」


腕を組んだままこちらへ視線を向ける。

そのまま一つ息を吐き、片手だけを外してひらりと振った。


「『ジュナとこれからも仲良くしてやってくれ』ただ、それだけだぜ? 

腹の内がまるで読めなかった」


どうにも腑に落ちない、とでも言いたげに、崩れない笑みのままセピアがわずかに口元を歪めた。


「あの事件のことを直接口にしないにしても、何かしら牽制めいたものくらいは滲ませてくるかと思ってたがそういう空気はてんでなかった。

俺をあの件で招いたのなら、何かしら態度に出てもおかしくねぇのに」


セピアは探るようにこちらを見た。何か知っていることがあるのではないか——そんな期待が透けて見える。


けれど、


「すまない、セピア。僕も父上から何も聞かされていないんだ」


今度こそセピアは長いため息をついた。


「ほんと嫌になるぜ。最初から道筋でも引かれてたみてぇで、落ち着けやしねぇ」


セピアが吐き捨てるとともに、不意に後方入口の布が揺れた。


「失礼します!」


振り返ると、真紅のマントが目に飛び込んできた。


南端の土地神――火竜サラマンダーを象ったその装いの主は、アグラスだった。

学院へ入る前、火竜騎士団で世話になった騎士だ。

龍の子である自分にも分け隔てなく接し、いつも気さくに声を掛けてくれた。


「ジュナ様、学院入学前ぶりですね。鍛錬、捗ってますか?」


人懐っこい笑みは、あの頃と少しも変わっていない。


短く切った薄紅色の髪は、やはりフリージアによく似ていた。

ただ瞳の色だけは少し違う。深い森を思わせる濃緑の瞳を見ていると、脳裏には自然と、もっと透き通るような淡い翠の瞳が浮かんだ。


「……以前よりは、です。あの、こちらは——」


アグラスの視線がセピアへ向いたのを見て、ジュナは慌てて紹介しようとした。

だが、それより先にアグラスが口を開く。


「龍の子、セピア・エスキュラス殿ですね。妹のフリージアから話は伺っています」


アグラスは困ったように肩を竦めた。


「まったく誰に似たのやら。

妹ながら、あれは気が強くておてんばですから。ご苦労も多いことでしょう」


妹の顔でも思い浮かべたのか、苦笑を漏らす。

それから少しだけ声音を和らげた。


「ですが、その……セピアくん。これからもフリージアと仲良くしてやってください」


頭を下げるアグラスに、セピアは殊更真面目な声音で答えた。


「ご心配には及びませんよ。

フリージアさんは信念を貫ける強い方です。むしろ学ばせてもらっているのは自分の方ですよ」


「そう……なんですか?」


アグラスは目を瞬かせた。

しばらく言葉を探すように黙り込むと、気まずそうにうなじへ手をやる。


「すみません。フリージアから聞いていた印象とは、随分違っていらっしゃったので」


アグラスは困ったように眉を下げた。


「あいつは自他ともに厳しい性分ですから。相手にもついそれを求めてしまうんです。悪気があるわけではないんですが」


アグラスの言葉に、セピアの目尻がわずかにピクリと動いた。どこか面白がっているように見えて、思わずこちらも笑いそうになる。


「アグラスさん。それで、僕に何か用事があったのでは?」


笑ってしまう前に口を開いた。


「おっと、そうでした。それどころじゃなかったんですよ。急いでください」



♦︎♢♦︎


控え室にはすでにバロバロッサ家の面々が揃っていた。


皆すでに饗宴の装いだ。

ルミーの深紅のドレスがひときわ目を引く。レオン兄さんは礼装姿になってもどこか仕事中のようで、ディナミス兄さんは窮屈そうに襟元を緩めている。


自分だけが遅れてきたのだと、それだけで思い知らされる。開宴を前にした控え室には慌ただしい空気が漂っていた。


「先ほど、当主直通の龍造梟ヘルメスにて、ポシルジ卿の到着遅延の報を受け取りました。

楽団は第二鐘のあとに合わせて進行します。ポシルジ卿のご到着をもって開宴とし、その後は予定通り、ご高位の方々を中央へお通しください」


「かしこまりました。ルミーお嬢様」


ルミーは使用人たちに気遣いの言葉を掛けながら、慌ただしく最終確認を進めていた。


「この杯酒、香りが弱いわね。まさかこれを客前に出すつもり?」


「奥様失礼いたしました。最下層の熟成庫より該当の樽をご用意いたします」


「早くなさい。あなたたちの代わりになる龍造岩ゴーレムなどいくらでもいるのよ。それでもここに置いてあげているのだから、それに見合う働きをしていただきたいものだわ」


一方で母は、不備でも探しているのか、値踏みするような目で使用人たちを見回している。彼らも慣れたものなのか、その視線が向くたびに素早く頭を下げた。


「皆さま、祈念の佳き夜にバロバロッサ邸へお集まりくださり――」


少し離れた場所では、父クラウンが開宴の挨拶をぶつぶつと繰り返している。


控え室の中央では、兄たちが円卓に広げられた来賓名簿や進行表を囲み、何事か話し合っていた。


「あの家には気を付けろ。酒が入ると探りを入れてくる」


「言われるまでもねえよ兄貴。あの爺さんが喜びそうな話を一つ二つ渡して、ご機嫌で帰っていただく」


背後で扉番の騎士が扉を閉めた。立て付けの悪い蝶番がぎいと軋む。

その音でレオン兄さんが書類から顔を上げ、こちらへ一瞬だけ目を向ける。


「来たかジュナ。

お前は学院関係だけ見ておけ。教師連中と龍の子だ。その他の若い貴族はルミーに任せてある」


「はい」


反射的に背筋が伸びた。


「それにしても——」


書類に目を通したまま、ディナミス兄さんが鼻を鳴らす。


「特別扱いされることが当たり前になっちまったようだな。遅れてのご登場とは恐れ入ったよ。まあ、龍の子であらせられるジュナ様にはこんな舞台裏の作業など不愉快極まりないんだろうが」


「そ、そんなこと……いえ、遅れてごめんなさい」


ディナミス兄さんはいつものように冷やかすような笑い声を漏らし、それから長く息を吐いた。


さらに何か言おうとしたところで、

「今は役目に集中しろ」

レオン兄さんが先回りするように遮る。


「お前は予定通り、火竜騎士たちを回して警護を再確認させろ」


ディナミス兄さんは苦笑交じりに首を振る。


「了解」


そう答えると、近くにいた火竜騎士の肩に腕を回してにやりと笑った。


「お前たち最終確認だ。面倒だろうが付き合ってもらうぜ。

それでは兄貴、後ほど華やかな戦場にて」


そのまま騎士たちを引き連れ、控え室を後にした。


立て付けの悪い扉が、またぎいと耳障りな音を立てて閉まる。


「ジュナ、いつまでそこで突っ立っているつもりだ?」


「は、はい。すぐに確認します」


レオン兄さんのいる円卓へ向かい、来賓名簿へ目を落とす。


アグラスはバロバロッサ家の面々がすでに控え室へ揃っていることを知らせに来てくれた。


記憶を失っていたのだから仕方がない。

――そう思いたくなる。

だがそれを差し引いても気付くべきだった。


主催側であるバロバロッサ家にとって、本番はむしろここからなのだから。

今度こそ足を引っ張るわけにはいかない。


来賓名簿にあの人物の名がないか確認しなければ。

翌々日に確認したときには載っていなかったが、直前になって追加されている可能性もある。


指先で欄を追う。

ニコマコス公爵ポシルジ卿の名はある。


だが――


「カリオンがいない」


もう一度確かめる。


それでも、カリオン・ニコマコスの名はどこにもなかった。


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