表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の子らの饗宴  作者: 茎乃ハル
【第二章】風環 ――因果は巡り、薙ぐは定め。 それでも花は咲くのだろうか――
PR
55/57

54 -饗宴――前間③

視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


54 -饗宴――前間③


勢いに弱い自分が我ながら情けない。

どうしてこう、悪いことというのは重なるのだろうか。


記憶喪失に龍造天竜アンゲロス

モリーン令嬢とルミーの無謀な約束事。

そして――。


「脚を狙え!」


遠くから、狩猟に興じる者たちの声が響いた。


バロバロッサ邸から北へ少し龍造馬クサントスを走らせた先には、深い常緑樹の森が広がっている。狩猟の際には森を見下ろせる崖上へ見学用の天幕が張られ、獲物を追う者たちはその崖下へ散り、競うように森を駆け回っている。


龍の子である自分は狩りへ加わらず、天幕の中からその様子を眺めていた。


木々の合間には、鹿を追い立てる参加者たちの姿が見える。彼らは龍造犬シェパードへ次々と指示を飛ばし、銃を携えながら森の中を駆け回っていた。


龍造犬シェパードは尾から刃を伸ばしたまま、鹿を執拗に追い立てている。


このままではいけない。


龍造犬シェパードは本来、狩猟用に造られたものではない。嗅覚と追跡能力には優れているが、獲物を仕留めるための設計ではないのだ。

このまま追い回せば、鹿を無駄に苦しめるだけになってしまう。


「うわっ!?」


狩猟者たちのすぐ近くで、鞭を打つような鋭い羽音が響いた。

天幕にまで届く素っ頓狂な声が上がり、龍造犬シェパードも主人たちの動揺に反応してその場で足を止める。


「な、なんだ!?」


狩猟者たちが一斉に梢を見上げる。

その先には、小柄な身体に不釣り合いな鋭い翼を広げた鳥が留まっていた。


鳥だと気づいたのだろう。一人が「おほん」と咳払いをひとつする。


「どうもこの龍造犬シェパード、反応が鈍いようだ」


彼らが驚いている間に、鹿は森の奥へ姿を消してしまったようだった。


「まだ近くにいるはずだ。龍造犬シェパード追いかけろ!」


龍造犬シェパードへ命じて走っていく姿を眺めていると、隣から声が飛んできた。


「いいのか大将。そんなことやって」


慌てて伸ばしていた左腕を下げた。


「な、なんのこと?」


取り繕うように返してみるものの、隣で椅子に浅く腰掛け、足を投げ出していたセピアは呆れたようにため息をついた。


「別に」


そこでセピアは言葉を切った。しばらく黙り込み、視線だけを崖下へ向ける。


「ああ、そういや」


思い出したように口を開く。


「気をつけろよ。

龍力ってのはこっそりやってるつもりでも案外目立つ。貴族どもは龍造人形に慣れてるからな。変に勘繰られるような真似は控えろ」


「龍造人形を好きになれば、龍の子なら誰にだって——」


「わかったのか?」


「……うん」


セピアの言葉に押され、つい返事をしてしまう。


視線の置き場に困り、目を逸らした。

セピアの頬にはまだ薄く擦り傷が残っている。


「その傷、まだ治ってないんだね」


「あん? ああ、これか」


セピアは頬を指先で軽く掻いた。


「意外と深かったみたいだ。龍の子の傷ってのは、どうして“癒しの力”じゃ治せねえんだろうな。

大将は何か知ってんか?」


セピアがわざとそう呼んでいることは分かっていた。反応するだけ面白がられるので、触れないことにする。


「ええっと……」


口の中で言葉を探る。

教典で何度も聞かされた一節が頭に浮かんだ。


「龍の子は、龍神の血を下賜された存在とされている。

癒しの力も、龍の子自身の力というより、龍神を媒介として間接的に傷を癒しているにすぎないんだ」


口にする言葉は、既知の教義をなぞるだけのものだ。意味を咀嚼するより先に、定型として吐き出していく。


「『樽いっぱいの神酒に、一滴の泥水を混ぜるなかれ』って教えもあるくらいだしね。穢れがなければ、龍神の慈悲はそのまま届くって考え方がある。

だから教会があって、神官たちは穢れを祓うんだ」


一度言葉を切る。


「人は放っておけば理から外れる。

だから正しい場所へ戻さなきゃいけない――そう教えられてる」


それから続けた。


「だけど、龍の子を癒すとなれば話は別になる。

龍の子は龍神の稀血を宿す存在だから、ほんの少しの濁りでも癒しが届かなくなるって解釈されてるんだ。完全な清浄でなければ駄目だって」


思わず苦笑が漏れた。


「この世にそんな人間はいないのにね」


セピアは呆れたように肩を竦めた。


「俺はお前の本音が聞きてえんだよ。その声色じゃ、自分で言ってること信じてねえの丸わかりだ」


「そんなこと急に言われても、僕にもよくわからないよ。ただ、納得できないだけで……」


そこまで口にして、自分の言葉に気づいた。


「ち、違うよ。ちゃんと納得はしてるから」


ついセピアの調子に流されて、口走ってしまった。


「ばか、誰にも言わねえよ」


セピアは短く笑った。


「でもそうか……大将でもわかんねえのか」


そう言って話を打ち切ると、不意にこちらへ顔を向けた。


「そういや、一昨日だったか。あいつらの墓に来てくれたんだってな」


「えっと……誰かから聞いたの?」


記憶を失っていた間に話していれば別だが。


「いや」


セピアは首を傾げる。


「あんな高そうな花を手向けるような奴、お前かフリージアくらいしか思い当たらねえからな」


「花? 僕は手向けてないけど」


「変だな、フリージアも行ってねえって言ってたし……」


セピアは首の後ろを掻いたが、すぐに興味を失ったように手を下ろした。


「まあ、とにかくだ。ありがとな」


軽く頭を下げると、セピアはそのまま崖下へ視線を向けた。


「墓っつっても、埋まってんのはあいつらの腕輪だけだが……孤児院の連中は喜んでたよ。やっと帰ってきたってな」


その言葉を聞いているうちに、セピアになら話してもいいのかもしれないと思った。

少し迷ってから、勇気を出して口を開く。


「セピアは、記憶がないまま行動してたことってある?」


「はぁ? ボケるにはまだ若いつもりだけどな」


「いや、そうじゃなくて」


記憶のないまま行動してしまうことがあること。

祈念の式も、朝食も、今日の出来事もところどころ抜け落ちていること。

それが龍の子に関係するものなのかもしれないこと。


胸の内に溜め込んでいた不安を、少しずつ打ち明けた。


「マジか?」


セピアは顎に手を当て、遠い記憶を探るように目を細める。


「いいや、俺はそんな経験一度もねえな。フリージアには聞いたのか?」


「えっと、まだ。

その……今日のフリージアさん、どうだった?」


「どうだったって、どういう意味だよ?」


本当に意味が分からないらしい。セピアは首を傾げた。


「あのご令嬢はいつも通りだ。あの澄ました顔でこっちを睨んでたよ。変なことすんなよってな。

困んのは、友人として招待したジュナ様に返ってくるんだとか。俺もそれくらい弁えてるっつうのに、相変わらず口うるせえ」


「そう……なんだ」


では、あの廊下で見たフリージアの姿は何だったのだろうか。


自分の思い違いだったのかもしれない。

本当に、ただ埃が目に入っただけだったのかも。


そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。その拍子に前から気になっていたことが口をついて出る。


「ずっと気になってたんだけど」


「なんだよ?」


振り向いたセピアと目が合う。


「なんでずっと……その、笑顔なの?」


声はいつものセピアなのに、さっきから表情だけが別人のようだった。


もし初めて会っていたなら、社交界で令嬢たちの人気を集める美丈夫だと思っただろう。柔らかな笑みを浮かべたその端正な顔立ちは、それだけで人を安心させるものがあった。

だが、素顔を知っているこちらからすれば、その笑みには安心感よりも気味の悪さが勝ってしまう。


「この地獄みてえな饗宴が終わって、馬車に乗り込むまでは、この顔を作っとく必要があるんだ」


セピアは上着の襟元を指先で軽く撫でると、一度だけ顎を引いた。そのまま誰かに挨拶を返すような微笑を口元に残したまま、さらりと言ってのける。


「一瞬でも弛めると、戻せなくなっちまう」


ぞわり、と背中が粟立った。


器用なのか、不器用なのか。

セピアのことが未だよくわからない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ