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龍の子らの饗宴  作者: 茎乃ハル
【第二章】風環 ――因果は巡り、薙ぐは定め。 それでも花は咲くのだろうか――
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53 -饗宴――前間②

扉を叩く。

ほどなく、内から返事があった。

「どうぞ」

その声に応じ、扉を開ける。

*********************************************************************************************

視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


53 -饗宴――前間②


ルミーの寝室に入るのは久しぶりだ。


室内には丸みを帯びた動物のぬいぐるみがあちらこちらに置かれている。

四年前、八歳の誕生日を迎えた折に贈った白馬のぬいぐるみもいまだ新品のような姿で寝台に並んでいた。白い毛並みは少しもくすんでおらず、大切に手入れされてきたことが窺える。


窓際には勉強机が置かれ、その傍らには小ぶりの円卓が据えられている。

ルミーはその席に腰掛けたまま、向かいの少女へ声を向けた。


「モリーンさま。兄のジュナです」


紹介を受けた少女はわずかに頬を膨らませ、ルミーへ抗議するような視線を向けてから、こちらに小さく頭を下げた。


「ジュナお兄さま。

こちら、プルワ公爵家のご令嬢であられるモリーンさまです」


後ろ髪をゆるく巻いた黒髪には、王族によく見られる朱の飾りが編み込まれている。

黒い瞳の下で、首元の宝石は肌へ沈み込むように輝き、指に嵌められた鉱石の指輪もまた、指先の肉をわずかに押し上げるように収まっていた。


「おい、ルミー! 妾との間で敬称などつけるな。

誓いの湖で永遠を誓った仲であろうが」


「……えっと、誓いの湖?」


軽く問い返すと、ルミーはこくりと頷き、なぜか秘密を打ち明けるように声を潜めた。


「雨の日にできた水たまりのことです」


「はい?」


予想通りの反応だったのだろう。

ルミーとモリーンは顔を寄せ合い、ひとしきり楽しげにくすくすと笑い合った。


「物語みたいに、モリーンと誓ったんです」


そう言うなり、ルミーは椅子から跳ねるように立ち上がり、祈りを捧げる司祭めいた厳かな声音へ変えた。


「健やかなる日も、病に伏す夜も。

歓びの中でも、絶望の淵にあっても――永久に、貴方の親友であることを誓います。

翡翠の湖を護りし竜よ、どうかお聞き届けください。

私たちの絆が、時にも、涙にも、決して揺るがぬものであることを。

リリゼット。どうか、この薬指を握っていただけますか」


「ええ、いつまでも。アルウェル。貴方の薬指に誓って」


応じるように立ち上がったモリーンは、差し出されたルミーの薬指をぎゅっと握りしめた。


ジュナには何がなんだかわからなかったが、手だけは拍手を返す。


おそらく左手の薬指へ誓いを結ぶという習わしは、龍の子に由来している。 龍の子にとって薬指はただの指ではない。龍丹田から伸びる主龍脈が集まる力の軸であり、銀指輪は膨大な龍力を安定させる楔として、そこへ嵌められる。


龍神の恩寵を最も強く通す場所だからだろうか。

薬指に誓うという物語は、古くから数多く語られている。


……いや、

習わしの根源を考えるより、今は二人の遊びに付き合ってやるべきだろう。

そもそもルミーが自分を呼んだのも、場を盛り上げる役を期待してのことなのだから。


「ふたりは本当に仲が良いのですね。とても羨ましいです」


社交辞令に聞こえぬよう努めたつもりだった。少なくとも、次のルミーの言葉を聞くまでは。


「ジュナお兄さまにも、この薬指に誓っていただきたいのです」


「えっ? いや、どうして僕が」


思わず本音が口をついた。

二人の輪に加われば、面倒事に巻き込まれる未来だけは容易に想像できたのだ。


「ジュナお兄さまはもちろん、雪月の折に聖焔教会で秘儀が執り行われていることはご存じですよね?」


「まあ、それくらいは」


「それでですね――

私、その秘儀で何が行われているのかこの目で見てみたいのです」


「……冗談ですよね?」


思わず聞き返した。


「秘儀というものは、人目を避けて執り行うからこそ秘儀なんですよ」


「そんなことは重々承知しています。ですが私たちには、その内容を知る資格が充分にあると思うのです」


「資格?」


「はい」


ルミーはカップを口元へ運び、一口だけ含んでから言葉を続けた。


「秘儀は本来、王の一族と龍の子によって開かれたものだったそうです。ですが今では権威の象徴となり、選ばれた一族しか席を許されなくなったのだとか。

本来であれば、ジュナお兄さまも龍の子なのですから、教義の上では問題ありません。

ですが実際には、龍の子というだけで席を許されることはありませんから……私は、お兄さまの付き添いとして紛れ込むこともできません」


伏せた睫毛を震わせ、それから小さく息を吐いた。


「きっと正式に参列を願い出たとしても、私の参列は許してはくれません。そうなれば、行けるのはモリーンだけになってしまいます」


そう言ってルミーは、申し訳なさそうにこちらを見上げた。その目には諦めきれない期待が滲んでいる。


「どうしてもふたり一緒に見たいんです。ジュナお兄さま。協力していただけませんか」


ルミーの顔を正面から見ることができなかった。寝台に並ぶ真っ白なぬいぐるみへ視線を逃がしたまま、口を開く。


「ごめん、ルミー。さすがに力にはなれない。

見つかりでもすればバロバロッサ家にまで咎めが及んでしまう。

これ以上そんなこと、僕には耐えられない」


「はぁ〜〜〜っ!」


モリーンが突然天井を仰ぎ、これ見よがしに大きなため息をついた。


「お主、それでも男なのか?

発見されることばかり恐れていては、冒険などできんじゃろうが!」


それまで押し込めていた熱を噴き出すように、モリーンが円卓を叩いた。


「龍の子、ジュナ・バロバロッサよ。ルミーから色々聞いておるぞ。

お主、龍造人形を個人で造れるほど卓越した龍力の使い手なのじゃろう?

妾だけなら秘儀へ参列できるじゃろうが、そんな当たり前なやり方、何の感慨にも浸れんわ。

よいかジュナ、大切なのは冒険心じゃ。

露見せぬよう知恵を尽くし、一歩誤れば終わる綱渡りをしてこそ魂は燃えるのじゃよ」


当然だろうと言わんばかりに胸を反らすモリーンへ、堪えきれず口を開いた。


「まって、どうか考え直してください。

僕を随分買い被っておられるようですが、そもそも龍造技術と忍び込みでは必要な技能がまったく違います。忍び込みなんて、僕にできるはずが――」


「うるさい、うるさい! 妾が決めたのじゃ。

よいかジュナ、聖焔教会で何が行われておるのか見るまでは、絶対に聖都へ帰らんからな」


モリーンはびしりと指を突きつけた。


「妾は、教会へ続く九十九折りの坂をどうすれば誰にも気づかれず登れるか考えておく。ジュナ、お主は教会へ忍び込む策を考えよ。


どうにか説得しようとあれこれ言葉を重ねたが、モリーンはびしりと突きつけた指をさらに押し込んできた。


「ええい、細かいことはどうでもよい! これは決定事項じゃ!」

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