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龍の子らの饗宴  作者: 茎乃ハル
【第二章】風環 ――因果は巡り、薙ぐは定め。 それでも花は咲くのだろうか――
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52 -饗宴――前間①

上目遣いにこちらを見上げてくる。断れないと知っている目で。

「お願い、できますか?」

龍の子として誓いを立てた以上、断れるはずがない。

*********************************************************************************************

視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


52 -饗宴――前間①


門前には到着した馬車が列をなし、従者たちが忙しなく行き交っている。

すでに賑わいを見せていた邸へ、なお新たな客が続々と到着していた。


サルウィンとルミーが結託して僕に嘘をついているのではないか──そんな希望にどこかで縋っていた。

だがこの慌ただしさを肌で感じてしまえば、それも空しい。


……いや。

あの堅物のサルウィンが平然と嘘をつくほうが、よほど現実離れしているのか。


来賓の名簿は前日にあらためて確認するつもりで軽く目を通しただけで、顔と名がすぐに結びつかない。

取り違えるわけにはいかないに。どうにか思い出さないと。


「お兄さま、はやく! こちらへいらしてください」


窓の外に視線を向けたまま思考に沈んでいたジュナは、ルミーの呼び声に我に返り、後を追って小広間(談笑室)に向かう。


二階にあるその部屋は一階の団欒室に比べればいくらか手狭だが、同年代の者たちが集うにはかえってちょうどよい広さだ。


小広間の扉に近づくにつれ、内からこぼれる話し声はいっそう賑やかさを増していた。

ルミーとともに中へ足を踏み入れた瞬間、それはぴたりと止んだ。

幾つもの視線が一斉にこちらへと向けられる。


「皆さま、遅れてしまい申し訳ございません。ご用意に少々手間取ってしまいました」


普段どおりの弾んだ声の端にかすかな詫びが乗っている。

軽く両手を打ち合わせると、その合図に龍造岩ゴーレムが給仕台を押し進め、来賓の前へと卓を整えていく。

ルミーはその傍らに立ち、軽やかに言葉を添えた。


「ここ南端サウスエッジはご存じのとおり、南方諸国との交易が盛んでございます。

本日は遠路お越しいただきましたお礼に、珍しい食材を用いた菓子をご用意いたしました。ささやかではございますが、香辛料を利かせた品でございます。どうぞ、談笑のお供に」


ルミーはドレスの裾を指先で整える。

そのまま軽く膝を折って一礼すると、人の合間をすり抜けるように、中央を一直線に小走りで進んでいった。


本来であれば無作法と取られかねない振る舞いだが、誰一人として不快を示す者はいない。すれ違う者は気軽に声をかけ、ルミーは笑顔で応じる。そのやり取りにつられるように周囲の表情もやわらいでいく。


ジュナは手を上げ、龍造岩ゴーレムから差し出されたグラスを受け取り、それを一口含む。

爽やかな酸味が広がる淡い果実水。これも南蛮から取り寄せたものだろう。

名は、なんだったか――


壁際に控え、さりげなく視線を巡らせる。


フリージアとセピアもこの場にいるはずだ。

来賓名簿に二人の名を見つけたときはさすがに目を疑ったが。


龍の子は本来、世の利害から距離を置かれる存在だ。こうした場に招かれること自体かなり異例なことだ。ジュナ自身も主催側でなければ列する機会はない。


それでも父上が二人を招いた意図は明らかだった。


僕たちへの牽制。あの件に対する、無言の釘刺しだ。それ以上の意味があるとしても甘い理由からではない。


二人と言葉を交わしておきたかった。

互いに何をどこまで掴んでいるのか確かめ、認識も揃えておきたかった。


飲み終えたグラスを龍造岩ゴーレムに預け、広間を見渡す。


セピアの姿はすぐに見つかった。

自分と同じ、胸元に南端サウスエッジの旗紋章――火竜サラマンダーを刺繍した王立学院の礼装を身につけ、令嬢たちに囲まれながら歯をのぞかせるようにして笑っている。


その様子に差し出がましいとは思いながらも、つい気を揉んでしまう。


助けに入るべきかと、逡巡がよぎる。ひとまず令嬢たちの様子を窺うが、彼女たちは扇で口元を隠しながらも興味深げに身を乗り出していた。


なんだ……しっかりやれるんじゃないか。


セピアは人差し指を立て、にこやかに言葉を重ねている。

余計な介入は不要だろう。


次にフリージアの姿を探そうと、視線を巡らせた――


「これはこれは、龍の子、ジュナ・バロバロッサ殿。ようやくお姿を拝見できましたな。このような場にお招きいただき、光栄の至りでございます」


声をかけてきたのは、自分よりも年若いであろう少年だった。

過剰なほど整えられた言葉遣い。丁重さの裏に、相手の立場を値踏みするような気配がある。


以前どこかの席で顔を合わせたことがある。名はたしか……。

ジュナは一礼し、応じた。


「コルコス様。こちらこそ、聖都セントラルよりお越しいただきありがとうございます。

道中、ご足労はございませんでしたか」


「いえいえ、とんでもない。バロバロッサ辺境伯とは同格、よしみを通じておければと存じますし。

それに──王を選ぶ席に名を連ねる、プルワ公爵家、ニコマコス公爵家もご臨席とあらば、なおさらでございましょう」


飾られた言葉とは裏腹に、その意図はあまりにも露骨だった。


「近頃は南蛮との交易をさらに広げておられるとか。ぜひ、我らカイロス家も一枚噛ませていただきたいものですな」


「そうですね。そうした話はすでに父の耳にも入っているはずです」


周囲にはコルクスに付き従う者たちが控え、逃げ場を塞ぐように位置取っている。

このままでは形式だけの応酬に引きずり込まれるのは目に見えていた。


そろそろ引くか――。


視線を巡らせる。

サルウィンがすでにこちらを見ていた。

彼は何も言わず歩み寄り、耳打ちするように顔を寄せる。


「礼を言う、サルウィン。

皆さま、申し訳ございません。所用がございますので、少し席を外させていただきます」


「……そうですか。これから積もる話もございましたが、主催者のご子息ともなれば忙しい身でしょうな。

ではまた後ほど」


ルミーとの約束まではまだ間があるが、あの手の応酬に付き合うくらいなら厠にでも籠もってやり過ごす方がいい。コルクスと握手し、小広間を後にした。


「やっぱり、苦手だな」


扉にもたれ、サルウィンにそう漏らす。

だが彼は口元をわずかに引き結び、腕を上げて廊下の先を示した。


等間隔に並ぶ窓ごとに光が落ち、廊下敷きの上で埃がかすかにきらめいている。


その最奥、差し込む光の向こうにひとり佇む人影があった。

肩線に走る金糸の蔓線——王立学院の礼装だ。

そして、そこから垂れる緩く編まれた薄紅色の三つ編み。


見間違えるはずもない。

フリージアさんだ。


ほとんど駆けるように踏み出していた。靴音が廊下に弾け、光が横へと流れる。


呼びかける寸前、足が止まった。


フリージアさんは窓辺に立ったまま、外を見つめていた。

頬を伝う涙にも気づいていないように。


「……あの」


呼びかけると、彼女は振り返った。反射的に声の方へ向いただけの、空白を残した動き。淡い緑の瞳が揺れている。


「大丈夫?」


「あっ……これですか。問題ありません。ちょっと、埃が目に入ってしまって……」


慌てたように袖で涙を拭い、取り繕うように笑みを浮かべる。


ハンカチを取り出し、差し出す。


「問題ありません。本当に問題ありませんから」


彼女は顔を伏せたまま、さらに深く頭を下げた。


「申し訳ございません、急いでおりますので。わたしはこれで……」


そう言って脇をすり抜け、小走りで小広間へ戻っていった。


何かあったのだろうか。

差し出したままの手だけが宙に残った。


「ジュナ様、頃合いかと。ルミー様のお部屋へ参りましょう」

「ああ、うん」


サルウィンの声に意識を引き戻され、小さく頷いた。


一度だけフリージアが立っていた窓辺を振り返るが、そこにはもう誰の姿もない。

視線を戻し、三階へと歩調を早めた。


ルミーの部屋の前で立ち止まり、扉を軽く叩く。


ほどなく、内側から返事が返る。


「ジュナお兄さま、どうぞ」


その声を合図に、ジュナは扉を開いた。


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