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龍の子らの饗宴  作者: 茎乃ハル
【第一章】 因果は巡り、薙ぐは定め。それでも花は咲くのだろうか
47/50

47 -澱を底に残した日常♧

視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


47 - 澱を底に残した日常♧


今にも崩れそうな塀が屋敷を囲っている。

東区に構える貴族どもの屋敷に比べれば規模も派手さもない。


まあ、変人じみた貴族が一人身を置くには十分なんだろうが。


門を潜ると、前庭がある。

広がっていると言うには少し大げさで、実際は数歩で端まで届く程度の空間にすぎない。

それでも、セピアはこの庭を気に入っていた。


庭の正面には目を引く装飾もなく、自然と視線は足元の飛び石へと落ちる。

中央を避けながら斜めに流れるその並びは、高さも形もわずかに不揃いで、歩くたびに視線が揺れた。

ふと立ち止まると踏みかけた飛び石の脇に低木がある。

その枝先には今朝降った雪がまだ残っていた。


他人から見れば取るに足らない石と、季節ごとに欠かさず家主自ら剪定した低木。

それだけの庭だ。

それでも裏茸区の喧騒はここまで届かない。

冷えた空気を吸い、白くほどける吐息を眺めながら、セピアは自分だけがとり残されたような静けさを味わった。



玄関扉を開き、靴についた泥を落としていると、

そこで待機していた年季の入った龍造岩ゴーレムが起動した。

脱いだばかりの靴を遠慮なく踏み越え、何事もなかったかのように主人のいる執務室へ進んでいく。


試しに、龍造人形へ左腕をかざしてみる。

だが返ってきたのは、ぱちり、と指先で静電気のようなものが弾ける感触だけだ。


――まあ、そうなるよな。


ジュナは龍造人形をいとも簡単に操っていた。

だがあれは龍の基礎と呼ばれる四大元素のように、訓練で誰もが扱える類のものじゃない。

猫に変身できる龍力と同じ、もっと根深い力のはずだ。


次に会ったときは、そのことを教えてやったほうがいいだろう。

あいつは自分の力を低く見積もりすぎている。


……もっとも、それはジュナに限った話でもない。

あの学院にいた龍の子らに共通して見られた癖だ。奴らは揃いも揃って、自分を貶めことに余念がない。何が楽しいのか俺にはさっぱりわからないが。


ともあれ、貴族社会において龍造人形があれほど浸透している以上、自分の力がどれほどの価値を持つのか、その自覚だけは早めに持っておかせた方がいい。


先頭を進む龍造岩の歩みは、相変わらずナメクジじみて遅い。

口を大きく開けて息を吐く。

こんなところで突っ立っているのも馬鹿らしく、屋敷の中を眺め回した。


中も外と同じ印象だ。

装飾も家具も、必要最低限。

いまだに初期型ポンコツを使い続けているあたり、物欲がないのは確かだろう。


――ティシア・エスキュラス。

この家の当主であり、裏茸区で生きていた俺を“拾った”女だ。

当時の俺は孤児をかき集め、酒場の雑事を請け負いながら、どうにか連中を食わせる程度の稼ぎを捻出していた。


そんな折、ティシアは俺に声をかけてきた。


「アンタ、私の養子になりな。

爵位は低いが、一応は貴族さね。

私が後ろ盾になれば、アンタの仕事も随分楽できるだろう?」


俺はそっちに利のない取引は受けないと断った。

見返りを要求しない話ほど信用できないものはない。


すると、老婆は豪快に笑った。


「その時が来りゃあ、その対価として相応の仕事を担ってもらう」


そう言って笑みを崩さぬまま、こう続けやがった。


「もしその“対価”が気に入らなけりゃ――

その時は、このおいぼれの首でも捻って逃げりゃいい。

私はアンタを利用する。

だからアンタも、私を使い尽くせばいいのさ」


それから五年。

ようやく出された最初の指示は、拍子抜けするほど簡単なものだった。


――聖火教会に併設された王立学院へ入学しろ。


五年前の俺は自分が龍の子だということすら知らなかった。

それなのに、なぜティシアが俺自身も気づいていなかった事実を掴んでいたのか。その答えは今も掴めていない。


学院に入れという指示が大雑把だった点も、今なお解せない。

卒業までの二年間を、そこでただ過ごせばいい。

それだけだった。


だからこそ俺の学院入学時期と孤児院がカリオンに利用され始めた時期が重なっていた事実が、後になって気にかかった。

だがそれも白であることは、信頼できる情報筋からすでに裏が取れている。

その間ティシアは聖都と南端の間にある町々を行き来し、家畜の治療や、人の軽い怪我を診て回っていたようだ。


そもそも考えてみれば、この女に金や地位といった物質的な欲がないことは明白だ。

もしそうなら俺が龍の子だと知った瞬間から使わない手はない。

《《代拝》》でも何でも、龍石に関わる仕事をやらせれば、爵位の低いこの家の格もいくらでも高められただろうからな。


あれこれと考えているうちに、ようやく初期型ポンコツは執務室の扉に取りつき、重たげに引き開けていた。


室内を見渡すと、猫から牛に至るまでの動物の骨格標本が棚や壁際を埋め尽くすように並んでいた。

それに類する書籍も、整理されることのないまま縦に積み上げられている。


骨と紙の山の奥で、

目を落としたまま片眼鏡をかけた老女が一人、机に向かって腰を下ろしている。


ここも変わらない。

古書の頁に染みついた、乾いた紙とインクの匂い。

眼球を失った動物たちの空洞が、室内の沈黙を深めている。


その中を、

——しゃ、しゃ、と紙を撫でる音だけが続いた。


頻繁に主人が屋敷を空けるものだから、俺はその隙を盗んでこの執務室に忍び込み、

積まれたこの書庫からさまざまなことを学ばせてもらった。


「いろいろと調べまわっているらしいじゃないか」


書類から視線を離さぬまま、老女が言う。


「……何をだ?」


俺の言葉を合図にしたように、

老女は片眼鏡を外し、ようやく顔を上げた。


その口元には昔話の続きを始めるような、どこか人を食った緩い笑みが浮かんでいる。


「おやおや、セピア坊。

見ないあいだに、背が米粒ほどは伸びたんじゃないかい?」


……くだらない。

その冗談に応じるほど、俺は暇じゃない。


「用がないなら、さっさと帰らせてもらうぞ」


踵を返した、その背に――


「待ちなよ」


軽い音を立てて、紙切れが背に当たった。

足元に落ちたそれを拾い上げる。封筒だった。


「なんだ、これは?」


「バロバロッサ辺境伯様からの、パーティーのお誘いさ」


すでに切られていた封を開き、

中から手紙を取り出す。



(書状)

ティシア・エスキュラス男爵殿

並びに

セピア・エスキュラス殿


来る雪月の折、

バロバロッサ邸においても祈念の式を執り行い、

同日に饗宴を催す運びとなりました。


つきましては、貴殿らにおかれまして

ぜひご出席のうえ、席を賑わせていただきたく存じます。

なお、当日は貴殿らの出席を前提として、

すでに諸準備を進めております。


本状をもって、謹んでご案内申し上げます。


クラウン・バロバロッサ辺境伯



「なるほどな。

やっと俺を学院に通わせた狙いがわかったぜ」


軽口のつもりだった。

探りを入れるような、いつもの癖だ。


「さあ、どうだろうかね」


老女は肩をすくめる。

だが思いの外、その仕草にははぐらかしとも本音ともつかない余白がある。


「クラウン卿と接点を持つために、俺を学院に入れたんだとすれば……なるほど。

筋は通る」


一拍置き、口の端をわざと歪める。


「となると、次は“なぜ”だ。

どうしてそこまでしてお近づきになりたいのか、考えてみる必要があるな」


「貴族の端くれが、不参加を決め込むことはできないからだよ。

それにしても、ずいぶん他人事じゃないか――ええ、セピア坊?」


机を指先で軽く弾き、楽しげに続ける。


「お前の名も、きちんと書状に書かれている。

なら当然、言葉も身なりも整えて、私について来てもらわないといけないよ」


「実に楽しみじゃないか」

老女はセピアの顔をじっと見つめ、口元にニンマリと笑みを浮かべた。


身なりを整え、上品ぶった言葉を選ぶ自分。

そのうえ愛想笑いまで貼りつけている。


胃の奥がひくりと痙攣し、出かけようとした軽口がすっかり引っ込んでしまった。

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