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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
最終章 約束の場所
85/87

85.後継者


数日経った後、小さな宴が行われた。小さな、というのは港の大爆発により負傷したボワイアの兵士たちを憂慮したことと、ムシュンドゥル国に残したドルマンや使節団数名を思うと、今はまだ諸手を挙げて喜ぶわけにはいかない、ということでらしい。大人たちが騒がしく酒を飲んでいるなか、ロゼとルノはセバスチャンとアネットと一緒にさっぱりしたレモネードで乾杯した。


「お疲れ様。三人とも。大人顔負けだったって聞いたわ。すごいわね」


アネットは一人ひとりの顔を見てニコリと微笑む。ルノは恥ずかしそうに顔を伏せながらも口元をにやつかせ、ロゼとセバスチャンは互いに見合ってはふふふっと笑いあった。


「僕は当然のことをしたまでですけど、海賊と戦ったルノさんと、数々の奇跡を起こして戦争を止めたロゼさんは本当にすごいと思います」

「奇跡・・というか、天災を起こせたのはポラリスおばあちゃんの夢なんですよ。とっても面白かったです。ドカーンドカーンって」

「ロゼちゃんが雷落とすところ見たかったなあ」

「私ももう一回やりたいなあ」

「私も見てみたいから、ポラリスさんにまたお願いしてみるのもいいかもしれないわね」


アネットが目を細めて楽しそうに笑う。つられてロゼも笑った。実はこの宴にポラリスとマーカスは参加していない。疲れ切ったというポラリスは「しばらく休みたい」といって仮設住宅からちっとも出てこず、マーカスは迎えにきたホアンナに強制的にフェズィに連れていかれた。


穏やかな時間を過ごしている四人の背後では大量の酒を飲んでいるファルガとフラミンゴが騒ぎ、酒豪二人に絡まれながらも楽しく飲んでいる使節団たち、既に死にかけてテーブルに突っ伏してるガナッシュをテラが介抱している。ローウィンが給仕として酒をどんどん注ぐのはわかるが、労われるはずのビーグルも給仕として働かされている。理由は“犬”だかららしい。だがビーグルは文句を言わなかった。酔っ払いをかわしつつ、つまみ食いし放題だからのようである。


「いやね、人に絡んじゃって。あの人ったら」

「でもフラミンゴさんお酒強いので大丈夫だと思いますよ」

「ロゼさんは酒場に勤めてるのよね。酔っ払いたちの相手は大変ではない?」

「とっても楽しいですよ!ふざけた人たちばかりなので」


ロゼは背後で騒いでいるファルガやフラミンゴたちを見て「あれだけ騒いでるのに、酔っ払いさんって急に電池切れたみたいに突然寝るんですよ。面白いですよね」肩を小刻みに揺らして笑った。


「・・・ロゼさん」

「はい?」


アネットに呼ばれて顔を戻す。熱の篭った声を出したアネットは、笑顔はそのままに、だけど淋しそうな眼差しをして、ロゼの手元にあるレモネードのグラスに視線を落とした。


「明日、帰ってしまうんですってね。仕方ないことなのに、やっぱり淋しいわ」

「えっと・・・でも!フラミンゴさんにお願いして、またすぐネラルク大公国に戻ってきます。被害を受けた港のこともムシュンドゥル国のことも、私、手伝いたいって思ってて」

「ありがとう。貴女は本当に優しい子だわ。けど、お店もあるでしょう?」

「お店の手伝いをしながらします。あ!アネット様もセバスチャンさんも是非お店に来てください!小さい酒場ですけどいっぱいおもてなしします!」

「ふふっ、それは楽しみだわ。ありがとう」


淋しそうだったアネットがまた少女のように笑う。その隣でセバスチャンも微笑んでいた。


「そういえばロゼちゃんのおうち、ここじゃないんだったね」

「え?」

「村を出るときロゼちゃんのおうちに帰るって言ってたから、ちょっと勘違いしちゃってた」


ルノがレモネードを口にしながら呟く。そういえばあのときは自分のケガがきっかけで急ぎお店に帰る予定だった。そしてルノも今は一時的にフラミンゴが預かっているだけで、ルノもいずれフェズィに帰らなければならないのかもしれない。そう考えると、ここに集まっている人たちがまた全員集まるのはそう簡単なことじゃなくて、それぞれ帰るべきところに帰り、日常を取り戻す。そう考えると、さっき淋しそうな顔をしたアネットの気持ちがわかるような気がした。


「あれ?じゃあ、ここって誰のおうち?」

「ここはガナッシュさんのおうちだよ」

「え?だったらガナッシュお兄ちゃん、ロゼちゃんのおうちには一緒に行かないの?」

「え?」

「ロゼちゃんはケガしてるからおうちに帰らなきゃなんだよね。でもガナッシュお兄ちゃん、おうちのことが忙しくて困ってるなら、私ここに残ろうかな。ロゼちゃん、すぐ来てくれるんだよね?」


思わぬ発言が出てロゼもセバスチャンもアネットですらその場に固まってしまう。ネラルク大公国の状況を考えればガナッシュがこれ以上国を空けることはできない。そうか、ここで長かった旅は本当の本当に終わりなのか。ロゼは隣に座るルノの頭を撫でて「ルノちゃん、ありがとう。でも私たちだけで勝手に決められないから明日でもフラミンゴさんに聞いてみよう?」そう告げれば「うん!」ルノの元気のよい返事が返って来た。


「あの・・ロゼさん。明日の出発って何時頃ですか?」

「確か・・・定期便に乗せてもらうって言ってたはずなんで・・・何時だろ」

「定期便ですね。わかりました。見送りに行きますね」


セバスチャンが柔らかく微笑んだ。「ご両親に色々手土産を渡したかったのだけど、倉庫が吹き飛んでしまったせいで、なにも持たせられないのが恥ずかしいわ。なにか・・なにか、ないかしら」アネットは身体を斜めに倒して首を捻る。「そうですね。なにか・・・。」同じようにセバスチャンも首を捻った。なにもわかっていないのにルノも真似をする。


「私は、トロッコが欲しいなぁ」


ロゼの斜め上の回答にアネットとセバスチャンが吹き出して笑った。酒に酔ったように大きな声を出して笑った。


**


明け方近くまで酒をたらふく飲んだはずなのにファルガは早い時間に壊れてしまった港に下りた。昨夜の宴を考慮して今日の仕事は休みにしている。港には誰もいない。さすがと言えばいいのか、瓦礫の山だった港はあっという間に坑員たちの手によって退かされ、抉れた岸壁は爆撃の爪痕を残しているが、だだっ広い土地が見渡せるほどになっている。岸壁さえ元通りにすればすぐにでも船が出せる。船が出せないと取引ができない。ネラルク大公国においての優先課題だった。


ファルガは首と腕を回しながら屋敷へ帰る。疲れも酒も抜けていない。「あ゛~~~」焼けた喉がむず痒くて声を出した。


「ファルガ様、おはようございます。お早いですね」


フラミンゴの馬であるジンの手入れをしながらテラが声をかけてきた。既にリヤカーはピカピカに磨かれている。「アネット様も仰っていましたがお礼に持たせるものが何もなくて・・。珍しい骨董品とか、ロゼさんは喜んだでしょうけど、ファルガ様の倉庫は粉々になっちゃいましたからね」筋肉ムチムチの大男が背中を丸め溜め息をつく。「また買って来るし、なんならロゼを連れて行ってやる」ファルガもテラに並びジンを撫でた。なんとなく艶がかって見える。高級な馬に見えた。


「定期便で帰るんだっけか?」

「そのようです」

「なら・・まだ時間があるな。その前にディオと話でもするか。なんか、ちびっ子がディオの心配してここに残るつったらしいからな」

「ルノさんですね。優しい子です」

「あんなちびっ子に心配されるなんて情けねぇ奴だな。今後のことを話してアイツにはもっと自覚を持ってもらわねぇと周りに示しがつかねぇ」

「自覚?ですか?」

「国を背負うデカイ男としての自覚だ。アイツはタッパはあってもひょろっこいしな。酒も弱ぇし」

「あれは体質かと思いますが」

「ダメだダメだ!そんなんじゃ!おい!今すぐディオを呼べ!呼んで俺の執務室に連れてこい!」

「ええぇ~、酒に弱い坊ちゃん潰したのファルガ様ご自身なのに」

「いいから!こんなんでへこたれちゃあ話になんねぇんだよ!」


ファルガは馬のケツを叩くようにテラのケツを叩いた。「こういう自分勝手なところが嫌われてしまうというのに」呆れたようにテラが小走りでファルガより先に屋敷に戻っていく。ファルガは隣にいるジンに「お前にもうちのせがれが世話になったな。ありがとよ」と首を撫でると、顔を上下させるジンはまるで当然だと言っているようだった。


**


執務室にはアネットも呼び出された。「んもう、ロゼさんに渡す荷物をまとめてたっていうのに。なにも今ディオに説教なんてしなくても」昼には定期便で帰ってしまうロゼたちの世話に勤しんでいたアネットが不機嫌を露わにする。


「今しないでいつするんだよ。どーせロゼたちが帰っちまえば、いつもの腑抜けにもどっちまうに決まってる」

「決めつけないで」

「いーや、そう決まってるんだ」

「もう!」


アネットは口を尖らせて両手を腰にやる。ファルガは怒っているアネットでなく窓の外を眺めていた。いつもいつも海ばかり眺めている。滅多に使わないファルガの執務室のデスクには書類の一つもなくていい意味でいえばキレイだ。コンコンと乾いた音が鳴る。「おう!入れ!」外を眺めていたファルガがデスク前に向き直る。その隣にまだ口を尖らせているアネットが並んだ。


「失礼します」


扉の向こうから聞こえた声はやけに若かった。ガチャとゆっくり開かれた扉の向こうから現れたのはセバスチャン。セバスチャンは顔を俯かせたまま扉を閉める。「ん?セバスチャン。なにか用か?」ファルガは椅子に座ることなく両腕を組んで立ったままセバスチャンに訊ねた。


「お忙しいところ申し訳ありません。・・・少し、話をしたくて」

「別に構わんが、もう少ししたらディオが来る。そのあとでもいいか?じゃねぇと話が中断になっちまうだろ?」

「それは・・・大丈夫です。・・・・ディオは、来ませんから」


セバスチャンの言葉にアネットが目を丸くした。「・・は?」ファルガは組んでいた両腕を解き一歩前に出る。目の前にあったデスクの脇を通り「まさか・・・アイツ。・・・この期に及んで!!」眉を顰め、奥歯を噛みしめたファルガの前にセバスチャンが立ちはだかった。


「退け!!セバスチャン!!あのバカやろうが!!この状況下においても俺様に反抗するとはいい度胸で」

「違います!!ファルガ大公!!僕の話を聞いてください!!」

「いいんだセバスチャン!!あのバカ息子を庇う理由なんざ」

「僕が望んだんです!!ディオが僕に譲ってくれたんです!!」


セバスチャンはファルガの足元に両膝をついた。頭を深く下げて告げる。


「お願いがあります!!僕を・・・僕を、お二人の養子にしていただけないでしょうか!!」


その言葉にファルガが動きを止める。アネットは口に手をやって息を飲んでは固まった。時が止まったように執務室は無音になり、外の鳥が鳴くまで誰も動かなかった。


「・・・・セバスチャン。お前・・なにを」

「勝手なことを言っているのは承知の上です。それでも!!僕は!!ディオが譲ってくれたこの場所を絶対絶対に守り抜きたいと!!そう決意したんです!!」


顔を伏せていたセバスチャンが顔を上げた。ファルガ、そしてアネットに視線を向けて、またファルガに視線を戻すとそのまま顔を伏せた。


「僕は幼い頃に原因不明の病に罹り、そのまま時が過ぎれば死んでしまうのだろうと思っていました。すぐにでも母の元へ行かなければと思いました。けど、この命は救われたのです。聖女様によって救われました。けど、この命の使い道がわかりません。第二王子である僕は兄上の下に付き、言いたいことも言えず、やりたいこともできず、王太子である兄の言いなりになるしかない。今回の件で、僕はずっと胸の内にあった(わだかま)りの正体がわかりました。僕は・・・僕を表面上の家族として付き合う人たちより、隔離されていた僕の話し相手になってくれたディオや、立場など気にせず振舞ってくれるファルガ大公や、僕の知らない母の温もりをくださるアネット様や、テラさん、ローウィンさん、国民の皆さん、ルイズベート家に関わる全ての皆さんが・・好きなんです」


俯くセバスチャンから光り輝く雫が落ちる。いくつもいくつも落ちる。アネットがセバスチャンに駆け寄ろうとしたのをファルガが止めた。


「このまま断ち切れない血の繋がりに縛られるくらいなら、命を捨てる覚悟で、この救われた命をあなたたちのために使いたい!!ボワイアの好きにはさせない!!父上にも兄上にも僕は立ち向かってみせる!!そのためには第二王子以上の立場が必要になる。一国の主としての立場が。それを・・ディオが譲ってくれました」


セバスチャンがポケットからゴールドのネックレスを取り出した。獅子のモチーフが(かたど)られているネックレスを大事に両手で持ち、伏せる頭の上に掲げ、ファルガに差し出した。


「もし・・・もしそれが、許されるのでしたら・・・僕を、後継者と、させて、いただけないでしょうか」


セバスチャンの手が大きく震える。声も大きく震える。輝く黄金のネックレスも震えていた。


ファルガはそのまま動かない。じっとセバスチャンを見つめ、言葉も発しない。アネットが何か言おうとすれば睨み、動こうとすれば手で制す。ファルガは口髭をひと撫ですると、その場に膝をついてネックレスを受け取った。


「・・・・顔、上げな、セバスチャン。つけてやれねぇだろ」


セバスチャンがゆっくりゆっくり顔を上げた。下りていた瞼もゆっくり上がりファルガを見る。ファルガは笑って「お前の泣き顔、初めて見たな」からかうように言った。そして黄金のネックレスをセバスチャンの首につける。


「似合わねぇなぁ。セバスチャンもディオも顔が女顔だからよ。もっと俺様のように逞しさを顔で語れるようになってほしいもんだぜ」

「ファルガ大公・・・。僕」

「父さん、と呼んでもいいんだぞ。だが、間違っても父上とは呼ぶな。俺は堅苦しいのは嫌いなんだ」


白い歯を剥き出しに大きく笑ったファルガがセバスチャンの頭を撫でる。弱さを見せたがらないセバスチャンの顔が皺くちゃになり、そんな泣き顔を隠すようにファルガの胸に飛び込んだ。同時にアネットも飛び込んでくる。「おおっと」思わず後ろにひっくり返りそうになったファルガが床に尻をつけた。


「なんでアネットまで泣くんだよ」

「だって・・!セバスチャンが!セバスチャンが!」

「落ち着けって」


ファルガは自分の胸で泣くセバスチャンとアネットを抱きしめる。「・・・ったく、あのバカ息子。一回あのすまし顔、殴らせろ」反発ばかりしていたガナッシュの最大の反発に、ファルガは苦い顔をしながらもこみ上げる笑いを止められなかった。


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