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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
最終章 約束の場所
84/87

84.喜びを噛みしめながら


セレスティアが放った不発弾がまさかの武器庫に落ちて大爆発してしまったネラルク大公国の港は、交易品を仕舞っていた倉庫も大破させ、石炭と粉炭の保管庫も木っ端みじんに吹っ飛び、複数のボワイア兵は重傷を負ったが民間人の被害は奇跡的になかった。


「待てっ!!待つんだセレスティア!!話をっ・・!私の話をっ!!」

「話も聞かず攻撃してきたのはお兄様の方ではありませんか!!こっちは死ぬ思いをしたんですよ!!」

「だからすまなかったって!!まさかセレスが乗ってるとは!!」

「私が乗っていなかったらどうしたっていうんですか!!同じことでしょう!?」


怒りに任せて拳を振るうセレスティアにされるがまま殴られているゼイザックは情けなく尻もちをついて降り注がれるセレスティアの拳を受け止めていた。そんな情けない兄の後ろからセバスチャンが走ってくる。「皆さん!無事ですか!?」セバスチャンの顔は真っ蒼だ。


「おぉ~い・・・。ゼイザックにセバスチャン。お前らなんで俺らを攻撃してきたんだよ」

「ファルガ大公すみません!兄がネラルクの船を東の軍艦だと勘違いしまして!」

「勘違いとはなんだ!セバスチャン!あれは予言のとおり東の軍勢が襲ってきたと思ったから私たちは迎撃してやろうと!」

「向こうは一切攻撃してこなかったじゃないですか!」

「先手必勝なのだから仕方ないだろう!」

「もぉ~!!お兄様ったら!!いい加減にして!!お兄様は私たちを殺そうとしたのですよ!!私のことも!私を助けてくれた皆さんのことも!」

「だからすまなかったって」

「ちゃんとした謝罪をしてくださいと言っているんです!!」


またセレスティアがゼイザックを殴り始める。それをファルガもガナッシュも止めようとはしなかった。


「ああっ、ファルガ様!ご無事でなによりです!」

「テラよ。誰の許可で港に軍を配備したんだ」

「それは・・・形だけと仰ったので」

「結構な被害だな。・・・ま、人が無事ならそれでいいんだけどよ」


ファルガが大きな溜め息をつく。同じようにテラも表情に影を落とした。そこに「すまん。最初に見ていたこの夢のことをすっかり忘れておった」悪びれることなく笑いながらポラリスがテラとファルガに近づく。またファルガは深い溜め息をついて「・・・ばあさんの予知夢はとんでもねぇな」魂を吐き出すかのように低い声で呟いた。


「・・・ディオ。お前はゼイザックとセバスチャンに事の詳細を伝えてくれ。俺は・・・アネットのところに行ってくる」

「・・・怒られるでしょうね。大きな買い物をしたんですから」

「東の国を買った。どんな顔でなにを言われるのか嫌でもわかるぜ」


フラフラした足取りでファルガは屋敷を目指し歩き出す。いつも胸を張っているファルガが背中を丸めていることが珍しいのか、慌てて港に下りてきたローウィンがぎょっとした顔をした。ファルガに何も声をかけずに、顔だけをファルガに残しガナッシュのところに近寄ってくる。


「え、どうしたの?ファルガ様。ケガでもした?ってかみんな無事?」

「ロウ。こっちは俺が引き受けるから、ロゼたちを先に家へ案内してくれないか?みんなもう疲れ切ってるんだ」

「それは構わないけど。え、あの、みんな、無事なの?」

「みんな無事ですよ!ドルマンさんと数名はムシュンドゥル国に残りましたけど、みんな無事に帰ってきました!」


疲れた表情でいるガナッシュの代わりにロゼが元気よく両手をバンザイしてローウィンに伝える。「帰って来たよ!」ルノも真似してバンザイした。不安そうにしていたローウィンの顔が緩み「・・・そか。よかった」と笑みが零れた。


「ルノちゃん、トロッコ乗って待ってよ。港と街はトロッコで繋がってるんだよ」

「やったあ!」

「いや、あの、トロッコは・・・さっき」

「あ」


港は大爆発してしまったので瓦礫の山となっている。線路も埋まり、トロッコも見当たらない。


「じゃあ、ファルガ様みたいに歩こっか」

「ロゼちゃん、足大丈夫なの?」

「庇いながら歩けば平気だよ」

「俺が背負ってあげるよ~。遠慮しないで!」


ビーグルがロゼの前に後ろ向きで膝をついた。途端にロゼは嫌そうな顔をする。けどビーグルはそんなのどうでもよさそうだった。


「わーい!私が乗る~」

「おい!お前はどこもケガしてねぇだろ!」

「でも疲れたもん」

「俺だってそうだよ!けどロゼちゃんはケガしてて」


ビーグルの背中に飛び乗ったのはロゼでなくルノ。ルノは嬉しそうにビーグルの背中に乗る。「降りろって!」揺さぶってもルノは降りない。むしろ楽しそうである。


「あの、フラミンゴさんも戻ってますか?」

「はい。戻ってますよ」

「じゃあ、フラミンゴさん待ちます。帰って来たことはわかってると思うので」

「・・・ああ、リヤカーを待つってことですね。なら僕が声かけてきますから」


ローウィンが後ろを振り向くと「あ」状況をわかりきっていたように丁度良くジンを引くフラミンゴが遠くから近づいてくるのが見えた。ロゼは両手を上げて大きくフラミンゴに向かって手を振る。手を振り返すフラミンゴは泣いているように見えた。


**


「・・・国を、買ったですって?」

「おう」


粉炭を被って黒く汚れているファルガが着替えながらアネットに返事した。アネットは固まってしまいファルガに着替えを渡さない。


「そうすることが手っ取り早い方法だと思ってな。ザザロブの奴がなかなか首を縦に振らねぇから、色々と条件がついて面倒なことになったけどよ、それで東の国の争いは止んだんだ。あとはどう取り仕切るかだけだ」

「そんな・・・。ここから遠い言葉も通じない国を相手に」

「言葉なんて学習すればなんとかなるだろ。現にドルマンは会話できてるしな」

「けど、ウチも港が破壊され、多くの交易品も燃えてしまったのよ?カロッチャ島のことも抱えてるのに、これ以上の負担を国民に強いられないわ」

「負担を肩代わりするなにかは探す。とりあえず、事の顛末はそういうことだ」


下着以外を脱ぎ散らかしたファルガは「ちと浴びてくるわ。やってられねぇくらい汚れたからな」アネットから乱暴に着替えを受け取って部屋を出ようとする。「あなた」アネットがファルガを呼び止めたがファルガは振り返らない。


「・・・私は、どうすれば、いいのですか。もう、これ以上のものを抱えられるほど私は強くない。私が・・私が・・誤った道を進んでしまったら」


アネットの声が震える。「ここに至るまで・・多くの苦労がありました。国民全員が歯を食いしばって、必死に頑張って、やっと国が潤ってきたのに・・・他国の負担を背負いながら、また一からやり直すなんて。・・・みんなに何て言えば」ファルガは顔だけをアネットに寄越し「全部俺の責任だ。そんなに気負うな」震えるアネットの声とは対照的に力強く言う。


「ムシュンドゥル国に関しては、復興の兆しが見えてきたら返す気でいる。もちろんザザロブにそれなりの見返りは求めるけどな。あと、俺もしばらく海には出ないようにする。お前を一人にはさせねぇ。一緒にやっていこうぜ、アネット」

「・・・でも」

「大きな痛手も負ったが、それ以上の収穫も得た。ドルマン、ベルタ、使節団全員は大きく成長し、何より俺らの息子は一回りも二回りもデカくなった。未来への心配なんかこれっぽっちもねぇよ。大丈夫だ。この先はきっと明るい」


二カッと白い歯を見せて笑ったファルガは「お前も顔見てこい。不安なんて吹っ飛ぶぞ」乱暴に持った着替えを振り回すように手を振る。零れそうだったアネットの涙は引っ込んで「・・・不安にさせてるのはいつだってあなたなんですよ。なのにあなたが笑うから。私も笑うしかなくなるじゃない」はあ、と息をついた。


**


その日、帰還を祝う宴は催されなかった。帰還したみんなが疲労困憊でとにかく休みたくて仕方がなかったからだ。もちろんロゼもそのうちに入っている。ルノもそうだ。なのに、二人は一晩寝たらすぐ元気になってルイズベート家の近くにある展望台から港を眺めていた。港の惨状は酷いものだが、それだけで済んだことはむしろ喜ばしいことなのかもしれない。


「片付けしてるね」

「うん」

「手伝ってこようかな」

「でもロゼちゃん、足」

「うーん。そうなんだよね」

「歩くの痛い?」

「少し痛いかな」

「じゃあ休んでなきゃ」


また車椅子に戻ったロゼの隣でルノが展望台から身体を乗り出す。「危ないよ」「うん」返事はしつつもルノは乗り出した身体を戻さなかった。


「あっ!見つかっちゃった!」

「どうしたの?」

「王子様!」

「王子様?」


ロゼも車椅子から立ち上がり展望台から身を乗り出して下を覗き込む。するとこちらに手を振って一人高台を上がってくるセバスチャンがいた。ロゼがセバスチャンに手を振り返すと、ロゼを見たルノも真似して手を振る。そのままセバスチャンは展望台まで上がってきた。


「昨夜はゆっくり休めましたか?」

「はい。久々にぐっすり寝ました。船は苦手なので」

「そうでしたね。ルノさんは?」

「・・・・。」

「ルノちゃんは人見知りするんです」

「そうでしたね」


ロゼとセバスチャンがくすくす笑いあう。ルノはロゼの座る車椅子の後ろに隠れて顔だけを出していた。


「セバスチャンさんはどうしたんですか?」

「僕は被害調査に行っていました。今回の件は完全にボワイアの落ち度ですので、国から人を派遣して被害にあったところの復旧作業をさせようと思いまして」

「大変ですね。セバスチャンさんこそちゃんと休んでますか?少し痩せたような」

「僕は全然大変なことありませんよ。・・心配はずっとしてましたけどね」


セバスチャンがロゼの前で跪く。両手を取って「無事に戻ってきてくれてよかったです。ずっとずっと会いたかった」眉と目を垂れさせてセバスチャンは微笑んだ。そのままうっとり寝てしまうんじゃないかと思うほど顔が溶けているのに、不安げな表情を隠せていなかった。


「ディオから大まかな話は聞きました。・・助ける代わりにムシュンドゥル国の領土を自国領としたと。そうすることによって争いを繰り広げていた反政府軍及び隣国のドラチェフとコタボボタの間にネラルクが入り和解の話し合いに入ったと」

「・・・・・ごめんなさい。そういう話はよくわかってなくて、私」

「争いを止めること、そしてネラルクの信用を上げることに聖女の存在を全面的に押し出した。それが出来たのはロゼさんとポラリスさんのおかげだということです」

「ポラリスおばあちゃん、すごかったんですよ!おばあちゃんが言った通りにドカーンって雷が本当に落ちたんです!それから」


ロゼがムシュンドゥル国での活躍劇を説明しようとするとセバスチャンの顔が下がっていった。ロゼからはセバスチャンの後頭部しか見えず「・・・セバスチャンさん?」ロゼは握られているセバスチャンの手を握り返す。


「・・・・・ごめんなさい。ちょっと」

「具合悪いですか?ルノちゃん、テラさん呼んできてもらって・・」

「いえ、そうじゃなくて。・・・すみません」


ふううぅと大きく息をついたセバスチャンが顔を上げる。引き攣った笑みで「ごめんなさい」と謝った。


「ああ、本当に自分が情けない。東の国に渡った皆さんは必死に戦って成果を上げてきたというのに、僕は兄上を止められず、こんな大きな被害を出してしまって」

「ち、ち、違いますよ!セバスチャンさん!これは夢なんです!」

「夢?」

「ポラリスおばあちゃんの夢なんです!ポラリスおばあちゃんの夢は当たっちゃうんです!」

「・・・・・。」

「でも、ほら!少し内容が変わってるじゃないですか!それってセバスチャンさんのおかげだと思うんです!だからそんな顔しないでください!」


車椅子に座っているロゼの足元に跪いているセバスチャンの前にロゼも座り込む。「私だってカロッチャ島の噴火は止められませんでした。ポラリスおばあちゃんの夢は仕方がないんです。でも、私もセバスチャンさんも結果は変えられたんですから、これでよかったんですよ」うんうん、とロゼが頷く。セバスチャンも納得して頷いてほしかった。催促するようにロゼは何度も頷く。セバスチャンは頷くことなくロゼの背中に腕を回し顔を隠すように肩に頭を置いた。


「・・・・少しだけ、このままでいてもらえないでしょうか」

「・・・・あの、具合悪いのでしたら」

「こうしてたらよくなります。・・・僕の胸の内にある迷いも・・なくなると思います」


セバスチャンが小さく身じろぎをする。ロゼは頭を預けてくるセバスチャンをどうしていいかわからず、そのまま肩を貸していた。セバスチャンは弱さを見せたがらない。慰めも受け取らない。言葉を必要としないであろうセバスチャンにロゼは何も言わず、腕を背中に回し上下に優しくさすった。


「僕は、もっと強くなりたい」


零れ落ちた言葉はあっという間に空気に溶けた。幻聴かと思えるほど一瞬で溶けた。パタパタパタとルノが遠ざかっていく足音が背後でし「ディオかな」とルノの足音の先にいるかもしれない人物にセバスチャンは笑った。


「人見知りするルノさんが走って近づく人物は限られてますからね」

「え・・・と。そうですね」

「ちょうどいいです。ディオに話がありましたから。その前にロゼさんとおしゃべりできてよかったです」


ゆっくりセバスチャンの身体が離れていく。微笑んでいた。


「僕の聖女様。次は僕があなたを救えますように」


ロゼより小さいはずのセバスチャンが大きく見えた。なにか吹っ切れたような清々しい顔だった。


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