74.似て非なる脅威
船が出航して何日経過したのか。ビーグルは自分の傍を離れようとしないルノに目配せしては毎度溜め息をついている。
東の国へ密輸する武器を大量に積み、お頭のイーサン、その部下たち、そしてボスであるランサーの右腕アーノルド、始末屋のブラッドが乗るこの船はあまりに物騒で、生きた心地が全くしない。不貞腐れたように口を尖らして身体を丸めて床に座るビーグルに向かって「具合悪くなってきちゃった」とルノが背中に身体を預けてきた。
「ロゼちゃんが作った酔い止め飲んだって言ってなかった?」
「きれちゃったのかなぁ」
「ならまた飲んどけよ」
「お水・・。」
しがみつくようにルノが背後から手を回してくる。なんでコイツはすぐ人に甘えるんだ。ビーグルは声には出さないが顔に出す。そんなビーグルの顔をルノは見ていない。
「水は貴重なんだよ。簡単に飲めると思うな。唾で飲み込め」
「えぇ、きたない」
「自分の唾だろーが」
ビーグルはルノに背を向けるだけで相手にしていない。ルノはそんなビーグルの背中にくっつくだけで何も言わない。いつも怒って暴れるルノが大人しい。「・・・本当に気分悪いの?」ようやくルノに振り返ったビーグル。顔を俯かせているルノに返事はない。
「おい、吐くなよ、俺に」
「うううぅ~」
「なに?なんだよ?」
「怖い~。ロゼちゃんもガナッシュお兄ちゃんもいないの怖い~!」
ルノが回していた手に力を入れた。ぎゅっとしがみついてくる。いや、俺、ガキ、嫌いなんだけど、とビーグルは心の中で悪態つく。吐き出したい溜め息も飲み込んだ。
「ならなんで俺んとこに来たんだよ。ガナッシュ君に駄々捏ねればよかったのに」
「だって、ビーお兄ちゃんが可哀相だったから」
「は?」
「あんなに怖がってたのに、変な人たちに連れて行かれちゃって、可哀相だったから」
「変な同情いらないよ。ガキのくせに」
「でも、ビーお兄ちゃん、私のせいでケガしてるのに」
「お前庇ったわけじゃない」
「もぉ~~~~!!」
後ろから抱きつきながらルノが暴れ出す。全力でビーグルを前後に揺すると、痩せ型のビーグルは「うおおお」と声を出して後ろに転がりそうになった。
「なんだよ、お前、仮病?さっきまで大人しくしてたのは心配してほしくて仮病つかってたの?」
「ちがう!」
「ってか、声でかいんだって、お前。もっと静かに」
「ルノ!」
「あ?」
「ルノって呼んで!ちびでもガキでもお前でもない!ルノ!」
「めんどくさ」
「んんもぉおおおおお!」
ルノはビーグルの身体を横になぎ倒し、上に乗っかっては容赦なくビーグルの顔を叩く。「あだあだあだっ!殴んなよ!ガキは手加減しないから痛ぇんだって!」といいながらもビーグルはルノを突き飛ばそうとしない。
「ロゼちゃんも俺のこと叩くけど暴れたりしないぞ?お前は叩くし暴れるし叫ぶし噛みつくし」
「ルノだってば!」
殴る手を止めないルノの大声を掻き消すようにバン!!と大きな音が部屋に響く。音に過敏に反応したビーグルが慌てて音の出所を探ると、扉を足で蹴って開けたアーノルドがいた。ビーグルはルノを乱暴に振り払い起き上がる。「騒いですみませんでしたあっ!」アーノルドが声を出す前にすかさず謝る。アーノルドの不機嫌そうな顔は変わらなかった。
「うるさい」
「申し訳ございませんっ!!」
「静かにできねぇんなら、今すぐ海に放り投げるぞ。そのガキ」
「ほんっっとうに申し訳ございませんっ!!」
膝をつき額も床にこすりつけてビーグルは平伏する。ルノは戸惑いながらもビーグルの真似をした。
「使えるガキだっつーから乗せてやったが、ロゼのような賢さは微塵も感じねぇ。そこんとこどうなんだ?B」
「い、一応、コイツはとある村では魔女として有名な奴でして。貴族が通うほどの薬も作れる奴なんですよ」
「勝手に持ち込んだあの荷物だろ?中身はなんだ?」
「おい、ルノ!答えろ!」
ビーグルは頭を低くしたまま顔だけをルノに寄越す。ルノは頬を膨らませてビーグルを睨みつけた。「答えろって!殺されるぞ!」ビーグルも睨み返す。
「・・・・・・鉄砲」
「鉄砲?」
「武装ができない自分たちでは持っていけないからビーお兄ちゃんに持ってきてほしいって」
ビーグルは「はあ?」と顔を歪めたが、アーノルドは無表情のまま、眉も目も口も動かさない。
「どういうこと?自分たちは丸腰でムシュンドゥル国に行く形をとって、もしものための武器を俺にこっそり預けたってこと?」
「よくわかんないけど、そう言ってた」
「ガナッシュ君って、そんな卑怯なことする奴だったっけ?あの人、どっちかというと汚い手口嫌って裸一貫で突っ込むタイプだと思うんだけど」
「知らないよ!そんなこと」
「お前さあ、もっとちゃんとした説明受けてないの?そんなんでアーノルドさんが許してくれるわけ」
「うるさい、B。黙ってろ」
アーノルドの低い声にビーグルの身体が跳ねる。ルノに向けていた顔をまた床にこすりつけた。
「コンテナひとつ分の荷物が全て鉄砲なわけねぇだろ?おい、ガキ。他は?」
「ほか?」
「他にもあんだろ?」
「あとは・・丸い鉄の玉みたいなの。こんなので」
「・・・・。」
「投げたり鉄砲で撃ったり」
「・・・・・・・・・。」
無表情だったアーノルドの眉間に皺が寄る。とりとめのないルノの話に苛立ちを隠せていない。まずい。このままでは確実に海に放り投げられる。ビーグルはルノをフォローできるような言葉が全く思いつかず、せめてアーノルドより先にルノを怒鳴りつけてアーノルドの怒りを静めなければ、と顔を上げると「そういえば毒もあったっけ」とビーグルの心情察さずルノがあっけらかんとした声で言った。
「毒?」
「うん。ロゼちゃんがそう言ってた」
「お前の言う鉄の玉は銃弾じゃなく榴弾か?それに毒もあるのか?」
「そう言ってた。色んな薬剤詰めたから、どれがどれだかわかんなくなっちゃったけど」
「・・・・・なるほどな」
今にもルノに手を出しそうなほど苛立ちを露わにしていたアーノルドが今度は不敵に微笑む。先の尖った革靴でビーグルの頭を蹴ると「先にお前で試そうぜ?」踵をBの額に引っかけて顔を上げさせる。
「・・・・試す?」
「コイツの言っていることが本当かどうか、お前で試してみようって言ってんだ」
「・・・・冗談、ですよねぇ~」
「表に出な」
微笑んだままのアーノルドがビーグルの顔を蹴り上げると部屋を出て行った。「・・・・まさかねぇ。人質である俺を先に殺すわけないよねぇ」声を震わせながらビーグルの顔が引き攣る。ギッギッと錆びたパイプを捻るように首を回したビーグルはルノを見た。
「・・・・なあ、お前、本当に毒を持ち込んだの?」
「ルノ!」
「ルノさん、お前が持ってきたのは本当に毒なんですか?」
「そうだと思う。そう言ってたから」
「・・・・勘弁してくれよぉ~。ガナッシュ君、なに考えてるんだよぉ~」
「でも、防毒マスクっていうの一緒に入れたよ。ロゼちゃんと技師さんと一緒に作った」
「はあ!!?それを早く言え!!マスクってことは毒ガスかなにかってこと!?ならそれを早く取りに行ってこい!このままじゃ俺が死んじゃう!」
「え?なんで?」
「アーノルドさんがその毒ガスが本物かどうかを俺で試すからだよ!!あの人は本気だ!!平気で人を殺せるんだ!!だってあのときだって本当に毒蛇を俺に咬ませたんだから!!」
「あああっ!なんでこうなるんだよ!!」ビーグルは両手で頭を抱えて小さく丸まる。身体は大きく震えていた。
「・・・・私、ビーお兄ちゃん、困らせてる?」
「・・・・・・。」
「来ちゃ、ダメだったのかな・・私がデキソコナイだから、ロゼちゃんみたいになれないから、ここでも、やっぱり、嫌われて」
ルノの声が震えだす。鼻をすする音もする。・・・ああ、コイツ、すぐ泣くんだよなぁ。冷たくされるとすぐ泣くルノ。泣き落としはロゼの気を引くには十分であるがビーグルは呆れた溜め息を零すだけ。慰めることも、謝ることもしない。
「お前、聖女様になりたいんじゃなかった?」
「・・・・そうだけど」
「だったら、そう簡単にメソメソするな。聖女様はな、困ってる人や苦しんでいる人を助けてくれるんだぞ。すぐ泣いて、助けを求めてばかりのお前じゃダメだ」
「うぅ~・・」
「お前は俺と同じ。助けを求めるばかりで、ロゼちゃんやガナッシュ君のように人を助けることはできない」
「・・・け、けど!」
「それでもロゼちゃんのように、聖女様のようになりたいんだってんなら、俺を助けてみろ」
ビーグルは丸めていた身体を起こし、ルノの顔も見ないまま立ち上がった。
「そうしたら認めてやる。ただのガキじゃない、悪い魔女でもない、俺らのちゃんとした仲間だって」
いつものふざけた素振りはひとつもなく、ビーグルはゆっくり扉に近づいていく。背後でルノが慌てて後を追いかけてくる音がした。ビーグルは振り返ることなくアーノルドにより開けっ放しにされた扉に手をかけると「ルノ」と呼んだ。
「・・・・え?なに?」
「・・・・お前に頼むの間違ってると思うけど、俺を、死なせるなよ。俺はこんなとこで死にたくない」
「・・・・うん」
「絶対死なないぞ。・・俺は、死ぬならせめてロゼちゃんの膝の上で抱かれて死にたいんだ!!」
「うおおおっ~~!」と雄たけびを上げながら全速力で駆けていくビーグルをルノは口をぽかんと開けたまま眺めている。「・・あっ!まって!」我に返って慌ててビーグルを追った。足の速いビーグルはルノを置き去りにしてアーノルドがいるであろう甲板に出た。だが、そこには誰もいない。「B」誰もいないかと思えば、弾むブラッドの声が頭上から降ってくる。
「手放しでいると危ないよ?バハインって船長は無茶な航路を選ぶんだってさ」
「え?どういうことで」
言いかけたところで急に船が傾いた。足をすくわれる感覚で身体がふわっと一瞬宙に浮いた。立っていられない。縺れる足を必死に動かして転ばないようにバランスを取ろうとすると、大きく揺れる船に足を取られたルノが視界に入った。横倒れになって肩と頭を床に強く打ち付けてる。「あ!バカ!」ルノはそのまま傾いた船に身体を滑らせて縁のところまで身体が持っていかれた。ビーグルは慌ててルノの傍に駆け寄り、船から落ちないように咄嗟にルノの腕を掴む。
「なに!?なにかにぶつかった!?」
特に大きな音はなかった。ビーグルはルノの腕を掴みながら縁から顔を覗かせ、海を確認しようとする。「落ちちゃう~!!!」今度はルノがビーグルを引っ張る。船から落ちてしまわないように全力で引っ張る。
「渦潮だよ」
いつの間に背後に立ったのか。ビーグルの耳に顔を寄せたブラッドが嬉しそうに言う。驚いてブラッドに振り返ったビーグルは、そのまま傾いた船に身体が持っていかれ海に落ちそうになるのを「落ちる~~~!!!」必死にルノが捕まえる。立場が完全に逆転していた。
「詳しくはわかんないけど、この海域では決まった時間に現れるみたい。見れてラッキーだったね」
「ラ、ラッキー・・?」
「船の操縦なんてのは船長に任せておけばいいんだよ。ねぇ、B、遊ぼうよ。僕、暇してたんだ。Eの連中は大人しくってだんまりだからつまんないんだよね。今回の船は貸し切りなんだからもっとはしゃげばいいのに。ねぇ、そう思わない?」
言葉も身体も前のめりのブラッドから距離を取るようにビーグルは後ずさる。けど、それでは船から落ちてしまいそうになるのでルノがそれを許さない。ビーグルは口が裂けているのかと思わせるほど大きく笑うブラッドの顔を間近で見て、恐怖のあまり同じように笑って返した。
「おら、ブラッド。仕事だ、仕事」
「なに?」
「Bで試すつもりだったが、丁度いいカモが現れた。あっちの始末を先にやってくれ」
今度はアーノルドの声がした。目と鼻の先にあるブラッドの顔が後ろを振り返れば、その先にアーノルドが立っているのが見えた。渦潮に呑まれ大きく揺れる船の上だというのに、アーノルドはふらつくこともなく腕を組みながら遠くを見据えていた。
「本当に待ち伏せしてやがるんだな。さすがの俺もお初にお目にかかるぜ」
「誰?」
「お前の好きな連中だよ」
フッと小さく笑ったアーノルド。ブラッドはビーグルから離れアーノルドの方へと歩いて行った。ビーグルは恐怖と緊張がない交ぜになって呼吸が乱れる。目をかっぴらきアーノルドとブラッドの動向を探った。何を見ている?何を話している?「・・・大丈夫?」ルノの声にも返事をしない。じっと二人を見続ける。
すると今まで隠れていたEのメンバーが甲板に集まり始めた。慌ただしく船首にあった荷物を船尾へと運び出す。急な出来事に頭がついていかないビーグルはそれをただ眺めるだけしかできない。そんなビーグルを睨みつけてアイコンタクトを図るイーサンの姿が目に入る。その視線の鋭さに身体がぶるっと震え、ビーグルはルノを突き飛ばすと慌てて立ち上がった。立ち上がっては突き飛ばしたルノの腕を引き、無理やり立たせる。
「おい!俺たちも働くぞ!」
「ええ!?」
「お頭に目をつけられたらマズいことになる!俺たちなんかすぐにでも海に捨てられて存在をなかったことにされるぞ!」
「な、なに言ってるのかよくわかんない!」
突然のことに身体が硬直しているルノを無理やり引っ張って、ビーグルはEのメンバーの中に混ざり作業を手伝おうとする。木箱を台車に積んで船尾に運ぶ者と、防御壁を作るかのように船首にあえて木箱を積み上げる者と分かれている。なんの指示もない中、どうしてEのメンバーはそれぞれの仕事に従事することができるんだ。ビーグルはEのメンバーの表情や目の動きを探り、何をすべきか、どう振舞うことが正解なのか、必死に導き出そうとする。人の顔を見ながら身体は勝手に動いていた。何も口に出さず、頭を空っぽにして、まるで脳に直接指令を出されている蟻のように、列に混じって作業を手伝いだす。ルノはそんなビーグルの背中に引っ付くので精一杯だ。
すると突然ドオオオォン!と大きな音が鼓膜を揺らす。元々揺れている船が更に上下に大きく揺れる。さすがのEたちも手が止まった。音のした方向に振り向く。ビーグルも振り向く。ルノは身体を震わせ顔をビーグルの背中に押し付けた。
「戦闘準備!!!」
イーサンが声を上げる。何を言っているのかビーグルには理解できなかった。するとEの連中が一斉に船首に積み上げた木箱の隙間から横三十センチメートル、長さ百五十センチメートルほどある鉄の筒を設置しだす。横一列に並べられた無数の発射台。
「まっ・・・まさかっ!!!」
慣れた様子でEのメンバーが砲弾を装填すると、ニッコリ笑顔のブラッドが砲口の位置を調整して「いけーぃ!」という声と共に点火。すぐドオオオォンと火薬が爆発する音が鳴り、装填された砲弾は海の向こうへと飛んで行った。渦潮に呑まれ操縦が上手くいかないこの船を待ち伏せするように霧の向こうから現れた大きな船の横に弾は落ちて、大きな水しぶきを上げた。また船が大きく揺れる。
「ヘタクソ。それでもヒットマンかよ」
「大砲なんて使うの初めてなんだから仕方なくない?ねえ、あれ使っちゃダメなの?水平に飛ぶ高火力のやつ積んでなかったっけ?あ、でも、ボス怒る?ボスは変なとこでケチだからな~」
「お前には鉛玉がお似合いだよ」
「ちぇ~」
ギシギシ軋む船の音とは別にパンパンと乾いた音が聞こえる。「それにしても楽しみだな~。こんなにも堂々と殺れることなんて、そうそうないからね」ブラッドは発射台から離れ、今度はEのメンバーたちが攻撃を開始した。
「B、お前も行く?」
「い、いくって・・どこに」
「乗り込むんだよ、海賊船に」
「かっかっ海賊!?」
「あちらさんは応戦する気満々だね。聞こえるでしょ?耳障りな雄たけびに、当たりもしない発砲音」
「むむむむむりですよ!俺には無理です!」
「気にすることないって~。だって海の上は無法地帯だよ?殺しは罪でも悪でもない。なにやっても許されるんだ」
「俺は喧嘩しかしたことありません!素手です!素手!銃なんて扱ったことないですし!」
「ならナイフは?」
「ないですって!!」
全力で両手と首を大きく左右に振るビーグル。「あっはっは~。なら、今日がデビュー戦だね。いいね~、今日で殺しに慣れちゃいなよ」笑顔で近づいてくるブラッドからビーグルの腰が逃げる。逃げるのに逃げられない。逃げたらそれこそ殺されてしまう。
「Bなんか連れて行っても足手まといなだけだろ?さっさと行ってこい」
「え~つまんない」
「大筒で脅してみても怯む様子が全くないとこを見ると、あちらさんは余程戦闘に自信があるんだろ」
「そうやって船ごと乗っ取っちゃう気だね。どうする?僕が全部やっちゃう?」
「数人なら構わねぇが、海賊自体は利用してぇからな。先に船長を狙って支配下に置いてしまおうぜ。銃の腕は確かなんだろ?」
「アーノルドは何か勘違いしてるみたいだけど、僕が得意なのは気配を消すことなんだよね。だからいつも近距離で撃ってるよ。それはそれは肌と肌が触れ合うほどの距離でね。背後にいる僕に気づいたときの戦慄した顔を見るのが好きでさ~。それに遠距離から隠れて撃つのって僕的にナンセンス。卑怯者の手段っていうか、わかる?」
「わからん。お前の仕事に興味なんかねぇんだよ」
「だよね~。アーノルドは僕と真逆でボスの壁役だもんね~。いっつも攻撃されちゃってさ」
「いつまでも喋ってねぇで、さっさと行け」
「しょうがないなあ~」
アーノルドと話していたはずのブラッドが首だけを回してビーグルに振り向く。まるで首が360度回転するフクロウのように顔だけが動いて気味が悪い。「Bも早く来なよ?」口と目が三日月を描いているブラッドに「はっ・・は、ははっ」乾いた笑いを返すしかできないビーグル。ブラッドはグータッチならぬグーパンチでビーグルの肩に拳をぶつけて去っていった。傷痕を殴られても痛みなど感じない。感覚としてあるのは恐怖だけだ。
「さて、Bよ。こんなところで幸いなことに客が入った。その客はなんと我がもの顔で海上を取り仕切る海賊様だ。好きなものは酒と金と喧嘩のフルコース。上客だな」
「はいぃぃ!」
「こっちも商売人なんでね。喜んでもてなしたいところだが、あちらさんの懐事情も気になる。俺たちの提供するサービスに相応しい金が払えるのか、な。・・・入った店に金が払えなかった客の行く末、お前ならわかるよな?」
「はいぃぃ!」
「なら行ってこい」
アーノルドは揺れる船の上で片足立ちになりビーグルのケツを蹴った。ビーグルは馬のように慌てて立ち上がり本能のまま海賊船に突っ込もうとする。武器も防具も策もない無防備の状態で。だが、それが正解なような気がした。ここに常識なんてない。自分の存在なんて取るに足らないもの。思考なんて巡らせなくていい。ただ目の前に広がる光景をシネマのように客観的に見ればいいだけ。それだけだ。勝手に動いてしまう身体に抗うことなく駆け出すビーグルの腕を誰かが引いた。反射的にビーグルが振り返る。腕を引いたのはルノだった。
「置いていかないで」
声は涙声なのに顔は怒っている。ビーグルはルノよりもその背後にいるアーノルドの姿の方が気になってしょうがない。放せよ、声に出せないまま腕を振りほどこうとする。ルノは腕だけでなくビーグルに飛びついた。そして大声を出す。「ビーお兄ちゃんをこれ以上いじめないで!!」
「いやだ!いやだいやだいやだ!!ビーお兄ちゃんばっかりつらい思いするのいやだ!!今度は私が守るの!!私を助けてくれた、庇ってくれたビーお兄ちゃんを守るのは私なの!!」
ルノは身体を大きく震わせながらビーグルにしがみついて離れない。顔もビーグルの背中に押し付けておりアーノルドに背を向けている。アーノルドは何も言わずゆっくりビーグルとルノに近づいた。近づいて「お前、魔女なんだろ?」笑うでもなく、呆れるでもなく、いつもと変わらぬ低いトーンで呟く。
「俺は今のお前と似たような行動をしたガキを知っている。大事な人を助けるために、声と身体を震わせて必死に戦った自称聖女のガキだ」
「アーノルドさん・・。」
「戦ってみろ、魔女といわれるガキよ。守ってみろ、お前の大事な人を」
そう呟いてはアーノルドは遠ざかっていく。海賊たちと応戦しているEの方へと歩いて行った。船同士は近づいている。大筒で海賊船を破壊していない様子をみると船を乗っ取りたいのは海賊だけじゃなくマフィアも同じなのではないかと察した。ルノは未だにビーグルに抱きついては震えている。「おい、ルノ」名を呼べば恐る恐る顔を上げた。
「チャンスをもらった。ここで力を示せれば俺たちは助かる」
「・・・どういうこと?」
「アーノルドさんの狙いは海賊船を奪うことだ。それは金銭目的じゃない。海賊自体をアドベントの支配下に置こうとしている。海賊を味方につけて自分たちの仕事に上手く利用しようとしてるんだ。多分」
「よくわからない」
「わからなくてもいい!とにかく!あの日のロゼちゃんみたいにお前がアーノルドさんの一目置く存在になれれば俺たちの立場を変えられる!ルノ!やれるか!?」
「えっ・・・と」
「知恵は俺がくれてやる!お前はロゼちゃんじゃないから自分では考えきれないだろ!?」
ビーグルは力強くルノの肩を掴んだ。細い目を大きく開いてルノと視線を合わせる。
「俺はどう足掻いても大貴族にはなれないし、お前だって聖女には程遠い。・・・けど、やるぞ。やって、この状況をひっくり返すぞ。いいな、ルノ」
ルノはグッと下唇を噛んで、大きく頷いた。




