75.願い下げ
ビーグルは立てた親指の爪を噛みながらブツブツ呟く。「アドベントは輸送するはずの武器はできるだけ消費したくないはず。だから戦闘は最小限に抑えたいはずなんだ。その下支えを俺たちができれば・・・でも、どうやって?向こうは大砲の攻撃でさえも怯まない。説得なんかできるわけないし、圧倒的力でねじ伏せることもできないし」ずっと一人で呟いているビーグルをルノはじっと見つめている。完全に指示待ちだ。
「くっそ。こういう時ガナッシュ君だったらどうするんだ?」
「・・・・・。」
「いや、ガナッシュ君は無理だ。あの人、自己犠牲するしか能がないから。・・・ロゼちゃん。ロゼちゃんだったら」
「・・・・・。」
「なあ、お前、ロゼちゃんみたいに炎とか操れない?」
「ふぇ?」
「寝起きみたいな声出すなよ!緊張感足んねぇぞ!」
「ご、ごめんなさい!」
「んで?できるの?できないの?」
「できないよ!そんなの!」
「だよねぇ~。あれはロゼちゃんだからできることなんだよな。こう、虚をつくというか、想像の裏側のことをやってのけるというか。・・・あ、魔女といえばデカイ釜で薄気味悪い液体煮たりしてんじゃん。あれなに作ってんの?」
「なにそれ?」
「緑とか紫とかの液体とかが釜の中でボコボコ泡噴いてるあれよ」
「知らないよ、そんなの」
「使えねぇ~」
ムッとしたルノがビーグルの頬を叩く。絶対によけれるのにビーグルはいつもよけない。
「相手の船燃やしたら戦闘を止めることはできるはず。だけど、船ごと乗っ取りたいってアーノルドさんが考えてたら燃やしちゃうのはアウトだし。んん~・・・」
「火炎瓶あるよ。燃やすの?」
「ダメだって。って火炎瓶あるの?ん?ってかお前、ロゼちゃんからなに預かった?なんか引っかかるんだよな。ロゼちゃんやガナッシュ君が毒ガスなんて危険な物をお前に預けたって話」
「うらこうさくって言ってたよ」
「裏工作?・・うん、まあ、わかるけど」
「本当だったら今使っちゃいけないんだと思う。だって、持ってくるようにってガナッシュお兄ちゃんに言われたから。でも、ビーお兄ちゃんが困ってるんだったら、許してくれないかな」
「俺が許す!ガナッシュ君の裏工作が失敗に終わっちゃうかもしれないけど、俺たちが死んじゃったら元も子もない。ここはパアっと使っちゃおう!」
さっきまで思い詰めた表情をしていたビーグルの顔が明るくなり、噛んでいた爪を口から離すと両手を大きく横に広げた。
「火炎瓶は極力使いたくない。アドベントが積んでいる火薬に引火したらとんでもないことになるから。他になにか使えそうなやつない?毒ガス以外で」
「身体をべとべとにして動けなくするやつとかは?」
「お、それいいじゃん」
「使っていい?」
「いい!いい!それをあっちの船に投げ込もう!海賊たちの動きを封じることができればこっちのもんだ!そうすればアーノルドさんたちの海賊船を乗っ取る計画も危なげなくやれるはず!でも、俺たちの立場をもっともっと押し上げるなら、もっとド派手なことやりたいよな。電撃くらわせるとか」
「無理じゃない?」
「まあ無理か。ロゼちゃんだったらできそうだけど、お前にそんな技術なさそうだし」
「んもおお!!すぐロゼちゃんロゼちゃん言わないで!!」
「しょうがないだろ。俺はロゼちゃんの凄さをずっと見てきたんだから。お前もちょっとは近づけるように頑張れよ」
ビーグルは両手でルノの頬を挟む。そして乱暴に揉んだ。「よし!!決まりだ!!早く取って来い!!すぐ!!今すぐ!!」揉みくちゃにしてすぐ突き放す。ルノは乱暴にされていつものように頬を膨らませて怒るかと思えば「頑張ったら・・ほめてくれる?」顔を俯かせて呟いた。
「結果、出したらな」
「結果ってなに?」
「俺を助けるっていう。できるだろ?聖女様になりたいんだろ?」
「・・・うん」
「なら早く取って来い!敵さんは待ってはくれないぞ!」
パンパンと両手を叩いてルノを急かすビーグル。「・・・わかった!!」ルノは大きな声を出して自分が持ち込んだ荷物を取りに走っていく。早く早く早く。ビーグルは心の中で念じる。焦りは募るばかり。ルノが去っていく後ろ姿を眺めながら「・・・・アイツ、足、遅くね?ってか、アイツが持ってこれる荷物の量って、絶対大したことない・・・」船尾に駆けていくルノの後ろ姿は実に頼りない。「んんーっ!無理だ!!アイツに任せられない!!」居ても立ってもおられずビーグルは先を行ったルノを追い越してしまうほどの速さで駆けだす。
元々アドベントが積み込んだ荷物とは別にチョークでアルファベットが書かれた木箱をルノが漁る。自分たちの荷物ではないからかEのメンバーは何も言わない。ビーグルは顔を引き攣らせながらEに愛想笑いを振りまいた。
「んーと、これと、これと」
「急げよ!時間ないんだって!」
「だって!・・・えっと、ガスがダメで燃やしてもいけないんだよね?」
まるでマトリョーシカのように大中小とサイズの異なる木箱が覆う荷物は、いかにも密輸品が中にありますよと暗に示しており、中身を取り出すのも一苦労である。もたもたするルノを待てないビーグルは、ルノを突き飛ばして自分で木箱の中を漁り始めた。中にはルノの言う火炎瓶らしきものもあれば、綺麗とはいえない歪な形のガラス玉、手のひらサイズの榴弾がそれぞれの箱ごとにぎっしり詰められいる。榴弾は絶対に毒ガスだ。それだけはわかる。これだけが存在感が圧倒的に違う。触るなといっている。
「これだな!」ビーグルは中身のわからないガラス玉を取り出してルノの前に突き出した。ソフトボールより小さいくらいのサイズで中に液体が入っているのが薄っすら見える。「これでいいんだな!?べとべと弾!」榴弾に比べればおもちゃのようにしか見えないガラス玉が敷き詰められた木箱をとりあえず三箱抱えてビーグルは船首に戻ろうと立ち上がり、我先にと走り出す。ルノも慌てて小さな木箱を手にしたが、重たくてか一つしか持てない。フラフラした足取りで、先を行ってしまうビーグルを必死に追う。
ドオオオォンと三発目の砲弾が発射される音が響いた。また大きく船が揺れる。ビーグルは態勢を崩さないように踏ん張りながら、手に持っている木箱を落とさないように顎で押さえた。その姿をイーサンが見ていた。「乱すな」たった一言で足が地面に縫い付けられたかのように動けなくなる。視線だけで、声だけで、動きを制されたビーグルをルノが抜き去っていった。
「俺に刃向かう気か?テメェ」
イーサンといいアーノルドといい、顔つきがおっかない。無表情に近いのに細めた目から殺意を感じる。隷属体質のビーグルは支配者に対してすぐ平伏しようとする。だが腰は引けない。別に首を絞められているわけでもないのに、苦しそうに声にならない声を上げようと息を荒げた。
「俺はこう見えて繊細なもんでな。ネズミ一匹、計画に差し支えるんなら殺してやんだよ。ネズミってのは足音はデカイし、すぐ鳴きやがる」
「おっ・・お頭・・っ!」
「全て計画通りだ。海賊のお出ましも、奴らとの交戦も、それすらも手中に収めてやろうっていうアーノルドの魂胆も。それをお前は邪魔しようってんだろ?」
「ちっ・・・・ちがいます!!」
「BUGの習性もネズミと似たようなもんだな。害悪でしかねぇ」
イーサンはあくびでもするかのように腕を伸ばして、その腕をビーグルに向けた。手にはしっかり銃が握られている。さすがのビーグルも今度こそ腰が引けた。
「ま、まってください!!俺はお頭に刃向かう気なんてありません!!俺たちなりに戦おうとしてるんです!!それはアーノルドさんも知って」
「俺は知らん」
「許してください!!俺はEにはなれなかったけど!Bとしての使命は果たします!命懸けで暴れまわります!俺はそれしかやり方を知らないんです!!」
「俺も俺のやり方しか知らん。だから虫は潰す」
放たれた銃弾の弾道なんか見えるはずがない。視線の先にいるイーサンの腕が上に跳ねたのが見えただけでそれ以外は何も見えなかった。視線はイーサンに一点集中しているのに視界が動く。気が付くと床に倒れるように尻もちをついた。腕に抱えている三つの木箱が手から零れていくのを身体で受け止めるようにルノが木箱ごとビーグルに抱きついてきた。
「・・・・・ルノ?」
「ビーお兄ちゃん早く来てよ!!私のなくなっちゃった!!べとべと弾、うまくいったよ!!あの怖い顔のおじさん笑ってた!!」
ビーグルが持つ木箱を一つ取り上げてルノはすぐさま立ち上がる。まだ立てていないビーグルの手を引いた。「早く!早く!」思考が回らない頭の中、視線をルノに、その視線を滑らせるようにイーサンを見た。イーサンはもういない。銃を構えていたイーサンはもういない。
「・・・お前、ケガしてない?」
「ケガ?してないよ!」
「さっき、お頭が」
「いいから早く!!弾足りないの!!」
ルノがビーグルを強引に引きずる。「わかった!わかったって!!」まだぼぅっとする頭の中、身体だけが動く。船首を目指し走りながらも目はイーサンを探す。見つかるはずがなかった。
船首に辿り着くと、五メートルと離れていないところまで船を寄せてきている海賊たちが大声を上げながらも床に寝そべっている。「・・・あれ、油?」攻撃をやめたEの一人が訊ねてきた。「滑って足をとられてるみたいだ」その説明には違和感がある。なぜならルノからべとべと弾だと聞いていたからだ。
「ルノ、お前、べとべと弾だって」
「あれはつるつる弾。あっちがべとべと弾」
ルノが指さした方向を見てみると、身体に付着した粘着物で動きが鈍くなっている海賊たちがいた。顔を拭えば触れた手が離れない。くっついて離れなくなった靴を脱げばつるつる弾で滑って転ぶ。あまりにも滑稽な姿を晒している海賊は怒りの声をずっとずっと張り上げている。
「もぉおお~やだああ!動かないでじっとしててよ!じゃないとビーお兄ちゃん殺されちゃうんだからあ!!」
「いや、殺されるのは俺だけじゃなくてお前もなわけで」
「褒めてもらうの!!ルノ、がんばったなって頭撫でてもらって、ぎゅってしてもらって、おめめにちゅうしてもらうの!!」
「・・・・・なにを言ってんの?」
「ばかああああっっ!!!」
大声を上げながらビーグルが持ってきた木箱の中にあるガラス玉を海賊船にぶん投げる。手を休めることなくぶん投げる。弾は放物線を描きながらくるくる回転することなくポーンと海賊船に落ちて、その衝撃によってパリーンとガラスが破裂する。液体が辺りに飛び散って、足をとられている海賊たちは逃げることもできない上に、バランスを崩して床に倒れると散らばったガラスの破片が全身に刺さり悲鳴を上げる。ビーグルはガラス玉の入った木箱を持って呆けるだけ。ルノだけが必死に投げ続ける。
「も、もういい!!やめろ!!俺たちが乗り込めなくなっちまう!!」
油かどうかを訊ねてきた男がルノの腕を掴んで動きを止めると、他のメンバーも数人がかりでルノを取り押さえた。「うもおおおっ!!!」よく騒ぎよく暴れるガキんちょは取り押さえられても暴れ続ける。「・・・・ハッ」思わず笑いが出た。ロゼやガナッシュの前では借りてきた猫みたいに大人しくしてるくせに、その他の前では野生の猿のように知性がない。空になった木箱を床に投げたビーグルは「バッカじゃねぇ?」と笑いながらルノの前に屈んだ。
「Eのみなさん、迷惑かけてすんません。コイツ、見た目以上に精神年齢ガキなんすよ」
「いたいいたいいたい!!」
「ルノ、暴れるお前が悪いんだぞ。痛いのはお前のせいだ。だから暴れんな」
ビーグルがルノの頭を押さえる。暴れないように押さえているのに、その手は頭を撫でるように乱暴に頭ごと回していた。ルノの動きが止まる。Eのメンバーに目配せしたビーグルが頷くと、ルノを取り押さえていたEたちの手が離れる。ルノはすぐに起き上がりビーグルに抱きついた。
「おい、甘えっこ。そうやってすぐ抱きついてくんなよ」
「だってぇ~!」
「よくやった。助かった」
抱きついてくるルノの頭をビーグルは乱暴に撫でる。目の前の海賊船から乾いた銃声は聞こえることなく、寄せられた船から襲って来る様子もない。ただただ荒げた声だけが響いていた。
「・・・はあ。疲れた」
「私も」
「おい、もう離れてくんね?俺、今からアーノルドさんやお頭と話を」
「いやだ」
「ふざけんな」
「ねぇ、ぎゅーってしてくれないの?」
「しないよ」
「けちぃ」
「ケチとかそんなんじゃない。俺はこう見えて純情で一途なの。女ならガキでもいいとか盛ってねぇの」
ビーグルは抱きついて離れないルノを無理やり引き剥がそうとする。「・・おいっ!!」力いっぱいしがみついてくるルノは中々離れてくれない。「お前ら、邪魔なんだけど」チームリーダーなのか、さっきから指揮をとっている男がビーグルを睨みつける。海賊船に乗り込もうとする他のメンバーたちも困ったように、でも怒りも滲ませながらビーグルたちを見ていた。「すすすすんませんっ!!」くっついて離れないルノをしょうがなく抱え上げてビーグルはEたちから離れる。
「・・・・やけに静かだな。観念したのか?」
そういえばあれだけ叫んでいた海賊たちが大人しい。さっきまで激しい戦闘が行われていたとは思えないほど静かである。チームリーダーらしき男が咳き込んだ。
「・・・・ちょっと聞きたいんだけど」
「な、なんでしょうか」
「さっきのアレ。中身なに?」
さっきのアレとはルノが投げ込んだべとべと弾とつるつる弾のことだろう。中身の説明のしようがないビーグルはルノに顔を落とすも、ルノはビーグルにしがみついて顔を埋めている。
「なんか、息苦しくね?」
「わかる。なんか目も痛いっつーか」
「・・・おい、まさかだけどさ」
船を引き寄せ海賊船に乗り込もうとしていたEたちが後ずさる。「あれ、意識失ってんじゃね?最悪・・・死んでるとか」誰かが呟けば、互いに顔を見合わせて身体を震わせた。風が吹く。元々強い海風。その海風の風向きが変わった。
「逃げろおおおおおっっ!!」
「え、ちょおっ!!」
「ガスだ!!毒ガスが発生してやがんだ!!死ぬぞおおお!!!」
船首にいたEたちが一目散に逃げていく。「はあ!?どういうこと!?」走り去るEの後ろ姿を眺めながらビーグルは未だに一歩踏み出せない。
「おい!ルノ!お前まさか毒ガスまで投げ込んだってのか!?」
「知らない!!知らないけど混ぜるな危険を混ぜちゃったのかも!!」
「ふっっっざけんなよおお!!!」
遅れをとったビーグルもルノを抱えながら全速力で逃げる。何からといえば風に乗って運ばれる毒ガスからだ。「逃げろおおお!!」「隠れろおおお!!」全員で危険を知らせながら船尾と船内にみんな逃げていく。最後尾のビーグルが船内に入れるわけもなく閉め出された。「うそお!?」マフィアは無慈悲だ。
「どどどこに逃げれば!!」
「マスクあるはず。荷物の中」
「そうか!!そうだった!!」
ビーグルは急いで荷物の置いてある船尾に移動して、さっき漁った木箱をまた漁る。小さな木箱を片っ端から開けてマスクを探した。
「あった!!」
嬉々の声を上げれば自分の背後から影が落ちてくる。「ああっ!!」マスクは船首で戦っていたリーダー格の男に奪われ、ビーグルたちと同じように船内に逃げれなかったメンバーたちに配り始める。
「ちょちょちょ、それ俺の!!」
「いち、にい、さん、よん・・・足りねぇな」
「だから!!それ俺の!!」
「先輩優先。組織の常識だろ?」
「俺はもうマフィア脱退してんだよ!!」
「だいじょぶ、だいじょぶ、ここまで離れたら即死にはならんて。風で流されるのを息を止めながら大人しく待っていればいい」
「うそでしょおお!!そういうなら自分がやってよおお!!」
どれだけ泣きついてもリーダー格の男は動じない。むしろビーグルたちを船から海に落とそうとどんどん隅へ追い詰める。
「ちょっ!!まって!!俺、ここで死ぬわけにいかないんだって!!・・・恋人が!!愛する恋人が俺の帰りを待ってるんだ!!」
「はあ?」
「ちょー可愛い純粋でアホな恋人が待ってんの!!帰ったら結婚式あげんの!!だから殺さないで!!」
「妹ちゃん、それ本当?」
「そいつ妹じゃないし!!」
「よくわかんないけどロゼちゃんはガナッシュお兄ちゃんのお嫁さんになるんじゃないの?だってちゅうしてた」
「はああああっ!?なにそれ!?いつどこで!?あの大貴族!王女様と結婚してるくせに!!」
「はーい、命乞いご苦労様ってことで」
「どぼーん」声と同時に落下する身体。海に投げ飛ばされたビーグルは遠ざかっていく船を見ながら「裏切者ーーーー!!!」命乞いを邪魔したルノへ叫んだ。
「スティーブ、お前」
「心配いらねぇよ。アイツの面倒は俺が見る。お前らは妹ちゃんが後追いしないように掴まえておけよ。あとはお頭の指示に従ってくれ」
スティーブと呼ばれたリーダー格の男は持っていたマスクをルノに渡し「ガスが薄まったら戻ってくる」と言い残し自分も海に飛び込んだ。
高いところから突き落とされたこともあって身体がどんどん沈んでいく。ビーグルは必死に手で足で水をかき水面に顔を出そうとしたが、誰かに頭を押さえこまれた。突然のことに驚いて暴れて振りほどこうとしたが、そのまま顔さえも鷲掴みにされて息継ぎを許さない。海に落とすだけに飽き足らず、確実な死を迎えさせようってことなのか。ビーグルは必死に抗った。しばらく水中で戦っていると、ビーグルを押さえつけていた男がすーっと海面に上がっていく。ビーグルも後を追った。
「はあああっ、っはあ、はああっ」
「お前やっぱ根性あるな。戻ってこいよ、こっちの世界に。普通の暮らしなんかつまんねぇぞ」
ビーグルを海に突き落とした男が笑顔で言った。ビーグルは言い返したいのに酸素が足りなさ過ぎて言葉を喋れない。
「これだけ船から離れた。風向きもこっち側じゃないし、ここなら大丈夫だろう」
「はあっ、はあっ」
「あ?泳ぎ苦手か?」
未だ息の整わないビーグルの身体を掴んで男は自分の身体を浮き代わりにした。
「なっ・・・なに?殺したい・・のか、助けたい・・のか、どっち、だよ」
「仲間殺すわけないだろ?俺たちはファミリーなんだから」
「だから・・俺は、抜けたん、だって」
「けど戻ってきた。そして同じ船に乗ってる。なら仲間であってファミリーだよ」
遠くに見える船は場所を移動する気か旋回しだした。海賊船を乗っ取る計画は頓挫していないらしい。
「海賊まで傘下に入れようなんて誰が考えたんだろうな。確かに海賊一派を味方につければ海上輸送は楽になるけどよ」
「さいっっあく。俺は一体あと何回死にかければいいんだろう」
「・・・ああ、お前、ケガしてんのか。まさかブラッドさんに撃たれた?それで強制収容?」
「撃たれたのは別の理由。・・・言うつもりないけど」
さすがに肩の傷に海水は沁みる。肩を借りるのは恩を着せられそうで嫌だったが、しょうがなく泳ぎをサポートする男に寄りかかった。
「お前、何番?」
「だから俺はもう」
「俺、12」
「・・・・・俺11」
「へえ?若いのに俺より上かよ?先輩風吹かしてやろうかと思ったのにな」
「そもそもグループが違うでしょ」
「なあ?お前、なんて呼ばれてた?敬意を払ってナンバーじゃなく名前で呼んでやるよ」
「呼ばれてたってなに?俺はもうアドベントを辞めて、可愛いご主人様にビーグルってカッコカワイイワンちゃんの名前もらってんの」
「ビーグルも隠語みてぇ」
「うるさいよ」
「俺はスティーブ。12だから。似てるだろ?」
「どこが?全然羨ましくないし、呼んだりもしない」
「意固地だな。決別イコール死の世界で未だに生かされてるお前は、アドベントを抜けたんじゃなくて、うま~く利用されてるだけだと俺は思うけどね」
「・・・・やめて。本当っぽいこというの」
「さあ、戻るぞ。信頼の置けるマイファミリーが待つ船へ」
スティーブがビーグルを担ぎながら船へと向かって泳いでいく。戻りたくないのに戻るしかない。
こんな血と喧噪と欺瞞だらけのファミリーなんて願い下げだ。




