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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第六章 阻止せよ!世界大戦
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67.それぞれの使命


「誰だ?お前」


顔にも腕にも縫合の痕があり歯も何本か欠けている老父は、不死身と言われるアーノルドさながら、一体今までどれほどの死地を掻い潜ってきたのかわからない風貌で、ビーグルを冷ややかに睨みつけた。ビーグルはいつもの愛想笑いを浮かべて何も言わない。


「Bだ。会うのは初めてだったか?」

「B?ああ、街で盗みと喧嘩することしか能のない虫か。知らんな。顔の周りを鬱陶しく飛び回る便所虫なんか見たことない」

「そうクサそうな顔しないでくれや。こう見えてもコイツは幸運の持ち主でね。お守り代わりに飾っとくのも悪くないだろう」

「世間が恐れるマフィアの幹部様でも神頼みしたりすんのかい」

「結果が悪ければ全て運のせい、神様のせい、だろ?王族も政治家も信心深い宗教家ですらみんなしてるじゃねぇか」

「運と神は別物だろうが。強運で生き延びてるゾンビめ」

「じいさんに言われたかねぇよ」


全身傷だらけの男二人が不敵に微笑む。ビーグルの引き攣った愛想笑いは糸で縫い付けたように崩れることはなかった。冷や汗だけが垂れる。


「しっかし、ランサーの(ぼう)は東の国にまで手を出して何が狙いだ?世界征服とか馬鹿げたこと言ってねぇよな。そんな無謀な夢にまで付き合いきれんぞ、俺は」

「アイツに夢なんかはないさ。ただ、面白い玩具(おもちゃ)を見つけてな」

「おもちゃ?ちゃんとした仕事だろうな」

「ああ、金が絡んでる」

「なら構わんが・・・。ったく、使われるこっちの身にもなってみろって」

「悪いな。アイツにはちゃんと言っておくよ」


会話を終えたアーノルドが身体をビーグルに向けた。ビーグルはシュッと背筋を伸ばす。


「いいか、B。お前にはE3(イーサン)と共に武器の輸送を行ってもらう」

「じーさん?」

「イーサンだ。ブラッドみたいなこと言うな」

「やめろ、アーノルド。俺は自分の部下にもその名は呼ばせてないんだ。おい小僧、俺のことはお頭と呼べ」

「はい!お頭!」

「・・声でけぇな。もっと小声で、いや、むしろお前は声を出さない方がいい。仕事に差し障る」

「え?」

「末端のBとはいえEの仕事は知ってるんじゃねぇのか?ならわかるだろ?俺たちEは全てアイコンタクトで仕事をする。いいか?空気ってのは吸うんじゃなく読むんだ。読んで動けよ」


ビーグルは口をもごもごと動かしながら言葉と息を飲み込む。喋らないと落ち着かない男は、じっとしているだけで全身が痒くなる。抑えつけられた途端に大声を出したくなるのは何故だろう。


「船は既に手配している。いつものバハイン船長だ」

「バハインか。アイツは荒っぽくてあんま好きじゃねぇんだが」

「そこを見込んでだ。依頼人は東の大国と交戦中。武器を輸送する俺たちは敵国の標的になる可能性が高い」

「交戦中?」

「隣国同士でやりあってんだと。そこに武器提供の依頼があった。俺たちはいつもの裏のルートで入りたいが、規模がデカイせいで否が応でも目立っちまう。他国からの支援がバレてしまえば俺たちの船は真っ先に攻撃されるだろうよ。ってことで仲介人はいつものルートを用意できないから別ルートで持って来いと」

「別ルート?そんなの持ってるのか?そもそもいつも運ぶのはヤクの原料が主で、東側への武器の輸送は初めてだ。しかもあの量を。交戦中であれば港は封鎖されてるだろうし、どうしろって言うんだ」

「ある程度の目星はつけてる。ネラルク大公国から派遣されている使節団の道筋を辿ればいい。第二弾を派遣させるらしいからそこに一人潜伏させておく」

「・・さすが、仕事の早いこって」


イーサンは曲がった腰を伸ばして大きく仰け反った。首を回し、腕を回し、固まった筋肉をほぐすと「ただの遊びかと思えば本気なんだな。なら、俺も楽しませてもらうか」と告げるとその場を立ち去る。


ネラルク大公国に数多ある倉庫の一つ。入り組んだ迷路のように棚が並んでおり、天井までびっしり木箱や麻袋が積まれていた。そんな倉庫の隅の方で打ち合わせをしていたアーノルドとイーサン。ただ立ち尽くすだけだったビーグル。「行かねぇのか?」イーサンが去った後、アーノルドがビーグルに視線もやらずにポツリと零す。


「基本的にイーサンから指示はでねぇぞ。さっきも言ってただろ。空気は読むもんだって」

「あ」

「まあ、お前にEの仕事ができるとは思ってない。騒ぐだけが取り柄だからな。空気は読んで存在は消す。お前には不可能だろう」

「絶対無理です」

「だろ?ならせいぜい大人しくしておけよ。お前はいわば人質だ。たとえ仕事が失敗に終わろうとも金は必ず取る」

「人質だなんて・・・。ガナッシュ君は俺のことなんてなんとも思ってなさそうですけど」

「んなことわかってる」

「・・・・ですよね~」

「けどアイツは潔癖のお坊ちゃんだ。悪事に手を染めること、自分に返り血が飛ぶことはしないはず。自己犠牲という自己満足はできても、犠牲の上に己が立つのを異常に嫌う。だからそこをつけ込まれるんだよ」


アーノルドは顔をニヤつかせるとイーサンを追うかのように倉庫を出た。ビーグルは目でアーノルドを追ったが、足が追うことはない。その場を動けず、思考も停止したまま、そのまま一人立ち尽くす。数秒経つとゴンと壁に何かがぶつかったような音がした。はっとしたビーグルは急いで辺りを見回す。モノがぶつかったり落ちたりした形跡はなかった。


「・・・・俺、このままじっとしてても殺されそう。ちょっと偵察・・・といってもどこでブラッドさん見てるかわかんないし、こっわぁ~」


小さく身震いしたビーグルは首を引っ込め身体を小さくし、恐る恐る歩き出す。人が隠れるにはうってつけの倉庫。それをアドベントが都合よく利用しているのだろう。ビーグルは倉庫の中身に目移りしながら倉庫を出ようとする。すると「おい」小さな声が聞こえ、ピタッと動きを止めた。音を詳細に捉えようと息すら止める。


「犬っころ。頼むから騒がないで。ヘマしてディオやファルガ様の迷惑になりたくないんだから」


人差し指を立てて口に押し当てたローウィンが荷物と荷物の間から顔を出した。「マフィアってのは傍若無人な奴らだと思ってたけど、思った以上にスマートなんだな。いくつかの倉庫は既に荒らされてると思ってたよ」ローウィンは棚に積まれている麻袋をそっと撫でる。


「アンタ・・・ガナッシュ君の」

「ローウィンですって前に名乗った気がするけど。ま、いいや。ディオが呼んでるよ。戻ってこれる?」

「ガナッシュ君が?」

「そう。君がマフィアに連れていかれると困るんだって」

「え?ガナッシュ君が?」


いつもの吊り上がった目を垂れさせたビーグルは湿っぽい声を出す。「え、どうしよう。まさか、そんな。え、でも、なんか、嬉しい。俺のこと毛嫌いしてるように見えて、本当は俺のこと仲間だって認めてくれてたってことなのかな」勝手に上がる口角を誤魔化すように指でポリポリ搔いた。ローウィンは顔に笑みを張り付けながら肯定も否定もしない。けど小さく首を傾げている。


「けど、ごめん。俺、戻れそうにない」

「え、そうなの?」

「俺、人質なんだって。みかじめ料はきっちり取るってさっき言ってたから」

「・・・君が人質?」


ローウィンは顔に張り付けたはずの笑みが剥がれそうになる。「そうだよ~。俺の価値も上がったな~」ビーグルはどんどん上がっていく口角をもう隠そうともしない。


「でも俺、ただの人質でいるつもりないよ。俺のせいでガナッシュ君が身動きとれなくなるの困る。そうなるとロゼちゃん守れなくなっちゃうじゃん。だから俺の持ってる情報あげるよ。俺の情報を役立ててくれれば俺がアドベントに協力してる意味ができるし」

「最初からそのつも・・・いや、自分の身に危険が及ぶかもしれないのに助かります」

「いいよ~。俺たち仲間だし~」

「ちょ!声、でかい」


緩みきったビーグルの頬をローウィンは両手で押さえつけた。「君に監視がいないとは思ってない。泳がされてる自覚もある。けど、そんな大っぴらに声に出さないで」ぎゅうぎゅうに押さえつけてくるローウィンに向かってビーグルは必死に頷いた。


「ごめんごめん。そんな怒んないでよ」

「緊張感がなさすぎだよ。君もロゼさんも」

「ロゼちゃん?」

「いいから先に情報!全て相手にバレてる前提で動くけど、とりあえず君の持ってる情報を教えて」

「ん、そうだね。まずガナッシュ君に伝えてほしいのは、俺がアーノルドさんに捕まってること。密輸の手伝いをさせるつもりらしい」

「密輸?」

「アドベントには密輸を担当するEっていう組織がある。その人たちが東の国に武器を輸送するつもりらしいんだ。それについてはガナッシュ君はもう知ってるかもしれないけど、重要なのはここ。いつもの取引ルートが使えないらしいからアドベントはネラルク大公国が送る使節団に密偵を潜ませるらしい。その密偵がネラルクの持つルートを確保し、後追いでいく俺たちがそこからひっそり武器の輸送を行う」

「・・・・・・。」

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。使節団に危害を加えることはないと思う」

「なんでそう言い切れる?ルートを確保して使節団の利用価値がなくなったら消すんじゃない?」

「俺が思うに、ボスとガナッシュ君は共闘を図ってるはず。どちらもそれぞれの目的のために動いていて、そしてお互いの存在が必要なんだと思う。今だけは協力者なんだ」

「・・・・・・それ、信じていいの?」

「信じちゃダメ」

「おい」

「マフィアを信じちゃダメだけど、疑ってばかりもダメだ。その不信感を逆手にとられてしまう。マフィアとやるのは賭け事。大事なのはその勝負に勝つこと。そして負けても最小限に抑えること」

「・・君、アホっぽく振舞ってるけど意外に確信突いたこと言うんだね」

「まあね。俺、元組員だから」

「は?」

「俺はガナッシュ君とロゼちゃんに助けられた。そしてフラミンゴのおっさんに拾ってもらった。その恩がある。だから存分に俺を使えばいいよ。その代わりちゃんとロゼちゃん守ってよ」


「へへっ、なんか恥ずかしいな」吊り上がった目も口も三日月を模ったように細めたビーグルは、もう短くなった前髪をガシガシ搔いて目を隠そうと引っ張る。ローウィンはその姿を目を丸くして眺めていた。


「・・・・ディオ、一体何がどうなってこんな人脈になったんだ」


ポツリと呟いたローウィンの声などビーグルの耳には届いていない。


**


「ポラリスおばあちゃん、本当に行っちゃうの?」


ルイズベート家の屋敷を後にしようとするポラリスにロゼは訊ねた。車椅子を押すのはガナッシュ。その隣にルノがついてきている。ポラリスはロゼに振り返らぬまま「ああ」とだけ告げた。


「ねぇ、後で私も行くのなら一緒に行きたい。どうしておばあちゃんだけ先に行くの?」

「時間がないからな。・・・そうじゃ、ロゼ。お前さん、酔い止めの薬をちゃんと作っておくんじゃぞ。きっと、今までとは比にならんくらい遠乗りになるぞ」

「おばあちゃんは平気なの?船」

「ワシは漁師の嫁じゃからな」

「関係ある?それ」

「海で暮らす人間で泳げない人間などおらん。それと一緒よ」


ポラリスは相変わらずロゼに振り返らず、ロゼに背を向けたまま前を歩き続ける。「おばあちゃん」ロゼは黙らず声をかけ続ける。置かれた距離に不安を感じていた。


「あの時みたいに私を遠ざけようとしないでよ」

「あの時?」

「カロッチャ島が噴火する夢の話!私が余計なことしようとしたからフラミンゴさんには注意されたし、ポラリスおばあちゃんには島を追い出された」


ロゼが頬を膨らませて膝をバシバシ叩く。「わかってる。私が子供だから大人の人たちに守られてるんだって。庇われてるんだって。でも、私が離れたくないのは淋しいからとかそんなんじゃなくて、私だって少しはお手伝い」膝を叩き続けるロゼの手をガナッシュが握った。「怒らないで」頭上から落ちてきた優しい声。叩いていた手から力が抜ける。


「それは違うぞ、ロゼ。ワシはな、いつまでもロゼと一緒におると己に課せられた使命を忘れてしまいそうになる。だから、ほんの少し離れるんじゃ」

「課せられた使命?ってなに?」

「聖女じゃよ」

「聖女?」

「ロゼと一緒におると、それを全てロゼに委ねてしまいそうになる。大きな風を起こすことのできるロゼを頼るだけの情けないババアになってしまう。なんと恥ずかしいことか。だからワシは一歩先に出る。少しでもロゼの負担を軽くしてやれるよう。そのために先に行くのじゃ」

「でも、一緒の方がもっと」

「一緒がいいのはワシも同じ!けどワシはロゼにすぐ甘えてしまうんじゃよ!もう、メロメロにデロデロに溶けてしまうほど自分も周りも見えなくなる!そしたら役目を全うできんじゃろう!わかれ!」

「わかんないよ!」

「あ~もう~うるさい!とにかくワシは先に行くから、後でガナッシュと一緒に迎えに来い!絶対じゃからな!迎えに来ないと年甲斐もなく泣くからな!」


ポラリスはロゼに振り返ることなく先を行ってしまった。「おばあちゃん!」ロゼの呼びかけにも反応せず丘をおりる。車椅子で追うにもガナッシュに掴まれて動かせない。


「ロゼ、ポラリスさんは固い決意を持って臨んでくれているんだよ。その気持ちを乱さないであげて」

「でも」

「大丈夫。ポラリスさんは言ってた。ロゼの言葉があるから強くあれるし怖くないって。ポラリスさんもきっとロゼにカッコイイとこ見せたいんだよ」


ガナッシュはロゼの手をぎゅっと握る。「頑張ったポラリスさんを、あとでたくさん労ってあげようね」ガナッシュのぎこちない笑顔にロゼは小さく頷いた。


「さてと、俺たちも準備しないと。ルノ、ビーグルがいないから代わりにおつかい行ってきてくれるかな?」

「いいよ!」

「俺とロゼは製錬所に行くから、ルノは父さん個人の倉庫を漁って薬になりそうなものを取ってきてほしい」

「勝手に取っていいの?」

「ちゃんと許可は取るからいいよ。たくさん薬を作ろう」

「うん!」


ルノは元気よくその場を跳ねた。「ロゼちゃん!私、頑張って作るから!たっくさんお手伝いするからね!」ロゼの目の前に立ってやる気いっぱいに拳を握る。「うん、ありがとう」ロゼに頭を撫でられたルノは頬を赤らめ嬉しそうに笑った。


「ガナッシュさん、私いい加減歩きたいです」

「ダメ」

「でも、お尻痛いし」

「ダメったらダメ」

「むぅ~」

「不謹慎なことを言うと、ロゼが歩けなくなって俺は得してます」

「え?」

「サポートを理由に離れないですむからね」


ガナッシュは車椅子に座るロゼの前に回り、お尻が痛いと訴えるロゼを抱っこした。「まだ気を遣う?できれば首に手を回してほしいんだけど」ロゼはいつも縮こまるだけで両手をぎゅっと胸の前で握っている。そんな二人を見て、ずるいとでも言いたそうにルノが恨めしそうに見つめてくる。「・・・そうなるよね。ルノは甘えたがりだもんね」ガナッシュは苦笑いをしながらその場に膝をついた。泣きそうだったルノの顔がみるみる明るくなりガナッシュの背中に飛び乗る。ガナッシュは腕にロゼを抱え、後ろにルノを背負った。


「・・・・・・あの、ガナッシュさん。私、やっぱり歩いて」

「・・・・いや、俺も、鍛えないと、いけないから」


プルプル震えながら立ち上がったガナッシュは一体何十キロを持ち上げているのか。ルノが掴まっているガナッシュの首に手は回せないが、ロゼは顔を埋めるようにガナッシュの胸に擦り寄った。


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