50.悪魔の取引
「見えますか?あそこにいるのがノワイズ村の村長、ゴルドバさんです」
マーカスが指さす先にいたのは貴族を見送り村へ帰ろうとする中肉中背の男だった。自分よりも更に一回りは年上くらいで、小さな村の村長だというわりには髪の毛はポマードで固め、場にそぐわないスーツを着ている。貴族を相手にする上での身だしなみといったところだろうか。
「僕は彼に目の敵にされてますので、挨拶したところで無視されるだけです」
「私にどうしろと?」
「接触をお願いできませんか?彼に気に入られれば薬を買うことができるはずなんです。フラミンゴさんならきっとできます。ぜひ、お願いしたい」
「・・・・・。」
「ダメでしょうか?」
マーカスの眉は垂れ下がっているのに僅かに口角が上がっている。わざとなのか?どうしてこちらに疑念を持たせるような演技をするんだ?フラミンゴはマーカスにバレない程度に奥歯を噛みしめる。
「マーカスさん。一体何が目的なんですか?私に何を求めてます?」
「え?」
「利害が一致していないんですよ。あなたはノワイズ村の調査がしたい。その上で薬も手に入れたい。だが私は彼の売る薬なんぞに興味はない。ノワイズ村の村長と接触して私になんのメリットがありますか」
「いらないんですか?手に入れれば高くで売れると思いますよ?」
「いりません。そもそもこちらに来たのも、欲しい商品もビールを作るための大麦麦芽なんですよ」
「だから協力してくださいって話です。ここの農家とは知り合いなんで良い条件で取引できるはずです」
「ですから」
「なら僕自ら行きましょうかね。今ならゴルドバ村長を強請れます。僕も魔女の薬を手に入れましたよ?ってね」
でたでた、カードをひっくり返してきた。フラミンゴは表情を変えない。マーカスはロゼの存在を都合の良いように利用しようと企んでいる。
「持ってらっしゃるんですか?」
「僕ではなくフラミンゴさんが」
「生憎、仕入れたものは全て売れてしまいましたよ」
「また作ればいいじゃないですか。あ、それとも名称を変えた方がいいですか?魔女が作った薬よりも、聖女が作った薬の方が価値が上がって、ゴルドバ村長も驚きますよね」
「マーカスさん」
「そんな怖い顔しないでくださいよ。すみません。僕があなたに嫌われてしまっては本末転倒です」
そういう態度が人に嫌悪感を与えてるんじゃないのか?フラミンゴは舌打ちしそうになるのを必死にかみ殺す。
「・・・条件があります」
「なんでしょう?」
「仕方がないので私があなたに代わりあちらの村長と取引を行ってきましょう。取引の内容、貴族との関わり、村の様子、それらをあなたに伝えます。その代わり、マーカスさんはカロッチャ島で見たものを他所で話すのをやめていただきたい」
「あの奇跡の大脱出をですか?それはもったいない!」
「あなたは既にお気づきですよね。私と一緒にいるのはネラルク大公国の大公爵正統後継者です。変な噂が広がればアイツの今後に影響が出ます」
「変な噂だなんてとんでもない!あれだけの数の人命救助という功績を上げたんですよ?もっと誇ったっていい」
「本人が望んでいません」
「なら周りがもっと称えないと」
「どこにそんな必要がありますか?アイツの生き方に周りが口を出す筋合いはありません。それは・・・一緒にいる子も同じです」
フラミンゴは被っていた帽子を深く被りなおす。「私のことはどう利用したって構いません。ですが、彼らに手を出すのはやめていただきたい」そしてマーカスを置いて一人歩き出した。
村に戻ろうとするゴルドバに向かってフラミンゴは歩を進める。早足でなければ追いつけない。フラミンゴはできるだけ足音を立てずに歩く。距離にして五メートルといったところで「あの!」とゴルドバに声をかけた。ゴルドバは振り向きもせず足も止めない。フラミンゴは駆け足でゴルドバに近づく。
「あの、すみません!ゴルドバ村長でしょうか!?」
フラミンゴは声色を上げた。いつも貴族を相手にするときに使う猫なで声だ。ゴルドバがゆっくりフラミンゴに振り向く。眉間に深い皺を刻み目を吊り上がらせていた。かなり警戒されている。だがそんなことは気にならない。当たり前のことだからだ。
「急にすみません。あなたが・・・ゴルドバ村長ですよね?」
「誰から聞いた?」
マーカスからだと言えるはずもない。フラミンゴは泳ぎそうになる目に力を入れてしっかりとゴルドバを見ると唇を震わせて「・・・ゾビ侯爵、です」咄嗟に汚れた亡き侯爵の名を告げた。
「ゾビ侯爵・・・・。最近来ないが、どうかしたのか?」
どうやらゾビ侯爵が亡くなったことを知らないらしい。「実は・・・病に侵され臥せっているのです。大変重い病のようで、そこであなたの名前をお聞きしました。薬を・・・買ってこいと」縺れそうになる舌を必死に動かす。ゴルドバは顰めていた表情を緩め目を丸くした。「本当か・・・?無事なのか?」まさか厳つい中年男がゾビ侯爵の心配をするなんて思いもしなかった。
「・・・非常に深刻です。声が嗄れて話すこともままならないなか、必死に声を振り絞り、あなたの売る薬を求めていました」
「そ、そうか。ゾビ侯爵が。・・・あの人は値段にケチをつけて高価な薬は買わなかったんだが、そこまで追い詰められているのか」
大きく息をついたゴルドバが顔を上げてフラミンゴを睨むように見た。「すぐにでも村に来るといい。薬を売ってやろう」そういうと山の方へと歩き出した。フラミンゴはマーカスに振り返りもせずゴルドバの後を追う。取って付けた嘘がこんなにもあっさり上手くいくとは。運がいいというか、なんというか、逃げられない宿命のようなものを感じてしまうくらいだ。
朝マーカスの別荘を出発したはずなのにノワイズ村に着いたのは太陽が頭の天辺より傾き目線の高さと同じくらいになるころだ。急がないと夕方になる。山の奥のさらに奥を目指しフラミンゴは何も言わずゴルドバの後をついていく。すると木々の合間から小さな家が見えた。倉庫なのか民家なのかは判別つかない。まばらにポツポツと建っている小屋を通りすぎるとようやく開けた場所に出た。一軒だけ二階建ての大きな屋敷があるのみで、それ以外は来る途中に見た倉庫なのか民家なのかわからない薄汚れたボロ屋だった。家の隣に家畜なのか牛が何頭もおり、その辺をニワトリが歩いている。においも中々なものだった。
ゴルドバは一番大きな屋敷にフラミンゴを案内する。立派な木材で建てられた屋敷は吹き抜けで両サイドにある階段で二階に上がることができるようだ。今まで訪ねたことのある貴族の屋敷と造りが似ている。意識しているのかどうか。
「おかえりなさい、あなた」
「ベス、商談に入るから人払いを頼む」
「わかりました」
ベスと呼ばれたゴルドバの妻らしき人は廃れた村には似合わず綺麗なドレスを身にまとっている。ゴルドバと同じだ。これも貴族を相手にする上での身だしなみなのか。フラミンゴは帽子を取り挨拶した。
一階の広い客間に促されふかふかのソファに腰掛ける。家具も高級のものを揃えているようだ。ソファもテーブルも立派なもので、正面に座るゴルドバの後ろには大きな金庫が違和感なほど堂々とその存在をアピールしている。
「さて、お名前をお聞きしても?」
フラミンゴは一瞬躊躇した。別の偽名を使うか?けれど後に面倒なことになりそうなのでやめた。「フラミンゴと申します」どうせ貴族たちと怪しげな取引をやっている小さな村の村長など脅威にもならない。ロゼのおかげで貴族たちの信頼度は自分の方が上なはずだ。
「フラミンゴさんはゾビ侯爵とはどのようなご関係で?」
「実は私は行商人でして、ゾビ侯爵の商売に一枚噛ませてもらっていたんですよ。それはそれはお世話になりました」
「ああ、あのお方は手広く商売をやっていたらしいですからね。見栄っ張りなのにケチくさいというアンバランスなところが」
「・・・・・・。」
「あっと、失言でした。忘れてください」
ゴルドバが眉を下げて力なく笑う。フラミンゴは何も言わなかった。けど、この場にいない貴族の悪口を軽々しく零すような人間が他の貴族たちに気に入られているとは思えない。貴族は共に悪口に花を咲かせるよりも、吐き気がするほどの言葉で褒められたほうが喜ぶのだ。ということは貴族が足繁くゴルドバの元に通う理由はゴルドバ本人ではなく、ゴルドバが扱う商品にそれだけの魅力があるのだろう。
「で、何をお求めですか?」
「あらゆる不調を治す万能薬をください」
「ああ~・・・、あれはかなり高額になりますよ?それも飲み始めたら治るまで飲み続けなければなりません」
「そんなの万能薬とはいえないのでは?」
「薬も毒も紙一重ですよ。どれだけ効果の高い薬でも分量を間違えば人間の身体を蝕んでしまいます。徐々に投与するのが一番なのです」
「それなのに高い金額を提示するのですか?分量を減らしているのに?」
「・・・・そういうところ、ゾビ侯爵にそっくりですね。変なところでケチくさいったらありゃしない」
ゴルドバは大きく息を吐き首を横に振った。そしてゆっくり立ち上がり金庫の方へと向かう。ダイヤルを身体で隠してフラミンゴからは見えなくし、ガッチャンと錠が解ける音を鳴らした。
「もし、ゾビ侯爵がいち早く体調を回復させたいというのでしたら、この一番高い薬をあげましょう。しかし度々になりますが、飲み続ける必要があります」
「・・・・・・。」
「ツケはききません。都度、お支払いください」
「・・・・もう一つ下のランクはありませんか?」
「命がかかっているのではないのですか?」
「ゾビ侯爵は命が助かったとしても、有り金を全て使い今後の生活を失うくらいなら死んだ方がマシだという方ですから」
「なるほど、納得です。では、こちらはどうです?口当たりはかなりマズいですが、良薬口に苦しで効いているという実感が一番あると人気ですよ?」
「いくらですか?」
「五十万です」
「それも続けなければならないんですか?」
「当たり前です」
声を踊らせゴルドバは微笑みながらフラミンゴを見る。フラミンゴは無表情のままゴルドバの持つ小瓶を見つめていた。ロゼがいつも持っている瓶よりも更に小さい。こんなのに五十万?鼻で笑ってしまいそうになる。
頷かないフラミンゴを前にゴルドバの表情が曇ってきた。「・・・冷やかしなら帰ってもらえますか?」すぐ感情を態度に出すところが素人丸出しだ。今度は対照的にフラミンゴが微笑む。
「わかりました。その五十万の薬を買いましょう。続けて服用しろと仰いますから、とりあえず三十本用意してください」
「え・・・。」
「数が足りませんか?」
「いえ、すぐに用意しましょう」
「・・・あと、それと別に取り扱っているものがありますよね?そちらも用意していただきたい」
「・・・・・ああ、そっちも欲しいんですか?」
何、とは言っていないのにゴルドバはまた金庫を漁る。遠くからでも金庫の中に黄金に輝く金塊が見えた。貴族から受け取ったものなのだろう。中々の上客を捕まえているようだ。
「やめてくださいよ?目立ったことをするの。こちらとしても外部の人間に変に目を付けられたくないんですから」
ソファに戻ってきたゴルドバが五十万の薬と別に手箱を取り出す。蓋を開けるとそこには薬包紙に包まれた怪しい薬がびっしり並べられている。もちろんフラミンゴはその中身がわからない。けど、怪しい取引をする人間が純粋に良薬だけを売っているとは考えにくい。やっていることだけを見ればマフィアと一緒だ。相手の弱みにつけ込んで怪しい薬を高額で売る。・・・この薬の中身は麻薬じゃないのか?フラミンゴは顔をゴルドバの手元に向けながら目だけを上げる。ゴルドバはじっとフラミンゴの顔を見つめていた。
仮にこの中身が麻薬だとすると、マフィアから買うよりもゴルドバから買う方が比較的安全だし格安で手に入れることが可能だろう。この男には力がない。上手さもない。貴族たちの脅威には成りえない存在だ。だとしても、わざわざこんな辺鄙な村を訪れてまでヤクを貴族が欲しがるものだろうか。別の目的がある?それとも別の使い道がある?・・・わからない。これだけではわからない。もっと情報が必要だ。もっと、もっとだ。
「・・・足りませんなぁ」
「は?」
「こんなのでは足りません。はて、金額に見合うだけの量を用意できるかわかりませんが、あなたの持っているものを全て、今すぐ、出してくださいよ」
フラミンゴは片側だけの口角を最大まで上げると鞄を漁り金の延べ棒を取り出した。ゴルドバの顔色が一瞬で変わる。鼻息を荒くして唇が小さく震えているのがわかった。以前ビーグルに国王から賜ったものを売れるかと言っておきながら、こんな訝しい人間に渡そうとしている自分は後で天罰が下されるんじゃないかと恐ろしい限りだ。だが背に腹は代えられない。こんなところとはとっととおさらばして、マーカスとも手を切って、ロゼとガナッシュを安全な場所へ連れていかなければ。面倒に巻き込まれる前に。
「私をなめんでもらえませんかね。こっちはゾビ侯爵ほどケチくさい人間じゃないんですよ」
悪い顔をして喉の奥で笑った。そんな自分の演技にもフラミンゴは笑っていた。
**
ロゼたちはとある民家にお邪魔していた。「え?ここってフェズィじゃないんですか?」ロゼがホアンナに訊ねる。「フェズィはもっと先の小さな街です。こちらはヒルケットという麦が名産の村です」ホアンナは口を小さく開けて喋るので表情が殆ど変わらない。
「村全体がいい匂いですね。ぽかぽかしてますし」
「ぽかぽか?もう夕暮れですが」
「あ、雰囲気がって意味です」
ホアンナが首を横に倒す。「伝わらなかったみたいです」ロゼは隣にいるガナッシュを見上げた。「俺はなんとなくわかるよ。いいにおいに包まれるってそういうことだよね」優しく微笑んだ。
「どうぞ、気兼ねなくくつろいでくださいな。マーカスさんにはいつもお世話になってますんで」
家主であるブルーノが小さく頭を下げた。ガナッシュが微笑みながら少し困った顔をしている。「俺たちとマーカスさんの関係は逆に希薄なんだけど」ブルーノに聞こえないように呟いた。
「ガナッシュさん。私、麦の脱穀やってみたいです」
「そうだね。せっかく泊めてもらうんだからお手伝いしてこようか」
「ええ~、せっかくゆっくりしてって言われてるんだから、ゆっくりしようよ」
「タダでお世話になるわけにいかないだろ」
「生真面目だな~」
「見習って」
「自分でいう?」
ガナッシュに背中を押されてロゼはブルーノの家を出た。そしてウェストを探す。外にはいなかった。「ウェストさーん」そこそこ大きな声で呼んでみた。そんなに広くないヒルケットという村なら声が届くのではないかと思った。ウェスト本人には届かなくても近くにいる人に聞こえたら呼んでくれるのではないかと期待してもう一度「ウェストさーん」ロゼはウェストを呼ぶ。
「はいはいー?なに?」
「あ、ウェストさん。脱穀体験してみたいです」
「え、今?もう片付けるんだけど」
「明日ならいいですか?」
「てか、マーカスさんのお客さんにそんなことさせられないよ」
「やってみたいんです」
「変わった子だなあ」
目を細めたウェストに「すみません、好奇心旺盛で」とガナッシュが謝る。「いや、いいんだけど、珍しいね。農業なんてみんな嫌々やってるのにさ。生活のために仕方なくだからね」ウェストはズボンについた籾殻をパンパンと払い落とす。
「ところでそっちの商人さん戻ってきた?」
「いえ、まだですけど」
「マーカスさんも落ち着かない様子だし、そっちの商人さんノワイズ村に行っちゃったのかもね」
「そう、なんですかね?」
「貴族でもないのにすごいね。あの、人を値踏みするような目に見下した態度、それを全面的に押し出す村長のご機嫌をとって村に入っちゃうなんて。あのマーカスさんですらダメなのに」
「なんていったって商人ですから」
「あ、そうか」
はっはっは、と笑いながらウェストはガナッシュの肩をバシバシ叩く。「軽快なトークで相手の気分を盛り上げる術を持ってんだから、商人って厄介なんだよね~」ウェストが笑いながら畑に戻ろうとすると「ん?」と声を出して立ち止まった。
「うわ~・・・来てやんの」
唸るような声を出したウェストにロゼも並び畑の方を見た。「あっ!」ウェストとは対照的に明るい声を出したロゼは畑の方に走っていく。「ちょ、ロゼ!」慌ててガナッシュがついてきた。
「可愛い!ワンちゃんだ!」
「ロゼ!野良犬は危ないよ!病気持ってるかもしれないから!」
畑の前でうろうろしていた黒い犬に近づこうとするロゼの腕をガナッシュが引っ張った。
「え?触っちゃダメなんですか?」
「ダメ」
「ええ~」
ガナッシュに腕を引っ張られながらロゼは視線を黒い犬に向けた。小型でも大型でもなくロゼの膝の高さくらいの犬は鼻先を地面につけ畑の周りをうろうろしている。「あ、首輪してますよ!野良犬じゃないかも!」ロゼは犬を指さしてガナッシュを見上げた。「え・・・?本当?」眉を顰め目を細めたガナッシュが遠くへ視線を投げる。
「飼い犬ならいいですか?」
「んー・・・まあ、飼い犬なら」
「行きましょう!!」
ロゼはガナッシュの手を引っ張って犬に近づこうとする。ガナッシュは困った顔をしながら後ろに振り返った。「ビーグル!」ウェストに並ぶ形で気だるさそうに立っていたビーグルを呼ぶ。
「あの犬が安全かどうか調べてきてくれ」
「はあ?」
「咬まれてみるんだ」
とんでもない発言をガナッシュがした。
「ちょっとお!どういう意味!?俺の身体を使って何を確かめようっての!?まさかとは思うけど狂犬病!?だったらマズいって!致死率100パーセントだよ!」
「大丈夫。君はそれでも生き延びたじゃないか」
「もうあんな思いは二度とごめんだよ!!」
ビーグルはその場から動かなかった。ガナッシュがビーグルと言葉を交わしている間もロゼは犬に近づき、三メートルほどの距離まで近づいたところでその場にしゃがみ込んだ。すると黒い犬がロゼに寄ってくる。
「ガナッシュさん、このこ可愛い顔してます。大丈夫ですよ」
「それ根拠あるの?」
「吠えないですし」
黒い犬はロゼの前でお座りした。「あれ?躾られてるのかな?」ロゼは犬を撫でようとはせず犬の目をじっと見つめた。真っ黒の毛並みに溶け込むほど黒くて大きな瞳が潤んでいてとても可愛い。黒に馴染む赤い首輪がさらに犬の可愛さを引き立たせている。
「病気もってますか?」
「 」
「ノミがついてますか?」
「 」
犬に返事などないのにロゼが質問を重ねる。ロゼに顔を向ける黒い犬は何かを訴えるような瞳でじっと見てくるのに一切吠えない。「撫でてもいいですか?」その問いに犬は頭を下げてその場に伏せた。ロゼの表情が一気に明るくなり、犬の隣に並ぶと胴体を撫でた。
「ロゼ~」
「ガナッシュさん、このこいいこなんですよ」
「見ればわかるよ。ビーグルなんかよりよっぽどいいこだ。でもね」
「お腹空いてるのかな?でも、何も持ってないし・・・。あ!お水!お水欲しい?」
ロゼは犬からビーグルに視線を移した。「ビーグルさん!お水持ってきて!」ビーグルの扱いは会ったばかりの犬以下だった。それはビーグルもわかっている。「俺のこともたまには可愛がってくれればいいのに」口を尖らせぼやきながらビーグルは重い足取りでブルーノの家に戻っていった。
「君、犬好きなの?」
「好きです!近所にベティっていう大きな犬がいたんですけど、飼い主のローランさんと一緒によく散歩してました」
「でもその犬、首輪してるけどさ飼い主が誰なのかわからないんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。だからノワイズ村から来てるんじゃないかって。・・・あの村は魔女がいたって話だから、恐ろしいヘルハウンドなのかもって、俺たちはこいつを見かけたらすぐ家に帰るんだよ」
「ヘルハウンド?」
「知らないの?魔女が従える不吉な犬だよ。死を司ると言われていて、見たら逃げろ、鳴き声は寿命を縮める、触ったら即死、って言われてるのに・・・平気なんだね」
「平気ですよ。こんなに可愛いのに、そんな風に言っちゃ可哀相ですよ」
「うーん・・、まあ、大人しいっちゃあ大人しいんだよね」
といいつつウェストはあまり距離を詰めようとはしない。ガナッシュに視線をやって顎をくいくいと後ろに向けていた。
「ロゼ、もしノミなんかがついてたら泊めてもらうブルーノさんに迷惑かけるから、水をあげたらもう戻ろう」
「はい」
ロゼはニコニコしながら犬を撫でる。心なしか犬も嬉しそうに笑ってるように見える。「全然吠えないねー、えらいねー」ロゼの言葉に尻尾も振れ始めた。かなり懐いている。
「今度飼い主さん教えてくれる?怖いワンちゃんじゃないよってみんなに教えてあげよう?」
犬は返事するかのように「くぅん」と喉を鳴らした。




