49.二つの顔
急な来客に夕飯の準備の出来ていないホアンナは「申し訳ありません」と頭を下げてロゼたちに人数分のパンを渡した。「いえ、本当に、これ以上のご厚意は結構ですから」パンを受け取りながらガナッシュは片手を首の高さまで上げて小さく横に振る。ホアンナは何も言わず、表情も変えることなくもう一度頭を下げて、明日の朝食の準備に戻った。
「・・・ガナッシュさん」
「ん?なに?」
「もしかして、私たち・・・」
ロゼは言いかけて言葉を止める。ガナッシュが「なに?」もう一度優しい声で訊ねる。ロゼはゆっくり視線を上げてガナッシュを見ると「・・・魔女に捕まってしまったんじゃないですか?」真剣な表情で呟いた。
「・・・魔女?」
「前に話したおばあちゃんの話と似てませんか?山で遭難したおばあちゃんは魔女に助けられたと思ったら逆に捕まって逃がしてもらえなかったんですよ!」
「え・・・ああ、うん」
うん、と言いながらもガナッシュは困惑の表情を浮かべていて納得しているようではなかった。ロゼはガナッシュの胸に手を置き更に近づくと「絶対にそうですよ!私たちに仕事を押し付けてくるんです!」耳に顔を寄せて小声で言った。ガナッシュに返事はない。じっとこちらを見つめて動かない。じっと見つめられてようやく気付く。ロゼとガナッシュの顔は触れ合いそうになるくらい近かった。
「わわわっ!!ごめんなさい!」
「いや、いいよ。でも、びっくりした。ロゼから近寄ってくることないから」
逃げるロゼを捕まえるようにガナッシュの腕がロゼの肩に回った。「離れないこと。ってフラミンゴさんに言われたでしょ」グッと身体を引き寄せられて、指一本分の隙間もないほど密着させられる。
「でも、ロゼの見解はあながち間違ってなさそうだな」
「そ、そうですよね!」
「マーカスさんは俺たちに何かを求めてる。・・・何を求めてるのかはわからないけど」
リビングにはロゼとガナッシュしかいない。すぐ隣のキッチンにはホアンナ。ジンの餌やりに行ったビーグル。フラミンゴは酒を持ってマーカスのいる二階へと上がっていった。二人だけやることもなく時間を持て余している。ロゼに至っては船の中でずっと寝ていたので元気だ。
「今、フラミンゴさんとマーカスさんは腹の探り合いをしてるんだろうね」
「腹の探り合い?」
「そう。あの小さく突き出たおなかをね更に突き出して相手にぶつけるんだ」
「なんですか、それ」
「マーカスさんもおなかを突き出して、えいえいって」
「そんなヘンテコな話、騙されませんっ!」
「いや、ロゼはわかってないんだよ。こうやっておなかをこちょこちょって」
「うひゃっ!ひゃあ!や、やめてください!」
ガナッシュが容赦なく脇腹をくすぐってくる。「ちょわっ!ひゃひゃっひゃーっはは!!」どれだけ手でガードしてもガードを掻い潜ってくるガナッシュの手から逃れられないロゼはおかしな笑い声をあげて逃げ回る。ロゼが変な笑い声を上げれば、みるみるガナッシュの表情も緩んでいった。酒に酔ったように目が垂れていった。そしてソファに横になったロゼに覆いかぶさるようにガナッシュの頭が肩に乗る。
「・・・・・はあ」
「・・・ガナッシュさん?」
「ロゼ、ありがと。ちょっと力抜けた」
「え?」
「ずっと神経尖らせてると精神が摩耗する。けどロゼと一緒にいるだけで癒されちゃうよ」
「・・・セラピー?ですか?」
「ん?」
「あれですか?動物を撫でると癒される、的な?」
「なんでそうなるかな。ははっ」
ガナッシュはロゼの肩に頭を乗せながら大きく息を吐き出すように笑った。そして身じろぐ。湿ったガナッシュの髪の毛が首にくっついてくすぐったい。ロゼも「くすぐったいです」笑えばまた脇腹に手が伸びてきた。またくすぐられる、と咄嗟にガナッシュの腕を掴んで阻止しようとするとパシン!と乾いた音が響いた。
「他人んちでイチャイチャしないでくださ~い!」
ガナッシュの頭に平手を一発ビーグルがかました音だった。
**
フラミンゴはホアンナから預かったウイスキーとグラスを二つ手に持ってマーカスがいる二階へ上がった。コンコンとノックすると扉の向こうから「はい」と短く返事が返ってくる。「失礼しますよ」とフラミンゴはドアノブに手をかけ扉を開けた。
「おや、フラミンゴさん。どうかされましたか?」
「いえ、帰ってきて早々部屋に籠ってしまわれたマーカスさんをホアンナさんが気にかけてましたので、よければ一杯」
フラミンゴは手に持っていたウイスキーの瓶を掲げる。「あっと、もうそんな時間ですか?すみません。結構仕事が溜まってましたので」マーカスは机いっぱいに広がっている書類をかき集めてベッドの上に投げつけた。「どうぞどうぞ」マーカスが部屋の中に促す。フラミンゴはゆっくり部屋の中へ足を踏み入れた。
「散らかっていてお恥ずかしい限りです」
「いえいえ、私の知り合いにも医者がいますが似たようなものですよ。熱心に勉強されているのですね」
「そのつもりなんですが、中々成果が上がりません。僕の前に立ちはだかる大きな壁、それを越えるのは実に難しい」
「・・・・・魔女、のことですか?」
フラミンゴは上目でマーカスを見る。マーカスは口角を上げて「ははは」と笑った。元々デスクに備え付けられていた椅子にフラミンゴを座らせると、自分の分はベッドサイドにあった小さな丸椅子を持ってきてそこに座った。フラミンゴが持ってきたウイスキーに手をかけ、慣れた手つきでグラスに注ぐ。
「そう、警戒なさらないでください。僕はあなたに会えて光栄です。貴族界隈では有名な商人さんですもんね」
「そんなことありませんが・・・あなたも貴族とご関係が?」
「仕事柄相手をすることがあります。・・・そのときに言われるんですよ。薬を出せ!医者はケガは治せるが病気は治せない!ってね」
マーカスはウイスキーを一口飲んだ。「これだけ寝る間も惜しんで勉強しているのに、貴族たちは薬を持って来い!の一言です。結構つらいですよ」くつくつマーカスが笑うと手に持ったウイスキーもグラスの中で波を立てる。
「今でも魔女の薬は人気です。欲しがる人は多くいます。ですが、その製造元がどこなのかわかりません」
「そんなの過去の歴史と同様に潰されるのが目に見えてるからじゃありませんか?彼女たちは権力者によって悪者とされ処刑された。あなたのいうノワイズ村の歴史にも残ってますよね?現にマーカスさんも魔女を敵視しているように見えますし」
「ええ?そうですか?悔しいと思うことは多くありますが、僕は魔女を否定しているわけではありませんよ。むしろ興味深く、願わくは会いたいくらいです」
「はあ」
どこまでが本心だろうか。マーカスの表情に焦りが見られないところをみると、言葉に偽りはないのかもしれない。
「フラミンゴさんは、どうやって魔女の薬を仕入れているのですか?」
「・・・・・。」
「言えないんですか?」
「商人は仕入れた商品の出所を探らないってのが暗黙のルールにありまして。仕入先を辿るのはもちろん、製造元がどこかなんてのは我々も知らないもんです。売れるか売れないか。売った責任を自分が負えるか。それだけです」
フラミンゴもウイスキーを一口飲む。そしてすぐテーブルの上に置いた。
「マーカスさんは魔女の薬が世に出回ると自分の仕事に支障が出るから、魔女のことを調べているのですか?」
「そんな理由ではありません。どちらかというとその逆ですよ。恥ずかしい話ですが、医者というのは命を預かる仕事なので内容を選びリスクから逃げる人が多いんです。自分の手で患者を死なせてしまったら名が落ちてしまうでしょう?それを避ける医者のなんと多いことか。ですから薬という存在はとても有難いものです。貴族平民関係なく手にすることができ、贔屓差別もない。平等に人を救います。それを考えると、どうしてノワイズ村の人たちは僕ら医者でなく貴族を相手にするのでしょうか。僕に売ってくれればいいのに。貴族たちよりも薬に見識のある医者が使用すれば間違わないですむ。人を死なせてしまう確率も減るでしょう。そうすると薬の信用も、医者の権威も、うなぎのぼりとなって、どちらにもメリットが発生する。そうしたらノワイズも僕も願ったり叶ったりじゃないですか」
ねえ?とマーカスがフラミンゴの顔を覗き込む。フラミンゴはとりあえず口角を上げて返事を濁した。
「船でお話しましたけど、僕はカロッチャ島には聖女に会いに行きました」
「会えなかったんですよね?」
「そうです。噂に聞く未来を予知する聖女には会えませんでした。僕は貴族たちと怪しい取引を行っているノワイズ村がどうなっているのか、何がしたいのか、今後どうなってしまうのか、それが知りたかったんです」
「魔女がいた村、で何が起こっているのか?」
「元々、魔女は表に出る存在ではありませんでした。身を隠してひっそりと生活をし、小さな世界に生きる影のようなもの。しかし、その力が持つ影響力の大きさを僕は知っている。だからこそ、その力をノワイズ村の人たちが悪用していないか気がかりなのです」
マーカスはグラスをテーブルの上に置き、両手を膝の上に乗せ頭を下げた。「フラミンゴさん、お願いです。あなたが必要とする商品の仕入れについては僕が全面的に協力します。今後についても保障します。なので、無理を言っているのは重々承知してますが、どうか僕に力を貸していただきたい」深く深くテーブルに額を当てるくらいにマーカスの頭が低くなっていく。
「顔を上げてください、マーカスさん。私にできることなんてたかが知れてますよ。私はただの行商人です。一部貴族との親交はありますが、ただそれだけです」
「そうかもしれません。そうかもしれませんが、それだけなわけありませんよね?だって、あなたの傍にはネラルク大公国の大公令息がついています」
頭を下げているマーカスは顔を上げないまま言葉を紡ぐ。「その大公令息が連れている娘は結婚されたセレスティア殿下ではありませんよね。彼はあの娘を一切手放そうとしませんが、一体彼女は何者なのでしょうか」マーカスの言葉にフラミンゴは身体が動いてしまいそうになるのを必死にこらえる。何が言いたい。喉元まで出かかった。
「セレスティア殿下は一部では聖女なのではないかと噂されている。けれどそれは身目麗しい姿によるものであって実際には何の力も持たないのだろうと僕は思っています。もし殿下が本当に聖女なのであれば大国であるボワイアが大人しくしているわけがない。いつまでもネラルク大公国に頼らず、聖女というカードをもって他国との交渉を優位に進めていけるはず。それがどうして自分の娘をネラルク大公国に嫁がせた?それは切れないからでしょう。ネラルク大公国との関係を。同盟解消に怯えているのは軍事国家であるボワイア側かもしれません。ということはボワイアの持つ国の威信、王女が聖女だという姿は偽りであって、ただの張りぼてにすぎない」
「はあ・・・私に政治はさっぱり」
「カロッチャ島の聖女には会えませんでした。ですが、ディオ・ネラルク・ルイズベート卿と一緒にいるあの娘は、彼を救ったもう一人の聖女なのではないのですか?」
マーカスがゆっくり顔を上げた。口元がにやけているのを隠そうともしない。フラミンゴはつい眉間に皺を寄せそうになる。が、こらえた。表情一つの情報もくれてやりたくなかった。
「この世界に聖女は一人だとは限らない。僕は、彼女のことも聖女だと“推測”します。どうか、僕にも救いの手を差し伸べていただきたい」
明らかに言葉に含みを持たせてきた。ガナッシュの前ではロゼの聖女説を否定しておきながら今度は肯定する。それどころか助けすら乞う。まるでカードでいう表が聖女、裏が魔女だ。都合によって表にも裏にもひっくり返す気なんだろう。それはマーカス自身にもいえることのように思える。そう、マーカスという人物には二つの顔がある。医者としての生真面目さ、人を食おうとする意地汚さ。表の顔と裏の顔。あえてどちらも見せてくるのは、どういうつもりだ?フラミンゴは減ってもいないウイスキーの追加をグラスに注いだ。
**
翌朝、朝食を手早く済ませるとすぐ出発することになった。馬小屋にいた二頭の馬にマーカスとホアンナがそれぞれ乗り、ロゼたちはいつものようにジンが引くリヤカーに乗って移動する。ガラガラと規則的な車を引く音を聞きながらロゼはジンに跨るフラミンゴの後ろ姿をじっと眺めていた。「どうかした?」ガナッシュがロゼに訊ねる。
「今日、しゃべってないなと思いまして」
「フラミンゴさんと?」
「はい」
「気にすることないよ。仕事モード入っちゃってるんだと思う」
「仕事モード?」
「大きな取引の前はいつもあんなだよ。貴族が相手のときはもっと険しい顔してる」
「そうなんですか?」
「ただの行商人が貴族相手に商売をするのはものすごく神経を使うみたい。まぁ、ロゼの前、というか酒場サンジェルでは全然違う顔だから知らないよね」
「俺もそうだよ。神経すり減らして仕事したあとにロゼたちの待つ酒場に行くと、安心して気が緩むんだ」ガナッシュは目を垂らして微笑む。酒に酔ったような蕩けた顔だった。ロゼはガナッシュからパッと顔を逸らす。「なんで照れるの」背後に聞こえるガナッシュの小さな笑い声から耳を塞ぐように両手で顔を覆う。なんだか嬉しいような恥ずかしいようなことを言われた気がする。しかも甘い顔で。
「ロゼちゃんのお店俺も行きたいな~。テールズのビールも飲んでみたいし」
「そういえばビーグルさんってお酒飲めるんですか?」
「飲めるよ。安くてマズい酒しか飲んだことないけど」
「ふーん」
「だから楽しみ!テールズの酒で飲み明かすの!ガナッシュ君、そのときは付き合ってね!」
「俺、甘党だから無理」
「即答で断んないでよ!!いーよ!ロゼちゃんに付き合ってもらうから!」
「ロゼは俺の相手するから無理」
「なんでガナッシュ君が決めるんだよ!」
ビーグルがガナッシュに絡みだす。ガナッシュは長い脚をビーグルの腹に当てて身体を仰け反らせた。両手を伸ばすビーグルの手はガナッシュの身体に届かない。取っ組み合いにすらならなかった。
色々だべっているうちに広い平地の畑に出た。黄金色に輝く麦で畑は覆いつくされ風が吹けば穂が揺れる。それがさわさわと妖精たちが喋っているような声に聞こえた。広い畑を突っ切るとようやく立ち並ぶ家が見えてきた。小さな農村のようだが、あちらこちらにクルクル回る風車小屋があって村全体がお洒落に見えた。
「マーカスさん!お久しぶりです!」
一人の青年がマーカスに駆け寄る。首に巻いたタオルで汗を拭う姿から仕事中のようだった。
「久しぶり、ウェスト。見事に実ってるじゃないか。驚いたよ」
「今年は豊作なんです。よければマーカスさんも買っていってください」
「ああ、買うさ。僕だけじゃなくね」
マーカスはちらりとフラミンゴを見た。フラミンゴはウェストに向かって被っていた帽子を上げて挨拶する。ウェストはフラミンゴとジンの引くリヤカーで全てを察したように「商人さんですか?ウチの麦は上等のものばかりですよ!」口を大きく開けて笑った。
「ところでウェスト。ノワイズ村に変わったことはなかったかい?」
「・・・いいえ。相変わらず怪しい人たちが通っている姿は見てますけど、それ以外のことは何も」
「そうか」
「あ、そういえばさっきノワイズ村の村長が貴族の見送りにこの近くまで下りてきてるのを見ましたよ」
「ゴルドバ村長が?珍しいな」
「相手の貴族はすんごい金持ちっぽい格好してましたからね。いつもは厳つい顔してぶっきらぼうな態度しかしないあの村長が、ニコニコペコペコしてて驚きましたよ」
「まだいるだろうか?僕も挨拶してくるよ」
マーカスが馬から降りると「フラミンゴさん」と手招きする。フラミンゴも馬から降り「ガナッシュ」とジンの手綱を渡した。
「ちょっと挨拶してきます。あなたたちは先に行っててください。ホアンナ、頼むよ」
マーカスはフラミンゴを連れて村の方へと一足先に行ってしまった。それを眺めるしかできないでいるガナッシュに「こちらです」とホアンナが道案内をしだした。
「ん?なんで商人さんを連れていくんだ?」
ウェストが小首を傾げながらロゼたちを見る。
「買い付けにきたの?」
「え?」
ロゼはなんと答えたらいいかわからず視線をガナッシュに泳がせた。ガナッシュはジンの手綱を引きながら「そうです」とウェストに答える。
「の割には大所帯だね。商人らしくない女の子もいるし」
「仕事の合間にといいますか、むしろこっちの方がついでといいますか、元々色々な国を観光中だったんですよ。その途中でマーカスさんに出会いまして、こちらの麦を紹介されたんです」
「ふーん、謎な人だな」
「え?」
「あ、いや、マーカスさんだよ。アンタたち余程マーカスさんに気に入られてるんじゃない?商人を連れてきたのはアンタたちが初めてだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。俺たちの麦はフェズィに卸してるから、わざわざ直接買い付け来る商人はほとんどいない。いたとしても値段を叩いてくるから、そんな奴と取引するよりフェズィと取引した方がよっぽどいいんで相手にしないんだ」
ウェストは畑に戻らずロゼたちについてくる。「悪いけど安くでは売らないよ?」ウェストは眉を吊り上げてガナッシュの顔を覗き込んだ。ガナッシュは小さく笑い「品質さえよければ、どんな値であろうと爆買いすると思いますよ。あの人は」フラミンゴとマーカスが先を行った方向へ視線を投げる。
「儲かってんだな」
「それなりに」
「それで魔女の薬も買いに来た?」
「どうですかね。興味はありますけど」
「まあ、魔女の薬が欲しいのはマーカスさんの方だもんな。マーカスさん、ノワイズ村の村長には全然相手にされてないから、口の上手い商人に頼ったってとこなのかな?」
「仲悪いんですか?」
「仲悪いっていうか、元々ノワイズ村は誰とも関わろうとせず山奥でひっそり暮らしてたんだよ。狭い世界の中で全てが完結してるっていうか、他を受け入れないというか。そっちの方が居心地がいいのかもな」
「それなのに最近は他所の貴族たちを相手にしてるから怪しいと?」
「ま、ね。別に俺たちには何の関係もないけどさ。とはいえ、いつか貴族たちに畑を荒らされやしないかって冷や冷やしてたりはするけどね」
ジンの歩くペースに合わせてリヤカーにウェストが並ぶ。欠伸をしながら腕を伸ばしたウェストに「荒らされちゃうんですか?」ロゼが訊ねた。「金持ちは金にものいわせてやりたい放題するのが美徳だと勘違いしちまってるからね。こっちは毎日畑に出て水を撒いたり虫の駆除をしたり時には天候に振り回されたりして必死で働いてんのに、いい気なもんだよな」はあ、とウェストは大きく溜め息をつく。
「貴族の皆さんはどうしてノワイズ村に行くんですか?」
「さあ?怪しい薬でも買ってんじゃないの?そういう噂だよ」
「怪しい薬?」
「あの村には昔魔女がいたって有名だからね。表には出せないものを黒魔術とかで錬成してたりすんじゃないの?恐ろしいよな。それを欲しがる貴族ってのも頭おかしいや」
「貴族の皆さんが欲しがる薬・・不老不死とかですかね?」
「ああ、なるほど。それなら貴族たちも飛びつくね」
くくっと喉で笑ったウェストの顔に皺が寄ると今度は急に走り出した。「まぁ、ゆっくりしていきなよ。大事なお客様だし。俺、村の人たちに声かけてくるから是非うちの小麦で作ったパンでも食べてって。うまいよ!」そう言い残して一足先に村へ走っていった。
「なんか、ここまでおもてなしされちゃったら逆に気味悪くない?絶対に裏があるよね」
「裏っていうか、有無をいわせない感じかな」
「まあ、フラミンゴのおっさんは何も言わないし、俺らには関係ないのかな」
「違う。フラミンゴさんが一身に引き受けてくれてるだけだ。俺と・・ロゼを守るために」
ガナッシュが少し顔を俯かせる。ジンの荷台に乗ったままのロゼとビーグルはそんなガナッシュの後ろ姿を眺めていた。
「そだ、ロゼちゃんさ、自分以外の魔女って知ってるの?」
「私、魔女じゃありませんけど」
「ああ、聖女か」
「それも違いますけど」
「こりゃ知らなさそうだな」
ビーグルが指でロゼの額を弾く。「いたっ!」硬い爪が当たってロゼは両手で自分のおでこを覆った。「ロゼちゃんは何の自覚もないからな。困っている人を助けてることも、そのやり方が普通じゃないことも。だから、俺らでロゼちゃん守らないととんでもない目に遭いそうだ」ビーグルはにこっとロゼに笑いかけると今度は荷台の前の方へ移動する。
「わかってんの?次期大公爵様?」
「その呼び方、やめてくれる?」
「大貴族様が持つ力ってのには負けちゃうけど、その点俺は何も背負うものがなくて身軽だ。なんだってできちゃうよ。自分の手を汚すことすらね」
ビーグルは荷台から飛び降りガナッシュの正面に回った。短くなった前髪をガシガシ搔き上目遣いでガナッシュを見る。
「ガナッシュ君、カロッチャ島ではすごくカッコよかったよ。あのときは本当にごめん。反省してる。だから、俺を助けてくれた君たちを守るためなら俺、どれだけ自分の手を汚そうが構わない」
BUGだった頃を彷彿とさせる鋭い眼光でガナッシュを見るビーグル。ガナッシュは無言のまま顔を逸らした。正面に立ち塞がるビーグルの肩に手を置いて「君は俺たちの番犬だ。ただそれだけ。役目を果たせばそれでいい」ポンと肩を叩くとビーグルを通り過ぎジンの手綱を引いた。
「番犬・・・そっか」
「どうしたんですか?」
「いや?きな臭いにおいに嗅覚が反応しちゃって裏の顔が出ちゃったや。俺はもうBUGじゃないのに。いけないいけない」
ビーグルはまた荷台に飛び乗ってロゼの正面に座った。ニッと目と口角を吊り上げる。
「ロゼちゃん。今度は俺らがロゼちゃんを守る番だ。ちゃんと俺らに守られるんだよ!」
「へ?」
「名誉挽回!頑張るぞ!」
拳を空高く突き上げたビーグルに「そもそも君に名誉なんてあった?」ガナッシュがポツリと呟く。
「汚名返上!」
「できるかな?」
むっと唇を噛んだビーグルが背後からガナッシュに飛びかかろうとしたところをジンが尻尾でビーグルの顔を殴る。「ぶふっ!!くっさ!!」今度はジンに後ろ足で蹴られていた。




