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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第五章 疑惑の魔女裁判
48/87

48.医者を名乗る男


ロゼたちは船首の先の方までやってきた。風が強くて小さな声は耳に届かない。ガナッシュはその条件をあえて選んだように思う。ロゼはガナッシュの腕に収まったまま、対面にはマーカス、隣にはビーグルが座る。声が届かないので四人の距離は近かった。


「長い話になるけれど聞いてくれるかい?じゃないと教えてくれそうにないから」

「知らない話はできないだけです」

「まあまあ、聞いてくれよ。僕はフェズィという小さな街で医者をやっているんだけど、その近くに魔女がいた村として有名なノワイズ村という村がある。地元の人間しか知らない奥まった場所にあるんだけど、最近その村の様子がおかしいんだ」

「おかしい?」

「どこぞの貴族様かブルジョワ様か知らないが、身なりの良い格好をした人がノワイズ村を訪ねているのを街の人がよく目にしている」

「それのどこがおかしいのですか?」

「おかしいだろ?カロッチャ島のように温泉という目玉があれば話は別だが、あの村は地元の人間しか知らないような小さな村だ。それに昔魔女がいたとして有名だから、こちらもあちらもお互い関わろうとしない」

「え?なんで?嫌われてんの?」


胡坐をかいたビーグルが前のめりになりマーカスの顔を覗き込む。マーカスは頷くことも首を振ることもせず「う~ん」と唸るだけだった。


「ビーグルだって魔女が断罪されたことは知ってるだろう?」

「うん?なんとなく」

「魔女は歴史の中で悪者とされてきた。神の存在が絶対だった時代、神に成り代わるような技法を手にしていた魔女は、それらの行為を神への冒涜とされ罪を着せられた。そして断罪されることになる。そんな事実があるからこそ、魔女の存在は悪いものとする人たちが今でも一定数いる」

「ふ~ん。確かにイメージ的にはそんなだよね」


前のめりになっていたビーグルが膝に手を当てて頬杖をつく。その様子はもう話に飽きているようにも見えた。


「そう。魔女の存在は恐れられていた。それは土地も同じ。魔女を輩出した村は弾圧の対象となり苦しんできた経緯もあって他所の人間を信じない部分がある。それは周りの人間も同じだ。魔女のいた村の人々となんて関りたくない。だからこそ交われない部分がある」

「それなのに、そのノワイズ村というところに他所の人間が訪れているということにマーカスさんは疑問を持っているということですね?」

「そういうことだ。けど、それなりに思い当たる節もある。それが薬だ」


「薬?」ガナッシュは疑問符を投げかけながらロゼを抱く手に力を入れる。より身体を密着させられたロゼは思わずガナッシュを見上げた。


「魔女の作った薬は効果が高い上に中々手に入らないから希少価値が高い。魔女を忌み嫌う人間も一定数いるけれど、効果の高い薬を喉から手が出るほど欲する人間も多くいる。だから金持ち連中は手に入れたいのさ。高値で売るためにね」

「売る?」

「そう。希少性というのはオークションの目玉になる。ノワイズ村を訪れている金持ち連中はその薬をオークションに賭けてるのではないかと僕は睨んでいる」

「そんなの勝手にさせてればいいんじゃないですか?金持ちたちの娯楽でしかないのですから、我々にはなんの関係もありませんよ」

「もし、それで人が死んでいたとしても?」

「え?」

「魔女の薬はそれなりに死者も出している。それはそれは(おぞ)ましい姿に変貌させて」


ガナッシュは口籠る。だが顔色は変えない。


「もちろん全てがそうだとはいわない。現に、魔女の薬で病状がよくなった話はよく耳にするし、それどころか、医者が治せない病は魔女に呪いを解いてもらうしかない、という人たちもいるくらいだ。けれど、僕は医者だ。魔女の‟噂”に踊らされるより、確かな方法で人を助けたい。そのために日夜勉強に勤しんでいる。・・・けど、敵わない。あの劇薬は、人を死なせてしまうかもしれないのに、助けている事実もあるから」

「・・・・・・・。」

「・・・そうだ。どうだい?ネラルク大公国の大公令息様?君は聖女によって助けられたという噂があるが、もしかすると魔女の薬に助けられたりなんかしてないかな?」


ガナッシュは何も言わなかった。顔色を変えることもなかったが言葉を発することもない。


「おっさん、バカなの?」

「ん?」

「この世界に聖女様はいるんだよ。この世界で数々の奇跡を起こしてるのは聖女様なの。わかんないの?」


ビーグルがゆっくり立ち上がる。首を折ってゴキゴキと骨を鳴らした。「医者って頭が良いもんだと思ってたらそうでもないんだね。自分の無力さを魔女のせいにして、それでも自分の方が正義だって言い張んの恥ずかしくない?しかもそれをこっちにまで押し付けてきて、は~、バカらしい。その上、聖女の存在までも貶めようとするんだ?自己弁護のために。情けなくないの?そんなことして。そんなんだったら俺だって医者よりも魔女の薬選ぶし、聖女様の奇跡を願うわ。行こう、ロゼちゃん。俺もう飽きた」ビーグルはロゼに手招きするが、ロゼはガナッシュの腕に収まっているため顔を動かす以外身動きがとれない。


「あー・・・っと、そうだった。うん、ごめん。変なこと言った。そうか、聖女か。そうそう、この世界に聖女はいるんだった。だからカロッチャ島の奇跡は起きたんだ。そうだった」

「あの・・・、もういいですか?この子は船酔いが酷いんで、そろそろ休ませないといけないんです」

「ごめんごめん!こんな話、他所ではあまりできないからついつい長話しちゃった。彼の言う通り愚痴っぽくもなっちゃったしね。うん、もういいよ。休んでくれ。けど、話を聞いてくれたお礼がしたい。質の良い麦芽を探してるんだろう?」


マーカスは目を細めてニッコリ笑い「ぜひ僕の地元フェズィに立ち寄ってくれ。君たちの求める良質な麦芽を提供するよ?すぐ隣の村が麦の名産地で評判がとても良いんだ」ガナッシュを見つめた。ガナッシュは「相談してみます」とだけ告げ、ロゼを腕に抱いたまま立ち上がる。


「いい返事を期待しているよ」


マーカスは立ち上がることなく座ったままこちらに手を振っていた。ロゼは小さく頭を下げるとガナッシュの歩く速度が速くなる。「面倒なことになったな」頭上にあるガナッシュの顔からため息が漏れた。


「相手にしなくていいんじゃない?なーんか怪しいよ」

「わかってる。けど、こちらの足元を見てる感じがして嫌だな。俺のこともバレてるし、薬を売っているフラミンゴさんの商売にも影響が出そうだ」

「そんな影響力のある人には見えないけど?」

「とはいえ目をつけられてる以上、下手なことはできない。逃げるにしても上手くやらなきゃ」

「ガナッシュ君には立場があるからね~」

「俺のことはいいよ。俺よりもフラミンゴさんやロゼに何かある方が俺は耐えられない。・・・フラミンゴさんに相談しよう。フラミンゴさんの判断でフェズィに行くかどうするか決めることにする」


ガナッシュがロゼの顔を覗き込む。「ロゼ、怖がらせてごめんね。大丈夫。ロゼのことは俺が守るから」ロゼはずっとガナッシュに肩を抱かれたまま。


「・・・ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「・・・ちょっとだけ、怖かったんです」


ロゼは顔を俯かせてガナッシュに身体を寄せる。いつもならガナッシュに触れられると顔を赤くして固まるのにだ。「・・・ビーグルさんに攫われたときのこと思い出しました。ニコニコ笑っていながらも、なに考えてるかわかんなくて、ガナッシュさんも執事さんもピリピリしてて」あの時ロゼはガナッシュの背中に隠れ、しがみついていた。ジェイミー公爵夫人の邸宅前でビーグルに絡まれたときのことである。


「なるほど、そうか。あの(たち)の悪さと一緒か」

「君たち、俺という仲間に対してものすごく失礼だよ」


ガナッシュはビーグルからロゼを隠すようにぎゅっと抱きしめる。「いやいや、俺はもう味方だよ?そんなに睨まないでよ、ガナッシュく~ん」ビーグルが近づく気配を背後で感じながらも、ガナッシュの胸に顔を押し付けられているロゼには何も見えない。こっそり、ガナッシュの背中に手を回した。


**


「ノワイズ村?聞いたことねぇな」


髪がぼさぼさで服もぐちゃぐちゃになっているフラミンゴは、どうやらカロッチャ島の観光客にもみくちゃにされたようで、どうにかこうにか手持ちの薬を売りさばいて今に至るようだった。


「魔女のいた村ねぇ。まぁ、あるだろうよ。みんな知らないだけで。俺だってサンジェルんとこの山に魔女がいるなんて知らなかったんだからな」

「地元の人だけが知ってるんですよね。もし広く知れ渡ってしまったら、昔の惨劇の二の舞になりかねませんし」

「んで?そのマーカスって奴は何が言いたいんだ?俺の売ってる薬が怪しいからやめろってか?」

「そうではなさそうなんですよね。・・・むしろ協力を求めてるような」

「協力?」

「もしくは利用」

「利用だあ?」


フラミンゴが声を荒げた。ロゼの肩がびくっと跳ねる。


「カロッチャ島にいたのは噂に聞く聖女に会うためだと言っていました。ノワイズ村の魔女について調べていたマーカスさんにとって、効果の高い魔女の手法で作られている薬を売っているフラミンゴさんの存在は無視できるものではありません。魔女について、その薬について、色々と訊き出したい情報があるなか直接フラミンゴさんでなく俺に接触してきたところをみると、俺と一緒にいるロゼのことを怪しんでいる気がします」

「ロゼを?」

「俺がルイズベート家の人間だということがバレてました。そして聖女に命を助けられたという噂について言及してきたんです」

「なんて?」

「魔女の薬で助かっていないか?と」

「本人目の前にしてよく言えたな」


「こんなんでも一応、大公爵正統後継者だぞ、こいつは」フラミンゴの方こそ、ものの言い方に問題がありそうだがガナッシュは小さく吹き出すだけで何も言わない。


「とはいえ、マーカスさんにとってはロゼもフラミンゴさんも、魔女の存在を明らかにするための材料の一つでしかありませんから、本来の目的であるノワイズ村の異変とは別物です」

「つまり、俺らをどうこうしたいというわけでなく、自身の目的のために俺らを利用したいってか」

「はい・・・。あくまで、俺の予想でしかありませんけど」


ガナッシュが伏目になる。フラミンゴも腕を組んで険しい顔を俯かせた。


「・・・けど、妙だな」

「え?」

「俺はさっき手持ちの薬を売りさばいていたときに、こぞって聞かれたのは聖女についてだった。あの子はもしかして世に知られる聖女じゃないかと」

「・・・なんて答えたんですか?」

「俺にとっては聖女にも勝りますよ~、かわいいでしょ~、俺の姪っ子、と自慢しておいた」

「・・・それ以上、何も聞かれなかったんですか?」

「おう」

「・・・・・・。」

「否定する方が逆に怪しいってもんだ。そして肯定するのも違う。現にロゼに聖女の自覚はないしな。それは俺も同じ。俺にとっては聖女でも魔女でもどちらでもねぇ。酒場サンジェルに集まるみんなの大事な娘みたいなもんだからよ」

「・・・そうですね」

「だから、それを踏まえると、そのマーカスって奴が一連の騒動を目にしておきながらロゼを聖女でなく魔女に結び付けるのは妙ではあるな。あのカロッチャ島での出来事。偶然で片づけるには上手くいきすぎてる。あの島には未来を予知できる聖女様がいるって噂が存在していただけに、あの奇跡は聖女様によるものだと普通は思うだろう。ガナッシュのことがバレているのであれば尚更だ。それをなんで魔女とする?」

「・・・確かに。すみません、俺、疑うばかりで大事なことを見落としていました。ロゼの起こす奇跡をマーカスさんの言う魔女に結び付けるのはあまりに不自然です。薬の件にしても、ロゼはあのご婦人のことを助けている」

「どちらにせよ、こちらのことを注視してるのは間違いねぇ。どうすっかな」


フラミンゴとガナッシュは顔は動かさず目だけで船内を見渡す。未だ船首の方にいるのか船内にマーカスの姿は見当たらなかった。


「聖女としても魔女としても、世間にロゼのことが知られるのはマズいです。うまく逃げれませんか?」

「・・・とはいえ、お前のこともある」

「俺?ですか?」

「バレてんだろ?お前が誰であるのか。お前はいずれネラルク大公国の大公爵を継ぐだろう。そのときにこの件が引き金になって悪い噂でも流されたらとんでもないことだ。ここは、恩を売るつもりでそのマーカスって奴の話に乗ってみよう」

「そんな・・俺のことよりもロゼのことを大事にしてください。俺は平気ですから、俺よりもロゼを」

「そういうわけにはいかんだろ」

「マーカスさんがどういうつもりかは知りませんが、自分に都合の良いように振舞おうとしているのは目に見えてます。こちらのことなんて意に介さず自分の目的のためだけに」

「わあってら、そんなこと」

「魔女に対してもいい印象を持っているように見えません。もし・・・もし、そのノワイズ村にいるという魔女と同じようにロゼにも難癖つけて断罪しようなんてことをしたら・・・俺は、絶対に」

「落ちつけ。俺がロゼを犠牲にしてまでお前を守るわけがあるか。もし、そうなったら全力で止める。それがもしお偉いさんの逆鱗に触れるようなことになろうが、そんときゃ全て俺が被る。俺は俺の正義を貫く」


フラミンゴがガナッシュの肩をポンと叩いた。「お前はすぐ自分を犠牲にしがちだ。だから見えねぇのかもしれねぇが、お前がロゼを大事に想っているようにお前自身も想われてるってこと、ちったあ頭に入れとけ。俺のやり方はスマートじゃねぇけど、それでもそれなりの苦難は乗り越えてきてんだよ。どうにかするさ」ポンポンと叩いてフラミンゴは立ち上がる。


「ビーグル、そのマーカスって奴がどいつか教えてくれ」

「えー?なにすんの?」

「フェズィで降りるぞ。その前に街のことを色々聞いておく。じゃねぇと、また宿がねぇってことになりかねんからな」


フラミンゴはビーグルを引っ張って船内から立ち去った。その後ろ姿をずっとガナッシュが見ている。ロゼはその視線を追わず、ガナッシュの顔を見ていた。


「俺・・・フラミンゴさんに迷惑しかかけてないんじゃないかな」

「そうですか?フラミンゴさん、なんだかんだでいつも嬉しそうですよ?」

「え?」

「ガナッシュさんの為に何かしてあげたいんだと思います。だってお師匠様ですから」


「カッコつけてる部分もあるかもしれません。男の人っておもしろいですね」ロゼがくすくす笑う。そのロゼの頬をガナッシュが指でこすった。


「うん、カッコつけてる」

「え?」

「俺もそう」


ロゼの頬をこすっていた指が耳に伸びる。ピアスをなぞっている。「男ってしょうもないな」嘲るようにフッとガナッシュは息を吐き出した。


**


案の定ばっちり船酔いをしたロゼは二日も三日もずっと横になっていた。波の動きに合わせてあっちにコロコロこっちにコロコロ揺れるロゼは急に「空が飛びたい」おかしなことまでいう始末。


「ロゼ、頑張れよ。次で降りるからな」

「私は鳥になりたい」

「わかったから」


フラミンゴは寝転がっているロゼの頭をポンポンと叩く。ロゼはその手を掴んで「あと何日?」少し怒り気味だった。次の港が何時間後なのか何日後なのかわからない。「ロゼ、次は蒸気船に乗せてもらおうね。そっちの方が揺れないから」ふくれっ面のロゼの顔を覗き込んでガナッシュが言った。


「そうなんですか?蒸気船ではほとんど寝てたので、あんまり記憶が」

「うん。ぐっすりだったね。・・・そうだ、ロゼの好きな話しようか」

「私の好きな話?聖女様の話ですか?」

「ロゼは既存の聖女様の話ほとんど知ってるからなあ。それに今新たに伝説をつくってる最中だし」

「伝説?を?」

「よしよし、話そう。のんびり寝ながら聞いててよ」


ガナッシュが絵本を読むように穏やかな口調で色々な物語を語り始めた。どこかで聞いたような話、驚く展開にワクワクする話、ちょっぴり切ない話。色んな話を波に揺られながら聞いていると自然と眠たくなってきて、横になっているうちにロゼはまた眠ってしまった。その眠りはうたた寝に近くてほんのり意識がある。けれど頭の中がふわふわして気持ちいい。時折撫でられる頭、近くにある温度、心地の良い声、夢と現実の間の世界はとても気持ちの良いものだった。このまま目を覚ましたくないと思うほどうっとりしていると「ロゼ、着いたぞ」フラミンゴに現実世界へ引き戻された。


「大丈夫か?歩けるか?」

「・・・・朝?」

「いや、その逆。もう夕暮れだ」


フラフラする身体をガナッシュが支える。寝起きの頭は未だにぼんやりしていて足に力が入らなかった。


「今夜は僕の別荘に泊まってくれ。明朝にでも馬で移動しよう」

「別荘なんて持ってんの?」

「都会で働く医者は金を持ってんだ」


マーカスが片方だけ眉を上げて目を細める。いやらしい顔だ。「いーなー」と口を開けるビーグルの隣でフラミンゴは苦笑いをしていた。「・・・こっえ~なぁ。後々金をせびられそうだ。用心しねぇと」顔を青くしているフラミンゴに連れられ、長い船旅でロゼと同じようにぐったりしているジンがゆっくり歩き出す。その後ろをロゼとガナッシュがついていった。


マーカスの別荘は街から離れた港よりのところにぽつんと建っていた。丸太で出来たログハウスで、こじんまりとしているがどっしりと重量感がある。ログハウスの隣には馬小屋もあり、馬が二頭いた。別荘なのに馬がいるのか?とロゼは首を傾げながらログハウスの中へ入ると家の中には使用人が一人いた。マーカスの母かと思ったが、その六十代くらいの年齢の女性はマーカスを「おかえりなさいませ、先生」と呼んだのだ。


「ホアンナ、お客人が四名に馬が一頭。夕食はいいから、明日の朝食と寝床を準備してくれるかい?」

「かしこまりました」

「君たち、先にシャワーをどうぞ。僕は先に溜まった仕事に目を通しておくから」


マーカスはロゼたちを置いて二階へ上がっていく。その後ろ姿をロゼたちは眺めるだけで何も言葉が出てこない。ホアンナと呼ばれた使用人が「どうぞ」と中に促した。


「あの、俺たちは」

「遠慮なさらないでください。先生が突然お客様を連れて戻られるのはよくあることなので。えっと、シャワールームはこちらです」

「・・・おいおい、シャワールームなんてのがあんのかよ。話にしか聞いたことねぇぞ」

「俺も初めて。医者って儲かんだね」

「医者は金より権威の方が上のように思ってたんだがな」


フラミンゴは帽子とジャケットを脱ぐと「ロゼ、歩けるなら先に入ってきな」とホアンナが先を行く部屋を指さした。「ぱぱぱっと浴びてくる」ロゼは未だに船に揺られているかのようにフラフラした足取りでホアンナを追った。


「若い女性をお迎えしたのは初めてですので、お召し物がないのですが・・・代用できるものを用意してきます」

「え?そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」

「いえ、先生のお客様ですので」

「でもでも」

「では」


ホアンナはごねているロゼをシャワールームに置き去りに一人出て行った。ロゼはぽかんと開いた口が塞がらない。だが、自分がさっさと入らなければ後に続くフラミンゴたちが入れないので、着ている服を脱ぎ捨て素早くべたついた身体を洗い流す。バルブを捻れば冷たい水が全身を濡らして日が暮れかかっている夕方の水浴びはとても寒かった。


急いで全身を洗ったロゼは脱衣所に戻ると着替えが用意されている。ホアンナが着ている服ととても似ていた。身長は大差ないが、横幅が全然違うので、年若く肉付きのないロゼにはぶかぶかであった。歩けば肩かけのエプロンワンピースがずり落ちてくるので、ロゼは少しお姫様になった気分でスカートの裾を持って、フラミンゴたちがいるダイニングに移動した。


「フラミンゴさん、お洋服貸してもらった」

「俺たちもだよ。いいのかね、ここまでしてもらって」

「恩を売ってるのでは?」

「やっぱそう思うか?」


ガナッシュの表情は堅い。フラミンゴもさっきから苦笑いを浮かべている。「んなの気にしてもしょうがないでしょー。俺、先に行ってくんね」ビーグルは跳ねるように立ち上がり小走りでシャワールームを目指した。


「・・・ガナッシュ、お前、ロゼを頼めるか?」

「え?」

「お前はそのまま牽制を続けてろ。俺が(ふところ)に入ってくる」

「ですが」

「俺は失って困るものなんか持ってねぇ。立場も利権も何も持たない利用価値のない男だ。俺が探りを入れてくる」


フラミンゴはロゼに振り返ると「ロゼ、怖がらせるつもりはないんだが一応言っておく。ガナッシュから離れるなよ。一人になったりしたらダメだ。いいな?」いつもの優しい表情のはずなのに、フラミンゴの目は顔と同じように赤く充血していた。


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