47.船上にて
「・・・また船だあ」
さっきまで船に揺られていたのに、再度船での移動になってロゼは溜め息をつき、またペンギンのような歩き方になる。
「ってか水浴びしたいな~。身体中べったべた」
「同感」
ビーグルの発言に珍しく同意見のフラミンゴが頷く。海に入ったロゼもビーグルもフラミンゴも、そしてガナッシュも身体を洗い流せていない。「カロッチャ島で入った温泉は幸せだったな~。またどっかの島にないのかな」ビーグルは首を伸ばしキョロキョロと周りを見回す。「もう噴火に巻き込まれるのはごめんだぜ」溜め息を零すようにフラミンゴは呟いた。
「あのぅ・・・。」
潮騒にかき消されそうなほど小さい声がした。ロゼが後ろを振り返るとそれなりに身なりのいい男性と女性が並んでいる。「あ」女性の方には見覚えがあった。
「あの・・・先ほどは妻を助けてくださり、ありがとうございました」
「本当にありがとうございます・・・。」
女性の方はロゼが山で見つけた逃げ遅れた人だった。「こちらこそ、無理して引っ張ってごめんなさい。大丈夫でしたか?」女性の方は明らかに体調が悪そうである。痩せこけた頬に蒼白い顔。服はそんなみすぼらしい姿を隠すように明るく広がった服を着ていた。
「大丈夫よ・・。こちらこそごめんなさいね。大事に至らなかったからよかったものの、私なんかにかまけて間に合わなかったら」
「いいえ、見つけられてよかったです。迷ってたんですよね?」
「えぇ。湯治中に大きな噴火が起きて、外に出たときには周りは灰で見えなかったわ。・・・もうダメかと思ったの」
「すみません。私も必死で妻を探して、見つけたと思って手を引いてた女性は実は全くの別人で」
「でも、間違えてくれてよかったわ。そうでなければあの灰の中、お互い彷徨ってそのまま息絶えてたと思うもの」
夫婦はまたロゼに頭を下げる。それなのにロゼは夫婦を見ていない。「ロゼ。あちらさんがお礼をしてるのに余所見しちゃいかん」フラミンゴに注意されながらもロゼは行商箪笥を漁っていた。
「お薬いりますか?」
「え?」
「どこか調子が悪いんですよね?だから温泉に入りに来てたんですよね?」
「・・・えぇ、そうだけど」
「どこが悪いんでしょうか?私はお医者様じゃないので病気の特定はできないんですけど、お薬ありますよ?」
ロゼが行商箪笥を漁りながら夫婦を見上げる。「こらこら、また勝手なことを。すみませんな」フラミンゴがロゼの代わりに夫婦に頭を下げた。夫婦は目を丸くしてロゼとフラミンゴを交互に見やった。困惑した表情でどうしたらいいのかわからない様子でいる。
「私が元々商人なんですよ。それでこの子が色々と手伝いたがるもんでね。えーと、どこか悪いところでも?」
「どこが悪いのかはよくわからないんですよね・・・。あるときから妻は長時間立っていられなくなって、すぐ立ち眩みを起こしたり、息切れしたりして。食欲もなくすし、一度横になったら中々起き上がらないし。けれど医者に見せてもわからないというので、噂に聞いたカロッチャ島に来たわけですけど」
「噴火に巻き込まれてしまったというわけですな」
「はい。もう人生終わったと思いました」
男性が大きく息をつくと同時に肩を落とした。「大丈夫ですか?」ロゼの投げかけに男性はうんうんと頷く。その姿はあまり大丈夫そうではなかった。
「ロゼちゃん、ロゼちゃん。元気になれる薬とかないの?」
「元気に?」
「病気を治すっていうよりも元気が出たらいいんでしょ?なにかないの?」
「う~ん」
ロゼは腕組みし、ぎゅっと目を瞑って唸った。それから「あ!」となにか閃いたように目を大きく見開きまた行商箪笥を漁ると、引き出しから薬包紙に包まれた薬を取り出す。「とりあえずこれあげます。滋養強壮剤っていうんですか?すぐ元気になれるって評判なんです」ロゼは女性に薬包紙を渡した。女性は手に乗せられた薬包紙を見て、それからロゼを見た。「あの・・・。」困った顔をしている。
「試しに飲んでみてください。貴重なお薬なので多くはあげれないんですけど、きっと元気になれますよ」
「で、ですが・・・そんな貴重なもの、いったいいくらで」
「いくら?あ、そっかフラミンゴさんって商人さんなんだっけ」
「とはいえ、今あなた方はお金を持っていませんでしょう?命からがら逃げてきたわけですから」
「はい・・・。ですので、この薬は」
「んじゃあ、情報くれませんかね?ちょいと仕入れの依頼がありまして、良質な麦芽を仕入れにいかにゃあならんのですよ」
「麦芽、ですか?」
「知ってます?」
フラミンゴが顎をさすって男に訊ねた。「仕入れの依頼?」その隣でビーグルが首を傾げる。「テールズだよ、テールズ。帰ってくる前にビールつくる原料を仕入れてきてくれって、あの野郎」フラミンゴは嬉しそうに言った。
「さっきテラさんからもらった電報ってテールズさんだったんですか?」
「そうみたい」
ガナッシュがロゼに答える。「テールズさんには俺のことバレてるもんね。フラミンゴさんあてに電報が届いても不思議じゃないよ」ガナッシュもどことなく嬉しそうにしていた。
「・・・・ちょっと、自分ではわからないので、この船に乗っている他の方々に聞いて回ってきてもいいですか?」
「ああ、構わんですよ。助かります」
「助かりますって・・・・。」
男性は変な顔でフラミンゴの顔を見る。「・・・あ?あ、あぁ、いや気になさらんでください。情報も立派な対価ですから」はははっと繕った笑い声を上げるフラミンゴに男性はまた首を傾げた。そして情報を得るためにか二人ともフラミンゴたちの元から去っていく。
「おっさん、怪しまれてんじゃん」
「まあ、十分怪しいわな。タダも同然で薬を渡す商人なんぞおらんだろうし」
「そなの?」
「マーケットや露店に出てる薬は殆どが粗悪品だ。どうせその辺の草を煮詰めたやつとかを口八丁手八丁で売ってるんだよ。しかも高値でな。けど薬を求めてる人ってのは藁をもつかむ思いでいるわけだから、どんな粗悪品だって買っちまうんだよ。困ったもんだぜ」
「ふ~ん。薬って高いんだ」
「お前らんとこのヤクだって、ふざけた値段で取引してるだろうがよ」
「俺はもうアドベントじゃありませ~ん」
べーっと舌を出したビーグルがロゼの目の前に屈む。ロゼは条件反射のように身体を仰け反らせてビーグルと距離をとった。
「ねえ、ロゼちゃん。あの薬には何が入ってるの?」
「え?」
「粗悪品じゃないちゃんとした薬って何でできてるのかな~?って思って」
「あれは馬の心臓です」
「でたっっ!!でたよ!!この聖女の皮を被った魔女めっ!!」
いつもロゼに近づいてくるビーグルが逆にロゼから距離をとった。「んまあ!恐ろしい子!!ロゼちゃん、君、いつかジンのこと食べようと思ってるでしょ!!」両手を顔にやり「きゃ~っ」と女性のような高い声を出した。顔は笑っている。
「食べませんよ!だってジンは友達ですもん!」
「い~やっ!!食べるね!絶対!ニワトリを捌くようにジンも解体しちゃうんだ!」
「しませんってばっ!!」
ロゼが中腰になり蠅を叩くようにビーグルに向かって振りかぶった。「きゃあ~っ!」とまたビーグルは高い声を出してロゼの攻撃から逃げる。「おい、こら、お前たち!他にも乗ってる人たちがいるんだから静かにしろ!」フラミンゴの注意など耳に届いていないロゼは「やめて~、食べないで~」とからかい続けるビーグルの後を口を結びながら追いかける。
「ロゼ、ロゼ、危ない。船は揺れてるんだからバランス崩してこけちゃうよ」
「ガナッシュさん!!ビーグルさんが!!」
「あんな虫の言うこと無視しちゃいなよ」
「ダジャレついでに俺を虫に降格しないで!俺はもうBUGじゃないんだよ!」
ビーグルは今度はガナッシュに飛びかかった。「その綺麗な顔を歪ませてやる!覚悟!」伸ばした手をガナッシュの顔の前に近づけると「えええっ!?」今度は背後から女性の声がした。ビーグルもガナッシュも動きを止め、ロゼも後ろを振り返る。そこには両手で口を押さえているさっき薬を上げた女性が大きく目を見開き固まっていた。
「あり?ロゼちゃん、やらかした?」
「ええっ!?」
慌ててロゼは女性に駆け寄った。「だ、大丈夫ですか!?」女性の肩に手をやって顔を覗き込む。女性は両手を口にやったままゆっくりロゼと視線を合わせた。そして「・・・・苦しく、ない」と小さく呟く。
「あんなに・・・息苦しかったのに。・・・・え?」
「え?」
女性とロゼの傍にガナッシュとビーグルもやってきた。「大丈夫ですか?」ガナッシュが訊ねる。今度はガナッシュに視線をやった女性だが、揺れる瞳の焦点が合わない。声を聞いて夫である男性が駆け寄ってくる様を見ていた。「あ・・・あ、あなた」そして小さく身体を震わせ「苦しく、ないの。・・・苦しく」と言っているが見た目は苦しそうである。
「苦しく、ないのかい?」
「ええ・・・あんなに息苦しかったのに。・・・驚いてしまって」
男性は口を半開きにしロゼたちを見上げた。大きく見開いた目が怖くてロゼが小さく後ずさりする。すると後ろから腕が回ってきて引き寄せられた。ガナッシュの腕の中に収まる。
「えーっと・・・。あ、フラミンゴさん、フォロー、フォロー」
「あーとと、やはり効果抜群ですなぁ~。それは中々手に入らない古の魔女が作った薬でしてね。私も長旅の末、ようやく手にした代物で」
フラミンゴが夫婦の相手をしている隙に右手でロゼを腕の中に収め、左手でビーグルの首根っこを掴んだガナッシュは、逃げるように船員たちが作業している甲板の先へと歩いた。
「え?なんでそんな困った顔してんの?」
「いや、マズいよ。俺もそこまで考えてなかった。今までの経緯を見てみればロゼの薬の効果が出るの早いってわかってたのに」
「え?いいことでしょ?」
「いいことなんだけど・・・この船に乗ってるのはカロッチャ島に療養しに来た観光客たちだ。ほぼほぼ全員が何かしら不調を抱えている。その人たち全員がロゼに寄ってたかってみなよ。大変なことになる」
「ああ~」
「ここはフラミンゴさんの商人としての腕を信じて、その場を凌いでもらおう」
ガナッシュが背後からロゼの顔を覗き込む。「ロゼ、ロゼは何も悪いことしてないからね。ちょっと場がね、悪かっただけなんだよ」よしよしと頭を撫でられた。「お薬って・・・そんなに需要があるんですね」ロゼ自身、薬の価値をよくわかっていない。
「フラミンゴさんが言ってたように良質な薬は中々手に入らない。医者にかかれば処方してもらえたりするけれど、医者に与るには莫大なお金がいる。病院は都会にしかないし、そこそこ裕福な家の人しか行けないんだ。だからできるだけ医者にかからず薬だけを欲する人が多いんだよ」
「そう・・なんですね。知らなかったです」
「その中でも特に魔女の手法で作られた薬は効果が高いって知られてるからすごく人気なんだけど、どうしても魔女の存在ってのは嫌われてる部分も大きいから大きな口では売れないんだ」
「そりゃそうでしょ~。さっきの女の人も、あの薬は馬の心臓ですよって言ったら吐き出しちゃうって」
「やめろ、ビーグル」
「ガナッシュ君やちっこい王子が飲んだ薬にも入ってたりして~」
「そんな君の血には馬の血が入ってるけどね」
「じゃあ俺たち馬仲間?」
「変な仲間をつくらないでくれ」
「なんですぐ仲間になりたがるかな」不快感を露わにしたガナッシュが大きな溜め息をつく。その後ろで「君たち魔女を知ってるの?」突然声がして、ガナッシュもビーグルもその場で小さく飛び跳ねて勢いよく後ろを振り返る。そこにはフラミンゴと同じくらいの中年男性が立っていた。風貌も似ていて商人のように見えなくもない。
「あぁ、驚かせてごめんよ。ちょっと気になる話をしてたからついつい聞き耳を立ててしまった」
「えっと・・、あなたは?」
「僕はマーカス。こう見えて医者です」
「お医者様、ですか」
「うん。カロッチャ島ではどうもありがとう。君たちのおかげで助かったよ」
マーカスはガナッシュに手を差し出した。ガナッシュは戸惑いながらも同じように手を差し出し握手する。今度はロゼに視線を落としニコッとマーカスが笑った。同じように握手を求められるとロゼも自分の手を差し出した。
「島での活躍はすごかったね。何者なんだい?君たち」
「いえ、俺たちはただの行商人で」
「いや、君はわかるよ。ルイズベート家の嫡男でしょ?カッコよかったね~」
「いや、あの、それは」
「おっさん、おっさん。急に何なの?馴れ馴れしいな」
ビーグルは睨みつけるように目を細め顎を突き出した。「あ、そうか、確かに馴れ馴れしかった。えーと、確か、ディオ・ネラルク・ルイズベート卿。わたくし並びにカロッチャ島に在留していた人々は、次期大公爵殿下のご厚意により」マーカスが片膝をついて頭を下げながら口上を述べると「やめてください!今の俺はただの行商人なので!」ガナッシュが慌てて止める。「そう?」マーカスはまたコロッと態度を変えた。
「いやいや、ごめんね。身分は隠してるのかな?みんな口にしないだけで気づいてはいるけどね」
「まぁ・・そうですよね。あれだけのことをやってたら」
「でも、お礼を言いたかったのは本当なんだ。ありがとう。助けてくれたこと本当に感謝してる」
「いえ、できることをしたまでですので。恐縮です」
「ははは、腰が低いんだね。豪傑で知られる大公殿下とは似ても似つかないな」
マーカスが馴れ馴れしくガナッシュの肩をポンポンと叩く。それに嫌な顔をするのはガナッシュでなくビーグルであり、またマーカスに噛みつこうと口を開けたビーグルをガナッシュが止めた。そして腕の中に収めているロゼの肩に回した手に力が入る。
「そんなに警戒しないでくれ。ただ、話が聞きたかっただけなんだ」
「話、とは?」
「魔女について知ってるのかい?」
「いえ?知りません」
「けど、さっきからそんな話ばかりしている。よかったら教えてくれないか?」
「知らないものを教えることはできないので、申し訳ありませんが」
「僕は真実を確かめたいだけなんだ。その為に未来を予知できる聖女様がいると聞いてカロッチャ島を訪ねた。・・・今でもノワイズ村には魔女がいるのか、何か悪さをしていないか、それがとんでもない事件に発展しやしないかとね」
マーカスはガナッシュを見たあと、ガナッシュの腕の中にいるロゼを見た。眉を垂らし揺れる瞳でロゼを見つめる。
「もし、今でも魔女が存在するのなら、僕はその悪行を止めなければいけない」




