38.夢の島の入り口
ルイズベート家を後にしたロゼは街に下りると「ああっ!トロッコ!」と声を上げた。あれだけ乗りたかったトロッコに乗っていない。「乗りたいの?」ガナッシュが訊ねる。ロゼは大きく頷いた。
「フラミンゴさん、俺たちはトロッコで移動します。落ち合う場所を決めましょうか」
「・・・・・。」
「フラミンゴさん、聞いてますか?」
フラミンゴは睨むようにガナッシュに目をやると「はああああぁぁ~」溜め息と共に身体まで沈んでしまいそうなくらい背中を丸めた。
「俺は、そろそろ帰りてぇんだよ。マフィアの騒動に巻き込まれ、大国ボワイアの王様に睨まれ、弟子の地元で重労働だ。何でこんなことになってんだよ。俺はその辺の行商人だぞ」
「まあまあ」
「大体がお前のせいなんだが、その自覚あんのかよ?その上でまだ俺についてくんのかよ。この疫病神め」
「まあまあ」
「何が“まあまあ”だ」
フラミンゴがガナッシュを睨んでいた目を正面に戻す。また「はああああぁぁ~」大きな溜め息をついた。
「フラミンゴさん、もう帰っちゃうの?」
「もう・・・って。ロゼはまだ帰りたくないのか?」
「トロッコ乗りたい」
「トロッコねぇ・・・。」
街の至る所に敷かれているレール。行き交う人とトロッコ。「・・・そうだなぁ。ロゼは全然観光できてねぇもんなぁ」フラミンゴがポツリと呟くとしばらくしてジンを止めた。
「寄り道して帰るか」
「やったぁ!」
「つっても、ネラルクに観光名所はねぇし、蒸気機関車に乗ったらボワイアに戻る。・・・つーことは」
「港ですね。港で落ち合いましょう」
ガナッシュが荷台から降りるとひょいっとロゼを持ち上げた。ゆっくり荷台から降ろすと隣でビーグルが飛び降りてくる。
「え?そっちも?」
「うん!」
「邪魔だな」
「はっきり言わないでよ」
ビーグルがロゼの隣に並んでいざ行こうと一歩進むと「お前はダメだ」フラミンゴが顎を突き出しクイッと荷台に向ける。「えっ!?なんで!?」ビーグルが眉を吊り上げた。「偉そうにロゼのこと自慢しながら歩きそうだからだよ。お前は街ん中を歩くな。大人しく後ろに乗ってろ」今度は顎だけでなく親指を立てて荷台を指さした。
「もうみんな知ってることだからいいじゃん」
「いーから乗れ!!」
「もっと知らしめた方がいいと思うのにな~。ねぇ?ロゼちゃん」
「嫌ですよ」
「え?そうなの?」
「私、聖女様じゃないですもん」
「まだ言ってるよ」
「だって、私が思う聖女様っていうのは、王女様みたいに美しくて、常に後光がさしてて、ほんの少し宙に浮いてて、周りに妖精さんが飛んでて」
「どこの御伽噺だよ」
「ま、いいや。ロゼちゃんは俺たちだけのロゼちゃんでも」ビーグルはまた荷台に飛び乗ると寝っ転がった。「まだ筋肉痛残ってるし、寝てよ~っと」自由気ままな犬は呑気なもんである。フラミンゴとガナッシュが同時に溜め息をついた。
フラミンゴたちと別れて街に入ると、歩いている人たちが全員振り返ってこちらを見てくる。視線はガナッシュだった。ガナッシュは微笑を湛え挨拶していた。女性は顔を赤らめ口元に手をやるとそそくさと去っていく。仕事を共にした坑夫たちは「お疲れ様です」と次々に挨拶してきた。
「ガナッシュさんって、やっぱりここでは有名人なんですか?」
「いや、珍しいだけじゃないかな。俺はあまり街に下りなかったから」
「そうなんですか?」
「うん。ニヘイア家との交流ばかりを主にやらされていたから、内政に触れることはあまりなかったんだよ」
確かそんな話をボッツがしていたような気がする。「ならガナッシュさんもトロッコ乗るの初めてですか?」訊ねてみた。「さすがに初めてではないけど・・・十何年ぶりかな」ガナッシュは未だに左右に顔を向け微笑を振りまいている。
「持って帰りたいなぁ」
「トロッコを?」
「はい。お店の前に置いて酔っぱらったおじさんたちを乗せておうちに帰すんです」
「ははっ、使い方が独特だな」
ガナッシュが笑ったことでさらに注目を浴びる。ガナッシュの存在がそんなに珍しいのか、それとも感情がないといわれていた人が笑っているのが珍しいのか。ロゼはガナッシュよりも周りの人たちを目で追ってしまう。
しばらく歩くとトロッコが一台レールの端に停まっているのが見えた。その隣に老父がいる。見た目の年齢を察するに坑夫を引退し、トロッコの管理をやっているという印象だった。
「すみません、この子をトロッコに乗せてあげたいんですけど」
「あい?どこまで?」
「港まで」
「あーいあい。んじゃついでに荷物まで持っていってもらえんだろうか」
「構いませんよ」
老父はトロッコを連結させて後ろの方に荷物を載せた。「シュナイダー知っとるか?アイツに渡してほしい」シュナイダーは鉱物担当だった人だ。「わかりました。ちゃんとお届けします」トロッコの前の方にロゼを乗せてガナッシュはトロッコを人力で二、三メートル押すと、ロゼが蒸気機関車で扱っていた減圧弁に似たレバーを前後に動かす。すると白い蒸気が出てトロッコがゆっくり進みだした。
「わあっ!動いた!」
「ちゃんと掴まってないと危ないよ。スピードは出さないけど脱輪でもしちゃったらケガするからね」
ロゼは沿道からこちらを見てくる人々に手を振っていた。「・・・聞いてる?」ロゼの耳にガナッシュの声は届いていない。知り合いでもないのにネラルク大公国の人たちにずっと手を振ってる。反射的に振り返す人も数名いた。すれ違うトロッコに乗った作業員にも手を振る。「あ」と声を上げた作業員は一緒に作業をした人なのだろう。手を大きく振り返す。観光客がいないこの国で、明らかに現地の人でない人物がトロッコに乗って喜んでいる姿はある意味異質だ。
街の景色は特に変わらない。お店が立ち並ぶわけでもなく、民家がずらっと並ぶだけ。土地のほとんどが鉱山だからなのか人々は一か所に集まって暮らしているようだった。街のあちらこちらに鉱石の積まれたトロッコがある。蒸気を動力としているネラルク大公国では至る所で白い蒸気が上がった。
「うわぁ!楽しいです!ガナッシュさん!」
「ちゃんと掴まってないと危ないよ。これ二回目」
前を向いていたロゼが振り返る。後ろには連結した荷物を載せたトロッコと操縦しているガナッシュが見える。「なに?」ガナッシュが訊ねた。
「私がはしゃいだこと、ジンには内緒にしてくださいね」
いつも頑張って人間やら大荷物やらを引いてくれるジンを思い出したロゼが人差し指を立てて口に当てた。「大丈夫、ジンも汽車に乗ったとき、楽だなーって喜んだはずだから」ガナッシュは適当なことを言っている。
トロッコの旅はあっという間に終わって港に着く。荷物と一緒にロゼとガナッシュが現れたことにシュナイダーは驚いた顔をした。「え?まだ働かれるんで?」驚くと同時に困っていた。
「汽車で来たので今度は逆方向に行こうかと思いまして。港に行くならこれもと一緒に頼まれたんですよ」
「あ・・ああ、びっくりした。あの時はファルガ様の命令だったから言うことききましたけど、通常あなた様がやるようなことではありませんからね」
「そんなことありませんよ。また使ってください」
「いやいや」
シュナイダーは苦笑いをしながら首を左右に振る。「おーい」と船に荷物を運んでいる作業員に老父から預かった荷物を渡した。
「ディオ様はまたお出かけで?」
「はい。この子に観光をさせたくて」
「観光ですか。行先は決まってるんで?」
「いえ、まだ」
「なら、カロッチャ島とかどうです?あそこは今すごく賑わってますよ」
「カロッチャ島?」
「火山で出来た島なので今までは人が寄り付かなかったんですけど、どうやら湧き出る温泉で病気が治るとか長生きできるとか美人になれるとかで人が集まるようになったんです」
「夢のような話ですね」
「それだけじゃあありません。その温泉を掘り当てたのはなんでも未来を予知できる聖女様だとかなんとか」
「聖女様!?」
ぐんと背を伸ばしたロゼがシュナイダーの顔をキラキラした目で見上げる。「会いたいんですか?」まるで目の前にお菓子を出されて喜んでいる子供のようなロゼを見てシュナイダーが笑った。
「会いたいです!」
「噂なんてあてになりませんけどね~。やっぱ本物の聖女様ってのはその存在を明かさないもんですよ」
「ねえ?」シュナイダーは口角を上げながらガナッシュを見る。ガナッシュは人差し指を立てて口にトントンと指を当てた。
「ガナッシュさん!私、行きたいです!夢の島!」
「んー、そうだねー」
「よければ送りますよ。カロッチャ島は離れ小島ですから船でないと行けません。定期船も金持ちに占領されてるでしょうからウチの船で直接行ったほうが早いし金もかかりません」
「いいんですか!?」
「当たり前じゃないですか。我が国の次期当主様と救世主様のためなら、どんな苦労も厭わないですよ」
「救世主様?」
ロゼはぽかんと口を開け、後ろを振り返った。その隣でガナッシュが小さく笑う。「・・・こういう子なんで、心の中に留めといてください」シュナイダーも笑みを浮かべながら深く頷いた。
フラミンゴたちとも合流しシュナイダーが用意してくれた帆船に乗る。「蒸気船じゃないの?」ビーグルが帆船の隣にある他の船より十倍ほど大きな煙突付きの船を見上げながら言った。
「蒸気船が急に離島に停泊したら目立つし驚かれるでしょ」
「いいじゃん!目立ったって!自慢してやろうよ!」
「何でビーグルが自慢するんだよ」
「俺の友達すごいでしょ~!って自慢するんだよ!」
「俺、君と友達になった覚えないんだけど」
「あ、仲間だったね!な、か、ま!仲間イコール家族でした~」
「はああ?」
ガナッシュが眉間に深い皺を刻み目を吊り上げた。こんなに不快な顔をしているのは初めて見る気がする。
「ビーグルさん、そんな呑気に構えてたら船から落ちて死んじゃいますからね!」
「俺、そんなにどんくさくないし」
「船って結構揺れるんですから!私、立ってられなかった!」
「俺が支えてあげようか?」
「いやだー!!絶対ふざけたことするもん!!」
両手をペンギンの羽のように伸ばし膝を曲げながら小さく小さく歩くロゼ。「あぁ、海知らなかったんだっけ」ロゼとは対照的に長い脚で闊歩するガナッシュがロゼの前に手を差し出す。それにロゼは掴まった。「なに、この信頼の差」口を尖らすビーグルに「当然だろ」フラミンゴが鼻で笑った。
大した荷物も積まず、本当にロゼたちを送るためだけに出向した帆船は上下に揺れながら水平線に向かってひたすら進む。風を帆で上手くコントロールし真っ直ぐに船が進む様はカッコイイ。けれど、不安定な足元にロゼは立ち上がることができずに、座ったままずっとガナッシュにしがみついてた。それなのにビーグルは船から身を乗り出して海を覗き込む。魚でも探しているのだろうか。「落ちたら死にますよね?」「落ちたらいいのに」それはどういう意味だろう。
一日半ほど船に揺られ続けるとロゼが船酔いした。「ロゼは踏ん張っちゃうんだよね」座っていることすらできなくなったロゼの頭をガナッシュが撫でる。「酔い止め・・・知らなかったなぁ」海も知らず船での遠出も初体験のロゼは船酔いの存在を知らず、その薬を持っていない自分を恨めしく思った。そしてようやく到着したカロッチャ島にフラフラしながらも陸に上がれることに大喜びしたのはいうまでもない。
「うっへぇ~、すごい人」
港は似たような大きさの船がひしめき合っており、どこの都会かと思うくらいに身なりの良い紳士淑女たちが大勢いる。島には高い建物は何一つなく、綺麗な街並みが続いているわけでもない。景色と人物のアンバランスさが不気味である。
「観光客といえば観光客になるんだろうけど・・・。思ってたのと違ったな」
「温泉行きたいな、温泉」
ロゼは未だに船に乗っているかのように左右にふらつくのでガナッシュが肩を支える。「まず宿だね。観光地になっているのならあるだろうから」人の列に並んでロゼたちは街を目指した。なんか嫌な予感がするなぁ、とふらふら揺れる頭によぎる。ボワイア国に着いたときも宿を取ろうとしたら満室だと断られたことを思い出す。あのときも観光客でいっぱいだと言われた。
「満室だよ」
やっぱりだった。
「え、一室も?」
「部屋なんか空いてるわけないよ。頑張っても大部屋で雑魚寝だね。ぎゅうぎゅう詰めだけどな」
宿屋の主人が指をさす方を見る。今まで見たブルジョワとは違う、普通の観光客で溢れていた。老若男女大人から子供までぎっしり部屋を埋めていた。
「ここに来るまでに見たブルジョワたちが個室を取っているのですか?」
「いや?金持ち連中は勝手に島に入ってきて別荘を作っちまったのさ。そこにいるよ。個室に泊まってるのは、ちょい金を持ってる奴とか病気が重くて長期療養が必要な人たちとかだね。だから部屋が空かないんだ」
「ああ、病気が治るんでしたっけ?」
「ながーく、ながーく、湯治をしたらいつかきっとな。一生かもしれんが」
宿屋の主人は苦い顔をして笑った。「んで?どうする?」その問いにガナッシュもフラミンゴもすぐには答えない。大部屋ですら既に満杯だ。ここにどうやって更に四人も寝ろというのだろうか。
「あと、わかってると思うけど、この人の分だけ温泉もぎゅうぎゅう詰めだよ?」
「ええっ!?」
「そりゃそうでしょー。そのためにこの人たちは来てるんだから」
宿屋の主人は開き直ったかのように大口を開けて笑った。ガナッシュとフラミンゴの顔がみるみる歪んでいく。「・・・少し、考えましょうか」ガナッシュがぼそっと呟いた。「そうだな」フラミンゴが小さく頷く。
結局宿を取らずロゼたちは外に出た。「ここまで人気だとは思わなかったな・・。まぁ、病気も治って長生きできて美しくもなれれば、そりゃあブルジョワたちもこぞって集まるか」帽子を取ったフラミンゴが頭をぼりぼり搔く。
「フラミンゴさん、私、あれ食べたい」
「ん?」
「温泉卵だって。温泉って卵も生まれるの?」
「いや、違う意味だろ」
「卵は身体にいいんだって、おばあちゃんが具合悪いとき蛇の卵を丸のみしてたけど」
「おばあちゃんこっわっ!!」
「あれ、私、無理だったな」
「ロゼちゃんが魔女に染まらなくてよかった」
ビーグルがロゼの手を取り「卵調査隊!!」と走り出す。「ゲテモノは勘弁だけど、美味しいものは食さねば!」無理やり引っ張られる腕に逆らうことなくロゼは温泉卵の幟を目指して走った。お店の前で地面に掘られた穴がある。そこにニワトリの卵が二十個ほど入っていた。「これはニワトリの卵ですか?」ロゼの質問に店員のお姉さんは変な顔をした。
「お買い上げになりますか」
「なります!」
「おいくつになさいますか?」
「四つください!」
「毎度ありがとうございます」
お姉さんは卵を入れていた籠を持ち上げ卵を四つ抜き取る。「お熱いので気を付けてくださいね」と卵を布で包んで渡してくれた。「殻はこちらで回収します」とちゃんと殻を回収する箱があり「あちち」と言いながらロゼは卵の殻を剥く。白い湯気を立ち昇らせる卵を恐る恐る頬張った。
「・・・・卵だ」
「うん、普通の卵」
ガナッシュがビーグルの頭をはたく。その後ろでフラミンゴは清算をしていた。
「ちょっぴり半熟で美味しい」
「湧き出る温泉の熱で温めてるんだろうね」
「これで健康になれますか?」
「うーん、一個じゃ足りないんじゃない?」
ガナッシュは自分の分の卵をロゼに差し出す。ロゼは首を横に振った。「ガナッシュさんもフラミンゴさんも長生きしてください」目の前で手を合わせてロゼが拝む。「いや、俺、フラミンゴさんよりだいぶ若いんだけど」苦笑いしながらもガナッシュは卵を頬張った。
「温泉には入られましたか?」
「いえ、かなりの人気のようで諦めようかと」
「それは勿体ないですね。せめて足湯でも浸かっていきませんか?秘密の場所をお教えしますよ?」
「いいんですか?」
「はい!あと十六個ほど買っていただけたら」
店員のお姉さんは満面の笑みでフラミンゴを見る。フラミンゴは片方だけ上げた口角をひくつかせ笑顔を繕っていた。
「フラミンゴさん、卵買って!長生きしなきゃ!」
「長生き~?俺がかぁ~?」
「全部ください!みんなで健康になります!」
「きゃあっ!ありがとうございます!!いいこねっ、お嬢ちゃん!!」
お姉さんはご機嫌に卵を袋に詰めだした。「いや、別に、いいんだけどよ」フラミンゴは仕舞った財布を再度取り出し卵の料金を支払う。ロゼはほかほかの温泉卵を大事に抱えた。
「そうだ、お嬢ちゃん。買ってくれたお礼にいいこと教えてあげる」
「いいこと、ですか?」
「占い好き?」
「占い?」
「好きよね!女の子ならみーんな好きよね!」
前のめりになるお姉さんはロゼに顔をグッと近づけた。
「この島にはね、未来を予知できる聖女様がいるのよ。その聖女様の占いは当たるって評判だから、他の観光客や金持ちたちには内緒だけど、お嬢ちゃんには特別ねっ」
人差し指を立ててお姉さんはロゼの頬をツンと弾く。「聖女様・・・?」みるみるロゼの顔も緩み目を輝かせると「やったあ!ありがとうございます!」抱えていた卵を投げる勢いで両手を上げたもんだから、温泉卵はカシャと音を立てて地面に落ちる。生卵でなくてよかった。




