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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第三章 避けられない政略結婚
37/87

37.未来への懸け橋


働き者のネラルク大公国の坑夫たちは、たった二日で仕事を終わらし、浄化槽の設置も鉱山への通路も完璧に仕上げた。それなのにロゼの持つバケツに魚はいない。「淡水魚がいませんでした」川の水は汚染されているのだから当たり前だった。


「今度、鯉を買ってきてやる」

「ということです」

「ファルガ様だけ仕事してなくないですか?」

「海を知らんロゼとセバスチャンを船に乗せてやった。楽しかったな!」

「・・・やっぱり働いてない」


口を尖らせたのは全身泥まみれのローウィン。土が汗で濡れて泥になっている。すぐサボりたがるローウィンがこれだけ泥まみれということは、かなり頑張って働いたということだろう。ロゼはローウィンに拍手を送った。「いや、なにそれ」真意を掴めないローウィンはロゼを睨むだけだった。


「溜め池の水を流してもいいですか?」

「ああ、ゆっくり頼む」


ゲイルが溜め池と一槽目の間に細いパイプを突き刺した。ハンマーで叩いて奥の方まで食い込ませると、搔き出し棒のようなものでパイプの中の土をほじくり出し、そこからゆっくり水が流れ始める。


「これでいいんだよな?」

「はい」

「そんじゃ、水を浄化してる間に、少し萎びちまったが献花に行くか」


献花用の花束を肩に担いだファルガのせいで、ひとひらふたひら花びらが散る。「ファルガ様、私が持ちます!」ロゼが強引に受け取った。


岩塊の撤去に勤しんでいたチームも仕事をやり遂げた達成感に溢れ、疲労を抱えながらも元気に談笑していた。山中に大きな笑い声が響き渡る。力仕事に慣れていないフラミンゴとビーグルの二人がボッツの隣で寝転んでいた。「筋肉痛ひどすぎる・・・動けない」顔すらも向けられない二人は這いつくばるのみ。


「おう!まともな道になったじゃねぇか!ご苦労さん!」

「急ピッチで仕上げましたよ。はぁ~重かったなぁ」

「お前らも行くか?この先に」


休憩中の坑夫たちにファルガが訊ねる。疲労を滲ませていた百人の坑夫たちが一斉に顔を上げた。しかし上げたのは顔だけで腰が持ち上がることはない。「・・・俺らはまだ行けません。大切な方々が眠っている地に俺らがぞろぞろと土をつけてはいけないと思うので」全員が頭を落とした。


「・・・・そうか、悪ぃな。ゲイル、シュナイダー、ボッツじいさんを頼むわ」

「はい」


二人はボッツを車椅子に乗せ、その車椅子を挟むようにそれぞれ立ち、片方ずつ車輪を持ち上げた。いくら岩塊が撤去されたとはいえ車椅子を押して進むには道が悪い。ロゼは自分が大事に抱えていた花束をボッツの膝の上に乗せる。「行きましょう」ボッツは深く頷いた。


岩塊が退かされた道の先に赤く染まった岩山がはっきりと目に映った。まるで巨人が大剣で山を切り裂いたかのように片側が削ぎ落ちている。その不自然な岩肌が赤く焼けていた。ファルガとボッツを先頭にガナッシュとロゼがつく。セバスチャンとローウィンは坑夫たちと共に残った。坑夫たちと同じように、当事者であったファルガとボッツと共に足を踏み入れることを躊躇った。


国の統治者であるファルガ、事故当時の親方をしていたボッツ、悔恨の念に駆られている二人は互いに無言で、一つ一つ過去と向き合うようにゆっくり進む。その道の脇には風化したトロッコやレール、誰のか知れないヘルメット、ピッケル、ハンマーなどが多く散乱していた。


「・・・・あぁ、あの当時のまま残っとるもんじゃのぅ」

「・・・・そうだな」

「みんな・・・すまない・・・遅くなって・・・すまなかった」


溢れる涙を堪えきれずボッツが肩を震わせる。ファルガ、そしてボッツの足となっているゲイルとシュナイダーが更に奥へと足を進める。坑道があったはずの入り口は崩れた岩で塞がっており誰の侵入も許さない。ボッツの膝の上に乗せていた花束をファルガが受け取る。そして花を手向けた。全員で手を合わせる。数秒、いや数分、ボッツのすすり泣く声を聴きながら哀悼の誠を捧げた。


「じいさん、やっとここまでこれた。この中に入ることはできねぇが、せめて石碑を建ててやろう。ボッツじいさんが名を刻んでくれ」

「ああ・・・。」

「長屋にいる元坑夫たちも呼ぼうや。みんなそれぞれの想いがあるだろう」

「ああ・・・。」


ボッツが涙を手で拭う。「一番の年寄りが泣く姿を見せてもうて・・・カッコ悪かったの」ボッツは必死に表情をつくって眉間に皺を寄せた。けれど溢れ出る涙は止められない。両隣に立つゲイルとシュナイダーも同じような顔をしている。「ボッツさん、我慢することないですよ。俺たちだって、事故で仲間を失ったら平常心ではいられないですから」現責任者であるゲイルとシュナイダーはボッツの背中にある悔恨の念が痛いほどにわかってしまうのだろう。


「ロゼ、あの赤色は・・・溜め池の色のように消えるのか?」

「水も土も綺麗にして木を植えたら、数年後、数十年後、緑を取り戻すと思います」

「そうか・・・。長いな」


深く息を吐くとファルガはもう一度手を合わせた。


「さて・・・ボッツじいさんも今日のところはここまでにすっか。道を塞いでた岩塊も退かした。川の水も浄化中。いつでもここには来られる」

「そうじゃな。バイゼンもカポックも来たがるじゃろ。石碑に刻む名前を間違えんように、アイツらの記憶も借りんとな」


ファルガとボッツが踵を返す。ガナッシュもそれに倣おうとしたがロゼが動かない。「ロゼ、行くよ?」ロゼは赤い山を見上げながら一点を見つめている。ガナッシュもその視線を追う。特に何もない。またロゼにしか見えない何かがあるかのようにロゼは動かない。


「あ・・・、こっちきた」


ロゼが零した言葉から数秒後カツンと何かが落ちた音がする。落ちてきたのは小石だった。


「石・・・が?まさか崩れるんじゃ」


ガナッシュはロゼの手を引っ張る。「危ないから下がるよ」ガナッシュに引っ張られながらもロゼはずっと山の上の方を眺めている。「ま、待ってください」引っ張られる手に抵抗するようにロゼも手を引く。


「ガナッシュさん、あそこ。あそこ何か光ってます」

「光ってる?」

「小石がさっきから同じところに転がってるんです。呼んでるのかも。誰かの遺品でしたら私拾ってきます」

「だから危ないって」


背後でごちゃごちゃやっているのに気付いたファルガが振り返る。「おい、戻るぞ」ファルガの声に反応したロゼはガナッシュの身体から顔を出し「ファルガ様!呼んでる」と後ろを指さした。


「呼んでるって?誰が?」

「小石が」

「小石ぃ?」

「小石が転がってるそうです。更なる崩落があるかもしれません。早く退かないと」

「ささっと取ってきますから。遺品は遺族の方へ届けないと」

「だから危ないんだって!」


ガナッシュはロゼの腰に手を回して持ち上げた。「ああ!!」抵抗できなくなったロゼの声が響く。


「ロゼ、どこだ?俺が取ってきてやる」

「あっちです!」

「ああ?どっちだよ?」

「あっち、あっち」

「・・・・ディオ、お前ロゼと来い」


ロゼの指し示す場所がわからないため結局三人で行くことになった。危なっかしいロゼはガナッシュに担がれたままだ。「光が反射したように見えたんですよ」指をさす方向は花を手向けた坑道の入り口よりも大きく左に逸れている浅くくぼんだ穴だった。カツンとまた落ちてきた小石が穴に向かって転がっていく。「よーしよし、わかった。あそこだな」ファルガは右手でガナッシュの動きを制し早足で穴の方へと向かった。小さな石が集まるところを覗き込んで手を伸ばす。「・・・・おいおい、嘘だろ」ファルガの動きが止まった。


「父さん、何してるんですか。危ないですよ」

「・・・・あ、っおお」


立ち上がったファルガの手にはダチョウの卵ほどの大きさの岩石がある。「石?」ガナッシュが首を傾げた。「石っつーか、鉱石っつーか、宝石」手首を返したファルガの手には岩石にくっつく赤い石が見えた。


「磨いてみねぇとわからねぇが、結構な大きさだ。・・・・ってか、何であんなとこに」

「落盤で落ちてきたとかですか?」

「いや・・・なぁ・・・?」

「遺品じゃありませんでした?」


ロゼも赤い石を覗き込む。「遺品・・かもな」ファルガは上着を脱いで赤い石のついた岩石を包んだ。「綺麗に磨いて石碑に埋めよう。磨く仕事は・・・そうだな、長屋の連中にさせるか」献花用の花束さえも乱暴に肩に担いでいたファルガが大事に石を腕に抱えていた。


「ディオよ」

「・・・なんですか」

「死の山は・・・死んじゃいなかったな」


小さく微笑むファルガをガナッシュが見つめる。「俺は海に逃げてばっかだった。知らない世界に逃げてばっかだった。俺はもっと地に足をつけなきゃいけなかったんだよ。今、山の鼓動を感じる。この山はまだ生きている。・・・土地を浄化して木を植えよう。採掘で荒らしちまった山を再生させよう。人が生きるのは土の上なんだからな」ファルガがそっとガナッシュの背中に触れるとポンと軽く叩いた。


「海の男があっさり山の男に転職ですか?」

「いや?海には出るぞ?じゃねぇと国が潤わないからな」

「なら土の上で生きるのは私がします。あなたはもっと広い世界を見て国に還元すればいいんですよ」


ガナッシュはファルガを見ずに先を歩いた。抱えられているロゼだけがファルガに振り返る。「・・・まぁた“あなた”呼びに戻っちまったよ」ガシガシと乱暴に頭を搔いたファルガは白い歯を見せて笑った。


**


ルイズベート家の屋敷に戻り迎賓館では絶賛全身筋肉痛で動けないフラミンゴとビーグルが死んだように眠っている。ロゼはアネットに呼び出されアネットの私室でホットミルクを飲んでいた。出されたお菓子はトリュフ。絶対にガナッシュの名前にかけている。


「男たちはだらしないわよねぇ。ディオもロウもずっと寝てばかり」

「慣れない力仕事をしたらしいので。私はファルガ様とセバスチャンさんと海で遊んでました」

「楽しかった?」

「はい。でも少し怖かったです。踏ん張りがきかないというか、波に任せてゆらゆらと身を委ねるしかできないんだなーっていうのが不思議な感覚で」

「ロゼさんに海は似合わないわね。ロゼさんは芯が強いから波任せ風任せとはいかなそうだわ」

「海ってそういうものなんですか?」

「主人を見たらわからない?」

「あ、わかりました」


抗うことよりも流れに身を任せるような生き方をしているファルガはどこか掴みどころがない。そういうところがガナッシュと気が合わないのかもしれない。


「ロゼさんはフラミンゴさんたちが動けるようになったら帰ってしまう・・のよね?」

「た・・・ぶん」

「淋しいわ」

「・・・また遊びに来てもいいですか?」

「当たり前じゃない!もう貴女は娘のような・・・いえ、この国の負の遺産を浄化した聖女様なのよ!遠慮はいらないわ!」

「その称号は遠慮します~!!!」


ロゼが両手で顔を覆うと「ふふっ、本当に遠慮深いんだから」アネットがロゼの頬をくすぐる。手が耳に当たった。「あ、」と顔を上げたロゼがアネットを見つめる。「ん?なに?」微笑む顔はどことなくガナッシュに似ている。


「ガナッシュさんは・・・もう、外出できませんよね?」

「え?」

「・・・・・結婚しちゃったし、ファルガ様の後継者として国に残らなきゃですよね?」

「どうかしら?主人も私を置いて数か月帰ってこないことはザラだし、ディオがまだ外の世界を見たいと言うのならいいんじゃないかしら?」

「いいんですか?でも」

「決めるのはディオよ。私は反対しないし、もし主人が反対したら、どの口が言ってんだって言ってやるわよ」


アネットの笑顔に一瞬影がさした。ファルガに相当不満があるようだ。


「でも、王女様は?せっかく結婚したのに」

「セレスティアはもう王女じゃないわ。貿易国であり自由奔放な大公、その息子の妻よ。セレスティアも、もう立場が変わってしまったことを自覚しなければね。ルイズベート家に嫁ぐということはそういうことよ」


「大丈夫。ロゼさんが心配するようなことは何もないのよ。これはディオが決めることだから」アネットがロゼの頭を撫でる。ロゼは小さく頷いた。


「でも一つ困ったことがあるわねぇ」

「えっ!?なんですか!?」

「セバスチャンまでロゼさんについていきたいって言ったらどうしましょう。さすがにニヘイア家は黙ってないでしょうから、そのときは荒れるわねぇ」


ロゼの顔が蒼褪める。外に出たがっているセバスチャンも連れて行ってあげたいが、ニヘイア家とまた揉めるのは避けたい。既にゼイザックとセレスティアには嫌われている。ビンタされたことと首を絞められたことを思い出してロゼはホットミルクが喉を通らなくなっていた。


**


「旦那、これはすんげぇ~代物ですぜ。私も長いこと鑑定の仕事をやっとりますが、ここまで大きくて赤い宝石は見たことがありません」


ファルガは鑑定士の元を訪れていた。「様々な貴金属が採れるネラルク大公国で宝石まで採れてしまったらこの国はどうなっちまうんですかねぇ。ボワイアに守られるどころか一瞬でボワイアに消し飛ばされちまいませんかねぇ」鑑定士は、ああ、恐ろしいと身体を震わせた。


「・・・・このこと黙っててもらえるか?俺は宝石を採掘する気も売り飛ばす気もねぇんだよ。宝石なんぞ見て楽しむだけのもんだからな。使い道がねぇったら」

「ははぁ、さすが着飾ることが嫌いなお方で」

「これは暇を持て余してる長屋の連中に磨かせようかと思ってる。指導してくれや」

「承知しました」


ファルガは赤い宝石を鑑定士に預け外に出た。急ピッチで働かせた坑夫たちは数日休みになったので街のあちらこちらで家族や仲間たちと出歩いてる姿が目に付く。「殿下も休みっすか?」何度殿下じゃねぇと言えばいいのか。「俺様が休むわけねぇだろ?毎日忙しいんだよ」肩に手をやって首を回した。「仕事が遊びみたいなもんですからね」さすがに聞き捨てならない台詞にファルガは坑夫の首に太い腕を回し締め上げた。


「あ、ファルガ様。お疲れ様です」

「おう、ゲイル。お前こそお疲れさん。なんだ?作業着着やがって。今日は休めっつってんだろ?」

「いや、レールを敷こうと思って測量をしてたんですよ」

「どこに?」

「死の山っすね。ほら、ボッツさんたち長屋の人たちが気兼ねなく山に足を運べるように。道ももっと綺麗に整備してトロッコに乗れたらいつでも行けますから」

「・・・・・・。」

「あ、ダメでした?」

「いや、そうじゃねぇんだけど」


ファルガは自慢の口髭を二度ほどなぞる。「名前、変えようぜ」へ?とゲイルが小首を傾げた。


「“死の山”は今日から“希望の山”だ。あの山は採掘を続ける俺たちの未来を映し出してる。だから、俺は、あの山を絶対に再生させたいんだ」


ファルガが眺める視線の先。崩れてしまった山はここからでは見えないが“死の山”改め“希望の山”は再生の時をまち、ずっとこの国に息づくのだろう。


「・・・また、聖女に救われましたね。この国は」


ゲイルもファルガの視線をなぞる。「俺様の日頃の行いのよさよ」わっはっはと笑うファルガにゲイルは「え~?」と顔を歪めた。


**


あれから数日。やっと動けるようになったフラミンゴとビーグルが出発の準備をする。それを少し離れたところでセバスチャンが眺めていた。公務が終わったセバスチャンは帰らなければならなかったらしいが、セレスティアに止められて帰らずにルイズベート家に残っていた。それをセレスティアに甘い国王とゼイザックが許したようである。今まではロゼたちもいたので問題なかったが、さすがに出発の日になるとセバスチャンは淋しそうな顔をした。


「また来ますよ。そんな顔しないでください」

「絶対ですよ。絶対に会いに来てくださいよ」

「はい」


握手した手を離してしまうのが名残惜しい。セバスチャンは中々ロゼの手を離さなかった。


「まさかとは思ったが・・・本気でついてくるとは」

「え?ちっこい王子は残るんでしょ?」

「セバスチャン殿下じゃねぇよ。ガナッシュだ、ガナッシュ!」

「あぁ~、なんか父親も自由にしてるみたいだし、いいんじゃない?別に」

「勘弁してくれよ・・・。俺はやっと肩の荷が下りると安心してたってのに」


肩を大きく落としながらフラミンゴはジンにリヤカーを取り付ける。「あ~・・・嫌だ」丸まる背中に「そこまで嫌がらなくても」エントランスに出てきたガナッシュが笑った。見送りでアネットとローウィン、そしてテラがいる。ファルガとセレスティアはいなかった。


「我儘言ってすみません」

「いいのよ。貴方はもっと羽を伸ばすべきだわ。・・・自分の思い描く未来へ飛べるように」

「ありがとうございます」

「坊ちゃん、このバカ息子は必要ありませんか?ここに残ってもサボってばかりですから。坊ちゃんの荷物持ちくらいならできると思いますけど」

「いらないよ、犬は二匹も必要ない」

「酷い言い草」

「ロウ、君はセバスチャンのことを頼む。淋しがると思うから」

「セレスティア様はどうすんのさ」

「セレスティアには私がついてるわ。この家のことをちゃんと理解してもらわないとね」


アネットがガナッシュの肩をポンと押す。「行きなさい。答えを導きだすために」ガナッシュは深いお辞儀をした。テラとローウィンが頭を下げる。


「皆さん!!また遊びに来ますね!!」


荷台から落ちそうなくらい身を乗り出しているロゼがルイズベート家のみんなに手を大きく振る。アネットもテラもローウィンも笑顔で手を振り返した。「絶対ですよー!!」セバスチャンは誰よりも大きく手を振り返した。


「・・・絶対にまた来ます。だって、この国が、この国の人たちが大好きだから」


落ちそうになるロゼをガナッシュが捕まえて後ろに引く。そして、そのままロゼを抱きしめた。


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