31.結婚式の裏側で
わかっていたような、いなかったような。明日、ネラルク大公国の聖堂でガナッシュとセレスティアの結婚式が行われると聞かされたロゼは胸が針で刺されたようにチクッと痛んだ気がした。
「ネラルク大公国は小さな国ですので大聖堂がないんですよね。小さなところですけど、さすがに王族の威厳を損なうわけにはいかないので大司教様が式を執り行うそうです」
「ははあ~、それはまた」
大袈裟に息を吐いたフラミンゴが目を丸くした。どういうつもりかわからない、驚いているようにも見えるし、呆れているようにも見える。「まさか俺たちも参加、なわけありませんよね」フラミンゴが額にじんわりと汗をかきながらローウィンに訊ねる。「さすがにそこまで面倒みませんよ」ローウィンの言葉にフラミンゴは安心したように息を吐いた。
「じゃあ何で俺たち帰してくれないの?別にガナッシュ君の結婚式を見たいわけじゃないんだけど」
「終わるまで待てってことじゃないですか?多分、結婚式さえ終わればディオの今後は自分で決めると思うので」
「まさか・・・旅を続けるなんて言い出しませんよね?」
「さあ?それはディオが決めることですから」
フラミンゴの顔は引き攣ったり緩んだり忙しい。ローウィンはそんなフラミンゴを目の端に置いてロゼを見る。「ウチの主である大公殿下は貿易商として世界各国を回るのが趣味・・・いえ、仕事でして、国を空けることが多いんですよね。その息子であるディオも似たようなところがあるのかもしれません」と笑顔で言った。
「その前に子をもうけるのが先では?」
「どうでしょう?どうせこの二人は政略結婚ですからね。世継ぎを急いでいるわけではないでしょうし、むしろネラルク側はそれを一番嫌がるかもしれません」
「・・・ボワイアの乗っ取りを警戒している、と?」
フラミンゴの問いにローウィンは答えない。にっこり笑顔を崩さずにいるだけだ。
「そんな話聞いてたら俺ら一般庶民でよかったな~って思えるね。そう思わない?ロゼちゃん」
「どういうことですか?」
「全部政治的に利用されてるってことだよ。自分の存在、立場、将来、全て道具のように利用されちゃってるんだ」
「利用・・・。」
「ん-・・・、ですが、どうでしょうね?ディオはそれすらも食ってやろうとしてるかもしれません」
え?とフラミンゴとビーグルが首を傾げる。「あの顔、諦めたようにしていない。今までの従順にしていた頃の面影はまるでありませんよ。きっと、心に決めていることがあるのでしょうね。以前申し上げたとおり、僕はディオが浮かぼうが沈もうが最後まで付き合います。どっちに転んだっていい」その言い草は“どうだっていい”という投げ出しのようには感じられなかった。どちらにしても“受け止める”。そんな風に聞こえた。
「ま、明日も僕が皆さんに付き添います。ディオがうるさいんで。あの人、あなたたちのこと本当に大事にしてる」
「はあ・・・、ありがたいことで」
「僕としても面倒な王族のお世話や結婚式の準備をしないですんでいるので、願ったり叶ったりですよ。ははっ、あなたたちのお世話は何一つ気を遣わなくていいですからね」
本当に嬉しそうなローウィンは、適度にサボれるロゼたちのお世話を喜んでいるようであった。
**
次の日、ローウィンと共にロゼたちは街に下りた。聖堂の前は人で溢れざわざわしている。その雰囲気はボワイア国でのパレードに似ていたが違って見えるのは、集まっている人々の表情が落ち着いていたからだ。熱狂する人は誰もおらず、日常と変わらない時を過ごすかのような表情だった。
結婚式が始まると周りの人たちも黙る。子供ですら声を上げない。ロゼたちは聖堂の外にいたが、観衆の中では最前列といえるほど扉の入り口で結婚式を眺めており、粛々と行われる結婚式のやり取りが微かに聞こえていた。
「ディオ・ネラルク・ルイズベート、あなたはセレスティア・ニヘイアを妻として生涯に渡り、いついかなるときも愛すると誓いますか」
「誓います」
「セレスティア・ニヘイア、あなたはディオ・ネラルク・ルイズベートを夫として生涯に渡り、いついかなるときも愛すると誓いますか」
「誓います」
「では、誓いのキスを」
黙っていた観衆の声にならないどよめきが空気を重くした。緊張感が増す。ロゼも自分の胸に手を置いた。心臓が早鐘を打っている。呼吸を忘れて息が詰まる。
ガナッシュがセレスティアのベールに手をかけた。ロゼは自分のワンピースを握る手に力が入る。絵本で見る憧れのシーンなのに、目の前の現実に憧れなんかない。目を逸らしたい気持ちはあっても逸らせずにいる現状に息を止めると、急に後ろから本当に息を止めるように口に手を回された。耳元で「いこ」と声がする。ビーグルだった。
ずるずる引きずられるようにビーグルに引っ張られるロゼ。「お、おい」と声を上げたフラミンゴを睨みつける観衆。「すみません」と小声で謝りついてくるローウィン。固唾を飲んでガナッシュとセレスティアを見守る観衆たちを掻き分けるように聖堂を去る。密集した人の群れが少し減ったところでワアーッ!と歓声が上がった。ロゼは心の中で、あっと呟く。
「おい、こら、ビーグル。逆走なんて迷惑行為すんじゃねぇ!」
「えー、だって、見たい?他人の結婚式とか。俺もう飽きちゃった」
「あのなあ」
ようやくロゼの口から手を離したビーグルは腰を屈めロゼと目を合わせた。「ロゼちゃんは見たい?他人のキスシーン」ロゼは顔を引き攣らせる。「他人?ってか知り合い?がキスしてるとこなんか気持ち悪くて見たくないよ。俺だってキスしたいのに。死を目前にしてもできなかったのに」もう遠い記憶となっていたマフィアのアジトでの出来事を思い出す。ロゼの引き攣った顔は今度は険しくなった。
「はー、ついにディオ様も結婚かー。やっぱ相手はセレスティア様だったか」
結婚式が終わったところで黙っていた観衆が声を出す。「ウチはますますボワイアとの関係は無視できないものになっちまったな」「そりゃそうよ。軍を持たないネラルクはボワイアによって守られてる。その見返りにボワイアはガンガン金を巻き上げてるんだからな。対等なんだか、そうじゃないんだか」どこから聞こえるかわからない声にローウィンは顔を変えないが耳がゾウのように大きく開いているように見えるのは気のせいか。
「しかしすごいよな、セレスティア様ってお方は。ディオ様の次はセバスチャン様まで救ったんだろ?」
「え?」
思わずビーグルが声を出す。どこからか聞こえていた声が止まった。後ろを振り向く男性二人と目が合う。さっきの声の主が彼らなのだろう。「ん?見ない顔だな」会話をしていた男たちがビーグル、そしてロゼやフラミンゴを見て「どっかの取引先か?」と訊ねてくる。観光客か?と訊かれなかったことにロゼはほんの少し違和感があった。
「行商人です。こちらで採れる鉱石を買い付けに」
「ああ、商人か。今日はどの店も休みだよ。悪いね」
「いえ・・・。あ、すみませんがちょっとお訊ねしても?」
「なんだい?」
「セレスティア様って聖女だという噂がある、あのセレスティア様ですよね」
「ああ、そうだ。ボワイア国の王女セレスティア様は妖精に愛された聖女で治癒の力を持つ・・・って噂だな。うわさ」
男は“うわさ”を強調して言った。「事実ではないんで?」フラミンゴが小首を傾げて男たちにまた訊ねる。
「事実かどうかは俺たちではわかりっこないさ。きっとセレスティア様は俺たちを助けてはくれないだろうから確かめようがない」
「それは・・・どういう」
「やめろって。もうセレスティア様は他国の人間じゃないんだ。悪く言うのはよせ」
「ああ、すみません。他所で誰かに言いふらすとかはしないので」
「まあ、早い話が、俺たちから奪い続けてるからだよ」
二人いた内の一人が顔を逸らした。その態度は、俺は知らねぇぞ、言ってねぇぞ、とこちらに言っているようである。
「そりゃあ、聖女様にも選ぶ権利はあるよなあ。もし本当に特別な能力をお持ちなのであれば自分に近しい王族や貴族を救うに決まってる。俺だってそうする。俺だって特別な力を持っていたら家族や恋人を真っ先に助けるだろう。けど、それ以外は?それ以外はどうだっていいのか?元々ボワイアは汚れることを知らない。俺たちネラルクの民が危険と隣り合わせになりながら必死こいて金を掘ってるその金で武器を買ったり軍人を増やしたり・・・。だからもっと金をくれ、もっともっと働けと言ってる時点で、俺らからしてみれば聖女様でもなんでもない」
「確かに、そうですね」
「その点、ファルガ大公にはよくしてもらってる。国民が持つ不満を噴出させないようにしてるんだろうな。ほんと、ファルガ大公といいディオ様といい頭が下がっちまうよ。いつだって自分たちが犠牲になってこの国を守ろうとしてくれる。この結婚もボワイアの思惑通りで腑に落ちんが、それが俺たちを守るためなのかもしれんと思うと・・・俺たちも文句言わず仕事に精を出すわけさ」
そっぽを向いていた男が「もういいだろ、商人はおしゃべりな奴が多いんだから余計なことはしゃべるな」とおしゃべりの男の背中を小突く。「いえいえ、喋りませんよ。大事な取引先を私も失いたくないんでね。むしろ助けてあげたいと思いました。話してくれて、ありがとうございます」フラミンゴは帽子を取り、去っていく男たちを見送った。
「へ~、ネラルク大公国の人たちって現実的なんだね。夢見がちな向こうとは大違い」
「立場が違いますからね。ボワイアは大国でネラルクは小国。持っているものも置かれている立場も違いますから」
ビーグルにもローウィンは笑顔を張り付けたままでいる。「折角だったら見せてほしいな~、王女様の治癒能力。ロゼちゃんみたいに誰もがびっくりするようなことしてほしいな~」頭の後ろに両手を組んだビーグルが踵を返すと「うわ」誰かにぶつかった。ぶつかった相手はその場に尻もちをつく。セバスチャンより少し背丈の低い女の子だった。
「うわ、ごめん。大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ」
ビーグルの問いかけに女の子はすぐ返事をした。慌ててフラミンゴが駆け寄ったが女の子は自分で立ち上がる。覗き込んでくる大人たちを一人ずつ見ると女の子はロゼを見て動かす視線を止めた。「大丈夫?」ロゼが女の子の前に屈む。「だいじょうぶって言った」確かに言った。ロゼは言い直す。「ケガしてない?」女の子は自分の両手に目をやると「してない」とその両手をロゼの前に突き出した。
「よかった。ぶつかってごめんね」
「ううん。それより王女様ってちゆ能力があるの?」
「え?」
「さっきの話きいた」
「あるかも・・・しれないけど、王女様は今日は忙しいよ?」
「いつなら忙しくないの?」
ロゼを見上げる女の子は大きな瞳でじっとロゼを見る。「えっと」どう説明したらいいのか言葉を探していると「どうかしましたか?」笑顔が張り付いたままのローウィンがロゼと同じように女の子の前に屈んだ。
「お父さん、治してほしい。ケガでお仕事できないの」
「お父さん?」
「そう」
パンと手を叩く音がした。「ならロゼちゃんがいるじゃん!」ビーグルだった。「ロゼ?」首を傾げた女の子を前に「私?」ロゼも同じように首を傾げる。
「ここでは王女様の評判イマイチっぽいし、ロゼちゃん見せつけちゃいなよ」
「おいおいビーグル、言っただろ。ロゼのことを言いふらすなって」
「困ってる人を見逃していいの?そんなのロゼちゃんらしくないし、おっさんらしくない」
「あのな」
ビーグルとフラミンゴが言いあっているのを見ていない女の子はずっとロゼを見ている。「お姉ちゃんが王女様?」ロゼは必死に首を横に振った。「王女様じゃないけど、薬なら色々もってるよ」そう告げると女の子は顔を輝かせて、屈んでいるロゼの腕を引っ張った。
「なら来て!お父さんを治して!」
「あ、でも」
ロゼの手にはいつもの行商箪笥がない。人混みでは邪魔になるので置いてきた。女の子に引っ張られるロゼは空いている手で手元にはない行商箪笥を探す素振りをしたまま、そのまま引っ張られていった。
**
人の流れに逆走するように立ち止まっている人を掻き分けて、ロゼの手を引っ張りながら走り抜ける女の子の後を追う。どんどん人混みから離れ、民家からも離れ、街の先の先の先。人気のない広い敷地に長屋が一軒ぽつんと建っていた。外で洗濯物を干していた女性が「モナ!」と呼ぶ。「お母さん!王女様連れてきた!」ロゼはすぐ「違います!」と訂正する。
モナと呼ばれた女の子が引き連れてきた大人の男三人とロゼを見て、モナの母親らしき人は困惑した表情を浮かべ言葉を失っていた。
「ディオ様がけっこんした王女様はちゆ能力があるんだって。でも王女様は忙しいからお姉ちゃん連れてきた」
「はい?」
「あ、あの、ケガ人がいるらしくて」
「ケガ?」
モナの母親が首を傾げたが、しばらくすると「あ、」と首を戻し「モナ!」とモナに厳しい声を出した。
「勝手なことしちゃダメでしょ!」
「だって!」
「だってじゃありません!いないと思ったら、ディオ様の結婚式見に行ってたの!?一人で!?」
「だって!」
「だってじゃありません!」
親子の言い合いを眺めているだけのロゼたちに気づいた母親はこちらに振り向き「す、すみません!」と少し顔を青くして「えー・・と、どうしたら」と娘が連れてきた、どこの馬の骨かわからない人物をどうしたらいいのか困っている。
「あの、お父さんがケガをしていて働けないとお聞きしたのですけど」
「あ・・・ケガというか」
母親が口籠る。「金なら取りませんよ。よければ診ますが」フラミンゴが一歩前に出る。すると「誰?」長屋の一室から一人女の人が顔を出した。モナの母親は身体が飛び跳ねてしまうほど驚いた顔をして「す、すみません!私のお客です!ど、どうぞ!」と急にロゼたちを案内しだした。同じ長屋の一室。この長屋の一つに何世帯か入っているらしい。狭い部屋に突然の来客全員が入るとは思えなかった。ローウィンは玄関の前で止まり「君も犬でしょ?」と中に入ろうとするビーグルの首根っこを掴んだ。「何かありましたらお呼びください」とローウィンが扉を閉める、その向こうでキャンキャン喚いているビーグルの声がしたが、ロゼはベッドの上に腰掛けるモナの父親らしき人が気になってそれどころではなかった。
「あなた、モナが」
「あっと、驚かせてすまない。私は商人をやってるフラミンゴ、こっちは私の・・姪?みたいなロゼ」
「めい?」
「いいから」
フラミンゴを見たロゼの顔を正面に戻すように顎を突き出す。「ロゼです」ロゼはモナの両親にお辞儀した。
「ご主人がケガをして働けないとモナさんから聞きまして、薬を売っている私に何か手助けできないかと思って来たところです」
「まあ、商人さんだったんですか」
「はい。それでご主人の容体は?」
フラミンゴはモナの母親から父親に目を移す。父親はベッドに腰掛けているが顔色も悪くないし、瘦せ細っているわけでもない。「あー、すみません。大した事ないんですよ」そういうなりモナの父親は自分にかけていたシーツをバサッと捲る。ロゼとフラミンゴは息を小さく吸って止めた。モナの父親は右足と右手の肘から下がなかった。
「他所様に見せるものではありませんが、まあ、こういうことでして。薬でどうこうできるものではないんですよ。モナがすみません」
「えっと・・・。」
「治せないの?」
「モナ!」
「だって!」
「だってじゃありません!」
モナと母親がまた言い合っている。その隣でフラミンゴが小さく唸っていた。「どう・・・すっかな」言葉が小さく漏れる。フラミンゴの顔色を察したのかモナの父親はすぐシーツを被り失った足と手を隠した。
「リーネ、引き取ってもらって。あと、モナに無理やり連れてこられたのなら、お詫びになにか」
「いや、気になさらないでください。・・・あ、今手持ちがないんですが、何か欲しいものがありませんか?」
「欲しいもの?」
「この子は薬を作るのが得意でして・・別に病を治すものが薬と限りません。リラックスしたり、気分転換になるものなどなど」
「ああ、それはいいですね。しかし、私たちは大公殿下の庇護のもとにいるだけで金銭に余裕は一つもないんです。買ってあげたいのは山々ですが」
「別に金など取りゃあしません。我々は、貧しい人たちから金を取るのは好きじゃないんですよ。そのせいかとある公爵家から多めの報酬を得ている。きっとそういった人たちに分配しろってことなんでしょうね」
フラミンゴはポケットを漁ったが「なんもねぇな」と呟く。ロゼもポシェットを漁った。「なんもない」同じように呟いた。そんな二人を見てモナの父親が笑った。
「ははは、そんなお人好しな商人がいていいんですか?儲けに貪欲でなければ商売など成り立たないのでは?」
「利益よりも客がつくことが第一ですよ」
「面白いですね。私も金さえあれば、あなたから一つ買いたいものですが」
モナの父親が被せていたシーツをまた捲り、片手を使ってベッドの端に身体を移動させる。すぐリーネが傍にある車椅子を用意する。父親は器用に車椅子に飛び乗ると「お菓子がなかったかい?それを出してあげて」とリーネに告げ「どうぞ」とフラミンゴとロゼを部屋の中へ招き入れた。
「申し遅れました。私はバイゼン。妻のリーネに娘のモナ」
「私は」
「お聞きしましたよ、フラミンゴさん」
「そうでしたな」
家族三人が座るのであろうダイニングテーブルの椅子二つにロゼとフラミンゴが座る。モナは父バイゼンの膝の上。リーネはその隣で立っていた。
「こちらには薬を売りに来られたんですか?」
「いえ、実は別件でして。タイミングが良いのか悪いのか、大公令息の結婚式が執り行われていたのですよ」
「ああ、ディオ様のですね。それは・・タイミングが悪いですね。どこの取引所もやっていませんし、既にご覧になったかと思いますが露店の一つありませんでしたでしょう」
「はい。ボワイア国とは真逆ですね」
「え?ボワイア?」
「あ」
フラミンゴはしまったと開けた口を慌てて塞ぐ。「えーっと、ボワイア国からそのまま流れてネラルク大公国まで?追っかけてきたんですか?」バイゼンが訝しげに目を細めた。
「知り合いなんです」
「ロゼ!」
「だから招待されたんですよ、この国に」
「・・・ああ、ファルガ大公とお知り合いなのですか?あのお方の人脈は広いですもんねぇ。一体どれだけの国と交易を行っているのか皆目見当つかないですよ」
自分なりの解釈で納得してくれたバイゼンにフラミンゴはほっと息をつく。テーブルの下でぺちっとロゼの膝を優しく叩いた。
「どうですか?この国は。商人のあなたなら退屈で仕方ないのではないでしょうか」
「・・・店、がないことを指しておりますか?」
「そうです。この国には鉱石の取引所以外に店がありません。たまにあなたのような行商人が集まり店を開いてくれますが、買い手は殆どいないかと思います。それは、ネラルク大公国は様々な鉱石が採れ、多くの技師が機械を整備し、あらゆる分野の自動化に成功し、産業革命を起こしている国の一つですが、国民は働くだけ働かされる労働者であって富裕層は存在しない。良くも悪くも全員が平等なんですよ。・・・こんな私たちでもね」
バイゼンは顔を伏せた。視線の先には失くした手足がある。
「私の身体は史上最悪と言われる鉱山事故で失いました。その当時、私はまだ見習いだったのでトンネルの外で作業していましたが、大規模な爆発に巻き込まれ手足を失いました。命があっただけでもまだいいんです。トンネル内にいた作業員は全員、命を落としましたから」
「・・・・そんな痛ましい事故が」
「この長屋に住むのはそのときの作業員の家族たちです。身体が不自由になった私たちはもう労働力には成りえない。けれどそんな私たちを見捨てず、大公殿下は生活の保障をしてくださいます。ありがたいことです。ですが、働かざる者食うべからずの言葉の通り周りの視線は痛いものでした。彼らの労働によって得た対価を私たちは分けていただいているので。だから、街から遠く離れたここにあの事故の被害者たちは身を寄せ合っているんですよ」
バイゼンは顔を上げない。フラミンゴも何と言葉をかけていいのかわからないのか黙ったまま。沈黙が続く。
「・・・・・すみません、こんな話。ただ、ファルガ様のお知り合いだということでしたので、どうかファルガ様にお礼を伝えてほしいと思ったのです。支援していただきもうすぐ十年が経とうとしています。あの頃まだリーネのお腹にいたモナもこんなに大きくなりました。それも皆、ファルガ様のおかげです。ありがとうと、どうかお伝えください」
バイゼンが頭を下げる。続けてリーネも下げた。両親二人の真似をするようにモナも下げる。フラミンゴはまた対応に困って何も言えないでいる。「わかりました、伝えます」答えたのはロゼだった。
「その代わり、私にも何かお手伝いさせてください。大公様の息子さんとはお友達なんです」
「ディオ様と?」
「はい。そのディオ様にはお世話になったのでお返しがしたいんです。ここに住んでいる人たちは皆さん事故に遭われた方ですか?古傷が痛むとか、病に罹った方とかいませんか?薬なら色々持ってますよ。・・・今はありませんけど」
「後で持ってきますね」とロゼは小さく笑って頭を下げる。顔を上げたバイゼンは口を半開きにし、しばらく動かずにいたが、隣にいるリーネと顔を見合わせると「・・・こんなことあっていいのだろうか」と戸惑いを隠せずにいる。
「気にしないでくださいな、この子の薬はよく効きますし、さっき申し上げたとおり金は取りません」
「ですが」
「いいんですよ。この子も、そして私も、この国に何かしてやりたいんです。犠牲を払ってばかりいるあなたたちの一助になりたい。そう思うのですよ」
フラミンゴはロゼと顔を見合わせ「うん」とロゼが頷く。そんな二人を見てバイゼンは何も言わないまま膝の上に座るモナをぎゅっと抱きしめた。




