30.獅子大公と母の想い
旅に出ると告げて一年足らず。こんなに早く見慣れた景色に戻ってくるとは思いもしなかった。ガナッシュは大理石で出来た床を蹴るかのように早足で歩く。行先は父であり、一国の主であるファルガの元だった。ボワイア国の城とは全く違う、少し豪華な民家のようなところを邸宅としているルイズベート家の執務室の扉は子供でも簡単に開けられるくらい軽い。
「おぅ、戻ったか」
「戻されました」
「お前が戻ってきたんだ。なーに呑気にボワイアに寄ってんだよ。ゼネフの思惑にまんまと引っ掛かりやがって」
ゼネフとはボワイア国の王。セレスティアに連れられ挨拶に行ったときゼネフは嬉しそうにというよりも、してやったりという狙った獲物を捕まえた野獣のような顔をしていたのを思い出す。
「よくこんなふざけた取引あなたが吞みましたしたね。政略結婚?どれだけ国を売れば気が済むんですか?」
「売ってない、買ったんだ」
「表面上ではボワイア国の王女を娶ったように見える。けれど内実は国の主権をボワイアに譲ったようなものだ」
「お前が握ればいい」
ガナッシュに背を向けていたファルガが振り返る。大公爵という地位についていながら見た目も中身も飾らない大男は、ご自慢の口髭を指でなぞり、筋肉が隆起した腕をがっしりと組んだ。
「お前が主権を奪われないようにがっしり握ってればいい。お前がどれだけこの国に愛着があるかは知らんがな」
それだけ言ってファルガはまたガナッシュに背を向ける。窓から見える遠い海を眺めているようだった。
「・・・ところでよぉ、お前、セバスチャンの病気を治した聖女を連れてきたんだって?」
「あなたに何か関係ありますか?」
「アネットが会いたがってる。セバスチャンのことはアイツもかなり心配してたしな。それに・・・お前のこともあるだろう」
「私?が、なにか?」
「バカ言ってんじゃねぇよ。お前も世話になった薬だろ。あの日も、セバスチャンの吉報を受けたときも、アイツは・・・泣いて喜んでいた」
「・・・あとで連れていきます」
どこまで話が漏れ伝わっているのか知らないが、既にロゼのことが母アネットにも知れている。不思議ではない。海に出てばかりで殆ど国にいない父ファルガの代わりに、国の執政を担っているのは母アネットだからだ。
「逃げんじゃねぇぞ、坊主」
「逃げませんよ」
「むしろ喜んでるか?セレスティアは誰もが羨む美女だからな」
「結婚はします。ですが、私の心は渡しません。・・・セレスにも、あなたにも」
こちらを見ていないファルガに一礼しガナッシュは執務室を出る。ふぅ、と小さく息をついた。いよいよ現実味を増してきた結婚。大国ボワイアの傘下にある立場の低い小国ネラルク。今の現状が避けられないものなのだと突きつけられた気がした。
父への報告が済んだら次はどこだろうか。ファルガの言う通り母のところだろうか。ガナッシュの一歩がまだ出ない。母アネットのところに行くのであれば会いたがっているという恩人ロゼを連れていくべきなのか、それとも輿入れするセレスティアなのか。とりあえず迎賓館に向かうために自宅を出ることにした。廊下を歩いても広いエントランスに出ても、ニヘイア家の世話に忙しい使用人たちは一人も見当たらずしんとしている。元々多くない使用人たち。側仕えのテラとローウィン親子、料理人と掃除婦を数名。それ以外の人たちはこういった来賓やイベントなど人手の要る仕事のときに急遽集めている。とはいえ人っ子一人いない広い屋敷は不思議な空間だった。
「あれ?ディー君、お一人様?」
ロゼとフラミンゴの世話を任せたはずのローウィンが屋敷と迎賓館を繋ぐ渡り廊下から歩いてくる。「早速仕事をサボるんじゃない」ガナッシュは眉間に皺を寄せローウィンを咎めた。
「いやいや、その逆。僕は君のいう聖女様の引率でここにいるんですけどね」
「ロゼの?」
「ネラルク大公国の景色が珍しいらしくて外に行きたいって言うもんだから、ちょいと展望台にね」
そういうローウィンの後ろにロゼの姿は見当たらない。「嘘だろ?」すかさずガナッシュが言う。「僕が嘘つくことあった?」とぼけた顔をしたローウィンに「いつだって」これも間を置かず言い放った。
「失礼しちゃうな、ガナッシュ君よ」
「聞いたの?」
「ほぼほぼ聞いたよ。まぁー、名は体を表すんですかねー。甘ったるい名前のおかげで中身も少しは柔らかくなった?」
「どうだかね。どうせ人の見方でしかない」
「ロゼさーん!!こっちが本性なんですけどー!!」
後ろを振り返りながらローウィンが大声を出す。最初からそこにいたのか、たまたまタイミングがあったのか、廊下の角からロゼがぴょこっと顔を出す。ガナッシュと目が合ったロゼは「あっ!ガナッシュさんだ!」ぱあっと顔が華やいだ。こちらに駆け寄ってくる姿はやはり小動物に見える。
「どこ行くの?」
「お外、見てこようと思いまして。蒸気がもくもく出てて面白いですし、トロッコにも乗りたいんです」
「フラミンゴさんたちは?」
「休みたいんですって。ビーグルさんは野放しにできないから一緒にお留守番だそうで。本当のワンちゃんみたいになっちゃいました」
「うん、本当の犬だから」
用心棒というか名前のせいもあって番犬のようになったビーグル。それを思うとビーグルと名付けたロゼは中々いいセンスをしているなと感心する。
「・・・ロゼ、散歩の前にちょっといい?」
「はい?なんですか?」
「母が会いたがってるらしい。一緒に来てもらえるかな」
「うわっ、嫁の前に愛人紹介するとか頭イカレてない?」
「俺の話聞いてた?母さんが会いたがってるって言ってるんだよ」
「ガナッシュさんの、お母様にですか?」
「セバスチャンのお礼をしたいみたいだ。あと、俺のもね」
ロゼは首を傾げる。未だに、苦しんでいた人々を助けた意識のないロゼは不思議そうにガナッシュを見上げていた。そんなロゼに笑いかけたガナッシュは視線をローウィンに移して「ロウ、そういうことだからテラの手伝いしてきて。終わったら呼ぶ」そういうなりロゼの手を取る。それに驚いたのはロゼよりもローウィンだった。
「ちょちょちょい!ちょいっ!!嘘でしょ!?そっちこそ嘘でょ!!?尤もらしい嘘ついて脱走とか企んでたりしない!?さすがの僕も見逃せないよ!?」
「なら父さんに確認してくれ。あの人の指示だ」
「ええ~!?え~!?」
「ロゼ、あとで街を案内するから」
ロゼはガナッシュとローウィンを交互に見ながらも、半ば強引に引かれる手によってガナッシュの後をついていく。その後ろをローウィンもついてきた。「テラのとこ、行かないの?」ガナッシュが問う。「見逃せないって言ってるでしょ!」本当にガナッシュが脱走を試みていると思っているのかローウィンは監視しようとしている。気にも留めないガナッシュは迎賓館でなく屋敷に戻り、母アネットの私室へ向かう。執務室でも書斎でもどちらでもよかったが、ロゼのことは仕事と切り離してほしかった気持ちもあるし、それはアネットも同じだと思った。ロゼのことは為政者としてでなく母として接したいはず。
「あ、の、ガナッシュさん?」
「ん?なに?」
「謁見ってやつをするんですか?」
「え?」
「ボワイア国でやったみたいな」
ガナッシュはロゼの手を引きながら数日前のことを思い出す。絵本にも出てこないようなシーンの一つ。謁見というよりも断罪を受けるような雰囲気で、ロゼもフラミンゴも息を詰まらせていた。それは自分も同じ。ただの一般人を相手に牽制をして怯ませて平伏させる。なぜそこまでする必要があるのか。そう思ったが、今思えばあの牽制は自分にしたのだと推測できる。ロゼたちを脅したんじゃない。ガナッシュを脅していた。
「ウチにああいうのはないよ。元々堅苦しいのが嫌いな人が主をやってるから楽にして大丈夫」
「でも・・・ジェイミー夫人のときもフラミンゴさんに注意されました。許してもらいましたけど」
「ロゼは自然体でいいんだ。だってロゼだから」
「え?どういう意味ですか?」
「その素朴さがいいんだ。清い心である人にマナーを押し付ける方がどうかしてる」
「どういうことですか?」
ロゼは後ろにいるローウィンに振り返った。ローウィンは目線だけを宙に投げ「多分・・・」と小さく呟くとすぐ顔を正面に戻し自分を指さした。
「僕のように心が清い人間にはマナーは不要ってことかもしれません」
「ちがう」
ガナッシュが溜め息をつく。「ロウは見逃されてるだけだ。見放されていると言ってもいい」ちらっと後ろに目を流したガナッシュは睨むようにローウィンを見た。「ロゼさん、聞きました?君のガナッシュ君は自分の付き人に対して、こんな酷いことをあんな恐ろしい顔で言うんですよ」とガナッシュを指さしながらロゼに告げる。ロゼは目をぱちくり開き「ローウィンさんもワンちゃんのようなんですね」その言葉にある人物を思い浮かべたローウィンは顔を歪めた。
さほど広くないルイズベート家の屋敷は、ちょっと小話をしただけでアネットの私室に辿り着く。ローウィンは扉に近づくことはなく、少し離れたところで足を止めると頭を下げた。ガナッシュはロゼの手を取ったまま扉をノックする。扉越しに「ディオです。入ります」と告げたガナッシュはゆっくりと扉を開けると、ロゼの手を握っていた手を離し、その手を肩に回した。
「・・・お久しぶりです。ただいま戻りました」
「おかえりなさい、ディオ。・・・そちらは?」
「ロゼです」
ガナッシュがロゼに視線を落とす。ロゼは身体を固くし全く動かない。思わず笑いそうになる。今まで怖い目には何度か遭ってきたはずだが、マフィアや国王を前にしたときよりも緊張していないか?ガナッシュはロゼの肩に回していた手で腕をさすった。
「・・・・・・入って」
アネットが部屋の中へ促す。ガナッシュはロゼの肩を抱きながらアネットの私室へ足を踏み入れた。扉をゆっくり閉める。家族でも使用人でもない人間を私室に入れるなんて普通に考えればあり得ない話だが、アネットがそうする理由がガナッシュには何となくわかった。ガナッシュはロゼを連れてアネットに近づくと、肩に回していた手を離し、一歩後ろに身体を引くとロゼの背中を軽く押した。ロゼは人形のように固まっておりガナッシュに振り返ることもしない。
「こんにちは。初めまして。ディオの母でアネットといいます。息子がお世話になったみたいで、ありがとう」
ロゼに返事はない。強張ったロゼの顔を見てアネットが小さく笑う。「怖い?」アネットが訊ねた。ロゼは水浴びをした犬が水を振り払うようにぶるぶると首を左右に振る。その姿を見て、またアネットが笑った。
「可愛い。お願い、そんなに怯えないで」
「ロゼ、大丈夫。俺たち以外誰も見てないから。誰かに怒られたりなんかしない。そのために私室に連れてきたから。安心して」
やっとガナッシュに振り返ったロゼにガナッシュは大きく頷く。ロゼはまたアネットに顔を戻し「・・・ロゼです」小さく名乗った。「ロゼ、さん」噛みしめるようにアネットが復唱する。真似をするように「アネット、さま」ロゼが言うとアネットは落ちてしまいそうなほど目を垂らす。
「ディオ、ずるいわよ。どうしてこんなに可愛らしい子を早く連れて帰ってこなかったのかしら?」
「先にセバスチャンに会わせようとしたんです。きっと喜ぶと思いまして」
「ああ・・・それで」
さっきまで微笑んでいたアネットの表情が曇る。伏せた瞳が小さく揺れていた。「母さん、その話は後ほど」ガナッシュの言葉に顔を上げたアネットは「そうね」と小さく呟くと、すぐ綺麗な顔で微笑んでロゼを見た。
「ロゼさん、私は早く貴女に会いたかったの。来てくれてありがとう」
「私に、ですか?」
「そう。セバスチャンを治してくれてありがとう。セバスチャンのことは亡き王妃殿下に代わって勝手に母のような気持ちでいたの。だからセバスチャンが元気になったと聞いたときは本当に嬉しかったわ。ありがとう」
「あの、私は」
「ロゼ、いいんだ」
いつものように否定しようとするロゼをガナッシュが口止めする。ロゼはその言葉の意味を理解したように小さく頷いた。
「そうだ、ロゼ。今までのことを少し母さんに聞かせてくれないかな?」
「今までのこと?」
「ほら、フラミンゴさんがロゼに話すような嘘みたいな本当の話。そうだな、まずは俺との出会いからだね。それから保安官に捕まりそうになったことや、マフィアのボスと戦ったこと」
「ええっ!?どういうこと!?」
アネットが前のめりになりロゼに顔を近づけた。ロゼは驚いて身体を後ろに仰け反らせるとガナッシュの胸に頭をトンとぶつけた。そんなロゼの手を取ったアネットは部屋の中央にある一人掛けのテーブルセットにロゼを座らせ、鏡台から自分が座る用にロゼの目の前に椅子を持ってきた。アネットはガナッシュに目もくれない。
「お話してくれる?」
「えっと・・、なにから」
「そうだな・・・。あ、ロゼはさ、セバスチャンを治した薬、誰から習ったんだっけ?」
「おばあちゃんです」
「そのお婆さん、ロゼのお婆さんが作った薬が十数年前、私の手に渡りました。浴びるように酒を飲んだ商人に渡された薬。その薬を借りを返すために売りに出したことによって私の元に届いたのです。その薬を売った張本人であるフラミンゴさんという商人も一緒にここに来ています」
ガナッシュの言葉を聞いてアネットの目が大きく見開いた。「それは・・・・どういったご縁?」アネットが小さく口を開く。ガナッシュは今までの経緯を嘘偽りなくアネットに話した。それなのに、どこか嘘っぽい出来すぎな話にアネットは大きな反応を示さなかったが、次第に瞳が潤みだす。
ガナッシュがフラミンゴに師事したこと、フラミンゴから聞いた過去の話、ロゼの仕事、セバスチャンが決死の覚悟で外に出ていたこと、手にしていた薬をあげたこと。アネットは潤ませた瞳から涙を一粒零して「それは・・もう、聖女様に導かれたとしか考えられないわ」と更に零れそうになる涙を拭った。そして立ち上がりロゼの目の前に移動すると、アネットはロゼを抱きしめた。
「ありがとう、ロゼさん。ディオのこと、セバスチャンのこと、助けてくれてありがとう。私のことも」
「アネット様・・・のことも?」
「ずっと、ずっと苦しかったのよ。ディオが苦しんでいても何もできなかった。今度は母を亡くし孤独を感じていたセバスチャンにも何もできなかった。・・・何が大公夫人よ、何が為政者よ。私は・・子供たちには何もできない無力な人間で、そんな自分を責め続けてたわ。母としても、権力者としても、自分の力では何もできなかった。だから縋るしかなかったの、聖女様に」
「聖女様に?」
「そうよ。そしたらね、貴女が現れたのよ。あの日、病に苦しむディオを助けてくれたのはロゼさんのお婆さんだったのかもしれない。けれど、私は会えなかったわ。お礼も言えなかった。だけど、ディオは貴女に会えたのね。お礼が言えたのね。セバスチャンも。そして今度は私の元に来てくれた。ありがとう。ずっとずっと言いたかった。・・・ありがとう」
アネットはロゼの首筋に顔を埋めて強く抱きしめる。ロゼはガナッシュに振り返ろうとしたのか小さく首を後ろに回したが、アネットに抱きしめられているために首が回せずにいる。ガナッシュはロゼの後ろから、ロゼの頭をポンポンと軽く叩いた。それに反応するようにロゼもアネットの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。アネットの瞳からまた涙が零れた。
「アネット様、私もお礼が言いたいです。ありがとうございます。私はガナッシュさんのおかげでお話でしか知らなかった世界を見ることができています。とっても楽しいです。ガナッシュさんといるととても楽しいんです」
「ガナッシュ?」
「ガナッシュさんです。私のお気に入りの名前なんです」
ロゼの首に顔を埋めていたアネットが顔を上げる。正面にいるガナッシュを見上げ「ガナッシュ・・・」と呟くと、子の誕生を喜ぶ母のように顔を蕩けさせた。その表情は、初めてロゼに会ってガナッシュの名を美味しそうだといったあの日のロゼの顔と似ていた。
「ガナッシュさんはすごいんですよ!お店に来た悪い保安官さんを追い払ったり、マフィアのアジトに乗り込んで私たちを助けてくれたり!」
「ええ?ディオが?あの、何に対しても無関心で無反応の、ぼーっとしているあの子が?」
「そうですよ!私、なんとなくわかってきました。ディオさんとガナッシュさんって別人格なんですよ。セバスチャンさんからもガナッシュさんはそんな人じゃないみたいなこと言われましたけど、ぜーんぜん、全然違いますから!」
セバスチャン、一体ロゼに何を吹き込んだんだ、と心配になる。いや、それよりも、ロゼの方こそ周りにどんな話をしているのか心配になる。ガナッシュは引き攣った顔で「ロゼ、あのね」と言いかけると遮るように「聞かせて頂戴」とアネットが言う。
それから緊張の解けたロゼは饒舌になり、所々ガナッシュのツッコミを交えながらアネットに今までの冒険譚を披露しはじめた。やはりアネットが一番驚いていたのはマフィアのボス、ランサーとの取引のことで、アネットはロゼにバレないようにガナッシュを度々睨んできたがガナッシュはその目を見ないふりをする。ロゼにランサーとの交渉を聞かれなくてよかったと安堵する。自分の命なんか安いもんだという発言をロゼに聞かれていたら、母アネットに知られたら、説教だけでは済まないはずだ。
一通り話終えるとロゼもアネットも満足そうな顔をしていた。どれくらいの時間が経過したのか体感ではちっともわからない。「ロゼさん、しばらく此処にはいるでしょう?またお話しましょうね」アネットが嬉しそうにロゼに言う。ロゼはすぐ返事をしなかったが「はい!」と元気よく答えた。すぐ返事をしなかったのは、自分のこれからの日程が何もわかっていないからだろう。
ガナッシュは部屋の扉を開けて廊下に顔を出すと、気だるさそうに窓に背を預けていたローウィンに目配せする。だらけている姿をガナッシュに見られても一切動じないローウィンはゆっくり窓から背中を離した。
「ロゼ、遅くなってごめんね。ロウと一緒に散歩しておいで」
「ガナッシュさんはお忙しいですか?」
「俺?」
「一緒に行きませんか?」
一緒に行きたいのは山々だ。というかローウィンはいらない。自分とロゼの二人で街を歩きたいに決まっている。ロゼが初めて目にするものを見た反応を自分が見れずにローウィンが見るのは気に食わない。だが。
「まだやることが色々残ってて・・・。もし、ロゼさえよければ今日じゃなくて別日にしてくれたら俺も一緒に行けるかも」
「本当ですか?なら待ちます」
悩む素振りなくはっきりと言うロゼ。「ガナッシュさんはガナッシュさんのことを優先してください」前にも聞いたことがある台詞。そんなに自分のことを後回しにしているつもりはない。現に、挨拶だの結婚式の準備だの、後回しにできないことを優先してやっている。本当ならそんなものは置いといてロゼやフラミンゴとゆっくり話がしたいのだ。けど、そういうわけにもいかないのが大人の事情ってものだ。
「ありがとう、ロゼ。また、時間つくるよ」
「はい!」
これまた元気よく返事したロゼは今度はアネットに向き直り深々とお辞儀した。ご令嬢がする綺麗なお辞儀ではないものの、小さい子供が大人の真似事をしているようで可愛らしい。「アネット様もありがとうございました」とお礼を告げるとロゼは部屋を出ていきローウィンに連れられて去っていった。あの様子だと街に下りることはしない。多分、展望台で説明を受けるだけだろう。
「可愛らしい子ね、ロゼさん。年齢が幼いんじゃなくて心が純粋で綺麗なんだわ、きっと」
「そうですね」
「・・・・ごめんなさい、ディオ。結婚を止められなくて」
「母さんのせいではありません。年も年ですし、何より国が潤えば潤うほど他所からの脅威も増します。大国ボワイアの傘下には居続けなければなりませんし、またボワイアも外交の手を広げる我々をもっと厳しく縛り付けたいでしょう。仕方のないことです」
「折角・・・貴方が心を許せる相手を見つけられたのに。いつも貴方一人に全てを背負わせてしまってごめんなさい。本当に・・・母失格だわ」
俯くアネットにガナッシュが近づく。目線を合わせるように膝をつき「心配はいりません。私はもう一人ではありませんから」アネットにはっきりと告げた。
そう、一人じゃない。心にはいつも自分を受け入れてくれる仲間の存在がある。それは共依存で歪んだ関係では成りえない、真っ直ぐで強固な絆であった。




