22.収まらぬ苛立ち
話を終え、庭を後にしようと城の中に入ると目の前には王女様とメイドが二人立っていた。小指の先ほどしかないのではないかと思えるほど小さい顔、真っ白で透き通るような肌、セバスチャンと同じ柔らかくて細い金髪、折れそうなほど細い腰、街中で会った時とは違う、ふんわり広がるドレスを靡かせ、ロゼたちに近づいてきた。
「セバスチャン、どうしてお母様の大事なお庭に彼女を入れたの?」
「いけませんでしたか?」
「当然でしょ。他人が踏み入っていいところじゃないわ」
「すみません。満開に咲くアネモネを誰も見ずに散ってしまうのは可哀相だと思って」
セバスチャンの言葉に棘を感じた。ロゼの方がドキッとしてしまう。表情を変えないセバスチャンとは対照的にセレスティアはロゼを睨みつける。美人の大きな瞳に睨まれてロゼは背筋を伸ばした。
「姉上はどうしてここへ?」
「彼女を探していたの。聖女というお立場なのに、貧相な格好でいらっしゃるから私のドレスをお貸ししようと思って」
「必要ですか?それ」
「乙女心を理解してあげられなきゃダメよ、セバスチャン」
セレスティアに侍ていたメイドがロゼを挟むように左右に立つ。「見た目の美しさは重要なの。特に女性であればね」セレスティアは柔らかい金髪とドレスを翻し先を歩き出す。両腕をメイドに組まれたロゼも半ば強制的に連行される。
「姉上!」
「セバスチャン、病み上がりなのだからゆっくりしてなさい。もう・・・・あんな思いは嫌よ」
泣きそうな顔で目を細め小さく首を振ったセレスティアはセバスチャンを一人残し庭園を去る。身体を掴まれ逃げられないロゼは顔だけをセバスチャンに向け「ありがとうございました」と頭を下げた。「あ・・・」と何か言いかけたセバスチャンは口を半開きにしたまま固まる。またロゼは頭を下げた。
連れてこられたのは、とても衣装部屋とは思えないガランとした空き部屋で、部屋の隅に木箱が数個並んでいた。ランプも灯さない薄暗いなかでセレスティアの肌だけが発光している。ロゼはメイド二人に捕まったまま、自分に凍てついた視線を向けるセレスティアを見上げることしかできずにいる。
「初めましてではないわよね」
「はい・・・時計台でお見掛けしました」
「貴女がセバスチャンの病を治した聖女様?」
「あ、いえ、その・・・それは」
何度言われようと自分が聖女様なのだという自覚はない。そうだ、と言えるはずもなく、だからといって、違う、と言っても否定される。
「ディオがそう言うのよ。貴女が聖女なのかどうかは確かめようがないけれど、でも、セバスチャンの病を治すことができたのが貴女の作った薬なのだとしたら、お礼を言うわ。ありがとう」
「い、いえ。と、とんでもございませんん」
表情に色を見せないセレスティアがお礼を言ってくるとは思わず、ロゼの舌が縺れる。こんな状況でお礼を言われることもあるのかと不思議に思った。メイド二人に拘束され、目の前には自分を見下ろす王女様。どちらかというと今から説教を受けるに相応しい舞台である。
「天使のように可愛かったセバスチャン。小さいときは女の子と間違われるほど愛らしく、見るもの全ての人を笑顔にしたあの子がどうして苦しまなければいけなかったのか・・・。家族からも引き離され、部屋でずっとひとりぼっち。つらかったわ・・・、胸が張り裂けそうだったわ・・・、苦しんでいるセバスチャンを抱きしめられなかったこと。母の温もりを知らないセバスチャンに安らぎを与えられなかったこと」
セレスティアはセバスチャンと同じエメラルドグリーンの瞳に薄っすら涙を浮かべて、右手でぎゅっと心臓を掴むように胸元を握った。「本当によかった・・・。お母様だけじゃなくセバスチャンまでいなくなってしまったら・・・私たち家族は壊れてしまいそうだった」大粒の涙が零れる。薄暗い部屋の中でもそれははっきりと見えた。ロゼの隣にいるメイド二人も小さく鼻をすする音がする。同じように泣いているのかもしれない。
「ありがとう、ロゼさん」
「いえ・・・」
「けど、それだけでいいの。貴女の役目はそれだけで」
セレスティアが細くて長い腕を伸ばしロゼを指さした。するとメイド二人がロゼのワンピースを脱がしにかかる。「え、ちょ、待ってください!」抵抗しようにも二人係りで押さえつけられると身動き取れない。ワンピースの前ボタンを外されて肩まで下ろされる。キャミソールの上に乗った金のネックレスが露わになり、セレスティアはロゼに近づくとそのネックレスを無理やり引っ張った。ロゼの首もグンと前に引っ張られる。
「・・・・おかしいと思ったのよ。やっぱり、貴女が持ってたのね」
「・・・・痛いです」
「なら外しなさい。これは貴女が持ってていいものじゃない。ディオのものよ!」
グイ、グイ、と犬に繋いだリードを引っ張るように何度もネックレスを引っ張る。そのたびロゼの首も前に引っ張られ頭が揺れる。メイドの一人が咄嗟にロゼの首の後ろに手を回した。音も立てずに外されたネックレスはセレスティアの手に収まる。また、取られた・・・・。前にブラッドとアーノルドにも似たようなことをされたことを思い出す。どうして人はこのネックレスに執着するのだろうと、ぼんやりする頭に浮かんだ。
「生活のために売りに出したなんて嘘ばっかり・・・。そんなことするはずがないじゃない。これは代々、大公爵に引き継がれる家宝なのに・・・。ねえ、ロゼさん。貴女、ディオと仲が良いようだけど、どういった関係なのかしら?」
「・・・・ガナッシュさんとは」
「ふざけた名前で彼を呼ばないで!!」
耳がキーンと遠くなった。後からやってくるじんわりとした頬の痛みに、自分ははたかれたのだとすぐには理解できなかった。「セ、セレスティア様・・・!」戦慄の声を上げたのはメイドの方だった。ロゼは何も言葉を発さずセレスティアを見上げる。セレスティアは折角の美しい顔をくしゃくしゃにしながら拳を震わせていた。
「貴女がディオをおかしくしたのよ!あんな・・・あんないい加減な人じゃなかった!どうして大事なネックレスを汚らしい平民に渡すのよ・・・。どうして品のない商人を庇うのよ・・・。誰よりも優しくて、賢くて、争いごとを嫌う彼が・・・どうしてお兄様やお父様に責められなきゃならないの!!全部貴女のせいよ!!大事なのは・・・ディオにとって大事なのは私たちのはずなのに!!」
もう一発平手を食らった。「セレスティア様!!おやめください!!」ロゼを拘束していたメイドの一人がセレスティアを止める。セレスティアは反抗することもなく大きく肩で息をしていた。整わない呼吸を何度もしている。
「・・・・だから奪うのですか?」
「・・・・なんですって?」
「ガナッシュさんが短い旅の間で手にしたもの、人、想い。それらを奪って自分の思い通りにしようとするのはあまりに・・・。」
「奪ったのは貴女だわ!!私からディオを、ディオからネックレスを、それにセバスチャンまで・・・!!」
「それら全て王女様のものなのですか?・・・・あなたが欲しがっているもの全て、あなたのものなのですか?」
「そうよ!ディオもセバスチャンも私のものよ!家族だもの!ディオも家族のようにずっと一緒に過ごしてきたもの!」
「・・・ネックレスはお返しします。けど、ガナッシュさんとセバスチャンさんのお気持ちは奪わないであげてください。お二人の気持ちはお二人のものです。あなたが支配しようとしないでください」
「貴女に命令される筋合いなどない!!口を慎みなさい!!」
セレスティアはまた振りかぶった。「セレスティア様!!」メイドが必死で止める。「なりません!!これ以上はなりません!!ネックレスをお返ししてもらうだけだったはずです!このようなやり方ではディオ様もセバスチャン様も悲しみます!」縋るようにセレスティアにしがみつくメイドを振り払うことなく、セレスティアは振りかぶった手をゆっくり下ろした。ロゼは床に膝をつき頭を下げる。
「どうかお伝えください。私もフラミンゴさんもガナッシュさんと一緒にいられて楽しかったと。思い出が沢山できて幸せだと。だから今度こそ自分を優先して自分のために生きてくださいと、そう伝えてください」
ロゼは鼻先が床に触れるほど顔を近づける。ずり落ちてくるワンピースを気にすることなく頭を下げ続けた。間を置いて、呼吸を整えたセレスティアが言う。「・・・・伝えておくわ。夢を見るのは終わったのだと」セレスティアは一人先に部屋を出ていき、すぐ傍にいた一人のメイドが早歩きでセレスティアの後を追うと、ロゼの隣にいたメイドが焦りながらもロゼの頬に触れた。
「あの、セレスティア様が申し訳ございません!」
「いえ、平気です。・・・腫れちゃってますよね。なんて言い訳しようかな」
「すぐ冷やしましょう。お水をお持ちしますので」
「いいです、大丈夫です。あの、でも・・・・」
立ち上がろうと中腰になったメイドの動きが止まる。ロゼはメイドのスカートの裾を遠慮がちに握っていた。小さく鼻をすすると「私・・・・どうして怒られたんですか?」じわじわと涙が込み上がってくる。頬がヒリヒリして熱を帯び始めた。
「つい、言い返してしまったけど・・・・でも、私、黙ってられなかった。・・・ごめんなさい。怒ってる相手に火をくべてはいけないって、サンジェルさんから教わってたのに」
「聖女様・・・・」
「あの・・・あまり聖女様って言わないでほしいです。自分が一番受け入れきれていないので」
ロゼは目を強くこすり涙を拭った。肩から脱げているワンピースを着なおして前ボタンを留める。メイドは「すみません・・・」と頭を低くしてロゼの髪を整えた。
「普段のセレスティア様はこうではないのです。ですが、聖女の肩書、ディオ様の懇意、セバスチャン様の厚意、それら全てをロゼ様が手にしていたことに憤りを感じたようですね・・・。」
「ど、どういうことですか?」
「セレスティア様は一部では聖女様と噂されているのですよ。妖精のように美しい容姿に加え、公務で訪れた施設ではセレスティア様を一目見ただけで元気になった者が多数いるそうで、いつの間にかそのような話が広まりました」
「聖女様・・・なのですか?」
「真相はわかりません。あくまで噂ですし何をもって聖女だと認定するのか・・。ロゼ様のように、誰もが治せなかったセバスチャン様の病を治すことができれば話は別ですが、セレスティア様ではセバスチャン様の病は治せませんでした。・・・それも悔しかったのかもしれません」
メイドはロゼの頬にそっと触れ「冷やしましょう」と優しく告げる。眉を垂らし目を細め申し訳なさそうにするメイドにロゼは首を振った。
「メイドさんまで私に優しくしてるのを王女様が見てしまったらまた怒ってしまうかもしれないです」
「ですが」
「すごかったですね。怖さはなかったけど勢いはすごかったです。ムキー!!って」
過剰なモノマネでセレスティアの怒った様子を再現する。両手の拳を強く握りしめ地団駄を踏むように腕と身体を上下に振るとメイドは小さく吹き出した。「おやめください。本当に怒られますよ」笑っていいのかわからないといった顔で肩を小刻みに揺らすメイドがロゼを止める。
「私、奪っちゃったんですかね?色んなもの」
「それは・・・。」
「視点を変えれば私が奪ったように見えてしまうのかもしれない。私は、ガナッシュさんやセバスチャンさんと仲良くできて嬉しかったけど、王女様からしてみると嫌だったのかな。私、王女様みたいに綺麗じゃないし、子供っぽいし、アホだし」
「そ、そんなにご自身を卑下なさらないでください!セレスティア様とは育ちが違うのですから当然のことです!・・・て、アホっていうのを認めてるわけではなくて!!」
メイドが慌てて訂正する。えーっと、あーっと、宙を見上げながら言葉を探すメイドに「いいんですよ。慰めてくれてありがとうございます」ロゼは笑った。
「私は大丈夫です。王女様には嫌われちゃったかもしれないけど、部屋に戻れば優しいお父さんみたいな人と、喧しくて気を逸らせてくれるワンちゃんがいるので」
「ワンちゃん?ですか?」
「んもう~、うるさいんですよ!好き放題勝手なことばっかり言って!なのに結構的を得ているので反論しにくいんですよ!こっちの反応楽しんでヒートアップするからガナッシュさんが言い返してやらないと・・・」
不自然にロゼの言葉が途中で止まった。「・・・・ロゼ様?」メイドが不思議そうにロゼの顔を見る。ロゼはゆっくりメイドと目を合わせると言葉よりも先に、目に熱いものがこみ上げ視界が滲む。零れそうになって息を止めた。ロゼは両手で口を覆う。
「・・・・どうしよう。・・・・嫌だな。あんな人がガナッシュさんの結婚相手だなんて・・・、セバスチャンさんのお姉さんだなんて・・・。もっと・・・もっと、優しい人がよかったな」
ものすごく勝手なことを言っているのは自分でもわかっている。どうしようもないことだということもわかっている。他人に自分の理想を押し付けるのは我儘だ。自分の思い通りにならないことに腹を立てるのはさっきのセレスティアと一緒だ。邪念を振り払うようにロゼは乱暴に頭を横に振った。「・・・・ごめんなさい」謝るとメイドは優しい顔で小さく首を横に振る。
「あのような乱暴をされたのです。そう思われても仕方がありません。ロゼ様にとって・・・ディオ様、そしてセバスチャン様は大事な方のはずですから。・・・私はセレスティア様に十年ほど仕えておりますが、セレスティア様も悪い人ではないのです。どうしてもたった一人の王女様として甘やかされた部分はありますが、王妃殿下が早くで亡くなられたこともあり、母のように振舞おうと必死で背伸びしていたセレスティア様は、努力を怠らず、品位を欠かさず、常に気高く、そういった意識のなか自分自身を追い詰めることも多くありました。自分のあるべき理想を高く掲げていらっしゃる方なので、ロゼ様のいう優しい人とは違うかもしれませんが決して悪い人ではありません」
「す・・すみません。この国の王女様なのに・・・私」
「いいのです。私がなんと言おうと、ロゼ様が受けた傷は深い。先ほど起こった出来事は全て“事実”なのですから」
メイドがポケットからハンカチを取り出しロゼの頬に当てた。「薄っすらと血が滲んできました。爪で引っかかれてしまったのですね。・・・・このような姿、ディオ様に見られたらなんと言われるか」メイドは目を細めて俯く。ロゼはメイドの手と一緒に当てられていたハンカチを頬から離し「絶対に内緒にしてください。ガナッシュさんは・・・喧嘩は嫌いって言ってましたから」自分の服の袖を頬に当てる。既にハンカチに付いた血は袖に付くことはなかった。
「あの・・・先ほどから気になってるのですが、ガナッシュさんってディオ様のことですか?」
「え?・・・あ、そうです。商人をやっていたときの名前です。とっても美味しそうな名前だと思いませんか?」
「お、美味しそう・・・?」
「ガナッシュさんは、甘くて美味しくて人を幸せにする、そんな人です」
ロゼは昨夜食べたトリュフの味を思い出す。緊張の中で食べた甘いお菓子は、口のなかで溶けるのと同じように身体も蕩けさせてくれる。緊張が和らいで自然と笑顔になる。口にすると幸せな気分になる。それは自分にとってのガナッシュと同じだった。ガナッシュを想うだけで自然と顔が綻ぶ。口角が上がってしまう。頬に熱を持つ。そして、ガナッシュも同じように笑ってくれたらと願う。あの人は、のろまでなく穏やかなのだ。自分に厳しく他人に甘いのだ。だから、抱え込みすぎないように時には甘えさせてあげないといけないのだ。
「・・・・ロゼ様?気を付けてくださいね?」
「え?何がですか?」
「これ以上、ディオ様やセバスチャン様に気に入られてしまっては、セレスティア様が更にムキー!!ってなりますから」
メイドはロゼの過剰なモノマネを止めたのに今度は自らロゼの真似をする。「それ、私の真似ですか?絶対に私の方が上手ですよ。ムキー!!キーッ!!って」過熱しだしたロゼのモノマネをメイドは慌てて止めた。「見られたら大変なことになりますから!!」けれどメイドは楽しそうに笑っていた。




