21.義兄弟の絆
この際、満喫してしまおうとロゼは開き直った。
晩餐会は主賓らしい自分を差し置いて盛り上がっており、ロゼはセバスチャンと一緒に身体の小ささと身軽さを活かして色んな食べ物をつまみ食いしていた。絶対に怒られる行為なはずなのにセバスチャンを見る周りの目は温かくて、きっとずっと臥せっていたセバスチャンがはしゃいでいることを微笑ましく見ていたのだろう。でなければ、おかしい。
そして一夜明けた現在。部屋に運ばれた食べきれないほどの朝食を食べ終えると「これって本当にもてなされてるの?軟禁じゃない?」城を後にすることを許されなかったロゼたちはそのまま客室に泊まった。
「褒美とかいらんのだけどな」
「え?褒美は欲しいでしょ」
「いらんだろ。勝手に持ち上げられて恐怖を感じてるんだ、こっちは」
「ええ~?貰えるものは貰っておこうよ。そんで売る」
「あほか!国王から賜ったものを売れるか!!」
フラミンゴはビーグルの頭上に拳骨を落とす。「いだっ!」痛さから涙目になったビーグルを見て「そういえば、ビーグルさん前髪切ったんですね」今更ながらロゼが声をかける。
「おっさんに無理やり切られた」
「不気味なんだよ。店でも変な目で見られるし。こいつと一緒にいるだけで俺も怪しい客扱いだ」
「そっちの方がいいですよ。やっぱり目が隠れてるのって嫌な感じしますもん」
「みたいだね~。まぁ、目を隠してたのは仕事柄っていうか、俺、すぐ嘘バレるからそれを隠すためってのもあって。だけど俺はもうBじゃないからいいんだ~」
「・・・・お前の嘘がバレるのは目じゃなくて口の方だと思うがな」
ふう、とフラミンゴは椅子に深く腰掛けた。「しっかし、どう取り扱う気なのかね。国王様は」寝足りないのか、それとも緊張からの疲れが取れないのかフラミンゴは瞼を下ろしゆらゆらと身体を揺らす。
「どういうこと?」
「すぐさま帰してくれねぇとこを見ると、ロゼの処遇を考えてるんだろうよ」
「ロゼちゃんの処遇?」
「詳しいことはわからんが、ロゼの作った薬がセバスチャン殿下とガナッシュの難病を治癒したのが本当だとするとボワイア、そしてネラルクはロゼを聖女だと認定している。つーことは?わかるだろ」
「手に入れたいってこと?」
「単純に考えればな」
「でもさ~、あの態度、全然ロゼちゃんを大事にしてなかったよ。あのちっこい王子がずっと一緒にいただけで他の人たち見向きもしてなかったもん」
「ちっこい王子言うな。口が滑っても俺たち以外の前で絶対に言うな」
下ろしていた瞼を上げてフラミンゴはビーグルを睨む。ビーグルは気にせぬ素振りで口笛をひゅ~と吹いた。
「しっかし、驚いたな。あの街道で出会ったときとはまるで別人だよ、セバスチャン殿下。ガナッシュもそうだけど、王族も貴族も肩書さえなければあんななのかね?」
「ガナッシュ君、別人だよね。カッコイイを通り越して怖いもん」
「そういえばロゼはガナッシュと少しでも話ができたか?」
フラミンゴはロゼに視線を送る。ロゼは首を左右に振った。「セバスチャンさんはずっとタイミングを計ってたみたいだけど、王女様がずっと一緒にいたから無理だって」ロゼに昨日のような表情の暗さはない。フラミンゴは安心したように目を垂らすと「セバスチャン殿下とは仲良くできたか?」笑みを携えてロゼに訊ねる。
「うん。セバスチャンさん、いいひとだった」
「そうか。ガナッシュが会わせたがったのはそういうとこだったのかもな」
「雰囲気が少しガナッシュさんに似てるの」
「あのちっこい王子?」
「ちっこい言うなって。歳いくつだったかな・・・。十歳はいってないはずだから八つ、九つくらいだったか?」
「うっへぇ~、子供じゃん!」
「お前の方がよっぽど子供だわ」
たまらずフラミンゴは席を立ち、手と足を投げ出して座っているビーグルの手足を叩いた。「んも~、部屋に似合わないからって叩かないでよ~。どこでもくつろげるのが特技なのに~」その言葉に今度はビーグルの頭を叩く。「いて」とビーグルが舌を出した。
コンコンとノック音がする。「はい」フラミンゴが返事すると開かれた扉の向こうに執事長とセバスチャンがいた。フラミンゴとロゼは慌てて席を立つ。「ん~?」全く気後れしないビーグルはもうほったらかしだった。
「ずっとお部屋に籠りっぱなしは退屈でしょうから、すこし城でも見学しませんか?」
執事長が訊ねる。フラミンゴは目を泳がして「いや・・・、さすがに、お手間とらせるわけには」と濁したが、執事長の後ろでセバスチャンはロゼに手招きをした。
「あ・・っと、ロゼ、行って来たらどうだ?」
「え?フラミンゴさんたちは?」
「俺は、あの躾のなってない犬を連れて回れないんでな。ここに残るよ」
フラミンゴはロゼの背中を押し、半ば強制的に部屋から出した。部屋を追い出されたロゼは執事長とセバスチャンを交互に見て「僕が案内します。見たいところはありますか?」セバスチャンがロゼに向かってにっこり微笑む。執事長は何も言わすスッとセバスチャンから離れた。
「見たいところ、ですか?」
「はい。僕が行ける範囲でしたらどこでもいいですよ」
「セバスチャン様でも行けないところがあるんですか?」
「ありますよ。訓練場に会議室。父の私室なども行けません」
「お父様のお部屋も行けないんですか!?」
「はい。家族といえどもルールがありますので」
セバスチャンはまた真っ白く眩い手袋を嵌めた手を差し出す。昨日はなんとも思わなかったけど、こんなに容易く手を繋いでいいものかとロゼは手を出さない。
「あ、嫌がってます?」
「え!?そういうわけではないですけど」
「ならよかったです。僕、エスコートとかも殆どしたことないので失礼だったのかなと」
「セバスチャン様はおいくつのときに病気を患われたんですか?」
「記憶にありません・・・。最初はただ気管支が弱いだけだということで普通に生活していましたが、段々と咳も酷くなり呼吸も・・・」
話すことをやめたセバスチャンにマズいことを聞いてしまったのかとロゼは冷や汗をかく。「あの、つらいお話をさせてすみません」と頭を下げると「いえ、違うんですよ。長くなりそうだと思って。・・・庭に出ませんか?今なら見頃かもしれません」セバスチャンは強引にロゼの手を取って、これは所謂エスコートではないのだろうと思ったけれどされるがまま抵抗はしなかった。
手を引かれて外に出ると庭一面に赤と白が入り混じったアネモネが咲き誇っていた。「うわぁ・・・、すごい」つい感嘆の声が漏れる。数百本咲いている花の数、赤と白の綺麗なコントラスト、花だけで飽きさせない造形のツリー、目の前に広がる世界はまるで地上の楽園のようで瞬きすら忘れてしまう。
「・・・・・・・あ!」
「どうかしましたか?」
「ごめんなさい!見入ってしまって」
花畑に夢中で足を止めていた。「いいんですよ。せっかくですからテラスに行きましょう」セバスチャンはまたロゼの手を引く。なんだろう、目に映るもの全てが御伽噺のようだなと頭が混乱しだす。花で埋め尽くされた庭、佇むテラス、手を引くのは王子様。誰かの夢でも見ているんじゃないかと思えてきた。
「どうぞ、おかけになってください」
「あ・・・ありがとうございます」
「本当は茶菓子などを用意したかったのですが、侍従をつけるのを断ったのです。すみません」
「じじゅう?」
「身の回りの世話をする者ですよ。えっと、メイドといえばわかりますか?」
「メイドさん!知ってます!」
「ははっ、そうですか。そのメイドさんにいつも付きまとわれるんですよ。今日は外すようにしてもらいました」
「なので、すみません」セバスチャンが微笑みかける。何に謝られているのかわからないロゼは小首を傾げた。「せっかくの歓談にお茶も出さない無礼な者ですから、僕は」情けなく眉を垂らすセバスチャンに「私は貴族じゃないので、そういうのはいらないんです。昨夜と反対ですね」晩餐会で貴族の作法などを微塵も知らないロゼを気遣って楽にさせていたセバスチャン。「なので、セバスチャン様は無礼な人なんかじゃありませんよ。寧ろ王子様の中の王子様です」本物の王子様相手に何言ってるんだと思ったがセバスチャンは口を開けて笑った。
「そう言っていただけて光栄です。ありがとうございます」
「私なんかに気遣うなんてもったいないですよ。私はいつも酒場でよっぱらいおじさんの相手してますからギャップがすごすぎます」
「酒場にお勤めなのですか?」
「はい。とっても楽しいですよ。私、お客さんの話を聞くのが好きなんです。嘘のような話もいっぱいありますけど、嘘とか本当とかはどちらでもよくてみんなでワイワイ楽しくやれるのが嬉しいんです」
「へえ、素敵ですね」
「素敵・・・・ですかね?お酒のにおいが充満してて薄暗い鄙びたお店ですよ。このお庭の方がよっぽど素敵です」
「そんなことありません。見栄えがいいものだけが素敵なものとは限りませんよ。それに景色だけでなく人情による部分も大きいと思います。そのお店にはロゼさんがいらっしゃるから、きっと訪れる人たちも楽しめるんでしょうね」
「それ、たまに言われます。酒場に若い娘は珍しいからなって」
「そういう意味じゃないですよ」
はははっ、とまたセバスチャンは口を開けて笑う。昨夜の晩餐会では声を上げずに上品に笑っていたのが印象的だったので少し不思議な気分になる。「ロゼさんって面白いですね」面白いことは何一つ言っていないはずなのにセバスチャンは未だに笑っている。「話がしやすいといいますか、ついつい気が緩んでしまいます」わざとなのか本当に気が緩んだのかセバスチャンは浅く腰掛ける程度だった椅子に深く座りなおして背もたれに背中を預ける。
「ロゼさんも楽にしてください。ここへは誰も来ませんから」
「え?こんなに綺麗な場所なのにですか?」
「綺麗だから尚更・・・なんでしょうね。ここは亡くなった母のために造った庭園のようです」」
セバスチャンはまるで他人事のように呟く。思い返せば謁見の時にドレスを着た女性は一人だけだった。あれは王女様なのだろうと思ったのは確かだが、王妃様の存在がなかったことに今更気づく。
「お母様は・・・お亡くなりに?」
「はい。産後の肥立ちが悪く僕を生んで半年と経たずに亡くなりました。ずっと部屋の窓から外を眺めることしかできなかった母を少しでも楽しませようとしたようですね」
「そう、でしたか」
「もちろん僕に母の記憶はありませんし、そもそも王侯貴族は乳母に育てられるので母がいなくても淋しいと思ったことはありません。ですが、父はもちろん、兄や姉はそうではないみたいです。母との思い出が沢山あるんでしょうね」
「思い出すのがつらくて・・・ここへは来ないんですね」
セバスチャンは小さく頷く。「もったいないですよね。・・・・なんて母の記憶がない僕が家族の前では言えませんが」背中が少し丸まっているセバスチャンが取り繕った笑顔をロゼに向ける。「でも、今でもお花の管理を続けているってことは思い出を残しておきたいんでしょうね。きっと大事な思い出なんですよ」ロゼはあえてセバスチャンを見ずアネモネの花畑に視線を移す。
「私も本当の両親は知りません」
「え?」
「親代わりの人はいるんですけど、元々はおばあちゃんと山で暮らしていました。それが当たり前でしたから父親、母親っていうのすらわからなかったんですよね」
「そう・・なんですね」
「けど、引き取られてからしばらくして近所の人に聞かれたことがあったんです。本当のお父さんとお母さんはどうしたの?って。そしたらサンジェルさん・・・あ、引き取ってくれた父親代わりの人なんですけど、その人が、ロゼはバラの花から生まれてきたんだって言ったんです。なにそれー?って笑ったんですけど、おばあちゃんがそう言ってたって言い続けるんですよ。後で知ったんですけど、そんな御伽噺があるそうですね。それにかけたみたいです」
「おやゆび姫ですね」
花畑に視線をやっていたロゼがセバスチャンに振り向く。そして嬉しそうに笑った。
「酒場に集まる人たちはみんなそんな夢のような話ばかりする人たちでした。そしたら事実ってどうでもよくなっちゃうんです。血の繋がりがあるとかないとか、孤児の理由とか。だってお店に来る人たちは他人に深く干渉しない上辺だけの関係のように見えて、一人が思い出を語れば共感したり慰めたり笑い飛ばしたりして、みんなそれぞれ抱えているものは違うのになぜか分かり合った気になっちゃうんです。相手の名前も知らなかったりするのに、いつの間にか兄貴~とか、よ~兄弟とか呼び出しちゃって。変なの。でも、そんな心の繋がりっていいですよね」
「ロゼさん・・・・。」
「セバスチャンさんもお母様の記憶がないから家族と分かり合えないなんてことないはずです。人の考え方はそれぞれですから、たとえ同じものを持っていたとしても同じ気持ちになれるわけじゃありません。同じものを持たなくたって理解しあえることもあります。家族が持っているお母様の記憶をセバスチャンさんが持っていなかったとしても、きっとこのお庭を通じて重なる想いがあると思います」
「だからセバスチャンさんが誘ったら、皆さん来てくれると・・・・」口を開けたままロゼは止まった。セバスチャンも目を見開き「どうかしましたか?」と訊ねる。「あ・・・・つい。さま、様」セバスチャンを様で呼ぶことをすっかり忘れてしまっていることに気づき口をパクパクさせる。しかもどうでもいい昔話までしていた。自分が花から生まれたとかいうデタラメな話を、本物の王子様の前で恥ずかしげもなくした自分が今、猛烈に恥ずかしい。急にかああっと顔の温度が上がる。
「すすすすみません!あれ?なんでこんな話」
「・・・・・ロゼさん」
「ごめんなさい!口が勝手に」
「ロゼさん」
「はははい!?」
「ありがとうございます」
セバスチャンは目に薄っすら涙を浮かべながら微笑んだ。「僕は・・・今、とても嬉しいです。あなたが・・・あなたとこうやって心を通わせられることが」顔を逸らすように俯くと軽く目をこすった。
「ロゼさんがディオにとって、どれだけ大切な方なのかよくわかりました。・・・ディオの閉ざされた心に寄り添ってくれたのはロゼさんだったのでしょうね」
「え?・・・・え?」
「ディオから薬をもらってすぐに手紙を一筆書いてくれと宿泊先の叔母の家に乗り込んできたときは驚きました。あんなに必死な顔を見たのは初めてだったので」
「ガナッシュさん・・・ですか?」
「ディオは・・・全くといっていいほど自分の感情を出さないんです。全て押し殺して、何事にも従順に、自分のことには無頓着で」
「そう・・・・ですか?」
今までのガナッシュを思い出してみる。初めて会ったときは確かに無表情で、差し出されたテキーラと睨めっこしていた。でも、それからは気が緩み、それがお酒の力なのか単に人に慣れたのかはよくわからなかった。「感情を出さないって・・・よくわからないです。フラミンゴさんにはよく注意されてますし、私のこともからかってばかりで」わざとだったのかもしれないが調子のいいことばかり言っていた気がする。
「ロゼさんの前では違うのでしょうね。いえ・・・、僕が知ってるのはディオであって、ロゼさんが知っているのはガナッシュなんですよ」
顔を上げたセバスチャンに涙の膜は無くなっていた。「ロゼさんの知るガナッシュってどういった人ですか?」ふんわりと表情を緩ませたセバスチャンが微笑みながら訊ねる。「え?ガナッシュさんは、お酒が苦手で、甘いものが好きで、しっかりしてるように見えて甘えたで、フラミンゴさんに懐いてて。・・・あ、でも、自分のことより私たちのことばかり優先するところがあります。優しすぎるので、私、勘違いを・・・・。」言いかけてハッとする。セバスチャンが穏やかに自分の話を聞いてくれるせいでさっきからペラペラと余計なことを話しすぎだ。「勘違い?」セバスチャンが優しく聞き返す。「あ、いえ、私、ガナッシュさんに甘えっぱなしだったので、よくなかったなと・・・思いまして」セバスチャンの視線を遮るように頭を搔いて顔を隠した。
「ディオは嬉しかったと思いますよ。ロゼさんに甘えられること」
「うう・・・ん」
「僕の知ってる人とは少し違いますね。感情を出さない彼が甘えただなんて信じられない」
ロゼは思わず口を両手で覆った。もしかしたら言ってはいけないことだったのかもしれない。そんな様子を見てセバスチャンはくすくす笑う。
「僕の知るディオは、真面目で大人しくて頭がよくて、だけどそれを全然ひけらかさず黙って言うことを聞く人形のような人でした。今思えば、それは同盟国である僕たち王族に気を遣っていたからだとわかるのですが、幼い僕はそれがわからず怖い人だなと思ってたんです。・・・けど、僕の病気が発覚してから優しくしてくれたのはディオでした」
「ガナッシュさん?」
「はい。母が僕を生んで亡くなっているので僕自身も身体が弱いのだろうと最初は誰も僕の体調を気に留めませんでした。ですが、どんどん悪化していくと、これはディオが昔患った難病なんじゃないかと僕は部屋に隔離されました」
「どうしてそこまで・・・。」
「母に続き僕が体調を崩したので家族は伝染するのを恐れたのでしょうね。呪い、のような禍々しいものと捉えていたのかもしれません」
「で、でも薬を探してたって聞きました」
「探していたかもしれません。けど、扱いなんてこんなもんです。結局、自分が可愛いんですよ」
セバスチャンは表情を変えない。悲しむ素振りも怒りを滲ませることもない。まるで他人の話のように淡々と告げる。
「けどディオは違いました。自分も罹ったことがあるから大丈夫なはずと言って、よく僕に会いに来てくれたんです。いつもボワイアに来る途中で買ったというセンスのない帽子とか靴とか鞄などを手土産に。どうしていつもセンスのないものばかり買うの?と訊ねれば、誰かが買ってやらないと可哀相だろう?って言うんです。じゃあ、それを着させられる僕は?って言うと、セバスチャンは部屋から出ないから誰にも見られない、だから大丈夫って言うんです。いい加減すぎて僕、もう笑っちゃって」
その当時を思い出しながら笑うセバスチャンは頬を赤らめる。「僕の気持ちまるで無視ですよ。売れ残りが可哀相なら自分が着ればいいのに」拗ねた子供のように口を尖らせても顔が笑っているので、ちっとも不満があるようには見えない。
「僕の病気は母が淋しがっているから僕を連れていこうとしているのだと言う者がいました。もしそうなら早く母の元へいってあげたいなと思ってたんですけど、ディオは言いました。自分は聖女様を探しに旅に出るけどセバスチャンはどこか行きたいとこないの?って。また変なこと言ってるなって思ったんですけど、僕が思ってる以上にディオが真剣だったので、僕も一緒に聖女様を探したいと言いました。けど、当たり前ですが置いていかれました」
「自分が聞いといてですか?」
「そうですよ。人の気持ちを弄んで酷いなあと思いましたが、なんとなくディオは僕を置いていったのではなく、先に行って待ってるのかなって思ったんです。そうしたら猛烈に外に出たくなって、咳も酷いし息苦しいし血を吐くこともあったけど自分の力で奇跡を引き寄せたかったんですよね。
僕は死を覚悟していた部分もあったので最後にせめて好きにさせてほしいと申し出て外を出回ったのです。そうしたらディオに会えました。ディオはある薬を持っていました。それを飲んだ僕はあれだけ苦しかった症状から解放されました。・・・全ての苦しみから解放されました。そして止め処なく涙が出てきました。その涙は生にしがみついた僕のみっともなさです。淋しがってる母より自分の生を喜んだ罪悪感です」
セバスチャンが少し腰を浮かしロゼに近づく。そして小さく頭を下げた。「けど、今こうやって僕を救ってくれたロゼさんに出会えてその罪悪感は薄れました。聖女様がいた喜びというより、僕の命は聖女様に導かれたのだから生きてもいいのだと自分を許すことができたのです」セバスチャンはロゼの両手を取った。小さく震えている。
「ありがとうロゼさん、僕はあなたに会いたかった。そしてディオの傍にいてくれて、ありがとう。ディオはきっと僕と同じようにあなたに救われている。あなたの存在は僕たちが憧れていたもの、そのものです」
「・・・・私はなにも」
「いいえ、直接的になにかしたわけでなくても巡り巡って僕たちはあなたに救われているんです。それが聖女様の奇跡ですよ」
「あなたが聖女様でよかった」セバスチャンが手に力を入れぎゅっと握る。真っ直ぐに見つめるセバスチャンからロゼは俯いて顔を逸らす。そんな潤んだ瞳で嬉しそうな顔をされると恥ずかしくてたまらない。暫く俯いていると「ふっ」ロゼは小さく笑ってしまった。笑われたことでセバスチャンは「え?」と小さく口を開く。
「セバスチャンさんとガナッシュさんって似てますね」
「え?そうですか?」
「考え方が似てるんですかね?おんなじようなことガナッシュさんにも言われましたよ。それを思い出しておかしくなっちゃいました」
「うーん、僕がディオに影響受けてるってことですかね。ちょっと悔しいなあ」
「セバスチャンさんの方がしっかりしてますもんね」
セバスチャンより一回りは年上であろうガナッシュに失礼な発言を二人で笑う。「・・・きっと影響を受けているのはディオもなんでしょうね。ロゼさんたちに」ロゼはハッと口を開けた。「悪影響だったらどうしよう。フラミンゴさんたちに毎回お酒で潰されてましたし、いい加減なことも沢山」口を開けたまま顔を青くしたロゼをセバスチャンは微笑みながら首を振る。「違いますよ。そうではなくて。うーん、ディオが帰りたがらない理由がわかるなぁ」セバスチャンはロゼの手を離さず握ったまま。
「こんなこと僕が言える立場ではないですが、どうかディオを許してください。この結婚はディオが望んだものではありません。政治的に利用されてるだけなんです」
「・・・・え?」
「僕たちは共依存の関係。互いに依存を強めることで関係を強化しようとしている歪んだ関係です。ディオはそこに巻き込まれているだけ。この結婚はこちら側が無理やり押し付けたもの。貿易国としてどんどん大きくなるネラルク大公国を不安視した父や兄が行ったものなんです」
「無理やり・・・?」
「いずれはそうなるだろうとディオは覚悟していたと思いますが、まさかこんな急に話を進めるなんて・・・。姉は昔からディオを慕っていましたがディオの心は」
顔を俯かせたセバスチャンだが手の力は強くなった。ロゼは自分よりも小さい手をぎゅっと握り返すと顔を上げたセバスチャンに笑いかける。
「二人は本当の兄弟のようですね」
「え?」
「いつも互いを思いやって、励ましあって、助け合う。素敵な関係です。歪んでなんかいませんよ」
ロゼは更に手の力を強める。「私に難しいことはわかりません。けど、なにかあったら私にも協力させてくださいね。きっとそのためにガナッシュさんは私をセバスチャンさんに会わせたがったのだと思いますから。知ってますか?酒場では一度でも一緒にお酒を飲んだら友達なんですよ」握っていた手を今度はゆらゆらと揺らす。「お酒は飲んでませんけどね。でも私たちはガナッシュさんを通じたお友達ですからね」王子様を勝手にお友達認定するなんてなんて無礼者だろうと思ったが、悲しそうな顔をするセバスチャンに少しでも笑ってほしくてロゼはお道化て見せた。セバスチャンは小さく「はい、嬉しいです」と微笑みながら頷く。
「・・・・・ここで僕がロゼさんにアネモネの花を贈ったら、ディオは怒るんだろうな」
手の甲をさするように握っていた手をゆっくり離し、セバスチャンは大きく息を吐いた。




