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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第三章 避けられない政略結婚
20/87

20.ボワイア国の歓迎


ロゼは一人ぽつんと豪華絢爛な部屋に用意されていた椅子に座っていた。内装から調度品に至るまでロココ様式のもので取り揃えてあり、踏むことも躊躇うほど美しく柔らかい絨毯の上にロゼは足を浮かせている。踏んでいいものではない。足をつけてはならない。下っ腹に力を入れて足を浮かせているロゼは小さく震えている。

ガチャと重厚なドアノブの音が聞こえると勢いよくロゼは振り返る。同じように緊張した面持ちのフラミンゴと何故か前髪が短くなって目がはっきり見えるようになったビーグルが物珍しそうに辺りをキョロキョロ見回していた。


「フラミンゴさん~・・・やっと来たぁ~・・・」

「おうおう、どうした、そんな情けない顔して。ガナッシュは?」

「ガナッシュさんは・・・王女様に連れられてどっか行っちゃった」

「王女様?」

「待ち合わせ場所には何故か王女様が来て・・・それから兵隊さんに」


ロゼは行儀が悪いと思いつつも椅子の上で膝を抱えた。膝に顔を埋める。「怖かった・・・なんかよくわからないけど、怖かった。ライフル持った兵隊さんに囲まれて」声を震わすとフラミンゴがロゼに駆け寄り「何かされたのか!?」と声を荒げる。


「ううん、すぐガナッシュさんが止めてくれたけど・・・何が起こったのかわからなくて、怖かった」

「そうか、そうか。急に一人こんな異次元みたいなところ連れてこさせられて怖かったよな」


フラミンゴはロゼの頭を慰めるように撫でる。「なんか物々しかったよね~。拘束されてないだけで強制連行だもん」ビーグルはロゼの横に座って足を投げ出した。「ロココが最も似合わん奴だな」フラミンゴが投げ出されているビーグルの足を叩く。だらしなく座るのは変わらないがビーグルは気持ち足を引っ込めた。


「私たちどうしてお城に連れてこられたのかな」

「ロゼはセバスチャン殿下に会うためだろ?俺たちゃなんでか知らんが」

「そんな雰囲気じゃなかった。ガナッシュさんも驚いてたし、それに・・・。」


ロゼが口籠る。「それに?」陽気な声でビーグルが訊ねた。ロゼはまた膝に顔を埋めると「・・・・王女様の結婚相手、ガナッシュさんなんだって」震えそうになる声を抑えようにも抑えられなかった。


「は?うそ!?なにそれ!?」

「・・・本当か?ロゼ」

「王女様が言ってた。ずっと待ってたって」

「はあ!?ガナッシュ君、王女様という人がありながらロゼちゃん口説いてたっての!?許せない!!」

「いや・・・話の順番がおかしくないか?なんで本人不在のまま結婚の話が国中に広まってんだよ。ガナッシュは三年間修業の旅に出るって国を出てたんだぞ?それにアイツ、昨日はそんな話一つも・・・。」

「本人が知らぬ存ぜぬで急に結婚ってあり得る~!?婚約くらいはしてたんじゃないの?それがいつまでたっても帰ってこないから王女様が痺れ切らしてさ!」

「いや、だから、本人不在で先に発表なんて・・・。」


話の途中で急にコンコンとノック音が部屋に響きフラミンゴとビーグルは大きく肩を跳ねさせた。「は・・・はい?」上ずった声でフラミンゴが返事すると入ってきたのは黒いタキシードを身にまとった白髪の老齢男性だった。深くお辞儀をした後「お待たせし申し訳ございませんでした。謁見の準備が整いましたので皆さまをお連れ致します」落ち着いた声で告げる。


「謁見・・・ですか?」

「はい、セバスチャン殿下をお救いしたという聖女様と面会したいと陛下が申しております」

「聖女って・・・。」


フラミンゴは行儀悪く椅子の上で膝を抱えているロゼを見た。色々な出来事が一気に起きて頭が混乱しているロゼの目には力がない。ロゼは力を宿さない目でフラミンゴを見ると「私・・・聖女様じゃない」そっぽを向いた。


「あの・・・。」

「あ、申し訳ありません。・・・ロゼ、とりあえず行くぞ。謁見を済ませたら帰れるんだから、ちゃちゃっと済ませて帰ろう」


困った顔をしている執事長らしき人にフラミンゴは謝りながらロゼの身体を揺する。「俺も謁見なんてもんは初めてだからどうしたらいいのかわからんが、はいはい言っときゃなんとかなるだろう」ロゼに喝を入れるように肩をバンバンと叩いた。フラミンゴに顔を向けたロゼは「会えば・・・終わり?」小さく訊ねる。「ああ。・・・・終わったらちょっと観光して帰ろうな」フラミンゴに手を引かれ席を立った。


早く終わりたいような、まだ終わりたくないような。


どうしてだろう。絵本の中でしか知らなかったお城に来ているのに。一生に一度の体験なはずなのに。全然、胸が躍らない。

自分を外に連れ出してくれたガナッシュがいない。いつも隣にいてくれて、優しくしてくれて、助けてくれていたガナッシュの存在がない。

こんな形で終わっていいのだろうか。これが自分の・・・ガナッシュの望んだことなのだろうか。


「ロゼちゃん、さっきはごめんね。俺、無神経なこと言った」

「え・・・?」

「言うべき相手間違えた。あれはガナッシュ君に直接問うべきなのに、俺思わず口に出ちゃった。だから、ごめんね」


執事長に連れられて長い廊下を歩いているところでビーグルがロゼの顔を覗き込んだ。ロゼは首を横に振る。「私の思いあがりなんです。ビーグルさんに以前言われたとおり、ガナッシュさんは私に優しくしてくれていただけ。私が勝手に好きなだけだから、ビーグルさんもガナッシュさんのこと怒らないでください」直接ビーグルの顔を見れなかったが、よくそれらしい言葉を並べて言えたなとホッとする。本当は頭が真っ白でふわふわしていて考えがまとまらない。意識はどこか遠くにあった。「・・・健気だな、ロゼちゃん。俺だったら絶対に手放さないよ。・・・いや、ガナッシュ君の執着もそこにあるのかな」ビーグルの手の甲が手に当たる。けれど、ビーグルは手を出してはこなかった。


**


謁見の間というところの扉の前でロゼたちは兵士に前後左右囲まれた。今度はライフルではなく柄の長い槍を突き立て少しでもおかしな動きをすればあっさり捕らえられるのだと想像するのは容易かった。

ゴゴンとまるでいかりを上げるような重厚な物音がすると背後にいる兵士に押されるように前を歩く。視界は兵士の後ろ姿しか映らなく、謁見の間がさっきの部屋以上に豪勢なのかどうかもわからずにいた。


「よい、下がれ」


(おごそ)かな声がすると目の前にいた兵士が左右に分かれ目の前が広がる。真っ赤な絨毯の先、階段を上がったところの玉座には宝石がちりばめられている王冠を被った人物が座っている。距離が遠いので顔がよく見えない。階段の下には正礼服に身を包んだ人たちが左右に並ぶ中、たった一人ドレスを身にまとった女性がいる。街中で会った王女様だろう。どちらにせよ顔は見えない。


其方(そなた)か?我が息子、セバスチャンの難病を治す薬を精製したという者は」


ロゼが無反応の中、フラミンゴが無理やりロゼの頭を下げさせた。


「まずは礼を言おう。其方の働きに感謝する。して、褒美をやりたいのだが急な来訪に何の準備もできておらぬ。暫しの猶予をもらえないだろうか」


陛下のまさかの申出にフラミンゴは身を固めた。何も言葉が出てこない。「ねえ、返事しなくていいの?」ビーグルがフラミンゴに声をかけるがフラミンゴは黙ったままだ。すると階段下に並んでいた一人の男性が列を抜けて国王陛下の前に膝をつく。


「おお、ディオよ。お主から説明してもらえんだろうか。どうにも萎縮してしまっておるらしい」

「承知致しました」


深い紺色の礼服を身にまとった男性が近づいてくる。長身であることも髪の色もガナッシュなのに、後ろに掻き上げられ固められた髪、何の感情も乗ってない無表情、立派に装飾されている礼服の姿からはガナッシュだと断言するには難しい。まるで別人だ。


「陛下は皆さんをもてなしたいそうです。どうかお付き合い願えませんでしょうか」

「これ・・・断れるのか?」

「・・・・・・。」

「そりゃ、無理だよな。・・・俺たちにできることなんか一つもねぇ。ガナッシュよ、お前に全て任せる」

「すみません・・・・。」

「そんな顔するな。俺たちはお前に色々と世話になってきたんだからよ。今度はお前のいいように俺たちを使ってくれ」

「フラミンゴさん・・・・俺は」


「ディオよ」会話を掻き消すように陛下が呼ぶ。ガナッシュはすぐ陛下の元へ戻ると「歓迎をお受けするそうです」と陛下に告げた。「よし、なれば急ぎ晩餐会の準備を始めよ。皆で聖女御一行を丁重にもてなすようにな」そんな陛下の言葉が聞こえると左右に分かれていた兵士たちが戻ってきてまたロゼたちの目の前に立つ。「退室願います」一人の兵士が告げるとロゼたちは後ろを振り返ることもなく後ろ足で謁見の間を退出した。するとロゼたちを囲んでいた兵士たちが扉の前に一列に並んだ。


「では、先ほどの客室にてお待ちください」


また執事長に連れられてロゼたちは最初の部屋に戻された。


**


しばらくしてロゼたちは迎賓館(げいひんかん)に通される。とんでもなく広いホールの端にテーブルがいくつも並べられており、その上には見たことのない食べ物が隙間なくぎっしり並んでいる。ロゼたち以外にも多くの王侯貴族が出席している晩餐会に平民であるロゼたちは相当浮いているのに、誰の目にも留まらず、それどころか見向きもされなかった。


適当に食事を済ませたロゼは生まれて初めて見るシャンデリアに見惚れていた。枝を伸ばすように広がっている金装飾の台座とランプとランプの間にあるクリスタルのような透明な宝石が灯りを反射しキラキラ輝いている。「キレー・・・。」口を半開きにさせてずっと眺めていた。


「シャンデリアが珍しいですか?」


若い声が背後からした。振り返るとそこには自分の胸くらいの身長の少年がいた。エメラルドのように美しい深緑色の大きな瞳に、柔らかく揺れる金髪。真っ白な礼服を幼いながらも着こなしている様はどう考えても一般人なわけがない。


「初めて見ました。とても綺麗で」

「ですが、ずっと上を眺めていては首が痛くなってしまいます。あちらの席でしたら部屋全体が見えますよ」

「え?あ、でも、近くで見たいので」


もう二度と見ることはないかもしれないシャンデリアを細部まで目に焼き付けておきたい。ロゼはまた後ろにひっくり返るほど高い位置に設置されているシャンデリアを見上げた。すると少年がくすくす上品に笑う。


「では椅子をお持ちしましょう。そのまま後ろに倒れかねませんからね」


少年は窓際に並べられている椅子を運ぼうとする。「じ、自分でやります!」ロゼは慌てて少年に駆け寄った。その様子を見てまた少年はくすくす笑う。あまりに笑われるので恥ずかしくなってきた。


「ここでいいのですか?」

「シャンデリアの下では邪魔になっちゃいますから」


結局ロゼは窓際の席に座る。少年はロゼの隣に立っていた。座ると目線が近くなる。まだ幼くて中性的な顔立ちの少年は誰が見ても美少年と認識するだろう。初めてガナッシュと会ったときのことを彷彿させた。


「食事は口に合いませんでしたか?殆ど手につけていないようですが」

「いえ、とても美味しかったです。ただ・・・緊張して」

「そうでしたか。では、甘いものは平気でしょうか?」


少年は見覚えのある紙袋を出し、中からhappy weddingと表記されている細長い箱を取り出した。蓋を開けるとトリュフが五つ並んでいる。ロゼはトリュフの入った箱ではなく差し出している少年の顔を見上げた。


「もしかして・・・。」

「名乗るのが遅くなってしまい申し訳ありません。僕はセバスチャン。セバスチャン・ニヘイアと申します」


トリュフの箱をサイドテーブルの上に置いて、ご丁寧なお辞儀をくれる王子様を目の前に慌ててロゼは立ち上がる。けど、それからどうしたらいいのかわからない。誰かに助けを求めるように辺りを見回すとまた小さな笑い声が聞こえた。


「いいんですよ、ロゼさん。あなたは王族でも貴族でもありません。何も気にしないでください」

「ですが・・・・、それに、名前」

「ディオから伺っております。先ほどは姉が申し訳ありませんでした。どれだけ内密に事を進めようにも、さすがにディオがボワイアに来ていることを周りは黙っていられなかったようです」


「おかけください」セバスチャンはロゼを椅子に座るように促す。ロゼは錆びかけたブリキのおもちゃのようにぎこちない様子で座った。そして自分がセバスチャンの快気祝いにとガナッシュと選んだトリュフを目の前に差し出された。


「どうぞ」

「え、ですが、それは・・・。」

「というよりぜひ食べていただきたいのですよね。外から持ち込まれる食品にはお菓子であろうと口にできなくて・・・。」

「そ、そうですよね!!気が回らなくてすみません!」


王子様という立場であれば、いくらパティスリーで買ったものとはいえ安心して食べられないだろう。しかも街は王女様の結婚で湧いており外箱にはhappy weddingの表記だ。あまりに失礼すぎる。適当にガナッシュが見繕ったとはいえ、あまりに失礼過ぎる。ロゼは慌ててトリュフに手を伸ばし、この無礼な食べ物は自分で処理しようと一気に二つ頬張った。


「わわ、そんなに慌てて食べると喉に詰まらせますよ!」


セバスチャンは給仕にシャンパンを持ってこさせる。酒場で働いていたくせに酒を飲まないでいたロゼだったが、高級であろうシャンパンは飲んでみたくなったので給仕より受け取ったシャンパンをぐびぐびと勢いよく喉に流し込む。そんなロゼの姿を見たセバスチャンは呆気にとられていた。


「・・・・すみません」

「どうして謝るのですか」

「私・・・はしたないことを」

「気にしないでいいと言ったはずです」


どこまでも優しく穏やかな態度でいるセバスチャンにどんどん甘えてしまいそうになる。見るからに自分よりも年下なのに子供らしさはどこにもない。ただでさえ弱っている心に優しさが沁みる。雰囲気がガナッシュに似ているのも相まって気が緩んでしまう。


「あの・・・体調はどうですか?」

「すっかり元気になりました。ロゼさんのおかげです」

「私は・・・なにも」

「ディオにも感謝してます。僕の苦しみを本当の意味で理解してくれていたのはディオだったから。あそこで旅に出たディオに会えたのも、薬を手にすることができたのも全て聖女様のお導きだったと思っております」

「聖女様ってすごいですね・・・。」

「はい、ロゼさんはすごいです」


ロゼはセバスチャンに顔を向け「先ほども言いましたけど、私はなにもしてないです。・・・薬が、たまたま」尻すぼみになる言葉を最後まで聞かずセバスチャンはトリュフに手を伸ばしさっきのロゼのように二つ同時に頬張った。「セバスチャン様!?」さっき食べられないといっていたものを一気に二つも口にしたセバスチャンにロゼは驚きの声を上げる。騒ぐなとでもいうようにセバスチャンはロゼの前に左手を上げ咀嚼を続けるとごっくんと飲み込んでしまった。


「思ったより甘かったですね。でも美味しかった」

「た、食べちゃダメって言ってませんでしたか!?ど、どうしよう・・・!」

「落ち着いてください。何かあってもロゼさんがいるじゃないですか」

「私!?ですか!?」

「ロゼさんが僕を救ったのだという意識がないようなので、逆に食あたりでもなんでもなってしまえばロゼさんは僕をまた助けてくれるでしょう?」


深緑色のまん丸な瞳でセバスチャンはロゼの顔を覗き込む。「証明が欲しいのであれば差し上げます。ですが、僕もディオもあなたが聖女なのだと、いえ、聖女に導かれた存在なのだと信じていますよ」宝石のような瞳はロゼを映しては離れない。ロゼはたまらず目を逸らした。またくすくすとセバスチャンの上品な笑い声が聞こえる。


「ディオはガナッシュという名前で活動していたそうですね。僕、今、ガナッシュを食べちゃいました」

「それは・・・いいんですよ。本人が望んでいましたし、私もオペラケーキ作ってガナッシュさんに食べさせましたし」

「オペラが作れるのですか?すごいですね」

「いえいえ・・・、素人の真似事なので」

「僕は恥ずかしながら、ガナッシュでいるディオに会ったとき気づきませんでした。ペンダントを見せられてようやくです。それほどまでに“ガナッシュ”として生きているディオは生き生きしていましたから」


セバスチャンは視線を遠くに投げた。晩餐会にはロゼたち以外にも王侯貴族が集まっており、ガナッシュと王女セレスティアは並んで挨拶回りをしていた。自分の知っているガナッシュとは別の人物だが、あれが本来のガナッシュなのだと思うと今まで幻を見ていたのかなと不思議な気持ちになる。


「ディオ・・・助けてあげられなかったな」

「え?」

「あ、いえ、なんでもありません。そうだロゼさん。どうでしょう、折角ですし一緒に色んな食事を楽しみませんか?珍しいお菓子も沢山あると思いますよ」

「でも、セバスチャン様はお忙しいんじゃないですか?私に構ってばかりでは」

「ロゼさんのための晩餐会です。僕が相手をするのは当然です。いえ、それよりも僕がお相手になれるなんて光栄です。それに僕は長いこと病気を患ってたので、ここにいる人たちを殆ど知らないんですよ。挨拶回りといっても僕は第二王子ですからね。そういったのは兄がすれば十分なんです。だからロゼさんがいてくれて助かってます。僕だって面倒事から逃げたいときもあるので」


セバスチャンは小さく舌を出した。その姿は王子らしくなく年相応の少年のようでロゼはこみ上げる笑いを抑えられなかった。「やっと・・・笑ってくれた」セバスチャンは白手袋を嵌めた手をロゼに差し出し「行きましょう」と優しく手を引く。自分よりも年下で背の低いセバスチャンに頼りなさは微塵も感じなかった。手を握るのは違うんだろうな、と思いつつも、差し出された手に縋るようにロゼはセバスチャンの手を握った。


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