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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第三章 避けられない政略結婚
19/87

19.ひとときの安らぎ


疲労からか少量の酒を飲んですぐに眠ったフラミンゴはベッド代わりにしていたベンチから転がり落ちて床で寝そべっている。ロゼはずっと寝ては起きてと浅い睡眠を繰り返しながらベンチの上で膝を抱え、丸まりながらガナッシュの帰りを待っていた。

案の定、空が白み始めてきた頃ガナッシュは扉の音を立てないように気を使いながら宿屋に戻ってきた。足音を立てないようにゆっくり歩くガナッシュに「おかえりなさい」とロゼは声をかけると、ぐっと息を呑みこんでガナッシュの動きが固まった。


「・・・・起こした?」

「さっき起きました」

「そっか。ベンチなんかではよく寝れないよね」

「ガナッシュさんは?寝てきましたか?」


ロゼの質問にガナッシュの顔が引き攣る。「まるで浮気を追求するみたいな質問だな」ガナッシュはロゼを見て苦笑いをする。そしてロゼの隣に座ると身体を預けてきた。ガナッシュの髪の毛が首筋に当たってくすぐったい。「ガナッシュさん!私、どきますから!」フラミンゴが起きないくらいの声量で声を上げるとロゼは自分に凭れ掛かるガナッシュの身体を押し返す。けれどガナッシュはびくともしない。


「少し寝かせて」

「ですから」

「ロゼ、俺があげたホワイトローズの香水持ってる?」

「え?・・・持ってますけど」

「それ付けてくれる?すぐ寝れそう」


ロゼは自分の足元に置いている行商箪笥から以前ジェイミー夫人の分と一緒につくった香水を取り出すとそれをガナッシュが取り上げた。少量をロゼの手首に付けて、手首に付いたものを首筋にも付ける。つけた香水をロゼに返すとまたロゼの肩に頭を預けるように凭れ掛かった。


「重くてごめんね」

「え、あ、いえ」

「歩き疲れた。さすがに夜は馬に乗れないし」

「どこまで行ってきたんですか?」

「内緒」

「内緒・・・なんですか?」

「あ、ごめん。これじゃ本気で浮気を疑われる」


倒していた身体を起こしたガナッシュはわざわざロゼに顔を近づけて小声で喋る。「セバスチャンに俺たちが来てること伝えに行ってきた」顔の近さに意識がいって言葉を理解できてきない。「・・・え?」ロゼは聞き返しながらガナッシュから逃げるように身体を仰け反らせた。


「警備体制が強化されてるから城に行くのは諦めて、宮廷料理人が買い付けにくる店に手紙を置いてきた。セバスチャンに渡してくれって内密に」

「内密にって」

「この状況で俺が姿を現すのはマズい。非常にマズい。だからセバスチャンだけでもロゼに会わせられるように」

「どうしてそこまでセバスチャンさんに会わせようとするんですか?私は別に」


自分がガナッシュに渡した薬でボワイア国の王子様を救ったとは思っていない。感謝を述べられたいわけでもお礼をされたいわけでもない。ただ、ガナッシュがセバスチャンに会いに行こうというからついてきただけにすぎないのだ。「確かにロゼにとっては大事なことじゃないかもしれないけど、俺にとって、そしてセバスチャンにとっても重要なことなんだ。セバスチャンにはロゼのことを知ってほしい」ガナッシュがロゼの額に額を合わせる。


「ロゼの存在はセバスチャンの生きる力になるはず。先の未来を明るく照らす(ともしび)になるはず。そしてセバスチャンはきっと味方になってくれる。・・・俺にとっても、ロゼにとっても」


ぐっと額に力が入る。ガナッシュが身体を押し付けてくる。「ガ・・・ガナッシュさん!」顔を真っ赤にしてどうにかガナッシュから逃れようと身体を後ろに倒すと、ガナッシュがそのままついてくる。ベンチの上に押し倒されてしまった。覆いかぶさるガナッシュはそのまま額をロゼにくっつけたまま、真剣な眼差しでロゼの目を射貫く。


「逃げるなというのなら逃げたりしない。けど、俺の生き方は・・・俺が決める」


ガナッシュの顔が横にずれていき頬に何か触れた感触がしたかと思うと耳元で小さくチュッと音がした。リップ音に驚いて肩に力が入り首を引っ込めるが圧し掛かってくるガナッシュの重みにより動けない。声にならない声で「ガッ・・」となんとか言葉にしようとすると首筋に息がかかって、また肩に力が入った。肺に酸素が取り込めない息苦しさにガナッシュをどうにか押し返そうとすると重たいだけで抵抗はなかった。力で押さえつけられているわけでもない。


「・・・・・・・・もしかして、寝てます?」


首筋にかかる規則的な寝息に気づき、ロゼは押し返そうとしていた手に力を入れるのをやめた。重たい。重たいけれど、寝ているガナッシュをそのまま手放してしまうのが嫌だった。フラミンゴの言うように、ここでガナッシュとは“さよなら”な気がしている。

ロゼはガナッシュをぎゅっと抱きしめて、ゆっくりと瞼を下ろした。


**


「ずいぶんと遅いお迎えで!」


口を尖らせたビーグルが不機嫌な声を出す。「迎えに来てやっただけでもありがたく思え」不機嫌そうなビーグルを通り過ぎジンの首を撫でたフラミンゴは慣れた手つきでジンにリヤカーを取り付けた。


「俺とビーグルは仕入れに行ってくる。気を付けて行ってこいよ」

「ええっ!?ロゼちゃんたち一緒行動じゃないの!?」

「状況が変わったんだ。今、城は厳戒態勢らしいからな。俺らは俺らで買い付けに行くぞ」

「おっさんと二人かよぉ~」

「うっせぇ、クビにすっぞ!!」

「すんません!!親方!!俺、親方にどこまでもついていきます!!」


背筋を伸ばして九十度に身体を折り曲げたビーグルにフラミンゴは呆れた顔で大きく溜め息をついた。「じゃ、終わったら落ち合おうね~」と手を振るビーグルにロゼも手を振り返し「フラミンゴさんに悪かったな」と零すガナッシュを見上げた。


「なんだかんだでフラミンゴさん面倒見いいので大丈夫ですよ」

「そう。あの人、見かけによらないんだよね」


成人男性の中では低い身長に、少し突き出たお腹。言葉遣いも荒いし、酒飲みも豪快だが、人の気持ちに敏感で考えすぎるところもあり押しに弱い。「まぁ、ビーグルも面倒くさいだけで悪さはしないだろうから、なんとかなるかな」ガナッシュは相変わらずビーグルを疎ましく思っているようだ。言葉に出てしまっている。


「待ち合わせ場所ってどこなんですか?」

「ん?もう行くの?」

「え?待たせるわけにはいかないですよね」

「待たせはしないけどお土産でも買おうか。セバスチャンの快気祝いになにか」


ガナッシュはフードを深く被りロゼの手を握る。驚いて肩を跳ねさせたロゼがガナッシュを見上げると「迷子になったら大変。きっとすごい人だよ」と久しぶりに見る柔らかい顔つきで微笑んだ。最近は緊迫した状況が続いたせいで険しい表情ばかりだったガナッシュ。それが酒場サンジェルで見ていたときの酒に酔ったような、安心しきったような優しい表情になっていることにロゼはほっとしつつも心臓はドキドキしていた。ドキドキ心臓が脈打ってうるさい。けれど、じんわりと心が温かくなっていくのがわかりロゼも手を握り返した。


「急ぎましょう!売り切れになったら大変!」


我先に歩き出したロゼがガナッシュの手を引っ張る。ガナッシュは笑いながら「まだ朝だよ。大丈夫だって」とロゼに引っ張られながらゆっくりと歩を進めた。

道の周りには多くの露店が並んでおり、食べ物や工芸品、アクセサリーから骨董品まで売っている。ロゼは全ての店の商品に目を輝かせ本来の目的である快気祝いを忘れている。同じようなことが前にもあった気がするが、それどころではない。人の波に押されながら導かれる露店で様々なものをじっくりと物色する。


「やあ、他所から来たのかい?今、王女様の結婚発表を受けて今しか手に入らない記念品を多く取り揃えてるよ」

「記念品ってどんなものですか?」

「メダルとかどうだい?さすがに王室が配ってるものの模造品だけど価値の高さというより記念だよな」


ロゼは店主からメダルを受け取った。薄いアルミ板に歪に掘られたオリーブの葉に囲まれた太陽のマークがある。「うーん・・・」見た目はかなり安っぽい。自分でも作れてしまいそうなものを見つめているロゼの頭上から「申し訳ありませんが、他のものにしてもらえませんか?例えば・・・指輪とか」まさかの商品をガナッシュが要求する。


「あ・・・っと、気が利かなくてすまない!君たち恋人同士だったんだね!あるよ、あるよ。記念品じゃないけど指輪!」


店主はテーブルの下に潜り込み「お~よかった。王女様の結婚にかこつけてプロポーズする奴らがいると踏んで用意しておいたんだ!」と喋りながらずっとごそごそと何かを探している。「おっ!これこれ!ちょいと値が弾んじまうけど、どうだい?綺麗だろ?」やっと潜っていたテーブルから顔を出した店主は既に並べていた商品を押しやって二つの指輪を並べる。デザインとは思えないぐにゃぐにゃに曲がった歪な輪っか。「どうだい?」目を光らせる店主を一蹴するように「いりません」とガナッシュはきっぱり断った。


「あ~っとと!そうだよな!一生に一度のプロポーズにこんな指輪ダメだよな!」

「もういいです。他をあたりますから」

「あー!!まてまて!!これは!?これはどうだい!?」


もう一度テーブルの下に潜り込んだ店主は何度もテーブルに頭を打ち付けながら何かを探している。「もういいですって」ロゼの手を引き店を後にしようとしたガナッシュに「これーー!!!」と店主は大きな声を上げた。


「これは売りに出すんじゃなくて、質屋に持っていこうと思ってたやつなんだが、よければお兄さんに売るよ!」


突き出した店主の手の上に乗っていたのは先端が丸玉になっている小さなピアス。ガナッシュは顔を近づけてそのピアスを至近距離で見つめた。ロゼも真似をするように顔を寄せる。


「買います」

「え?」

「うわ、こんなところで出合えるとは思わなかった。これだからマーケットはいいですよね。掘り出しものに出合える」

「え?あ、そうなの?えーっと、売るつもりなかったからなぁ。値段は・・・」

「すみません。今、手持ちがこれしかないので・・・・。後で換金に行ってください」


ガナッシュはピアスを受け取ると、店主の手のひらに黄金に光る小さい球のようなものを乗せ、誰にも見せないようにぎゅっと握らせた。店主はガナッシュにされるがままで茫然としている。「いいですか、うっかり落とさないでくださいね」と店主に告げるとロゼの手を取って店を後にした。


「ガナッシュさん、それでいいんですか?思ったものと違いますけど」

「え?嫌だった?」

「え?セバスチャンさんの快気祝いにピアスでいいんですか?」

「え?セバスチャン?」

「え?」


二人とも「え?」を繰り返し話が全くかみ合っていない。「あ、そっか、セバスチャン。忘れてた」よく忘れ去られているセバスチャンを哀れに思う。


「これロゼに。うん、こっちの方がよっぽどいい。俺のネックレスいつも隠してるし」

「え?私に?」

「そう。白金(プラチナ)で出来たピアスが宝石商を介さなくても手に入るなんて驚きだ。地味だけど、それがいい」


ガナッシュは満足そうに頷きピアスをロゼに手渡す。「あの・・・私、耳に穴開いてないんですけど」困った顔をしてガナッシュを見上げたロゼに「俺が開けてあげようか?」にっこり笑顔のガナッシュはよっぽどこのピアスをつけてほしそうである。


「・・・自分で開けます」

「手伝うのに」

「いいですってば!」


照れを誤魔化すように顔を俯かせて、失くさないようにピアスをハンカチで丁寧に包むとポシェットに入れた。


「失くしそう」

「失くしません!」

「すぐ開けようよ」

「セバスチャンさんが先です!」


駄々を捏ねる大きな子供の世話をするようにロゼは強引にガナッシュの手を引っ張る。「行きますよ!もー、時間なくなっちゃうじゃないですか!」待ち合わせ時間は知らないが王子様を待たせるわけにはいかないのでこれ以上買いものに時間をかけられないはず。「大丈夫だよ。遅れてもセバスチャンは怒らないよ」ロゼに世話を焼かれるのを楽しむようにわざとガナッシュはゆっくり歩く。「遅刻はダメです!行きますよ!」嬉しそうにしているガナッシュを両手で力強く引っ張った。


とりあえず間に合わせで買った快気祝いはガナッシュ曰く、セバスチャンの好物であるトリュフの詰め合わせを購入した。「これってガナッシュさんにかけてません?」トリュフの中身はガナッシュだ。セバスチャンが本当にトリュフが好きであったとしても洒落のようにしか思えない。「ロゼも後で食べようね」ご機嫌のガナッシュは食べられたがっている。


セバスチャンへのお土産を片手に、もう片方の手はガナッシュに繋がれたままで待ち合わせ場所だという大きな時計台に辿り着いた。人々の待ち合わせの象徴ともなっているらしい時計台には多くの人が集まっており「こんなところに王子様が現れたら大変なことになりませんか?」ロゼは辺りを見回す。広場を囲むように露店もあり老若男女問わず多くの人で賑わっている。


「使いの者が来る手筈だから、その人がセバスチャンのところに連れていってくれるはずだよ」

「わあ!ドキドキします!」

「そうだね。楽しみだね」


逸る気持ちを抑えられずに身体が疼いてしまう。落ち着かない様子で身体を小さく揺らし今か今かと使いの人を待っていたら「お待ちください~~!!」と遠くの方から慌てた声がする。声のする方を振り向くと十人余りの兵隊たちが時計台に向かって走ってきてロゼは思わず身体を固くする。事件か何かだろうかと身を縮めていると「ロゼ、ちょっとあっちの方に行こう」と背中を押された。ガナッシュに言われるがまま時計台から離れようとすると「ディオ!!」と美しい鳥の鳴き声のような声が聞いたことがある名前を呼ぶ。背中を押していたガナッシュの力が弱まった。


「ガナッシュさん?もしかして、あの人が使いの人なのでは・・・?」

「まさか、女性の声だよ?ロゼ、振り向かないで。あっち行こう、待ち合わせ場所、あっちだったかも」


再度ロゼの背中を押すガナッシュの後方で「ディオ!!隠れてないで出て来なさい!!」ディオという名前を呼び続ける美しい声の女性。追いついた兵隊に囲まれるのを避けるようにこちらに向かって走ってくる。ガナッシュと同じように大きなフード付きのマントを羽織った女性と目が合った。ロゼは目が合ったことに驚き足を止めてしまう。


「ロゼ、後ろ向いちゃダメだって」

「ディオ!!」


声が近くなってきて諦めたようにガナッシュは大きく息をつく。ポンポンとロゼの肩を叩き声の主である女性に振り返ったガナッシュは「どうしてセレスが来るんだ・・・」と困り果てた声を出した。顔と声を確認した女性は瞳を潤ませてガナッシュに飛び込み「ディオ!!やっと会えた!!」と抱きついた。女性の後ろから兵隊が人の視線を遮るように周りを囲み「移動してください!今すぐ!」と切羽詰まった様子でいる。


「セバスチャンは?・・・・まさか」

「セバスチャンにだけ会って帰ろうとするなんて酷い人!!料理長に全部聞いたわよ!!」

「だからといって護衛の兵士も振り切って街まで下りてくるなんて、そんな危険なことやっちゃいけない」

「だってこうでもしないと貴方はすぐ逃げちゃうじゃない!!ずっと待ってたのよ!?」


セレスと呼ばれた女性がガナッシュの胸に顔を埋める。ロゼは周りを取り囲んでいる兵士たちを見てようやく理解した。この女性はボワイア国の王女なのだと。


「わかった、黙って行こうとしたのは悪かったから離れてくれ。君はもう嫁ぐ身なんだろう?今までのように誰彼構わず甘えるのは」

「どうしてよ!私は貴方と結婚するのだから何も問題ないじゃない!」


「は?」口を大きく開けたまま固まってしまったガナッシュ。その後ろで同じようにロゼも固まってしまった。セレスティアは再度ガナッシュの首に手を回しぎゅっと抱きつく。


「私が嫁ぐのはネラルク大公国の大公令息である貴方よ、ディオ」


フードの中から見えたセレスティアの目は、しっかりとロゼを捉えていた。


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