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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第三章 避けられない政略結婚
18/87

18.秘めたる想い


ゴトゴト揺れる荷台に乗るロゼは隣に座るガナッシュの険しい顔を見上げていた。じっとBを睨み続けるガナッシュの眉間には深い皺が刻み込まれており、いつもの穏やかな表情からは考えられないほど機嫌が悪い。


「そんなに怖い顔しないでよ、ガナッシュ君。折角の綺麗なお顔が台無しだよ」

「誰のせいだと思ってるの」

「やだなぁ~!もう俺はマフィアじゃなくて君たちの仲間!正式な仲間になったんだから安心してよ~」

「認めた覚えはない」

「苦境を共にした仲じゃ~ん。ねえ?ロゼちゃん」

「ロゼに話しかけないで」

「潔癖すぎない?」


ガナッシュを見上げていたロゼが今度はBに視線を向ける。Bはいつもの調子で口角を上げながら「なあに?」と胡散臭い笑顔を向けた。「Bさんって用心棒になったんですか?」ロゼは素朴な疑問をぶつける。「そういうことにしておいて」誤魔化された気がした。


「あ、それなら名前変えたいな」

「名前?」

「俺もうBUGじゃないもん。Bって呼ばれるの違う気がする」

「いいよ、そのままで。BUGって君にぴったりの名だ。どこまでも煩わしくついてくる」

「ゴミムシを見るような目で言わないでよ」


頭を搔いたBが長い前髪を掻き分け耳にかける。吊り上がった細い目を更に細め「商人って偽名で活動することが多いんでしょ?ガナッシュ君も本名じゃないよねえ?なら、俺も新しい名前がほしいな」人差し指を立てて頬に当てると、あざとく首を傾げた。


「だからBUGがぴったりだって。Bが嫌ならそのままバグでいいよ」

「それは嫌だ。それにそのままの名前使うとボスが怒る。だってBもBUGもアドベントの隠語だから」

「面倒くさいな・・・」

「ロゼちゃん、俺の名付け親になってよ」


Bが目をキラキラ輝かせてロゼを見る。「え?私ですか?」そんな大役が自分に回ってくるとは思わなかった。うんうん、と頷くBを前にロゼは「う~ん・・・」と腕組みをして眉間に皺を寄せた。


「用心棒・・・用心棒」

「いや、それに(なぞら)えなくていいよ」

「Bさん、蛇っぽいんですよね・・・」

「コブラとかやめてよ。トラウマなんだから」


ロゼは小さく何かをブツブツ呟きながら言葉を探す。その隣で「俺がつけてあげようか?」ガナッシュが提案するとBは大きく首を振る。「絶対に悪意のある名前にするでしょ!嫌だよ!」口を大きく開け抗議するBに「君って本当にうるさいよね。一人でずっと喋ってるし、一人は嫌だって一緒にいたがるし、こっちが疲弊しちゃうよ」ガナッシュは深い溜め息をついた。


「あ!なら、ビーグルってどうですか?」

「ビーグル・・・・?犬?」

「ワンワン吠えて追いかけまわすワンちゃんですよ。狩猟犬ですし、仕事用のネーミング的にもばっちりだと思います!」


ロゼは誇らしげに胸を張った。「ビーグルかぁ・・・」ガナッシュは宙を見上げると「うん。いいかもね。悪い意味で似てるよ」と頷く。「ガナッシュ君は本当に性格悪いよね」はあ、と息を吐いたBだが、嬉しそうに頬を緩めた。


「じゃあ、これから俺のことビーグルって呼んでね、ロゼちゃん!」

「略してBさんじゃダメなんですか?」

「ダメだよ!それじゃ何も変わらないじゃん!折角ロゼちゃんが付けてくれた名前なのに!」

「そっか」

「へへへっ~」


両手を頭の後ろに組みビーグルは横になった。「ビーグル、ビーグルかあ~。ワンちゃんの名前か~。カッコカワイイな~」右に左にごろんごろんと転がるビーグルに「子供みたい」とロゼが笑った。「元々精神年齢低そうだよね」ガナッシュの失礼な言葉に無反応になるほどビーグルは新しい名前を喜んでいた。


「それにしても・・・これから王族に会うって考えると身体が震えちまうな」


ジンに乗り手綱を引いているフラミンゴが力のない声で呟く。「フラミンゴさんでも王族に会うのは初めてなの?」ロゼは荷台の先頭まで移動しフラミンゴに訊ねた。


「当たり前だ。公爵家の邸宅に上がるだけでも最初は震えあがったもんよ。王族となれば場所は城だとか宮殿だとか、文字通り住む世界が違う人たちだ。そんな人たちを前にするってなると・・・うわ、手汗が出てきた」


フラミンゴはジャケットのポケットからハンカチを取り出し手を拭く。「ガナッシュさんは王族じゃないの?」ロゼはガナッシュを背にフラミンゴに問うので「直接俺に聞けばいいのに」とガナッシュがぼやく。


「ロゼ、王族と貴族は違うんだ。俺は・・・貴族の方。どう足掻いたって王族にはなれないよ」

「そんなに差があるものなんですか?」

「そうだね」

「でもガナッシュさんも本当はすごい人なんですよね。私、よくわかってないですけど、保安官さんも腰抜かしてましたし、フラミンゴさんも大騒ぎしてましたし。それにジェイミー夫人もとても優しい人でしたから、貴族の皆さんってとっても優しくて心の広い人なんだって思いましたよ」

「ロゼ、それは極々一部の人だけだ。ジェイミー公爵夫人は特別。そしてガナッシュは変人」

「変人って・・・・。いいですけどね」


ガナッシュが肩を小刻みに揺らし笑う。そんなガナッシュにフラミンゴは目を細めた。


「俺はわざわざ自分の首を絞めてまで王族に会い行きたくねぇが、ガナッシュがロゼをセバスチャン殿下に会わせたいのなら仕方なく付き合ってやる。・・・無事、事なきを得れたらいいけどな」


フラミンゴは大きく肩を落とした。「そんなに危ないの?マフィアのボスさんよりも怖い人たちなの?」ロゼは前のめりになりながらフラミンゴに訊ねる。「怖い、の意味は違うが。・・・・別次元の人たちだよ」荷台の揺れる音にかき消されそうな声でフラミンゴが呟く。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。俺も一緒ですから」

「あったりまえだ。じゃなきゃ行かん。行くわけがない」

「それもそうですね」


ガナッシュはフラミンゴから視線をロゼに移した。「ロゼも王族と会うのは怖い?」さっきまでの不機嫌さはなく、いつもの柔らかい表情で訊ねる。


「よく、わからないです。でも、絵本に出てくる景色は見てみたいなって思います」

「絵本?」

「お城にいる王子様とかお姫様とか。見たことないですもん」

「そっか」

「セバスチャンさんは王子様なんですか?」

「そうだよ」

「王子様って本当にいるんですねぇ・・。」

「なに言ってるの。そっちは聖女様なのに」


ガナッシュが小さく笑いながらロゼに向かって言う。「違いますよ!あれは、聖女様のフリをしただけなんです!作戦だっただけなんです!」ロゼは顔を赤らめ首が吹っ飛んでいきそうなくらい横に振る。


「びっくりするのはセバスチャンの方だと思うけどな。だって聖女様は存在したんだからね」

「だから、違いますって!」

「否定するのは本人だけだよ。ランサーたちだって認めたし。今度は王子様に見初められちゃうかも。そのときはどうしようかな。同盟国といえど俺なんかじゃ王族相手に太刀打ちできないし」


ガナッシュがロゼの首元に手をやり、服の下に隠しているネックレスを引っ張り出すと、すぐさま服の中に隠した。「あ、お返しした方がいいですよね」首にかかっているネックレス外そうとロゼが首の後ろに手を回すと、その手を止められる。「いや、そのまま持ってて。俺は・・・」ガナッシュはそのまま黙ってしまった。


「じゃあ、もう少しだけ貸してください。金は身につけてるだけでも、なんと綺麗になれるそうなんです!」

「・・・え?」

「昔から伝えられてる美容法ですよ!だからきっとお姫様はみんな綺麗なんですよ!」

「ははー、ロゼもついに美意識に目覚めたか?こりゃ、俺ががっぽり稼いでロゼにプレゼントしねぇとな」

「本当!?やったー!」

「いつの間にかおませさんになっちまって~」

「そんな風に言わないで!誰だって憧れるでしょ?私もジェイミー夫人みたいな大人になりたいの!」


顔をニヤつかせているフラミンゴは「ほぉ~?」からかうように嘲笑を含んだ声でロゼを見る。「ほんとだもん!」顔を真っ赤にしたロゼはじりじりとガナッシュとフラミンゴから離れ荷台の隅に移動する。「ロゼは今でも十分可愛いよ」ガナッシュの言葉に大きく肩を跳ねさせたロゼは更に顔を真っ赤にして、なんの返事もせず顔を背けると、寝転がっているビーグルを意味もなく叩いた。


「ガナッシュが言うと少し嘘っぽいよな」

「どうしてですか。もっと信用してくださいよ」

「普段から言い慣れてそうな感じが」

「心外です。俺は思ったことしか言いません」

「こなれた感じがなんともな」


フラミンゴはジンの歩くペースを上げた。「気乗りしねぇが、ちゃちゃっと用事は済ませるに限る」ボワイア国へ続く整備された綺麗な街道を突き進み、日はあっという間に落ちた。


**


国境を跨ぎ最短距離を通過して城下町まで到着することができた。「もう夜ですし、今晩はここで泊まりましょう」とガナッシュが近くの宿に案内する。それとは別に、馬を持つフラミンゴはジンを預ける場所を探さなければならない。「ジンを預けてぇが、さすがにボワイア国に顔が利くとこねぇしな。ビーグルよ。お前、ジンの番してくれねぇか」フラミンゴがビーグルに向かって顎を突き出した。「え?」間の抜けた返事をしたビーグルに「お前は今日、野宿な」とフラミンゴが言い渡すと「初仕事が無慈悲すぎる!!みんな仲良く同じ部屋で一夜共にするのに、俺だけ外で野宿とか非情すぎない!?」相変わらずキャンキャン騒ぐビーグルだった。


「仕方ねぇだろ?もう夜なんだ。ジンも遠出で疲れてるし、休ませてやりてぇんだよ」

「わかってるけどさあ!!一人じゃ寂しいよ!!ガナッシュ君、一緒にいて!!」

「ロゼ、その行商箪笥は俺が持つから宿屋に行こう」

「無視しないでよ!!」

「後で飯持ってくるから、頼んだぞ」

「ああ~!待遇アップを切実に願うよ!」


ビーグルは街中にすら入れずジンの足元に蹲った。そんなビーグルを慰めもせずリヤカーを外されたジンは足を折り曲げすぐ地面に座り大きな欠伸をした。


「いいんですか?」

「今日ぐらいは我慢してもらおう。城に行ったら警備の人にジンを預けられるから今日だけね」

「いや、このままにしておいた方がいいんじゃねぇか?喧しいアイツを城に連れて行って大丈夫かよ」


ガナッシュに返事はなかった。「・・・・つってもアイツのことだ。数日ほったらかしたらジンを置いて城についてきそうだし、やむを得んか」溜め息と一緒に零すフラミンゴのぼやきに、自分の想像以上にフラミンゴもガナッシュもビーグルには手を焼いているのだと察する。責任が伴う大人とは大変なものなのだなと他人事のように思った。


ガナッシュに促されロゼたちは宿屋に入ると宿屋の主人に思いもしなかったことを告げられた。「え・・・満室ですか?」部屋が空いてないらしい。


「今、国はお祝いムードで賑わっててね、観光客も続々集まってるんだ」

「え?何かあったんですか?」

「ついに結婚だとよ。セレスティア様が」


宿屋の主人は大きく口を開けて笑った。「俺らボワイア国民が誇るセレスティア様のご結婚。セバスチャン様の病気療養が明けてようやくご尊顔が拝めるようになったと喜んでいたところにこのビッグニュースだ。もう~国を挙げてお祭り騒ぎよ」全ての客室に届くのではないかと思うほど大きな声を出す主人に「そう・・・だったんですか」ガナッシュは小さく呟く。


「変なタイミングと重なっちゃったな」

「まさか宿が取れねぇとは。とはいえ今日動くのは無理だし・・・・どうすっかな」

「アンタたち観光でここに来たんじゃないのかい?」

「はい・・、別件で」

「そりゃもったいない!!ロビーでよければ貸してやるから一泊していくといい。明日街の賑わいを一目見ておくといいぞ!次いつここまで盛り上がるかわかんねぇからな!」


宿屋の主人がカウンターから身を乗り出し待合室のベンチを指さした。「ありがとうございます」主人にお礼を告げたガナッシュはロゼの背中を押してロビーに促す。木材でできた堅そうなベンチを見て「・・・野宿よりいいか。ごめんね」とガナッシュが謝った。


「私、野宿でもへっちゃらですよ。山育ちですから」

「ダメだよ。人の生活に慣れないとジェイミー夫人のようになれないよ?」


ふっと小さく鼻で笑ったガナッシュにロゼは顔を赤くして黙ってしまった。言い返す言葉が何も浮かばなかったロゼを見て、ガナッシュはまた笑った。


ロゼとフラミンゴをベンチに座らせてガナッシュは少し離れた窓際に背を預ける。なんとなく距離を取られている気がして、物思いに耽るように黙るガナッシュにロゼもフラミンゴも声をかけない。ロゼは小さい声でフラミンゴに訊ねる。


「セレスティア様って誰?」

「この国の王女様だよ。セバスチャン殿下の姉にあたる」

「王女様が結婚するの?」

「らしい」

「ガナッシュさん、何か関係あるの?」

「同盟国っていうからな。・・・・アイツ、式典に参加しなきゃならねぇんじゃねぇかな?」

「それじゃあ、ガナッシュさんとはここでさよなら?」

「っつーことにしといた方がいいだろう。アイツの行商の旅という名の修行は一時中断。ま、次弟子入りしてきても俺はとらんがな」


歯を見せて笑ったフラミンゴの背後でギシッと床の軋む音がするとフラミンゴの肩が跳ねる。振り返り音のした先に目をやると窓際に凭れ掛かっていたガナッシュが身体を起こし近づいてきた。


「少し気になることがあるので街の様子を見てきてもいいですか?ビーグルとジンのご飯も届けてくるので」

「・・・ああ、頼むわ」

「フラミンゴさん」

「な、なんだよ。他に何かあるのか?」

「ここはボワイア国であってネラルク大公国ではありませんよね」

「それがどうした」

「俺はまだ帰りませんよ」

「げぇ」


フラミンゴは苦い顔をして舌を出した。さっきの話を聞いていたのか、それともネラルク大公国に着いたらガナッシュを解雇するという話を言っているのか。ガナッシュの表情は真剣で、お道化た様子はどこにもなかった。


「ロゼごめん。場合によってはセバスチャンとは会えないかもしれない。無理そうだったら明日は軽く観光して、別の観光地に連れて行ってあげるからね」


困ったように眉を下げるガナッシュ。ロゼは頷きもせず首を振ることもせず、じっとガナッシュを見つめていた。「ん?」と小首を傾げるガナッシュに「ガナッシュさんは私を優先しすぎです。私はただついてきただけなので、ガナッシュさんのしたいことを優先してください」ガナッシュと同じように真剣な表情でロゼも言う。


ここでガナッシュとはお別れかもしれないという急な話に気持ちの整理ができてなくて上手く笑顔がつくれない。ガナッシュが自分のことを優先するということは、ネラルク大公国の大公爵正統後継者として国に帰るということ。それはロゼたちとの別れを意味する。そう考えると寂しくて、笑顔なんてつくれなかった。


「これが俺のしたいことだよ。ぜひ、させてほしい」


ガナッシュはまるで泣きそうな顔でロゼに告げる。どうしてそんなに寂しそうな顔をするのかロゼにはわからなかった。自分も同じ顔をしているからかもしれない。自分が寂しそうにしているからガナッシュを困らせてるのかもしれない。

「私は・・・」平気ですよ、と告げようとするとガナッシュの手が頭に伸びてくる。あやすようにポンポンと優しく叩かれ「ありがとう、ロゼ」撫でるように手が下ろされた。そしてフラミンゴに頭を下げたガナッシュがロビーを立ち去る。


ガナッシュがいなくなったロビーで「アイツの本当にしたいことってなんだろうな」とフラミンゴが呟く。「アイツには何度も世話になってるし、アイツの意思を尊重してやりてぇが・・・・立場がな」ベンチの背もたれに身体を預けたフラミンゴが宙を仰ぐ。


「立場?」

「ネラルク大公国は領土自体は小さい国だが、とにかく資源に恵まれていて財力がある。それを最大限に活用し豊かな国を作り上げたのがガナッシュの父であるファルガ大公だ。国民から大きく支持されている大公、その一人息子となれば後継者として国民の期待値もさぞかし大きいだろう。こんなところで酒好きの行商人である俺と一緒にいていい奴じゃない」

「でも、ガナッシュさんはそれを望んでるんでしょ」

「だから困ってるんだ」


「ロゼが思ってる以上に人間の価値ってのは大きく違う。それをガナッシュ自身自覚しているはずなのに、その立場を捨てたがっている。いや・・・一時でも忘れたがっているのかもしれねぇが、それが許されるはずもない。なら、さっさとアイツは帰るべきとこに帰らねぇと・・・大変なことになる前に」フラミンゴはゆっくり目を瞑り、ふぅーっと口から長く息を吐く。肉体的にも精神的にも疲れているようだった。


「フラミンゴさん、お酒もらってこようか?私、付き合う」

「気ぃ遣わせて悪い。俺は大丈夫だからロゼこそちゃんと休むんだ」

「私は平気。おじさんに言ってもらってくるね」


ロゼはベンチから腰を上げ、宿屋の主人の元へと向かった。お酒を注文すると、あいよーと宿屋の主人は部屋の奥に姿を消す。ふう、とロゼも一息ついた。

受付であるカウンターを背に誰もいない玄関口を見て、なんとなく今晩ガナッシュは戻らないんだろうと思った。


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