23.ピアスホール
「王女様と決闘でもしたの?」
部屋に戻って第一声がそれだった。ビーグルは心配しているような面白がっているような、どちらともいえない顔でロゼの顔を覗き込む。ロゼはビーグルから顔を背けた。
「ぶつけたんです!だってお城の中、色々と凄すぎて余所見してたら目の前に柱がゴンって」
「嘘ばっか~。引っかき傷あるのに~」
「柱がゴツゴツしてて引っかいたんです!」
「大理石が~?ゴツゴツ~?」
「・・・んもう!!」
ニヤニヤしているビーグルを無視してフラミンゴのところに向かった。フラミンゴは血の気が引いたように顔を蒼褪めさせ「な・・なにがあったんだ?」椅子から立ち上がると顔を前に突き出してロゼの腫れた頬を凝視する。
「フラミンゴさん、私の荷物は?」
「荷物は厩舎にある。さすがに城の内部には持ち込めんからな」
「ジンのところにあるの?なら取ってくる」
「だから、持ち込めんのだって」
身体を翻そうとしたロゼの肩をフラミンゴが掴む。その手に力が入り「ロゼ・・・首の傷」さっきまでの弱弱しい声でなく、低い唸るような声でフラミンゴが言う。「首?」ロゼがフラミンゴに振り向くと蒼褪めていた顔は今度は赤くなっており、フラミンゴの顔色がコロコロ変わるのに驚いてロゼは目を大きく見開いた。
「首、傷が出来てるじゃないか。襟にも血が滲んでるし、何があったんだよ」
「なんにもないもん」
「嘘言うなって。セバスチャン殿下と一緒じゃなかったのか?」
「一緒だったよ。アネモネが満開に咲いてるお庭に連れて行ってくれたの。綺麗だったよ」
「んで?乱暴されちゃった?」
いつの間にかロゼの背後に回っていたビーグルがロゼの首に手を回し後ろから抱きしめた。「ひぃぃ!!やああ!!」悲鳴を上げたロゼに「そこまで嫌がらなくてもよくない?ガナッシュ君にはされるがままなのに」とぼやきながらビーグルは襟の中に指を突っ込んだ。
「ん、ない」
「やだやだ、どいてー!」
「嫌がられるとますますやりたくなっちゃう!」
「いやだってばー!!フラミンゴさんー!!」
「ビーグル、どけ」
フラミンゴがビーグルの顔を容赦なく殴りロゼから引き離す。「殴る必要あった!?俺はロゼちゃん以外には殴られたくないんだよ!!」などとほざいているビーグルを視界から外すフラミンゴが恐怖に顔を強張らせているロゼの頭を撫でる。
「ったく、遊びたがりの犬の躾はこうも難しいもんかね。ロゼ、大丈夫か?」
「ビーグルさん、いっつも突然なんだもん!!急に触ってこないで!!」
「急じゃなければいいの?」
「近づかないで!!」
「それはあんまりだよ!!」
ビーグルはわざとらしく苛立ちを見せるように地団駄を踏んだ。「わかってないよ!ロゼちゃん!俺という用心棒がいなかったから王女様と掴み合いの乱闘になったんでしょ!?ガナッシュ君、取り合ったんでしょ!?俺を呼ぼうよ!!俺が取り返してきてあげるよ!!」ロゼは椅子の背もたれに掛けてあったフラミンゴの帽子を掴んでビーグル目掛けて投げた。見事顔面に当たったビーグルはいつも通り嬉しそうにしている。
「王女様と取っ組み合いになったのか?」
「な・・・ってないもん!」
「だけど、その傷・・・・。顔も腫れてるしよぉ・・・・。」
「だから薬箱取ってくる」
「俺も行く!!」
「いやだ!!」
「用心棒だって!!」
「なら俺が行く。お前はここで大人しくしてろ」
「嫌だね!!俺を置いてったとしてもこっそりついていくから!!」
フラミンゴは苦い顔をする。本当についてきそう、というよりもビーグルを一人にする方が大問題になりそうな気がするのはロゼも一緒だった。「そもそも俺らだけで城の中をうろつくわけにもいかんだろ。使用人か誰かを捕まえて依頼するしかない」フラミンゴはロゼを自分が今まで座っていた椅子に座らせて、ビーグルの傍に落ちている帽子を拾った。
「お城って不便」
「そりゃあ、俺らは部外者だからな。勝手はできんよ」
「これのどこが、おもてなしなんだろうね~。俺は許せないよ。ロゼちゃんの顔ぶん殴って強引にガナッシュ君のネックレス奪い取るなんて」
どうしてこうもビーグルにはバレてしまうのだろう。まさか、あの現場を覗いていたのではないか、と疑ってしまうほどビーグルの言うことに偽りがない。
「なんで、そう言い切れるんだよ」
「傷見れば一目瞭然じゃん?力のない女はすぐ爪を立てる。猫かっての。それに頬の引っかき傷に加えて顔も腫れてるからね。女はすぐパーで殴る。そんとき引っかかれたんでしょ。今まで数々の喧嘩で殴られてきた俺だからこそ言える」
「威張れるもんじゃねぇぞ」
「首の傷もネックレス無理やり取ろうとして引っ張られたんじゃないの?しょぼいやつならすぐ切れるんだろうけど、ガナッシュ君の金のネックレスはゴツいからな」
ロゼはビーグルから目を逸らすだけで何も言わず黙るのみ。ここまで言い当てられたらなんの言い訳もできない。「結局、ロゼちゃんに優しくしてくれるのは、ちっこい王子だけってことだ。ロゼちゃんって、そのちっこい王子の病気治したんだっけ?なら本人だけじゃなくて周りの人たちも優しくしてくれてもいいのに、なーにがガナッシュ君との結婚だよ。目の前に自分らの家族を救った聖女様がいるってのに、そんなのよりガナッシュ君の方が大事だっての?ガナッシュ君、あれ不本意だよ。すっげ~嫌な顔してる。ロゼちゃんが王女様にこんな扱い受けてるって知ったら、あの人キレるよ、ほんとに」ビーグルは椅子を傾け、ゆらゆらと上手くバランスを取る。
「ガナッシュさんの邪魔しちゃダメ」
「なんでそこまでいいこちゃんするのさ」
「してないです。私だって王女様の文句メイドさんに言っちゃったもん」
「それだけ?」
「それだけって・・・。」
「そんなののどこがガナッシュ君の邪魔になるの?そりゃさ、ガナッシュ君が今なに考えてるのかなんて俺にはさっぱりわかんないけどさ、もし、ガナッシュ君が助けを求めてたらどうするの?」
「助け・・・?ってなんですか?」
「もし俺がガナッシュ君の立場だったら、どんな口実作ってでもロゼちゃんに会いたいけどな」
ゆらゆらと椅子を漕ぎながらビーグルは宙を見上げる。「俺はガナッシュ君との付き合いチョー短いけど、それでもガナッシュ君がどれだけロゼちゃんやおっさんを慕ってるのかってめちゃめちゃわかるよ。まず顔が違うし、態度も違う。なにより自分を犠牲にしてでもロゼちゃんを助けにきたあのときは痺れるものがあった。あれは普通できないよ。そんで」ビーグルは傾けていた椅子の足を絨毯の上に下ろすと「それをしたのはロゼちゃんも同じだ」じっとロゼの目を見た。
「あんなん惚れるに決まってるよ。自分が寵愛してた小型犬がさ、ご主人様のピンチに身を挺して悪党に噛みついちゃったら感動して泣いちゃうでしょ。ぶっちゃけボスも惚れたに違いない。・・・ってボスのことはいいんだけど、とにかくガナッシュ君はロゼちゃんに会いたがってるはず!だから邪魔になっちゃうとか思わなくていいって。むしろ、邪魔しまくっちゃおうよ。そしたらこれ見よがしにガナッシュ君は会いに来れるかもしれない。まぁ、その前に王様に処刑されるかもしんないけどさ」
「処刑されたら意味ねぇだろ」
呆れた溜め息をフラミンゴがつく。「ロゼ、ビーグルの戯言真に受けるんじゃないぞ。ガナッシュがロゼに会いたがってるのは確かだろうが、守られている秩序を壊すのは相当なリスクがある。そんなんガナッシュだって喜ばんよ」腕を組んで俯いたフラミンゴはそのまま眠ってしまうんじゃないかと思うほど項垂れる。
「・・・・・私、やっぱり薬箱取りに行こうかな」
「傷の手当なら使用人を捕まえて頼むぞ?」
「ううん。穴、開けてくる」
「穴?」
項垂れてたフラミンゴとビーグルが小首を傾げた。「耳に穴開けてくる」何かの聞き間違いではないかと二人は目を見開き固まった。
**
警備に当たっていた兵士を一人捕まえてロゼとビーグルは城の裏側にある厩舎に連れて行ってもらった。一体、馬が何頭いるのか数えきれないほどで厩舎自体も大きく、街の宿屋なんかよりも遥かに広かった。何十頭もいる馬の中でロゼはあっさりジンを見つける。
「ジン、美味しいもの食べてる?」
「フシュー」
「食べてるみたいだね。よかった。私もごちそうばっかり食べてるよ」
頷くように首を縦に振るジンを見て「会話してる・・・」兵士がぼそっと呟いた。
「あの、私の荷物どこですか?」
「リヤカーなら別のところで保管しております」
「わかりました。・・・ジン、またあとでね」
「ブブフゥ」
「・・・・会話してる」
兵士に連れていかれたのは厩舎から少し離れた倉庫だった。馬の餌をたんまり置いてある倉庫の片隅にジンのリヤカーが置かれていた。ビーグルが軽々とリヤカーの上に乗りロゼの行商箪笥を持ち上げる。
「荷物、お城の中に持ち込むのはダメなんですよね?」
「検査の結果、何も問題なければ可能だと思いますが」
「・・・・ダメそうなので諦めます」
ロゼはビーグルに両手を差し出す。「ん?ロゼちゃんには持てないよ、これ。重たいから」ビーグルはロゼが行商箪笥を受け取ろうとしていると思ったようだった。「違います、上に乗せてください」差し出した手は自分もリヤカーに乗せてほしいという意思表示だった。ビーグルはロゼの手ではなく抱きつくように両腕を腰に回した。「え、ちょっ」戸惑いの声など気にせず、ひょいっと持ち上げられリヤカーの上にストンと座らされた。
「うん、役得!」
「引っ張ってって意味だったんですけど」
「合法的にロゼちゃんとくっつけた。ラッキー!」
嬉しそうに笑うビーグルは褒められるのを期待しているワンちゃんのようだった。とりあえずロゼは頭を撫でてみる。ビーグルは頬を赤らめて吊り上がった目を器用に垂らした。すると「俺にとってはガナッシュ君がいない方がメリットでかいのかなぁ~」と言うのでロゼは撫でていた手で今度はビーグルの頭を叩いた。
「鏡、鏡」
「ねえねえ、ロゼちゃん本気?本気で耳に穴開けるの?自分で?」
「はい。道具は色々持ってますから」
「怖くないの?ブスッ!!って自分で刺すんだよ?」
「怖いですけど、なんとかなりますよ。ビーグルさんに血清打ったときも怖かったけど、なんとかなりましたし」
「俺の命に係わる重大事件をそんな適当に処理してたなんて」
行商箪笥から引き出しを四つほど取り出したロゼは、そのまま行商箪笥を倒しテーブル代わりにする。その上に針とマッチと酒瓶、そしてガナッシュから貰ったピアスを置いた。「麻酔、いるかな?もったいないしやめようかな。私、麻酔効きにくいし」独り言のようにブツブツ呟くロゼをビーグルと兵士は引き攣った顔で眺めていた。
「ビーグルさん、鏡持っててもらっていいですか?」
「手鏡、小さすぎない?」
「見えればいいので」
「ロゼちゃん、俺が開けてあげようか?さすがに俺も人を刺したことないけど、見るのも痛々しいというか」
「自分で開けるってガナッシュさんに言いましたから」
「ピアス贈るとか・・・ガナッシュ君の独占欲の強さ半端ないな」
「フラミンゴさん、嫌な顔してたけど何も言わなかったから安心しました。猛反対されると思ったので」
「そりゃ嫌でしょう~、純朴娘が耳に穴開けたら~。でも、今のガナッシュ君の立場を思うとねぇ~。これくらいはってなっちゃったんじゃない?」
「よーし!やりますよー!」
ロゼはハンカチに酒を浸し耳とピアスを消毒する。マッチ棒に火を点け針を炙ったあと、その針も消毒した。右耳の耳たぶを下にグイッと力いっぱい引っ張りビーグルの持つ鏡を凝視する。「ビーグルさん揺らさないでください」小さく手の震えているビーグルのせいで鏡が揺れていた。
「やあっ!!」
「ひやああっ!!」
ロゼよりも悲鳴を上げたのはビーグルの方だった。「いった?いっちゃった!?」ビーグルはロゼから顔を逸らしながら訊ねる。「たぶん・・・」ロゼは貫通させた針を取り、ガナッシュから貰ったピアスを穴に通した。白金に輝く小さなピアスはとても地味で、パッと見た感じではその存在に気づかない。けれど、丁度良くピアスに光が当たったときに一瞬輝くのが面白かった。
「お終いです。簡単でしたね」
「ええええ!?痛くないの!?大丈夫なの!?」
「思ったより我慢できました。さっき王女様にはたかれた痛みの方が強かったので、それで神経おかしくなっちゃったのかも」
「ほら、やっぱり王女に殴られてんじゃん」
ガチャと不自然に金属がぶつかる音がした。兵士が焦って平静を装うとしている。「ねえ~、この子さっき王女様に平手くらわされたんだよ~。君のとこの王女様って気性が激しいね~」ビーグルがわざとらしく大きな声で兵士に話しかけた。兵士に反応はない。あくまで自分は何も聞いていない姿勢を貫こうとしている。
「いいんですよ。おかげでピアスホール開ける覚悟もできましたし、痛みもそんなに感じなかったので」
「ネックレス奪われちゃったからピアス開けることにしたの?」
「そういうわけではないですけど・・・。ガナッシュさんが安心してくれたらいいなって」
「理由はどうあれ私たちは引き離されちゃいました。ガナッシュさん、帰りたくないって言ってたのに。でも、どれだけ引き離されたって私たちはずっとガナッシュさんのこと忘れないし変わらずにいるよって示せたら少しは安心できるかなって」ロゼは広げていた道具を片付けながら言う。
「多くの人がガナッシュさんを心配してます。フラミンゴさんも、セバスチャンさんも、他にも、私だって。だけど心は目に見えない。どれだけ想っていても伝わらないかもしれない。だから、目に見える形にしたかったんです。たとえ離れていても心は一緒にいるよって」
「なるほど」
「本当は直接伝えたいんですけどね。ちゃんと言わなきゃガナッシュさんって伝わらなさそう」
「まあね。でも、大丈夫じゃない?ロゼちゃんとガナッシュ君ってパートナーって感じだし」
「パートナー?」
「二人ってなんか面白いんだよね。お互い一人じゃ力が発揮できないというか、二人で一つみたいなさ」
ビーグルはロゼの右耳に指先で触れた。「似合ってるよ。金のネックレスよりね。ガナッシュ君、喜ぶと思う」その言葉にロゼは顔を緩ませて笑った。「恥ずかしいけど・・・嬉しいです」頬やら耳やら熱いのは痛みなのか、そうではないのかロゼもわからなくなった。
「でも~、ロゼちゃんには、大事な大事な約束があります」
「え?なんですか?」
ビーグルはロゼの片づけた行商箪笥をリヤカーの隅に追いやり、またロゼを抱えるとリヤカーから軽やかに降りた。
「デートしよ」
「え?」
「約束でしょ?コブラに咬まれたとき約束したじゃん!」
すっかり忘れていた・・・いや、適当に流していた約束をロゼも思い出す。抱きかかえられているロゼは降りようとビーグルの胸を突き放そうとするがビーグルの身体は一向に離れてくれない。
「ガナッシュ君がいない今がチャンスなんだよ!」
「チャンスとか言わないでください!」
「お城でデート!最高じゃ~ん!」
逃がさないと言わんばかりに抱きかかえる手に力を入れるビーグルは御付きの兵士すら置いて走って城の中へ戻っていった。




