15.一千万の代償
聖女っぽく見せようとして着た白いローブは顔を半分隠すほどフードが大きく、袖も手に余るほどで、さっきの炎が袖に触れなくてよかったとロゼは大きく安堵する。目の前で大きく口を開けながら固まったランサーをしり目にロゼはテーブルに無造作に置かれていたネックレスを手に取った。それを首にかける。
「・・・ちょ、ちょいと待ちな。激しすぎるぜ、聖女さんよ」
「関係ありません。あなたたちが言うこときかないから」
「わかった、わかったから落ち着いてくれ。話を聞こう」
ランサーはガナッシュから手を離し両手を肩の高さまで上げた。ゆっくり後ずさり、さっきまで座っていたソファに座りなおす。目線をロゼから外したかと思うと更に横にスライドさせる。すると扉の前にいたアーノルドがロゼの後ろを通り過ぎ身体を縛られているガナッシュの背後に回った。
「どうぞ、お座りください」
ランサーは目の前のソファに手を差し出した。ロゼは行商箪笥を引きソファの横に立てると、ランサーの目の前に座る。「B、お前は?」ロゼを正面に構えた顔を動かさずランサーが扉の前でブラッドと並んでいるBに視線を投げた。「お前も俺に何かあるのか?」口調は穏やかなのに、有無を言わせない言葉の圧に、自分に話しかけられてるわけでもないのにロゼは身の毛がよだつ。Bは言葉を詰まらせながら「俺、は、案内で・・・」と告げるとスッとランサーはBから目線を外した。
「改めまして聖女さん。私はアドベントという会社のオーナーでランサーといいます。初めまして」
「初めまして」
「先ほどは大変失礼しました。噂に聞く聖女様がまさか本当に存在するとは思いもしなかったので。お会いできて光栄です」
「ありがとうございます」
「・・・・・失礼ですが、本当に聖女ですか?」
ランサーは両膝に肘をつき手を口の前で組むと、わざとロゼよりも頭を低くして睨むように見上げた。ロゼは勝手に震えだす身体を止めることもできずに「本当、です」震えた声で言う。
「さっき、炎を、だし、ました」
「ええ、驚きましたよ。あれほどの大きな炎、サーカスでしか見たことありません」
「サー・・カス?」
「手品師にもいますね、火を扱うものは。まさか聖女さん、あれくらい普通の人間でもできるとご存知ない?」
ランサーの口の端が上がっていることが手で隠されていようともわかる。ロゼはゴクッと固唾を飲むと「・・・疑っている、んですよね」拳をぎゅっと握った。お願いだから震えるな、と歯を食いしばる。
「そんなことはありませんが・・・できれば、聖女様の“聖なる力”というのを見せていただきたい」
「そのつもりです」
「火を出すことは聖なる力とはいいませんよ。おわかりですよね?」
「はい」
「こちらから指示させてくれませんか」
ランサーが右手をスッと上げると「ひいっ!」Bが小さな悲鳴を上げる。ロゼはランサーから目を逸らすのが怖くて後ろを振り向けない。だがガチャと聞こえた撃鉄を起こす音から、ブラッドが銃を構えていることが容易に想像できる。ロゼかガナッシュかBか。この中では悲鳴を上げたBに向けた可能性が高い。
「死んだ人間を生き返らせる。聖女様なら可能だろ?」
「・・・・・・。」
「できるのか?できないのか?」
ロゼは姿勢も表情も変えないランサーを見つめ続けるのがつらくなってきた。ここまで人を怖いと思ったことはない。ブラッドには銃を向けられた。アーノルドにはナイフを向けられた。それなのに、何の凶器も向けていないランサーの方が恐ろしい。少しでも気を緩めると一瞬でヤラレそうな空気を持っており戦慄する。醸し出す雰囲気が他の二人とは段違いである。視線だけでじりじりと身体を締め上げられ浅くなる呼吸に酸素が足りず気が遠のきそうになるのを必死で堪える。
「私は聖女です。神ではありません」
「似たようなもんでは?」
「神は人間をお造りになった創造主。死人を生き返らせることができるのは人を造りたもうた神のみです。私は、聖女。聖女は邪を祓うことしかできません」
「逃げんなよ」
「いいえ、事実を述べただけです」
誰が見てもわかるほど大きく震えている手では行商箪笥の引き出しを上手く開けられない。震える手をぶつけながらゆっくり引き出しを引き、小瓶を五本、縄に綴られている薬包紙の束を落とさないように両手で大事に取り出しローテーブルに並べていく。
「どんな毒をも無効化する聖なる薬をお持ちしました」
「・・・・・毒を無効化?」
「はい。邪を祓う聖なる力はどんな毒も無効化させることができます」
ランサーは目を大きく見開き、並べられた小瓶をじっと見つめる。数秒見つめると、ふんと鼻を鳴らして腕を組みソファの背もたれに背中を預ける。さっきまで睨むようにロゼを見上げていた目が今度は瞼を目の半分まで下ろし見下す。わざとらしく下手に出ていた態度を一変させ、表情に微笑一つ出さなくなった。
「さっきの炎の方が幾分マシだったな。一気に興醒めだ。帰んな」
「信じてもらえないのでしょうか」
「信じるわけないだろう。この世に聖女は存在しない。大したことない偶然で起きた現象を面白おかしく誰かが吹聴しているだけだ。そうだろう?それにお前はこう言った。死人を生き返らせることはできない、と。仮にお前が本当にネラルク大公国の王子を治癒した聖女だとしても、俺は神しかできないであろう奇跡以外信じねぇな」
「・・・・・私を聖女だと信じなくてもいいです。だって、私は・・・・。」
「・・・・・私は?」
「・・・・・いえ、信じなくても構いません。ですが、私は交渉に来たんです。ガナッシュさんを返してください。そのために貴重な薬を持ってきました。フラミンゴさんにも確認しました。毒を無効化するこの薬は未だかつて聞いたことがないって。想像もできないくらいの高値で取引できるって。だから、この薬と引き換えにガナッシュさんを返してください」
ロゼもランサーもさっきまでの小芝居のような演技を忘れており、ランサーに至っては交渉に応じない姿勢を見せている。さっきまでは相手を手玉にとってやろうという態度が見えたが今はない。交渉の余地すらないとしているランサーに、そのまま尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないロゼは、自身も聖女のフリを忘れてありのままの自分でランサーに向き合う。フラミンゴと話し合って立てた聖女に扮し特別な薬を以て交渉する作戦は失敗だったのかもしれない。けれど、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
「確かにそんな薬は聞いたことがない。だが、嘘だろう?」
「嘘じゃありません」
「なら証明してみせろ」
「その前に約束してください。もし本当だったらガナッシュさんを返してくれるって」
「ああ、いいだろう。だが、嘘だった場合お前はここを出ることを許されない。闇ルートを通じて売りに出す。俺は女を売るのは好きじゃないが買い手はいくらでもいるからな。多少の金になるだろうよ」
ロゼは爪が食い入るほど手を握りしめる。唇を嚙みしめながら大きく頷いた。「待ってくれ!」ガナッシュが縛られた身体を乗り出して声を上げる。「代償が大きすぎる!あなたになんの損失もないのに、どうして彼女がそこまでしなければならない!」前のめりになったガナッシュの身体をアーノルドが襟首を掴んで強引に後ろへ引く。「邪魔をするな。今、二人の取引は成立したんだからよ」襟を引っ張ることでガナッシュの首を絞めているアーノルドに「おい、人質傷つけんじゃねぇぞ。いくらコイツが似非聖女だからって店を燃やすだけの力はあるんだからな」とランサーが諫める。
「だろう?自称聖女様?」
「・・・・・。」
「ずっと震えてる様子だがお前の目に闘志が漲ってるのがわかる。絶対にこの場を引く気はないんだろ?いいぜ、その喧嘩、買ってやる」
ランサーは机に並べられた瓶を一つ摘まみ上げロゼの目の前に差し出す。「賭けようぜ。俺も仕事用で最近毒を入手したとこでな。その毒をお前の薬が無効化できるのか試してみよう。もしできたら約束通り大貴族様を返してやる。だが、できなかったらさっき言ったとおりだ。いいな」ランサーは嘲笑を含んだ声で言葉に圧力をかけてくる。ロゼは瓶越しに見えるランサーの目を逸らさずに小さく頷くと差し出された瓶を受け取った。器用に片側だけの口角を上げたランサーはロゼから視線を外し、アーノルドとブラッドに頷いて何やら合図を送る。ロゼもぶかぶかの白いローブを着なおし頭に被っていたフードを外すと、心配そうに見つめるガナッシュに視線を送る。そして首にかけたネックレスをぎゅっと握った。もう、その手は震えていない。真剣勝負を前に恐れは吹き飛んでいた。
「ブラッド、アレを持ってこい」
「アレ?」
「アレだよ、アレ。お前にこの間あげただろう」
「・・・・あっ!!」
Bの隣に立っていたブラッドが子供のように嬉しそうに声を上げ「持ってくる!」と急いで部屋を飛び出していった。「B、こっちに来な」急にランサーに指名されたBは「え!?」驚きの声と共に肩を大きく跳ねさせた。猫の顎をさするように指でBを呼ぶランサーに恐る恐るBが近づく。ロゼの横を通り過ぎようとしたところで「アーノルド、BUGを逃がすな」とランサーが告げると、ガナッシュを捕らえていたアーノルドがガナッシュから離れ、今度はBの首に腕を回すと、Bの右腕を自分の腰に回し抵抗させないようにする。
「B、お前は一千万で何を手に入れた?」
「え・・・?」
「俺が要求した一千万。お前は見事に持ってきた。しょっぺえモノしか盗めなかったお前が大金を持ってきたこと。俺は嬉しかったぜ」
「俺は・・・特になにも」
「なにもってことはねぇだろ」
「俺は・・・運がよかっただけ。一千万をどうやって集めたらいいかわからなかったけど、スったおっさんから色々波及していって、それで・・・。」
「運を味方につけるのも大事なことだ。賭博と一緒、そのときの運で大金を手にすることはあるんだよ。でもなんで大金を手にできたかわかるか?それは、動いたからだ」
「・・・動く?」
「お前が友達を助けるために、そして新たな生き方を手に入れるために動いたからだろ?動いたから手にできた。そういうことだ」
ランサーはBに目をやることなくグラスに注がれた酒に口を付ける。「いいか、B。例えばお前が宝石を手に入れたとする。売ればそれなりの金になる代物だ。だが、お前が何もせずに持っているだけだとそいつはただの石ころ。お前は石ころのまま持ち続けるのか、換金して他の必要なものを買うのか。・・・迷うことないよな。換金するに決まってる。お前にとっては何の意味もない石ころなんだからよ。だが、その石ころに大金をはたいてでも欲しいやつが存在する。つまりモノの価値は持ち主で変わるんだ。お前が一千万で得たもの、生かすも殺すもお前次第だぞ」口を付けたグラスをテーブルの上に置くとランサーはBを見上げた。
「・・・わかってる。ちゃんと大事にするって決めたんだ」
「そうか」
「ボス・・・俺のことを拾ってくれてありがとう。BUGの仕事はつらいこと多かったけど、俺、アドベントっていう組織の一員であれたこと嬉しかった。ボスは俺に居場所をくれた、仕事をくれた。・・・けど、ごめん。俺は“可能性”を見つけちゃったんだ。俺が俺として生きれる可能性。それを示してくれた人がいる。俺、それに懸けてみたいんだ。誰かに使われる人生じゃなくて、俺自身の意思で歩む人生」
Bが項垂れて長い前髪で目だけでなく顔も隠す。アーノルドの腕に乗りかかるように前のめりになっているBをアーノルドが乱暴に起こすと、揺れる前髪の隙間から見えたBの目が嬉しそうに垂れていた。
「テールズ、ロゼちゃん、ガナッシュ君。俺に可能性を見せてくれた人たち。小さな幸せを大事にする人たち。特にロゼちゃんは俺に価値の意味を教えてくれた。さっきのボスみたいに。それって俺にとっては何よりも価値のある金言なんだと思う。・・・最初ボスに一千万持ってくるように言われたとき絶対無理だと思った。けど、動いてよかった。運を引き寄せられてよかった」
「そういうことだ。動かなきゃ手にすることは出来ねぇ。強請って与えられる人生なんざ面白くないだろう。欲しいものは自分の力で取りに行け。そして・・・得た仲間を裏切るんじゃねぇぞ」
「・・・うん。ありがとう」
照れながら口元をニヤつかせるBと同じようにランサーも小さく笑った。「じゃ、大事な仲間のために身体張れるよな?」そういうや否やランサーはソファから立ち上がりガナッシュのいる方へ歩を進める。「え?」一瞬にして顔を引き攣らせたBとは対照的にランサーの顔がみるみる緩む。
「さあ、似非聖女様。Bの身体で毒を無効化してもらおうか」
ランサーの声と同時に細長い木箱を手に持ったブラッドが部屋に戻ってきた。さっきはしていなかった籠手を嵌めている。ブラッドがBに近づくと「ななななに!?それなに!?」身体を仰け反らせてブラッドから距離を取ろうとするがアーノルドに拘束されているために動けない。
「毒だよ、毒。お前の身体に毒を入れるんだ」
「はいぃぃぃぃ!!!?なんでそうなるの!?」
「薬の効能を確かめるんだよ。お前、仲間を助けに来たんだろ?だったら仲間のためなら命かけれるよな?」
「ちょおおおっとまって!!話が突飛しすぎじゃない!?」
Bは首を絞められながらも必死に顔を左右に振る。「まってまってまって!!近寄らないで!!」嬉しそうに目も口も三日月を描いているブラッドがBの顔に木箱を寄せる。
「喜べ、B。キングコブラだよ。僕、ワクワクする」
「キングコブラ~~~~!!!!!?」
悲鳴を上げたBが顔だけでなく足もバタつかせた。屈強なアーノルドでさえも抑えるのに苦労するほどBは暴れる。「死んじゃう死んじゃう死んじゃう絶対!!ぜえったい!!ぜえったいだよ!!」大声を張り上げ過ぎてBの声が掠れてきた。
「聖女様が助けてくれるって。信じろよ」
「本気で言ってる!?キングコブラは100%死ぬんだよ!?」
「かもな」
「かもな、じゃなぁーーーい!!想定と違うし!!」
「あっ!!」暴れていたBが口を開けて動きを止める。「想定?」ランサーが嬉しそうにBに聞き返した。「ほーぅ、何やら算段があったようだな」ランサーは視線をBから外さない。下唇を噛んだBは涙目になりながら首を横に振る。
「わかりやすい奴だよな、全く。俺が易々と毒ガスでも使うと思ったか?確かに俺は元武器商人で今でも多くの兵器は取り扱ってるが、そんだけ金のかかるやつをお前なんかに使うかよ」
ランサーは今度はロゼに視線を向ける。ロゼはテーブルに出していた薬包紙の束を行商箪笥に戻している。「まさかとは思うが、そいつは毒ガスを無効化する薬ってか?」鼻にかけたような声で訊ねるランサーにロゼは何も言い返さない。何も言い返さないが動揺している様子もなかった。ランサーは上げていた口角を下げる。「・・・おいおい」焦りを見せたのはランサーの方だった。
それ以上に焦っていたのはBである。Bは必死に暴れながらロゼとガナッシュを見て大声を出した。
「ねえ!!死んじゃうよね!?キングコブラどうする気!?俺の身体に毒入れるってそんなことされたら俺、死んじゃうよね!?ねえったらねえ!!」
ロゼもガナッシュも何も言わない。
「なんとか言ってよ!!俺死ぬかもしれないんだよ!!さっきの話聞いてた!?俺とボスのチョーいい話聞いてたよね!?俺たちもう仲間だよね!?」
ロゼもガナッシュも口を半開きにしたまま動かない。
「ちょっとおお!!!なんとか言ってよ!!ポカンとしてないでさあ!!俺だけ!?俺だけなの!?仲間だって思ってるの!!」
今にも泣きだしそうな顔をしているBにガナッシュが頷いた。
「なあんでだよおお!!今それは笑えないよお!!ガナッシュくうん!!」
全力で暴れるBに「うるさい」アーノルドがBの頭を押さえ顎を持ち上げると強制的に口を閉じた。無理やり黙らせたBをブラッドの傍に引きずるアーノルドを見てランサーがふぅと息を吐く。
「どうだ?舞台は整ったぜ?それでも聖女様は俺に挑むのか?」
「・・・・・。」
「やめとくのも一つの手だ。目の前で人が死ぬ様は見たくないだろ?」
「・・・・・やめません」
ロゼは睨みつけるようにランサーを見上げる。「必ず助けます。Bさんも、ガナッシュさんも」睨むロゼを前にランサーも目を細めて「・・・頼んだぜ、聖女さん。俺につまらない殺しをさせるな」顎をさすって微笑んだ。




