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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第二章 その男、B
14/87

14.聖女?現る


重たい足取りで酒場を出ると、日が落ちかけた夕闇のなかでフラミンゴが立っていた。「お前たち・・・よかった」安堵の溜め息を零すと今にも泣きだしそうなロゼに近づく。ハンカチを出して唇が裂けて出血しているロゼの口を押さえた。


「フラミンゴさん・・・」

「ロゼ、怖かったな。大丈夫か?宿に戻ろう」

「フラミンゴさん・・・ガナッシュさんが」

「ああ、知ってる。ガナッシュは自ら人質になるのを望んだんだ。無事でよかったよ、ロゼ、テールズ」


フラミンゴはロゼの頭を撫でる。「フラミンゴさん・・・俺」俯きながらテールズが声を震わせた。「テールズ、久しぶりだな。積もる話もあるが、今はそれどころじゃねぇ。一旦、出直そう」フラミンゴはロゼの手を引き、テールズの肩をポンポンと叩いた。


「B、お前も来い」

「え・・あ、でも、俺」

「今はお前の力が必要だ。金は出す。・・・どうにかしてガナッシュを助けたい」


フラミンゴは帽子を深く被り表情を隠すように頭を下げた。「金なんていらないよ!俺のせいなんだから!・・・ロゼちゃん、ごめんね」Bはロゼを見るがハンカチで口元を押さえているロゼは俯いており、目を合わせようとしなかった。


宿屋に戻るとすぐにロゼははちみつで作った軟膏(バーム)を唇に塗った。必死過ぎて傷の痛さなどわからなかったが、軟膏を塗る指に触れる唇には深い切れ目がいくつもあった。頬の擦り剝けた部分にも同じように軟膏を塗り、その様子を見ていたテールズが「・・・君、親父にお世話になってるって言ってたけど、もしかして」そこまで言って言葉を止める。虚ろな目をしたロゼがゆっくりとテールズを見上げると、テールズの肩が小さく跳ねた。


「大きな犠牲を払っちまったが、条件通りランサーがお前たちの解放を認めてくれてよかったよ」

「条件?ガナッシュ君と俺らの引き換えが?」


Bがフラミンゴに訊ねる。フラミンゴは大きく頷いた。「一瞬の隙を突いてロゼがアドベントの手に渡った。それからガナッシュは大慌てで俺のところに来て、自分を交渉のカードに使ってくれと頼んだ。アドベントはマフィアだ。金と強大な力を持つものと繋がりが欲しいはず。だから自分が行く、と」フラミンゴは手で顔を覆い「引き留めた・・・もっとこちらが有利になる交渉ができないかと。けど、時間をかければかけるほど最悪な状況に陥ってしまう気が俺もガナッシュもしてた。だから・・・こうするしかなかったんだ」身体を丸めて頭を抱える。


「ガナッシュは自分の力でどうにでもできるのかもしれない。けどよ、俺たちはずっとアイツに助けられてるんだ。サンジェルの店のことも、俺のことも、テールズやロゼのことだって。・・・このまま何の恩も返さずにいるわけにはいかない。なのに、どうすれば」

「交渉・・・じゃ、無理があるよね。だってガナッシュ君って大貴族なんでしょ」

「ああ」

「俺たちじゃ太刀打ちできない。大貴族と引き換えに差し出せるものなんか俺たちには用意できないよ。・・・ボスが国一つを相手取って交渉しようとしてるなら尚更だ」


フラミンゴもBも暗い顔をして黙ってしまう。「大貴族と・・・どういう繋がり」ポツリと零すテールズに誰も反応しなかったが、薬を塗り終えたロゼが「ごめんなさい」と身体と声を震わせる。「私のせいだ・・・。私が、簡単に攫われちゃうから」身体を小さくしてポタポタと涙を零した。すぐ隣にいたテールズがロゼの傍にしゃがみ込み慰めるように肩を優しくポンポン叩く。フラミンゴもロゼに近づき「ロゼのせいじゃない」と頭を撫でた。


「ガナッシュさん・・・どうするつもりなの?」

「アイツは・・・いい条件をランサーに提示するだろう。それで国と交渉させるんだ」

「国・・って?」

「ネラルク大公国だ。ガナッシュはそこを統治する大公殿下の息子であり、ミドルネームに国の名前を貰った正統後継者。ランサーがネラルク大公国に取引を持ち掛けたらガナッシュを取り返すために大公殿下は動くだろう」

「そうしたらガナッシュさん、助かるの?」

「ああ、きっとな。・・・だが、ガナッシュが提示する条件とランサーが要求する条件が双方納得できるものになるのかは・・・わからない」


小首を傾げているロゼと同じようにフラミンゴも首を傾げた。「もう、これから先のことは俺でもわかんねぇんだよ」瞳に涙を滲ませ、フラミンゴは目を細める。


「ロゼ、ガナッシュは謝ってた。自分が傍にいながら二度も連れ去られたのは自分の過失だと。守れなくてごめん、と」

「違う。ガナッシュさんのせいじゃない」

「元を辿れば俺の商売の仕方が間違ってたんだ。サンジェルに守られ、ロゼに生かされ、ガナッシュに助けられて。それに完全に甘えちまってた俺がそもそもの元凶だ。大公の息子だとわかった時点で俺はさっさとアイツを国に帰すべきだった。そしてあのとき商人を辞めるべきだったんだ。まさか・・・こんなことになっちまうなんて」

「違う違う!私、見たの!あの人たち悪いことしてた!悪いのはあの人たちなのよ!麻薬の密造だって誘拐だって・・・!あの人たちが悪いんだからフラミンゴさんもガナッシュさんも悪くない!」

「ロゼ・・・そんなことはわかってるが、世の中にはああいう生き方をする奴らがいるのも事実。現にゾビ侯爵は亡くなった」


「え・・・?」Bが弱弱しい声で訊ねる。「ガナッシュ君が言っていたボスの取引相手?」それにフラミンゴは頷いた。


「自殺なのか他殺なのかはわからない。汚職の件で捜査に入った保安官が、自宅で亡くなっているゾビ侯爵を見つけたらしい」

「そう・・・なんだ」

「ゾビ侯爵に同情する気は微塵もない。だがよ、こんな身近でこんなこと起きちまって・・・しかも俺はそんな奴らの目の敵にされてたんだって思うとゾッとする。俺一人犠牲になるくらいなら構わんが、大事な人たちを巻き込むくらいなら・・・俺は」

「違う!おかしいよフラミンゴさん!こんなこと許されるはずないでしょ!?許されないことしてるのはあの人たちなのに!」

「わかってるよ」

「わかってない!なら、なんで自分を責めるの!?あっちが悪いのにどうして向こうを責めないの!?」

「・・・いいか、ロゼ。世界ってのは様々な事情を抱えた人たちの集合体なんだ。性格も違えば生きる環境も違う。考え方も違うし価値観も違う。それはわかるだろ?その中にアイツらがいるだけだ。否定するのは簡単だが、ああいう奴らが消えることはない。そんな奴らとも共存していくしかないんだ。光と影は表裏一体。正義がある限り悪も消えん。なら俺たちはそんな奴らを上手く回避しなければならない。呑み込まれないようにしなければならない。・・・だが、それに失敗した。だからこの結果には俺にも責任があるんだ」

「違う違う違う!」


ロゼは首を大きく左右に振る。「絶対にそんなの違う!あの人たち利用してるだけでしょ!?私のことだって、ガナッシュさんのことだって!銃を向けられた、ナイフを翳された、暴力で黙らそうとした。あんなやり方で欲しいものを手に入れようなんて、許しちゃダメだよ!!」ロゼが睨みつけるようにフラミンゴを見上げた。「・・・ロゼ」情けなく眉を垂らしているフラミンゴは続く言葉が出てこない。


「おっさん、綺麗事なんてよしなよ。俺らが相手にしてるのはマフィアだよ?理不尽なんてものは当たり前。なら、こっちも常識を捨てなきゃ戦えない」

「向こうが汚い手を使うならこっちもそれが許されると思ってんのか?そんなの新たな火種を生むだけだろ」

「違う違う。ボスは頭がいいんだ。金には金、力には力、そんな単純な話じゃない。ただ、純粋に取引を楽しんでるだけだ。金の亡者でもなければ、この世を支配しようとも思ってない。取引によって広がる世界を面白がってるだけのように感じる。その気持ちは商人のおっさんならわかるんじゃないの?大体さ、おっさんが巻き込まれたのは俺のせい。なに自分の責任とか言っちゃってんの?こうでもしなきゃまずテールズは救えなかったんだから、今度は次のことを考えればいいだけでしょ。後悔したって時間は戻せないし、ガナッシュ君も戻ってこない」

「・・・まさかお前に説教されるとは思わなかった。ならBよ、俺たちはどうしたらいい?どうしたらガナッシュを助けられる」

「そんなの俺に聞いてもわかるわけないでしょ。俺はまんまとボスに踊らされた奴だよ?」


えへへ、と頭を搔くBにフラミンゴは唸るような溜め息をついた。「コイツに期待した俺がバカだった」顔を皺くちゃにしてフラミンゴは泣きそうな顔をしている。


「まあまあ、きっとガナッシュ君も俺らには期待していない。ボスたちも俺らのことなんか気にも留めてない」

「だろうな」

「だから足掻いてみようよ。力を持たない俺たちにできることは足掻くことだから。それでガナッシュ君がいい条件を引き出せたらいい。・・・ま、逆に悪化させちゃうかもしれないけど」

「これ以上悪化させたくねぇよ」

「俺は頭弱いから作戦立てるとか無理だよ?でも、そんなの関係なしに俺らが何かしら動くことで状況が変化するってことはあるんだ。それはBUGの仕事をしていた俺がよく知ってる。俺にとっては些細なことでもボスにとっては好条件になることがある。その辺は頭のいい人たちに任せて、俺らは俺らにできることをしよう。どうしたらいいのかさっぱりだけど、今の俺は一人じゃないから。おっさんがいる、テールズもいる、それにロゼちゃんもいる。・・・俺、ロゼちゃんならどうにかできると思う」

「ロゼが?」


フラミンゴは訝しげにBを見た。Bは相変わらず長い前髪で目を隠しながらにっこり笑う。「ロゼちゃんは人と着眼点が違う。俺らでは考えられないようなことを思いつきそうだ。テールズ、この子はアホそうに見えるけどすごい子だよ。おっさんもそうだけど大貴族らしいガナッシュ君もお気に入りでさ、あのアーノルドさんだって一目置いてるんだ。そんで俺の好きな子」両手を広げてテールズに紹介するB。テールズは呆れた顔をしながら「どうでもいい情報が含まれてた」と首を振る。


「ロゼ・・・って言ったっけ」

「はい」

「親父とおふくろが世話になってる?」

「私がお世話になってます」

「いや、そうじゃなくて。・・・・フラミンゴさん。もしかしてこの子って俺が昔言ってた魔女?」


「え?魔女?」Bが驚きの声を上げてテールズとフラミンゴを交互に見た。「中らずと(いえど)も遠からず」濁したフラミンゴはBに目をくれてやらない。


「見ただけで麻薬(ヤク)を言い当てたときに、もしやとは思った。親父たちとも関わりがあるようだし」

「ねえ、魔女ってなに?ロゼちゃん、魔女なの?」

「お前が家を出て行ってからサンジェルたちが引き取った。お前の義理の妹みたいなもんだな」

「ねえねえ、無視しないでよ。ってか、テールズとロゼちゃん家族になるの?なにそれ、ズルくない?」

「いつの間に親父たち・・・。それにしても、こんな若くて可愛らしい子が魔女だとは誰も思わないな」

「わざと?ねぇ、わざとでしょ。俺も仲間にいれてよ」

「あったりめぇだ。少なくともガナッシュにとっては聖女様だからな。あーもーアイツのロゼに対する寵愛ぶりってのはすごいもんで」


「・・・ん?聖女?」ぽかんと口を開けたままフラミンゴが宙を見上げた。「聖女?聖女って、あの聖女?ピンチを救ってくれるあれ?」Bがフラミンゴに訊ねるがフラミンゴに返事はない。「ねぇねぇ、さっきから無視しないでよ」Bがフラミンゴの袖を引っ張ろうとすると「あああっ!!!」とロゼが大声を出し慌てて立ち上がった。


「あ、おい!ロゼ!どこ行くんだ!」

「フラミンゴさん!ジンを出して!」

「ジンを!?もう夜になるってのにどこ行こうってんだ!」

「奇跡を起こすの!」


ロゼは行商箪笥を手に持ち三人に振り返って叫んだ。


「聖女様の起こした奇跡・・・・絶対に私も、奇跡を起こしてみせる!!」


**


ガナッシュの目の前には一人掛けソファに深く座る小柄ながらも放つオーラから実寸よりも大きく見えるランサーと、その隣に立つ地面よりも圧倒的に天井に近い位置に頭があるアーノルドがいた。「大貴族様には物足りない部屋だったかもしれないが、よく眠れたかい?」ランサーが訊ねる。ランサーが商談の場に使うであろう部屋にベッドなどなく、ローテーブルを囲むソファに、本がぎっしり並んだ棚、窓のカーテンから光が漏れることはなく、今が夜なのか朝なのかもわからない。ガナッシュは「おかげさまで。私ごときには十分な計らいですよ」と嫌味を言った。


「喜んでくれたのなら何よりだ。さすがに俺も大貴族様を相手にしたことはなくてね。とんだ失礼をしてないか心配だったんだよ」

「何を仰いますか。ゾビ侯爵と交流があったとお聞きしていますから、爵位を持たずしてもさぞかし品のある優れた御仁なのだと疑ってはいませんでしたよ」

「口が達者だな。さすがは貿易国で有名な大公の息子だよ。会えて嬉しいぜ」

「私はできるだけお会いしたくありませんでしたけどね」


身体を縛られているガナッシュが身を捩る。「こんな状況下にあっても憎まれ口がきけるのか。俺の手下たちに見習わせたいもんだ」ランサーはグラスに酒を注ぎ一口飲むと、もう一つのグラスにも酒を注ぐ。


「そっちも飲まないか?」

「生憎、甘党でして。酒は好きじゃないんですよ」

「つまんねぇな」

「よく言われます」


ガナッシュ用に注いだグラスをランサーはアーノルドに渡した。アーノルドはその酒を一気に飲み干し「これが男ってもんだろ」とランサーが鼻で笑った。「ま、俺も酒はほどほどにしか飲まねぇがな」というランサーは言葉通り二口目を口にせずにいる。


「折角おしゃべりするのなら、いい気分になって頂きたかったんだがね」

「素面でも付き合えますよ」

「ははっ、いいねー、その若いが故の怖いもの知らずな感じ。俺の若い頃を思い出すよ」

「お褒めに与り光栄です」

「ああ、褒めてやる。だが、先に聞きてぇな。何で、大貴族様が小娘一人のために犠牲になったのか」


ソファに深く座っていたランサーが前のめりになり、自分の目線まで上げた手から金色のネックレスを垂らした。ガナッシュがロゼに贈ったネックレスがランサーの手にある。


「実に興味深い娘がいるとアーノルドから聞いて、このネックレスを見たときには驚いたね。この獅子はルイズベート家の家紋だからな」

「どうしてあなたが持っているのですか」

「聞いてるのはこっちだ。お前はあの娘を買ったのか?貴族ではないんだろ?ならその理由は?」

「それを聞いてどうしようというのですか」

「今度は俺が買うんだよ。育てりゃいい女になる、そうアーノルドが言うんでな」

「あの子は預かっただけです。必ずご両親の元に帰さなければならないので取り返しにきました」

「話を逸らすな。大貴族の立場にあれば金でものを言わせることだってできただろうに、お前は自分の身を投じてまでその娘を助けに来た。バカらしいことだ。だけど俺から見るお前はバカじゃない。何か考えあってのことだろう?だから不利な状況にあろうとも怖気づかない。虎視眈々と俺を欺こうと隙を狙ってやがる」


ネックレスを乱暴に握りしめたランサーは口角を上げたまま「今、俺が喜んでるのがわかるか?こんなにゾクゾクする取引はあまりない。どれだけの大金になるのか・・・いや、金以上のものを手に入れられるのか震えちまうよ」真っ直ぐにガナッシュを見る。ガナッシュはランサーからの視線を逸らすことはない。応戦するように見つめ続けた。


「遊ぶなよ、ランサー。逆に食われちまったらどうするんだ」

「ああ、この緊張感、たまらないよな」

「今までの取引相手とは桁違いなんだ。一国の統治者、その後継者だぞ。下手すればこっちが潰される」

「わかってる、だから色々聞き出したいのさ。有利に交渉を進めるために」


前のめりになっていた身体を後ろに引きランサーは背もたれに身体を預ける。持っていたネックレスをテーブルに投げつけると足を組み、右手で三本指を立てた。


「取引の条件は三つある。一つは金。金額はそちらさんにお任せするよ。どれだけ金を積んでくるのかはそっち次第だが、さすがに白けた金額を出してはこないだろう。ま、あまりなめたことされたら血をみることになるがな」

「他は?」

「二つ目は金鉱山の所有権だ。ネラルク大公国にある金鉱山を俺たちアドベントのものとする」

「無茶がありますね。そうするくらいでしたら私の命なんかいりませんよ」

「そんな無慈悲な親がいるのか?悲しいこというなよ」

「最後の一つは?」

「蒸気船を一つ乗組員ごと寄越せ」

「船、お持ちじゃないんですか?」

「ああ、持ってないね。だがお前たちの持つ蒸気船にはロマンがある。帆船がメジャーの中で突出した存在だ」

「燃費も悪いしコストもかかりますよ」

「ロマンだっつってんだろ。甘い顔しときながら夢がねぇな」

「はい。夢を語らうあなたが羨ましいです」


ガナッシュは鼻にかけたように言う。「なめた口をきくな。死なない程度なら痛めつけてやってもいいんだぞ」ガナッシュに近づいたアーノルドがナイフを手に取りガナッシュの喉元に突き立てた。ガナッシュは顔色一つ変えない。「今の条件を聞く限り、父は交渉の場に立たないでしょうね。父にとって私の命は国の利益以下でしょうから」突き立てられたナイフに怯えることなくガナッシュは目の前のアーノルドでなくランサーを見ていた。


「お前一人息子じゃなかったか?他に後継者いないんだろ?」

「代わりは他にいますよ。血統さえ気にしなければ」

今日日(きょうび)、そんな貴族がいるのか?お前たち貴族は血統重視だろ。嘘つくにももっと真実味のある嘘つけよ」

「ウチは確かに後継者が私しかいない。ですが、同盟を組んでいるボワイア国には二人の王子がいる。私がいなくなったらボワイア国から第二王子であるセバスチャンを大公爵として着任させるでしょう。それはニヘイア家にとっても悪い話ではない。そして王族であるニヘイア家が着任することに父も国民も文句は言わないでしょう」

「だからこの条件では釣り合わないとでも言いたいのか?あまりに自分を安く捉えすぎじゃないか?」

「安いんですよ、私は。だから小娘一人のために身を擲つのです」


ガナッシュはずっとランサーを見続ける。「・・・アーノルド、どけ。そいつに脅しは効かない」ランサーの指示によりアーノルドは突き立てていたナイフを仕舞い、チッと舌打ちをしながら近くのローテーブルを蹴り上げた。グラスに入っていた酒が零れる。


「まぁ、焦る必要ない。俺らは俺らの条件に見合うまで交渉し続けるだけだ。その威勢がどこまで続くのか見ものだな」


ランサーはソファから腰を上げて立ち上がると扉へ歩を進める。ドアノブに手を掛けようとしたところでコンコンとノックが鳴った。ランサーの代わりにアーノルドが扉の前に立つ。「なんだ」と扉の向こう側にいる誰かに声をかけた。


「・・・・・・・本気で言ってるのか?」


ガナッシュに背を向けていたランサーとアーノルドが振り返る。笑っていた。声は出さずにくつくつと笑っている二人の肩が上下に揺れると、大きく息を吸い込んだ。


「最高だぜ!!通しな!!俺は大貴族様と交渉できるだけでも楽しくて仕方がないってのに、まさか聖女様と取引ができるなんて思いもしなかったぜ!!」

「・・・・聖女、様?」


ローテーブルを囲むソファーの一角にランサーはまた腰を下ろす。さっきまで座っていたところの反対側。ガナッシュに背を向けたランサーは扉の前に立つアーノルドに頷く。アーノルドによって開けられた扉から現れたのは、ブラッドに連れられたBと白いローブを着た小柄な人物。手には木製のタイヤがついた行商箪笥を引いていた。


「初めまして、聖女さん。今日はどういった御用で?」

「取引に来ました」

「ほお、なにか欲しいものがあるのかい?」

「大事なものを返してほしいんです」


声が完全にロゼだった。ロゼは声を震わせたまま右手を突き出しテーブルに粗末に置かれたネックレス、そしてガナッシュを指さした。


「返してやってもいいが値が張る代物だぜ?このお坊ちゃんは自分を安い人間だと思ってるようだが、俺としては今までにない高値の品で」

「ガナッシュさんは品物じゃありません。それに人から奪ったものを売るのはルール違反です」

「ルール?誰が決めたルールだよ」

「商売には様々なルールがあると聞きます。盗品に値を付けてはいけない。だからあなたたちが奪ったもの返してください」


ランサーが肩を小刻みに揺らし笑った。「それじゃあ取引になんねぇな。何かを得るためには対価を払わなきゃならない。それくらい聖女様も知ってるだろう?」両肘を背もたれにかけ踏ん反り返ったランサーを泣きそうな顔でロゼが見る。


「折角助けてもらったのに戻ってきちまうとはね。ランサー、この子だよ。そこの大貴族様に目を掛けられている小娘ってのは」

「ほお・・・。お前の言う通り大した娘じゃないか。無垢でなにもわかってなさそうな純朴さがありながら強い意志を感じる。馬鹿正直な奴ってのは使い勝手がよくてね、確かに欲しくなる逸材だ。どうだい、お嬢ちゃん。俺らの仲間にならないか」

「嫌です」

「はっきり言うね」

「まず、そのネックレスを返してください。それはネラルク大公国の王子様を救ったお礼として頂いたものです」

「・・・・・は?」

「ネラルク大公国に伝わる聖女は私のことです。そのお礼に貰ったもの。あなたたちが奪うことも、誰かに売ってお金にすることも許しません!」


震えた華奢な声が部屋に響く。一瞬の間を置き「ぶわっはっはっ!!」とランサーとアーノルドが口を大きく開け笑った。ロゼの後ろでBと並んでいるブラッドも口をわなわなさせながら笑いを堪えている。


「あーそうかい!だからお嬢ちゃんはコイツに買われてんのかい!ようやく納得がいった!けど、どうした!?あまりに年若いが聖女様ってのは年取らないのか!?あ?」

「・・・・せ、聖女は!普通の人と流れる時間が違うんですよ!」

「なるほど!なるほど!そうだな!聖女様は普通の人間じゃねぇもんな!なら、その力でご主人様を助けてみろよ!聖なる力ってやつ、俺にも見せてくれよ!」


腹を抱えて笑うランサーを前にロゼはまた目を潤ませてランサーを睨んだ。「ロゼ・・・ダメだ」小さく零したガナッシュは身体を縛られたままどうにか立ち上がろうとする。「おいおい、どこ行こうっていうんだ。折角聖女様のパフォーマンスが見れるってのに水を差すなよ」ランサーが乱暴にガナッシュの襟首を掴み上げローテーブルの上に顔を叩きつけた。


「やめてっ!!!!」


甲高い声が響くと同時にロゼの両手から真っ赤な炎がボウゥと広がった。確かな熱を感じ、ランサーもガナッシュも動きを止める。アーノルドもブラッドもBも口を開き固まった。ロゼはランサーを睨みつけて「手を離してください」と告げてもランサーが動かない。ロゼは手をパンと叩き摺り合わせるとゆっくり両手を広げ、さっきよりも大きな炎を手のひらから出し部屋全体が黄味がかったオレンジ色の光に包まれる。


「言うこときかないと、このお店を燃やします」

「な・・・っ、なんだと?」

「一階の酒場に火が回れば、あっという間にこのお店は燃えますよ。いいんですか?」


相変わらず声が震えているのに言葉だけはランサーを脅している。返事のないランサーにロゼは指を弾くように小さな火の玉をランサーの目の前に投げ、ランサーはひっくり返るほど身体を仰け反らせた。


「取引です。ガナッシュさんを返してください」


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