吉日
想いに耽っていると、お札場から呼ばれる。
「はい。」
私はお客様に返事をし、言われたお守りを売る。
「ご苦労様です。」
この宮では、お客様が帰る時、そう答える様言われていた。
廊下をバタバタと走る音が聞こえる。
「結衣さん。3人で回すのは無理ですよ。忙し過ぎます。」
森君が怒りながらやって来た。
「宮司も、何考えてるんだか!佐々木さんずっと御祈祷から帰って来れませんよ!」
普段仏滅の日でも最低5人でまわしているが、今日は先勝だ。お日柄は良い。
夏風邪で休んでる者もいるし、無理があるのだ。
森君は、ずっと受付をし。
私はお札場に居る事になって、必然的に佐々木君は本殿から出られなくなってしまっていた。
「あの2人を呼び戻します。」
森君はスマホを取り出すと、鮎川さんに電話した。
しかし、虚しく音がなり留守電になる。
「あぁ!もう!俺じゃ御祈祷出来ないんですから!」
下っ端で見習いの森君は、まだ祝詞が上手くあげれず、宮司が御祈祷を許していなかった。
「落ち着いて、お客様は待ってくれるから。一旦佐々木君に水分補給とトイレ休憩を入れさせてあげようよ。」
御祈祷が終わった隙に、私は佐々木君に声を掛けてあげた。
「今のうちに、トイレと水分とっておいで。」
相当我慢してたのだろう。
雁布を慌てて脱ぐとトイレに直行した。
そして、キッチンに向かい力無く歩いて行った。
困ったな。
紗和ちゃん電話出ないじゃん。
これじゃご飯も食べられないよ。
心の中で愚痴る。
しばらくすると、佐々木君は疲れた顔色をして戻って来た。
「御祈祷、まだ残ってますよね?」
汗で額が濡れたまま、佐々木君は言った。
私はハンカチを取り出し、佐々木君の額を拭う。
「ごめんね。まだある。つかれたよね。」
私は心底佐々木君に同情した。
「わかりました。次の人達呼んで下さい。」
佐々木君は愚痴の1つも言わずに本殿へ入った行った。
紗和ちゃん、何してるんだろう?
そう思いながらも、次々とお守りと御朱印をこなしていく。
御朱印は、宮の名前を書き、判を押す。
これが意外と真っ直ぐに上から力を掛けて押さなければ綺麗に写らない。
その日は団体さんも来て、山の様に御朱印帳が積まれる。
季節限定のデザインもあり、それが良いと言ってくれれば印刷物で済まされるが、書いてほしい。
そう言う人の方が多い日だった。
紗和ちゃんは、御朱印が書けない。
だから、いつも私は御朱印を書いていた。
森君も、練習中。
必然的に、受付を頼むしか無い。
紙の印刷物の御朱印は受けが悪かった。
有り難みがないのだ。
日付だけ書いて渡せば終わりだが、来客者は御朱印帳に書かれる事を期待しているのだ。
御朱印地獄から抜け出したのは午後の3時過ぎだった。
「お腹空いた〜。」
御祈祷も落ち着いたのだろう。
森君がお札場にやってきた。
佐々木くんも来て、
「落ち着きましたね。お昼にしましょうか?たまには、3人で社務所で食べちゃいませんか?いつ御祈祷が来るかわからないですし。」
そう言うので、私は朝鮎川さんに手渡された弁当を取りに行き、社務所に入った。
神職達とご飯を食べるのは、初めてだった。
「ここ、座って食べてください。」
佐々木君に言われるまま座る。
すると、みんなの分の麦茶を注いで来てくれた。
「ありがとうございます。」
私はお辞儀して言う。
「いただきます。」
みんな、礼義正しく冷めた唐揚げ弁当を黙々と食べる。
居た堪れない。
私は良く無いかもなぁ、と思いながらも2人に聞いた。
「何で神主になろうと思ったの?」
「家が神社だから。」
森君は答えた。
「お宮の子以外、中々学校に入れないんだ。紹介状と論文もあるし。その辺、佐々木さんは優秀だよね。お宮の子じゃないのに、身体が弱くて通ってた神社の宮司の勧めで、一発合格だもん。」
森君は、ご飯を頬張りながら言った。
「そんな事はない。たまたまだ。」
佐々木君は冷静に答える。
「女の子もいるけど、婿取りに必死でやだったなぁ。」
森君は続ける。
「後継ぎは絶対だから、こっちも嫁探さなきゃならないし、早く巫女来ないかなぁ。」
ここの宮は、常駐の巫女はおらず、七五三と年末年始しか、巫女はこないのだ。
たまに、宮司が気に入った巫女が居ると、学校が休みの時にやってくるバイトの巫女だった。
彼女たちの定年は25歳。
頭の良い子は大学を卒業と共に就職し、その後現れる事は滅多に無い。
「巫女になりたいんです。」
そう言う問い合わせはしょっちゅう来ていたが、定年を聞くと皆諦める。
なぜなら、やりたいと言うのは、大抵25過ぎていたからだ。
「料理が出来るか?一度だしてみてはくれないか?」
宮司の口癖だった。
断る常套句なのだ。
私はたまたま、宮司の口に合うモノが出せた。
紗和ちゃんのおかげだ。
前もって作るメニューを決めておいたのだ。
宮司はとろろと牛タンが好きだったのだ。
紗和ちゃんは、自然薯の扱いに慣れておらず、私は旦那が自然薯が好きだった為、良く牛タンを血抜きし、自然薯と麦飯を炊いて出していた。
簡単だった。
付け合わせに、白菜を塩昆布で揉み込んだ物をだし、山の様にある、リンゴを変色しない様に塩水につけて出した。
すると、宮司はすり鉢一杯に作ったとろろを大変気に入った様子で、
「明日からも来る様に」
と、私に告げた。
それ以来、桑さんがいない時の料理は、紗和ちゃんが作るのか、私が作るのか毎回聞く様になった。
巫女が居る時は、巫女に合わせた料理を作らなければならない。
巫女は将来の嫁になる候補者なのだ。
1番大事に扱われる。
高校生から大学生までの彼女達は、とても可愛いらしく、輝いて見えた。
そんな年頃も、私にもあったのだ。
ただ、今はおばさんと言われて、彼女らにも、舐められていた。
お腹が、空き過ぎていた私達は、その後黙々とご飯を食べた。
その後帰って来る2人がどうなっていたかも知らずに。




