92.突入
突入
昨日の嵐が、過ぎ去った空には、雲一つ無く、澄んだ青空が気持ちよく広がっている。
誰も居ない門を駆け抜けた二人は、屋敷と教会の裏の作業場の二手に分かれる。
(平本さん。間もなくアイザックが位置に付きます。準備をお願いします。)
(あのー、ナナさんや。俺には、詳しい説明が何もされていないのだけれど…)
(平本さんは、いつも、理論的、学術的説明をしようとしても、聞いてはくれないではないですか。)
(しかし、準備をしろと言われても、この後、何をすればいいのかさえ聞いていないのは、どうかと思う。)
(それもそうですね。先ほど繋いて頂いた、『えにし』からの線に意識を集中して、その内側を覆う、空間に『えにし』の力を均等に広げるイメージで、力を開放して下さい。)
(うん。なんとなく判った。そんな事で良いんだ。)
(はあ、この様な抽象的な説明で、実際に出来てしまう平本さんは…)
(うん、何か言った?)
(いいえ、何も。)
アイザックは、作業小屋の入り口に辿り着き、静かに忍び込む。
話に聞いていた通り監視役の兵士が二人、場内の作業を見守っている。こちらに気付いた様子はない。
場内に積み上げられた雑多な荷物の陰に隠れながら、一人目のターゲットに忍び寄る。
(平本さん。今です。フィールド展開!)
ナナの合図で、平本は、先ほど描いたエニシの線に意識を集中し、その線を一気に広げて行く。
(フィールドが完成しました。)
ナナの言葉と同時に、アイザックが一人目の監視に飛び掛かり、頸動脈を右腕を巻き付けて締め、口を左手でふさぐ。一分もかからず、監視の兵は落ちていた。
アイザックは、気絶した兵士を静かに床に横たえると、両腕を細い革紐で、後ろ手に縛り付けると、次のターゲットに忍び寄った。
こちらの男は、壁を背にして立っている。アイザックは迷うことなく、男の目の前に飛び出し、一瞬の驚愕で動きが止まった兵士の鳩尾に正拳の一撃を入れる。前のめりに倒れこんだ兵士を受け止め、こちらも同様に床に横たえると、後ろ手に縛りあげた。
(ナナ、作業場の二人は片付けたぞ。)
(アイザック、流石です。そのまま、屋敷のジョーイの応援に向かって下さい。)
(了解!)
アイザックは、作業場を後にして、屋敷へ駆け出した。
ジョーイは、屋敷の入り口で一旦立ち止まり、視界の左上の地図を確認した。
昨夜とは違い、屋敷内を動いている点がいくつもある。
(ナナ、平本。屋敷の中を何人も動いてるみたいだが、全部赤色じゃ、傭兵と屋敷の人間の区別がつかない。)
(ジョーイ、ちょっと待って下さい。傭兵のみを赤表示にして、それ以外の人を青で表示し直します。)
ナナの言葉の直後に、動く点は、赤と青に分かれた。
赤色の点は、今の所、屋敷の左側の部屋にほとんど固まって、五つほどになっている。
屋敷の入り口に近い、赤の点は二つだけだ。位置を確認したジョーイは、勢いよく扉を開けると、風の様に屋内に駆け込んだ。
「だ、誰だ。テメーは!」
ジョーイは、入り口に一番近い傭兵の側に駆け寄り、その右腕を捕えた。
「このやろ…。」
傭兵の身に付けた簡易鎧の重量が一気に増し、傭兵を床にへばりつける。
(へえ、これは簡単だ。ナナ、ありがとう。)
(どういたしまして。その調子でお願いします。)
「この野郎、どんな魔法を使いやがった!」
少し離れた位置にいた傭兵が、腰の剣を抜き放つと、用心深く身構えた。
「今から、このお屋敷に居る傭兵の皆さんを順番に退治していきます。大人しく投降して下さいな。」
ジョーイが、朗らかに、緊張感無く、投降を呼びかけた。
「なめるな。この野郎!」
剣を振りかぶった傭兵が、ジョーイに向かって踏み込んでくる。
ジョーイは、咄嗟に身を低くすると、振り上げられた剣の下に飛び込み、男の腕を捕まえた。男の身体は宙を舞い、ジョーイの背後の床に叩きつけられる。
「なんだ。騒々しいな。」
左側の扉が開き、傭兵が次々と玄関ホールに姿を現す。多分、食事中だったのだろう、最初の男は左右の手にナイフとフォークを持ったままだ。
「誰だ、お前は?」
「はい。正義の味方です。」
「なめやがって!」
男が、右手に持っていたフォークをジョーイに向かって投げつけてきた。
ジョーイは、軽く身をひねり、飛んでくるフォークを躱す。そこに続けてナイフが飛んでくる。ジョーイは、そのナイフを空中で掴み取り、ナイフを構えて見せた。
「駄目ですよ。食器を投げたりしちゃ。行儀が悪いですよ。」
「おめーら、囲んでなぶり殺しにしてしまえ。」
部屋を最後に出てきた男が、他の四人に激を飛ばす。
ジョーイは、最初に向かってきた男の顔面に向かって、素早く右手に掴んだナイフを投げつけた。しかし、ナイフは、簡易鎧に弾かれ、床に落ちる。
後ろに大きく飛び退ったジョーイが、改めて身構える。
「ふーん。『赤えにし』でも、普通のエニシ鋼のような働きはするんだ。」
ドアを背にしたジョーイの正面から、五人の傭兵が、思い思いの武器を手に迫って来る。
ジョーイの見た所、一人一人の力量はそんなに高くなさそうだ。だが、人数が多すぎる。
どう戦うかをジョーイが決めかねていた所に、玄関の左の窓に人影が現れた。
その姿に気付いたジョーイは、右端の傭兵に襲い掛かっていた。突き出された槍を最小限度の動きで躱すと、槍の柄を捕まえ、手前に勢い良く引く。槍を握ったまま、男が前方にタタラを踏む。その肩をジョーイが掴むと、男は、簡易鎧に縛り付けられ、動けなくなった。
ジョーイに、他の傭兵が注意を向けている隙に、窓を突き破って、黒い影が飛び込み、四人の傭兵に次々と背後からタッチしていく。
四人は、急激に増した鎧の重みに押しつぶされ、床に倒れた。
「よう、アイザック。お見事!」
「人に余分に人数を押し付けたな。」
「そんな事言ったって、隙だらけの四人にタッチするのは、簡単だったでしょ。」
「まあな。」
(アイザック。そこに倒れている傭兵の簡易鎧の小手を四つ外してくれませんか?)
唐突にナナの声がする。
(小手だけで良いのか?)
(はい。それを持って、教会に急いで下さい。教祖とその手下が逃げようとしています。すぐに捕まえて、小手で動けない様にして下さい。)
(判った。)
アイザックは、素早く傭兵の二人から、その手に嵌められた小手を奪うと、教会へ向かって駆け出した。
「あら、応援が来たと思ったら、行っちゃったよ。」
ジョーイは、視界の左上のマップを見ながら次の作戦を考え始めた。




