93.対決
対決
ヘッセンの表情に焦りの色が浮かぶ。
「何故じゃ。突然わしの精神支配が解けたぞ。」
ヘッセンは、邪悪な模様に彩られ、血の滴る牛や羊の頭を乗せた祭壇に手持ちの『赤えにし』を全て供えると、一心に精神を集中させた。
「砦の外に結界が張られたか。うーむ、また、わしの邪魔をしようと言うのか。こんなもの、わしの法力で蹴散らしてくれるわ。」
かっと、目を見開いたヘッセンは、体内のあらん限りの憎悪を『赤えにし』に集中させる。
その隣の部屋ではは、ザンダーがこれまでに各地から集められた金貨と銀貨を大きなカバンに放り込んでいた。
「くそ、このエセ教祖の力もここまでか。アイツなんかここに放り出してさっさとずら駆らないとな。これだけ金があれば、当分贅沢に遊んで暮らせるさ。」
そう、独り言を呟くザンダーの背後に忍び寄った影は、ザンダーの首筋に手刀を打ち付けた。
「一人で逃げ出そうとは、情けない悪党だな。」
気を失ったザンダーの両手にエニシ鋼の小手を嵌めたアイザックが、隣の部屋への扉を薄く開いて様子を窺おうとした時だった。
アイザックの意識が黒い靄に包まれそうになる。
(な、何だ?こいつは。)
(アイザック、その黒い靄に飲み込まれてはいけません。気を落ち着けて、押し返す事を念じて下さい。)
(そんな事を言われても、どうすれば…。)
(アイザック。助けに来たよ。)
ナナの声に変って、平本の声がし、邪悪な気配を持つ黒い靄が、白い光で押し返されていく。
「誰じゃ、そこにいるのは?」
アイザックの目の前の扉が大きく開かれ、同時に黒い靄の広がり方が勢いを盛り返した。
「ほう、小癪な。わしの法力に逆らえるものか。」
(へえ、こんな弱い力で「法力」だなんて偉そうな事を言うんだ。驚いた。)
「何者じゃ!どこに隠れている、姿を見せよ。」
(うーん、隠れてもいないし、見せる姿は持っていないから、どっちも聞いてあげられないや。)
「ならば、わしの力で飲み込んでやろう。」
(あ、無理、無理。貴方の集めた憎悪の力じゃ、とても無理だよ。さっきから、俺の力の中に包まれている事に気付きもしていないじゃないか。)
「何をハッタリを言っておる。それ、我が闇に包まれよ。」
(だから、無理だって。分からないお人だな。仕方がない、ちょっと狭くしないと解らないか。)
平本が、そう言い放つと、黒い靄は白い光に押し込まれ、みるみる小さくなった。
(どう?これが今の力の差だよ。黒い力はこれ以上広げられないよ。)
(なんの。)
ヘッセンは、更に集中し、自分の中の憎悪の感情をぶつけてくる。その額には脂汗が流れ出した。
(な、何故じゃ。いつもの加護が流れ込んでこぬ。)
(うん。この砦全部を包んであるからね。もう、外から力は入ってこないよ。)
(そうか、この周囲の幕のせいか。これを破りさえすれば…。)
(いやー。無理だと思うよ。アイザック、彼に持って来た小手を付けて上げてくれるかな?)
(分かりました。)
アイザックは、小手を手に持って教祖の歩み寄る。腐った様な嫌な臭いがアイザックの鼻を襲うが、アイザックは我慢して、教祖の手を取ろうとする。
「わしに触れるでない。天罰が下るぞ!」
ヘッセンが懸命に抵抗するが、アイザックは、それを力で封じ込め、ヘッセンの両手に小手を強引に嵌めた。
「ぐおー。お、重い。手が動かせん。放せ。外せ!」
小手の重さに、立ち上がる事も叶わず、ヘッセンは床に手をついたまま動けなくなった。
(おーい、ナナ。この黒い靄は、全部消していいよね。)
(はい。消してやって下さい。)
平本は、白の光を固めるイメージで丸い球を作り、黒い靄にぶつけると、靄は消し飛んで行った。
(アイザック、協力ありがとう。後は、地下でジョーイが苦戦しているみたいだから、応援に行ってあげて下さい。)
ナナが、アイザックに告げた。
「さすがになー、タッチすればいいだけだけど、まだ、四十人以上残ってるんだよなー。」
ジョーイは、視界の左上の赤い点の数を見て、うんざりしたように呟いた。
「あ、そうだ。階段は狭かったから、あそこで、上って来た一人か二人ずつ相手が出来れば、楽ちんかも。でも、都合よく昇って来てくれないかな。」
階段のてっぺんに陣取ったジョーイは、下を覗いて少し考えた。
どうにか、上ってきてくれないかな。赤い点を見つめて願いを込めてみるが、そう都合よく物事は運んでくれない。
しばらく、じっと待っていたジョーイは、とうとう痺れを切らせて、階段の下に降りて行った。
そして、階段の下の扉を勢いよく蹴り開けると、大声を放った。
「やいやい、悪党ども。天下のジョーイ様が、お前らを成敗に来たぞ。痛い思いをしたくなければ、降参しろ!」
地下のホールにたむろしていた傭兵が、凶悪な視線をジョーイに一斉に向けてきた。
そこで、ジョーイは、一目散に階段の上に駆け戻って行った。
「この野郎!待ちやがれ!」
傭兵たちが、口々に悪態をついて、後を追いかけてくる。
階段と一番上で待ち受けたジョーイは、追いかけてきた先頭の傭兵の頭をさっと撫でる。
と、傭兵の身に付けていた鎧が、手足の自由を奪い、その重さを一気に増した。結果、二人目の頭を撫でた所で、後続の傭兵を巻き込んで、二人は階段の下に落ちて行ってしまった。
「気を付けろ。こいつ、変な術を使うぞ。」
何とか、巻き添えから逃れた傭兵が、用心しながら階段をゆっくりと昇って来る。
仕方なく、ジョーイは、階段を飛び降りて、新しく先頭になった傭兵にさっと触り、後ろに下がる。再び、鎧に身の自由を奪われた傭兵が、下に落ちて行く。こんなことを三度繰り返した所で、流石に誰も階段を上ってこなくなった。
「あーあ、やっと八人か。残りは…。」
(残りは、三十二人だ。賢くやったつもりだろうが、考えが甘かったな。)
突然、アイザックの言葉が頭に流れ込んでくる。
(うるせー。こっちは一人で四十人の相手をしてたんだぞ。)
背後から静かな足音が微かに聞こえる。アイザックだろう。
「教祖様は、捕まえられたの?」
「ああ、何とかな。平本が助けてくれていなければ、俺も精神を乗っ取られていたかもしれないが。平本の力は凄かったよ。」
「そうか。じゃ、ここの傭兵達を片付けたら掃討作戦は終了だね。」
「で、どう攻める?」
「どうしよう?」
「相手に触ればいいだけだろ。一人あたり十六人で終了だ。突入するのが一番だろ。」
「そうだね。二人でやれば、そんなに苦労しないかもな。じゃ、行きますか。」
「おう、片付けるぞ。」
二人は、下の様子を確認すると、同時に階段を飛び降りる。
着地した場所は、傭兵の目の前だった。素早く相手に手を触れて、身体の自由を奪い取る。
「くそ、二人に増えやがった。取り囲んで片付けろ!」
まだ、ここは、階段下の狭い廊下だ。
「取り囲め」と叫んだ傭兵の実戦経験は低そうだ。ジョーイとアイザックは、狭い廊下を利用して、目の前の敵に集中し、敵を拘束していく。
「くそう。二人目も同じ毒を使うぞ。距離を取るんだ。」
ほんの少し賢い傭兵の言葉で、廊下で渋滞していた連中が、ホールへと退却した。そこで生まれた敵の隙を利用して、二人は更に六人を片付ける。
(これで、後、十人位ずつだな。)
(ああ、ホールに出たら、壁沿いに二手に分かれよう。)
思念の伝達だけで打ち合わせをした二人は、ホールに入った所で、左右に分かれた。
そこで、傭兵達に小さな動揺が生まれる。自分が、どちらを攻撃するかで、迷っている連中に次々タッチして回ると、あっという間に、残りは十人ほどに減った。
「おい、こいつらが使う技は、毒じゃないぞ。こちらの鎧を、普通のエニシ鋼製に変えているんだ。簡易鎧をさっさと脱ぎ捨てろ!このままじゃ、こっちが不利だ。」
奥に行くほど、少しは頭の回る奴がいるらしい。
しかし、統制が取れていない傭兵の集団など、みじめなもので、傭兵達は、自分の手にした武器を脇に置いて、簡易鎧を一斉に外し始めた。
このチャンスを逃す二人ではなかった。鎧を外しかけている連中を難なく撫でて回る。
「ほい、、ほい、ほい、」
ジョーイが、リズムに乗って、次々と中途半端に鎧を外しかけた傭兵を拘束する。
「ふっ、そこまでよ。手品の種が判れば、もう、こっちのものだ。」
あっという間に、残敵が二人になったところで、時間切れだった。
二人の傭兵が、完全に簡易鎧を脱ぎ捨て、武器を構え直す。
「あーあ、もうちょっとで終わると思ったんだがな。二人残っちゃったよ。アイザック、後、任せて良い?俺は疲れたよ。」
「ジョーイ、やりかけた仕事は、最後まで責任を持って終わらせろ。仕方が無いから、一人だけは、引き受けてやるから。」
「しょーがねーな。あのう、真剣に戦う事になると、大怪我するかも知れないので、降参してくれませんか?痛いのは嫌いなんですよ。」
「何をふざけた事を言ってやがる。死ねっー。」
ジョーイの正面に立った傭兵が全力で剣を打ち込んできた。ジョーイは、軽くステップを踏み、これを躱す。
「ああ、師匠と比べると、動きが遅いね。アイザック、そっちはどうだい?」
「うむ。確かに、身体の動きに切れがないな。」
「あんまり、いじめないで楽にしてあげますか?」
「ああ、そうしよう。」
次の瞬間、傭兵と交錯した二人の一撃で、傭兵の意識は、断たれていた。




