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Enisi  作者: 中田 敦
エニシ教編
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86/208

86.村での聞き込み

    村での聞き込み


 段々と日が傾き始め、快晴の空が茜色を帯び始めている。

 村、と言っても、人口は合わせて、二、三百人はいそうな規模だった。

 家々は、しっかりとした石造りで多少古さは感じられるが、それなりに豊かだった村に見えた。豊かだった、と過去形で表現してしまうのは、現在の村に全く活気が見られない為だ。

 まだ、子供たちが活発に笑い声を上げて走り回っていても良い時間なのに、道行く人々は、大人も子供も、俯いて歩いている。

 酒場でもあれば、そこで話が聞けるだろうと歩き回ったが、それらしき建物も看板も見つからない。

 「あのー、すみません。旅の者なのですが、この村の宿屋はどこにあるでしょうか。」

 通りすがりのおじさんに声を掛け尋ねると、

 「この村に宿屋はねえ。村のはずれに教会があるから、そこに泊まらせてもらいな。」

 と、素気の無い答えしか返ってこない。

 仕方がないので、尖塔を頼りに教会に辿り着き、一夜の宿を頼めないか聞いて見た。

 「ほう、珍しい。旅のお方がこのような田舎に来られるとは。そこに、もう使っては居らぬ修道士用の部屋が空いておるので、そこで良ければ、好きに使ってよいよ。」

 年寄りの牧師がそう言ってくれた。

 「あの、近くに食事を取れる店などは有りませんか?」

 「この村には、そのようなものなど在りはせんよ。」

 「そんなにこの村を訪れる人は少ないのですか?」

 「ああ、この村には百姓しかおらんでな。」

 「しかし、私の様に行商に来る商人は時々いるのではないのですか?」

 「そんな者が来ることも無いな。なにせ、村の人間は金を持たんからな。領主様のお館に商人が来る事はよくあるが、村には誰も来ぬよ。」

 「そうでしたか。有難うございます。」

 ジョーイは、牧師の言っていた修道士用の部屋を覗いてみた。

 部屋は五つもあったが、扉が無事に付いている所は二つだけだ。その他の扉は、朽ち果て、室内がむき出しになっている。

 無事な扉を一つ開けてみる。室内には、斜めに崩れ落ちたベッドと、昔は机だったらしき物の残骸が床の上に転がっていた。諦めて、もう一つの扉を開けてみる。

 かろうじて、形を保ったベッドと、机が、その部屋には置かれていた。しかし、ベッドの上の敷き藁は無くなり、板がむき出しになっている。机の上には分厚い埃が積もっていた。

 「これじゃ、雨風は少し凌げそうだが、他は野宿と変わりないな。」

 暗い室内をもう一度確認すると、窓の扉は開けてあるのではなく、朽ちて無くなっていた。

 ジョーイは、全ての部屋を諦めて、教会の扉を叩いた。

 「何じゃ、まだ何か用かの?」

 「あのー、修道士用の部屋は拝見したのですが、どの部屋も扉や窓が無くなっていて…。」

 「何、わしがこの教会に赴任した二十年前はきちんとしておったぞ。」

 「二十年前から誰も中を見ていないのですか?」

 「ああ、ここ教会の人間はずーっと、わし一人じゃったでのう。」

 「あの、礼拝堂の椅子の上で今夜は泊まらせて貰う事は出来ませんか?」

 「それは、構わぬが、ここの長いすも長い間誰も座っておらんから、埃の多さでは変わりないかもしれん。」

 「でも、安息日のお祈りと牧師様の説教を聞きに、日曜日には村人が集まるでしょう?」

 「この村では、安息日も皆、仕事で忙しくしておるからな。誰も来ぬよ。」

 「しかし、お葬式の日には?」

 「領主様が、全て広場で済まされておるわい。」

 「では、この教会は、何のためにあるのです?」

 「そうじゃの。郡長をされておられる貴族様が見回りに来られる日に、子供たちを集めて、勉強の真似事をするぐらいかの。」

 ジョーイは、頭を抱えたくなった。しかし、気を取り直して、老牧師に言った。

 「あの、よろしければ、夕食を一緒に食べませんか?」

 「わしの所には、分けてやれる食事など無いぞ。」

 「いえ、食事は、私が持っている分をお分けいたします。粗末な食事で申し訳ありませんが。」

 「何、お主がわしに食事をくれるというか?それならば、馳走になろう。こんな汚い所ではなく、わしの部屋においでなさい。」

 老牧師の表情に初めて、笑顔らしきものが見られた。

 牧師の後に続いて教会の奥に進むと、初めて生気の見られる場所に出た。

 「ここが、わしの部屋じゃ。いま、テーブルの上を片付けるでの。」

 牧師はそう言うと、乱雑に物が置かれたテーブルから、近くの棚の中に、上に置かれたものを放り込み始めた。

 その作業の間、ジョーイは室内の様子を観察した。

 聖書は埃をかぶり、儀式用の僧服は、丸めて棚に押し込められている。

 テーブルの上に置かれた物の大半は、酒瓶と汚い木製のコップだった。

 テーブルの上の物が、脇にどかされたタイミングで、ジョーイは、自分のズタ袋から、白パンと大き目のチーズと、酒瓶を取り出した。

 「おお、そのパンは、白いじゃないか、柔らかそうじゃの。」

 テーブルの上に並べられる食べ物を見る老人が、思わず涎を飲み込む。

 ジョーイは、腰に挿したあったナイフを鞘から抜き出すと、パンとチーズを切り分けて行く。牧師が、酒瓶を見て、慌てて棚に押し込んだ木のコップを取って来ると、その中を覗き、汚い僧服の袖で、中にたまっていた埃をふき取った。

 「こんな物しかなくて、申し訳ないのですが…。」

 「なんの。わしにはごちぞうじゃよ。有難くご相伴に預からせて頂こう。」

 そう言うと、牧師は、手酌で酒瓶の中のワインを自分のコップになみなみと注ぎ、形だけ胸元で十字を切ると、目の前の食事に貪りついた。

 「おお、こんなに柔らかいパンを食べるのは何年ぶりじゃろう。」

 どうも、相当に飢えていたらしく、ジョーイの分も分けて上げると、涙を流して感謝の言葉を並べる。

 食事もあらかた片付いた所で、ジョーイが牧師に尋ねた。

 「この辺りで、エニシ教を布教している方は居られませんか?」

 「エニシ教じゃと?」

 「はい、なんでも戦場において、エニシの奇跡を見たとか言っておられる方のようですが。」

 「ああ、一度この地の領主様のお館に泊まって行った事があるらしい。だが、領主様がお布施をケチった事が余程気に食わなかった様での、すぐに別の領主の元へ旅立ったとか。」

 「今は、どこに居られるかはご存じないですか?」

 「ああ、この辺りの郡長をされている、ホフマン伯爵の領地に居ついているとか聞いた事があるのう。」

 「もう、長い間おられるので?」

 「そうさな、かれこれ半年以上になるかの。」

 「他には、何かお聞きになられた事は有りませんか?」

 「うむ、何でも、様々な病の苦しみを和らげる有難い薬を持っておられるとか。」

 (やった。早速見つけたぞ!そうか、ホフマン伯爵の所か。)

 「しかし、明らかに怪しい人物の様だぞ。近づくときには気を付けられた方が良い。」

 「はい。有難うございます。さ、ワインはもうこれだけしか残っておりませんが、全部差し上げます。では、今夜は礼拝堂をお借りして、休ませて頂きます。」

 ジョーイは、そう言うと牧師の部屋を辞去した。


 翌朝早くにジョーイは、領主の屋敷の離れに戻り、ジェームズが準備してくれた契約書を確認すると、領主の元を訪れた。

 「領主様。お早うございます。」

 「うむ。おはよう。随分と早いな。」

 「なに、時は金なりと申します。商売を繁盛さるコツは早寝早起きですよ。」

 「で、契約書を見せてみよ。」

 「はい、こちらになります。要点を簡単に申し上げますと、耕運機の操作をこちらの小作人の方々のお教えする為の技術者を一週間、この村に滞在させて頂き、操作方法を完璧にマスターさせます。

 また、機械の貸出料金は、今年の収穫が終わり、小麦の売り上げが領主様のお手元に届いた後で結構です。」

 「うむ。取引条件はそれで良かろう。」

 「それと、僭越ですが、もっと売り上げを大きく伸ばす方法を一つ、二つご教示させて頂きたいと存じます。」

 「ほう、更に儲かる方法とな?」

 「はい。それに、これは大王陛下より私共が依頼をされた事に御座います。

 大王陛下に置かれましては、ボルフマイヤー卿の事を大変高く評価されておいでです。

 その為、今回の件も、優先してボルフマイヤー卿のご領地をお尋ねした次第です。」

 「ほう。陛下がそのような事を申されていたか。」

 ボルフマイヤー卿の興味をうまく引けたようだ。

 「大王陛下は、このプロイセン国を更に豊かにして行きたいとお考えです。しかし、その為には、諸侯の大いなる協力が必要とお考えです。

 つきましては、ご領地の小作人に、働きに応じた給金を払ってくれるよう、各地の領主の方々に協力を願いたいとの事です。」

 「何、小作人共に給金を出せと?」

 「ええ、しかし、このお話には続きがございます。領主の皆様が、ご領地内に酒場や、服などの日用品を販売する店を作られるのです。

 それらの店の売り上げで、小作人に支払った給金がご領主様の手元に戻って参ります。

 人は、少しでも前よりも多くの報酬が約束された時ほど、良く働きます。叱りつけられ、報酬が約束されていない場合は、小作人は不満をため込み、満足に働くなります。

 しかし、叱るのでは無く、彼らがこれまでに見たことも無い、と言っても、地元の酒場や商店で使い切る程度ですが、報酬が与えられた場合、喜んで働き、領主様への忠誠も高くなります。

 その逆の例が、少し前にフランス国内では起こっていました。

 報酬も与えられず、不当に扱われ続けた農民が、反乱を起こし、フランス国内の幾つかの貴族が虐殺されています。」

 「しかし、わしには反乱を押さえつけるだけの兵士がおるぞ。」

 「その兵士も、元を正せば、領民たちの家族・親戚でしょう?

 一度反乱が起これば、彼らも寝返ります。実際にフランスではそうなりました。」

 「しかし、小作人に金を払うなどと…。」

 「大王様の方針ではありますが、大王様は、ご自身が見込まれた領主の方達にのみ、この事を伝えよと仰せでした。と、言う事は、いずれ、大王様はそのお力をもってこの事を強引にでも実現なさるおつもりです。」

 「そうか。良く分かった。お前の言った通りにしてみようぞ。」

 「お聞き届け頂き、誠にありがとう存じます。」


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