85.耕運機のセールスマン
耕運機のセールスマン
「やあ、ジョーイよく来たね。これが我が社の自慢の自動耕運機だよ。」
出迎えてくれた商品開発部のジェームズが、にこやかに言った。
そこにあったのは、ジョーイが隠れ里で使っていた地下道の掘削機をもう一回り大きくした物だった。
「これは、掘削機とどこが違うのですか?」
「ああ、ジョーイは、隠れ里で掘削機を図面から組み立てた事があるんだっけ。そうだな、大きな違いは、この前面の掘削用の刃の構造と、車輪ではなく、無限軌道が取り付けられている事かな。」
「へーえ。」
確かに、車輪を包むように薄い板がつなぎ合わされて、前後の車輪を繋いでいる。
「これが、無限軌道ですか。」
「うん。掘削機と一番違うとこは、ここかな。操縦方法も独特なんだ。今日中にマスターしてね。」
こうして、ジョーイの一夜漬け特訓が開始された。
事の発端は、ジョーイの報告書を読んだトムの一言だった。
「プロイセンの東部の貴族に探りを入れるんなら、ついでに、新商品の宣伝もしてもらおうかな。」
その新商品というのが、マルジンがエニシの里に出発する直前に開発をしていた、この耕運機らしい。
「この機械は、農作業の労力を大幅に減らす事が出来るんだよ。
どうも、オーデル川より東側の農村では、その土地の貴族の小作人が過酷な労働をさせられているそうなんだ。
彼らの待遇をこの機会に改善して欲しいと、プロイセン大王からご依頼があってね。
それを条件に、今回の身分証と通行証、それに各地域の貴族への紹介状を発行してくれたんだよ。」
シュチェチンの港は、オーデル川がバルト海に注ぎ込む、穀物の集積地として大変に栄えていた。その港に、ブライトン商会が仕立てた大型の貨物船がシュチェチンに入港したのは、ジョーイが、ポーツマスを旅立ってから三週間後の事だった。
この三週間は、ジョーイにとっては、目の回る様な忙しさだった。
商品開発部のジェームズから、マルジン自慢の自動耕運機の運転操作方法と、大まかな構造を教え込まれ、プロイセン東部地域の貴族に関する知識が叩き込まれた。
その合間を縫って、金持ち商人らしい服を何着も仕立て、最新の農地の経営ノウハウと、穀物市場の最新情報が詰め込まれた。
「その方が、ホフマン殿か?」
「はい。こちらがフリードリヒ大王よりの紹介状となります。」
新たに作られた身分証明書に記載されたボリス・ホフマンを名乗ったジョーイが紹介状を差し出した。
「ほう、農地を効率よく耕せる新しい道具とな。それはどこにあるのじゃ?」
「はい、大変に大きな道具になりますので、お屋敷の外の荷車に積んだままになっております。」
「なんじゃ。そのように大きい物か。私は忙しい身であるから、執事に見せるがよい。」
「しかし、大王よりご直々にボルフマイヤー卿にご覧いただくように仰せつかっておりますれば、御足労ですが、お屋敷の外の未耕作地までお越し願えませんでしょうか?」
「なんじゃ、ユグノーごときが、わしに命令するか!」
「いいえ。とんでもありません。しかし、一度ご覧いただきお話をお聞きいただけませんと、今日は、このまま引き上げて、ベルリンの大王様にそのようにご報告しなければならなくなります。」
「ふん。今度は脅しか。仕方ないのう。一度だけ見てやろう。」
やれやれ、これが噂に聞くユンカーと言うやつか。領地貴族の御曹司というだけで好き放題をしてきた貴族らしいな。
ジョーイは、心の中で毒づいた。
重い腰を上げたボルフマイヤー卿の後に従い、屋敷の外に出る。
執事が、事前に依頼してあった未耕作地に案内してくれた。
荷車から、自動耕運機を、今回助手をしてくれているジェームズが降ろしてくれる。
「何と大きい物だな。こんな鉄の塊で何が出来るというのじゃ。」
ぶつぶつと文句を垂れ流す領主の言葉を無視して、ジョーイが説明を始める。
「この機械は、最新の蒸気機関を動力として動きます。『えにし』が組み込まれておりますので、新たな燃料などを必要としておりません。」
「あの、本当にここを畑として耕すのですか?」
案内をしてくれた執事が心配そうに声を掛けてくる。
「なぜ、このような良い場所を耕作されておられないのですか?」
「はい、ここは、石が多く埋まっておりまして、畑にするには不向きなのです。」
「そうゆう事であれば、問題ありません。まあ、見ていて下さい。
ジェームズ、お願いします。」
指示を受けたジェームズが、耕運機を所定の位置に付けると、前方の回転する鋤を地面に下し、ゆっくりと機械を先進させ始めた。今回は畝は作らない仕様だ。
力強く回転するエニシ鋼製の鋤が、次々と地面を耕して下ろ。耕運機が通過した後ろには、小石も残さず砕かれ、柔らかくなった畑が姿を現していく。
「ほう、すごいな。」
ボルフマイヤー卿が、耕し終わった土を手に取り、感嘆の声を上げた。
三十分ほどで、一アールの畑を耕し終える。
「これは速いな。もう一アールを耕し終えたか。」
「ボルフマイヤー卿、この機械があれば、牛の力を使わずに畑が耕せます。要は、畑仕事をさせるための牛を、飼う必要が無いのです。当然、牛の餌代も必要なくなります。」
「ふむ、小作人一人でこれだけ短時間で畑を起こせれば、小作人に別の仕事もさせられるな。」
「さすが、御明察です。この機械があれば、それこそ、小作人の人数も半分に減らせますし、今の人数で、倍の畑の面積に作付けも出来ますよ。」
「うむ、倍の面積か。」
「当然、領主様の年収も倍に出来る訳です。」
「それは、素晴らしいな。だが、『えにし』を使っている機械ならば、相当に値段がするのであろう?」
「そうですね。お買い上げであれば、一台で六百ターラーになります。」
「何と!そのような高い物は買えぬ。お引き取り願おう。」
「お待ちください。只今、私共の商会では、この機械を一年二十ターラーでお貸ししています。それであれば、如何でしょう?」
「うーむ。二十ターラーか。」
「耕作用の牛一頭と、その牛の餌代と思えば決してお高くは無いかと…。」
「ううむ。しかし、二十ターラーか。」
ジョーイは、皮算用をしているボルフマイヤーに最後の一押しをした。
「畑の収入が倍になれば、二十ターラーなど、お安い出費かと。」
「うむ、よかろう。契約書を用意してくれ。それが確認でき次第契約しよう。」
「毎度、有難うございます。契約書は明日の朝までにご準備させて頂きます。」
ジョーイの一行は、その夜は、屋敷の離れに泊まる事となった。
「ジェームズさん。ご苦労様でした。後は、今夜のうちにこの領地でのエニシ教の動きを探れれば、一仕事完了ですね。」
「ああ、契約書は、もう準備してあるから、君は、服を着替えて、領地内を探ってくれないか?」
「了解しました。」
ジョーイは、着慣れた平民の服に着替えると、領地の村へと出かけて行った。




