84.最初の報告書
最初の報告書
トムは、書斎で、ジョーイが提出して来た報告書を読んでいた。
「へぇ。シェリーが、姐御かぁ。孤児院の様子からは、想像も…、あ、出来るか。」
トムの脳裏に、孤児院の子供達だけでなく、最近では、ルイスに対してさえ、厳しく小言を言っている姿が、浮かんでいた。
「ジョーイが、いかさま教団から回収した金を、即座に被害者の救済に当てさせたのは正解だな。
ただ、これだけじゃ足りなくなるだろうな。街の診療所にも特別予算を回しておこう。」
「シェリーに子供たちの学習指導を任せたのは良かったと思ってのだけれど、この度胸の良さと、ピンチに咄嗟の対応が出来る頭の良さは、これだけじゃもったいないな。ネーデルランドの総統辺りに送り込む事も検討しよう。」
「ジョーイは、プロイセンと、ドイツ領の各貴族の調査を希望か。すぐに必要な物を準備してもらおう。来週には現地に入れるだろう。」
トムは、報告書を読みながら、次に自分がやるべき事を次々と手帳にメモしていく。
「お父さん。二階の電磁波通話機が鳴ってるよ。」
声を掛けてきたのは、今年、八歳になったばかりの、娘のアリスだった。
「お、もうそんな時間か。ありがとう。知らせてくれて、アリス。」
トムは、二階に駆け上がると、通話機の置かれた部屋に飛び込んだ。
「やあ、ユリアン。待たせて済まない。」
通話機の向こうには、ウィーン支店のユリアンが待っていた。
「いいえ。少し時間が早かったでしょうか?」
「いや、僕が時間を忘れていたんだ。申し訳ない。つい、ジョーイの提出してくれた報告書に夢中になっていたよ。」
「そうでしたか。そんなに面白い報告書でしたか?」
「ああ、大変興味深かったよ。例のエニシ教の宣教師を、ポーツマスのシェリーが捕まえたんだ。」
トムは、ユリアンに報告書の内容を掻い摘んで伝えると、オーストリア国内でのエニシ教の活動について、改めて調査を頼んだ。
「やれやれ。次はベルリン支店の連絡時刻か。」
マルジンが開発し、商品開発部の技術者がエウロパの各国の支店に極秘裏に設置してくれた通話装置は、時差を考慮した時刻に定時連絡が入るようになってる。
だが、運用を始めてから、まだ日も浅く、つい忘れてしまいがちだ。
この通話装置のお陰で、各地の最新情報がすぐに入るようになってから、商売も含めて、色々と役立っている。とても有力な武器だ。
ベルリン支店には、ジョーイの潜入用の書類などの準備も依頼出来た。
トムは、その後、アムステルダム、パリなど、各地の支店との連絡を終え、家族そろっての夕食の時間を迎えた。
夕食の席では、父のジョセフと、今後の方針について意見を交換し、明日以降の仕事を手分けしていく。
「うん。やっぱり、エニシ教は、ろくでもない連中だったらしいね。」
報告を聞いたジョセフの感想もトムと同じだった。
「で、これからどうする?」
「はい。ここは、各地の新聞と雑誌の発行所に積極的に情報を流していきます。世論を味方に付けておけば、宗教弾圧などと批判を受けることも無いでしょう。エニシ教とは、ブライトンの名前は出しませんが、全面的に戦います。」
翌日、トムはロンドン支店に顔を出した後で、近所のコーヒーハウスに向かった。
ロンドンのブライトン商会本店の側には、最近、コーヒーハウスなる店が開店していた。
そこでは、国内外の新聞と雑誌が読み放題で、また、新しいニュースを求めて、新聞や雑誌を発刊している会社の記者が数多く訪れてくる。
「やあ、シンプソンさん。ご無沙汰していました。こちらで、一緒にコーヒーを飲みませんか?」
トムが、声を掛けたのは、最近、国内外で発行部数を増やしている新聞社の記者だった。
「やあ、トム。お久しぶりです。相変わらずお忙しそうですね。」
「まあ、雑用ばかりだけれどね。」
「何か面白い話は有りませんでしたか?」
「うーん。面白いかどうかは判らないけれど、シンプソンさん、エニシ教について何か聞かれた事は有りませんか?」
「ほう、エニシ教ですか?
近頃、そこかしこに、宣教師なる人物が現れて説教をしていると聞いた事があります。
戦場でエニシ鋼製の武具が、奇跡を起こしているのは、神からの啓示だとか…。」
「そのエニシ教なのですが、最近、ポーツマスで、違法薬物を広めていた疑いで、何人か逮捕されたそうですよ。麻薬中毒者を意図的に作って、信者の獲得に使っていたとか…。」
「それは面白そうですね。
エニシ教は、イギリスよりも、オーストリアやプロイセンで信者を増やしているそうですから、それらの国でも同様の手口を使っている可能性が高いですな。」
「ポーツマスでは、信仰の証にアヘン入りの薬を高額で販売していたらしいです。
アヘンを手に入れていたという事は、それなりの商人も背後にいるのかもしれませんね。」
「それは、記事に出来れば、大ニュースになるかもしれません。
いや、絶対になるでしょう。この事は、他の記者にはお話されましたか?」
「いいえ。コーヒーハウスに顔を出せたのも久しぶりなのです。
シンプソンさん、貴方が初めてですよ、このお話をお聞かせしたのは。」
「そうですか。では、今しばらく他の記者には黙っていてもらえませんか?」
「ええ、いいですよ。しかし、ポーツマスでは、既に逮捕者も出ていますから、話が広がるのは時間の問題かもしれません。」
「なあに。構いませんよ。一日でも早くこのニュースを記事に出来れば。
良いお話を有難うございました。また、何かありましたらよろしくお願いします。
あ、ここのコーヒー代は私に払わせて下さい。では、これで、失礼します。」
最後の方は、シンプソンは早口になり、慌てて、店を飛び出して行った。
「うん。彼に任せておけば、大丈夫かな。」
トムは、ゆっくりとコーヒーを楽しむと、コーヒーハウスを後にした。




