83.暗闇から
暗闇から
「うん。本当に強くなったね。これは、ルーク達も泣きそうになる訳だ。」
蝋燭の明かりの下に現れた笑顔は、ジョーイだった。
「やだ、ジョーイなの?どうしてここに?」
顔を赤く染めてシェリーが尋ねる。
「トムに依頼されて、こいつらの正体と、背後にいる黒幕を調べていたんだよ。ここには、今日の昼過ぎに忍び込んで、奥で気配を消して、様子を探っていたんだ。」
「じゃあ、全部見てたの?」
「ああ。いつ助けに入ろうかと思ったんだけど、その必要も、なさそうだったしね。」
「や、やだ。あ、あの必死だったのよ…」
「いや、素晴らしい早業だったよ。」
「やだ、恥ずかしいわ。」
「ところで、細い革紐は持っているかい?」
「ううん。」
「そうか。じゃあ、俺のひもを使って。こいつらを先ず縛ってしまおう。」
「何故?」
「グレイ直伝なんだ。気絶させた相手は、必ず細い革紐で、後ろ手に縛っておくのさ。気が付いても、こちらが襲われないように。さ、手伝って。」
ジョーイの手ほどきを受けて、気絶している男たちを縛り上げる。
全員を縛り上げながら、ジョーイは、シェリーからこれまでの事情を聴いた。
「その薬ってのは、多分これだな。おっ、かなりたくさんあるな。」
ジョーイは、取り上げた薬の匂いを嗅ぎ、一粒をかみ砕くと、味を確かめ、床に吐き出した。
「レディの前で、失礼。」
「その薬は何なの?」
「うん、多分、少量のアヘンを入れてあるね。」
「アヘン?」
「ああ、古代から良く知られている痛み止めだね。しかし、中毒性が高くて、頻繁に服用すると、この薬を飲まないでは、いられなくなる。危険な麻薬だよ。」
「このくそ坊主は、こんなものを病人に与えてたんだ。なんて野郎だ。」
「シェリー、言葉遣いが荒くなっているよ。」
「あ、あらやだ。」
「さて、他に正体を示すものは何かないかな?」
ジョーイが、男たちの持ち物と、部屋な中に置かれていたものを一通り調べる。
「あまり、収穫は無いな。
シェリー、こいつらが、持っていた金が全部で八十ポンドほどある。こいつらの被害にあっていた人たちに、分けてあげておいてくれないか?
それと、診療所の医師にこの薬を一つ届けて、この薬の中毒になってしまっている人たちの治療を依頼して欲しい。頼めるかい?」
「ええ、そうさせて頂きます。ジョーイは、これからどうするの?」
「ここまでの報告書をまとめてルイス先生に持って行くよ。トムからそう指示されているからね。
そうだな、その後はプロイセンへ行こうかな。」
「なぜ、プロイセン?」
「ああ、君が来る前にこいつらが話しているのを聞いたんだ。
プロイセンの貴族の所にこいつらが、『教祖』と呼んでいる人物がいるらしい。少なくとも、黒幕の一人はそいつのようだからね。」
地下室の捜索を終えた二人が、階段を上って地上に戻ると、そこには、何人かの少女達が待ち構えていた。
箒や、暖炉用の火かき棒を手にし、鍋を頭にかぶっている。
「あんたたち、ここで何をしているんだい?」
「あ、姉御、御無事でしたか。姐さんの加勢に行こうって、みんなが集まってくれたんでさ。」
「馬鹿だね。悪党共は、全員、下で伸びてるよ。」
「ほう。姐さんかぁ。うん、今のシェリーにはぴったりだね。」
「ちょ、ちょっと。ジョーイ。これには訳が…。」
「姐さん。このかっこいい人は、姐さんの良い人ですかい?」
「違うわよ。この人は、私のお兄ちゃんのジョーイよ。」
「へえ、ジョーイさんですか、いつも、姐さんにはお世話になっております。」
少女達が、一斉にジョーイの前に跪き、手にした得物を背中に回すと、芝居がかった挨拶をした。
「あんたたち。止めてよね。そんな真似。」
「こちらこそ、かわいい僕のシェリーと仲良くしてくれて、礼を言うよ。これからもよろしくお願いします。」
「へい。」
少女達は、声を揃えて返事をし、憧れの眼差しでジョーイを見ていた。
シェリーは、真っ赤になり、言葉を失っていた。
気を取り直したシェリーは、集まった娘達に指示を出し始める。
「ジェイミー、こいつらの薬を飲まされていた人の名前と住所を全部調べてくれないか?」
「へい、お安い御用で、姐さん。」
「他の娘達も、ジェイミーを手伝っておくれ。」
「へい、分かりやした。シェリーの姐御。」
「あんたら、いい加減その呼び方は止めておくれよ。」
シェリーが、ジョーイの視線を気にして、小さめの声で言うが、
「でも、姉御、そうしたら、どうお呼びすれば…。親分?ボス?大将? どれもあんまし、ぴったりしませんぜ。」
みんなが、新しい呼び方を一生懸命考える姿を見て、ジョーイは、腹を抱えて、苦しそうに笑いをこらえている。
シェリーは、その様子をみて、諦めた。
「分かったよ。今まで通りで構わないよ。できれば『シェリー』で呼び捨てにしてほしいのだけれど…。」
「よ、よかった。じゃ、これからも、シェリーの姐御。よろしくお願いします。」
娘達が、珍しく頭を使う事から解放され、安堵の表情で言った。
娘達が、それぞれに手分けをして、被害者を調べるために散って行くと、ジョーイは、我慢の限界を超えたようで、腹を抱えて笑い転げた。
「ひっ、く、苦しい。腹が痛い。あ、姐御。助けて、ヒ、ヒィ、ヒィ…。」
「ジョーイ。いい加減にしないと怒るわよ。」
転げまわるジョーイを、上からシェリーが睨みつける。
「わ、悪い。でも、あー、やっと少し落ち着いてきた。うん、この事は、一旦、忘れよう。このままじゃ笑い死にしそうだから。」
「もー、ジョーイ兄ちゃん。ほら、立って。トムに報告書を書かなきゃいけないんでしょ。帰るわよ。」
「ああ、そうだね。」
「ジョーイ、私に手伝えることは、他にない?」
「うん、もう、一人で危ない真似はしないでおくれ。さっきは、かなり焦ったんだからさ。」
教祖
そこは、古いカトリック形式の教会堂だった。城というよりは、砦に近い古い石造りの防壁に囲まれた一角に荘厳な佇まいで建てられていた。
「ヘッセン教主様。礼拝の準備が整いました。」
ザンダーが、教主室の豪華な扉をノックし、声を掛けてきた。
「分かりました。すぐに行きましょう。」
ヘッセンは、自分の服装に、乱れが無い事を素早く確かめると、教主室を出て、礼拝堂へと向かう。
礼拝堂には、三十人ほどの信者が集まっていた。
「みなさん。ようこそ神の庭に参られました。
今日も『えにし』の奇跡を称え、神の御心に感謝を捧げましょう。」
ヘッセンは、厳かな口調でそう述べると、何度も繰り返して演じてきた神の使いの演技をしていく。
最前列に座った領主一族は、金のかかった身なりで、高そうな宝石のはめられた指輪や、ネックレスで着飾っていた。
が、その背後に従うものは、後ろに行けば行くほど、みすぼらしい服装に変化して行く。
そして、最も身分の低い者は、礼拝室に入る事さえ許されず、外の石段に膝を付いて祈りを捧げていた。
(田舎の貴族は相変わらず酷いものだな。身分に誰もが縛り付けられている。)
一通り、礼拝を終えたヘッセンは、屋敷の主の部屋に出向き、寝室へと直行した。
「奥方様。お体の具合は、如何ですかな?」
「教主様。有難うございます。おかげで、大分楽になりました。」
「こちらは、本日の分の薬です。お飲みください。」
「まあ、有難うございます。では、早速頂きますね。」
侍女に水を持たせた、奥方は、黒い丸薬を二粒を一気に飲み下す。
ほんの一、二分で、奥方の血色がよくなり、目の焦点がぼやけてくる。
「ああ、本当に素晴らしいお薬ですわ。エニシの奇跡に感謝を!」
「では、本日は、私は失礼させて頂きます。」
そう言うとヘッセンは、礼拝堂の奥の教主室へと戻って行った。
「ザンダー。戻っているかい?」
「はい。こちらに。」
「今日の報告を頼むよ。」
「はい。こちらが、先月の各地の信者数と、売り上げの報告になります。」
「うむ、ご苦労。今日の内に目を通しておこう。今日は、もう下がって良いぞ。」
「では、失礼いたします。」
ザンダーは、恭しく礼をして教主室を出て、自室に戻って行った。
「ふう。坊さんの真似事は肩がこるよ。」
ウィーンやベルリン、それにアムステルダムの文化の薫りが高い、華やかな街での生活が懐かしい。こんな片田舎じゃ、何の楽しみもありはしない。
今度、金が入ったら、適当な言い訳を作って、都会で羽を伸ばしてこよう。
ザンダーは、硬く心に誓うのだった。




