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Enisi  作者: 中田 敦
エニシ教編
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81/208

81.ジョーイとシェリー

 前回の投稿より、思いがけなく間が空いてしまいました。

 お待たせしました。全開予告しました「エニシ教」編のスタートです。

 と、言っても、まだ三話目までしか書きあがっていません。続きは鋭意製作中です。

 また、気長におつきあい頂ければ幸いです。

     ジョーイとシェリー

 

 長い航海を終え、ブライトン二世号は、無事にポーツマスの港に帰って来た。

 ジョーイだけが、『えにし』と共に、ブライトン二世号をポーツマスで降りた。

 他の連中は、それぞれロンドンやアムステルダムなどへ向かうそうだ。

 「ちぇっ。アイザックの野郎。一緒にルイス先生の所に行けばいいのに。冷たい野郎だ。」

 まだ、この地に春が訪れるには少し早い時期だ。吹く風が冷たい。

 ポーツマスの港は、この五年で、その様相を少しずつ変えていた。

 この港を出た頃には無かった、大きな建物がそびえ立っている、かと思えば、まだ、あちこちに、懐かしい街の面影も残っている。

 キョロキョロと周囲を見回しながら歩く、ジョーイの姿は、田舎から出てきたばかりのお上りさんに見えていたのだろう。

 「ちょいと、お兄さん。遊んで行かないかい?」

 下町のやり手ばあさんが、ジョーイに声を掛けてくる。

 「いや、先を急ぐから、また今度な。」

 いかにも人の良さそうな笑顔で断ったジョーイに、いきなり、ぶつかって来た男の手が、ジョーイのポケットから財布を抜き去ろうとする。

 「いや。これを持って行かれると困るんだ。」

 ジョーイは、財布を掴んだ男の手首を捕まえる。

 「こ、この野郎。何しやがる。」

 強引に手を振りほどいて逃げ出そうとする男の腕に、ジョーイが少し力を加えるとミシリと音を立てる。

 激痛に耐え切れず、財布が男の手を離れると、ジョーイは、もう片手で財布を取り戻した。

 「くそう。」

 今度は、男がジョーイの足を蹴りに来た。

 しかし、ジョーイは、掴んだ腕で、男の重心をずらすと、逆に足を軽く払った。

 男は、地面に両膝を着いた姿勢で、腕が背中にねじ上げられていた。

 「い、痛ぇ!」

 「こんな悪さをする腕はへし折っとこうかな?」

 「悪かったよ!勘弁してくれ。」

 痛みで、涙と涎を流しながら男が懇願する。

 「これに懲りたら、真っ当に働きな。」

 男の腕を放してやると、肩を抑えながら捨て台詞を残して逃げ出してゆく。

 「お、覚えてやがれ!」

 「やれやれ、少し街の治安が悪くなったかな?」


 それから、ジョーイは下町の屋台を冷かしながら、ブライトン商会の支店がある区画へ向かって、最短距離を進む。

 「おい、待ちな。」

 細い路地を抜けようとした所で、前後に人相の悪い男たちが現れた。

 「さっきは、ダチが世話になったな。」

 スリ男が中に混じっている。

 「いやー。別に世話をした心算は無いんですが…。」

 前に三人、後ろには二人。人相の悪い男達が、抜身のナイフを手にじりじりと取り囲んでくる。

 「あのー。怪我をすると大変なので、大人しく通してもらえると助かるんですが。」

 「じゃあ、有り金を全部置いて行きな。そうすりゃ、少しは手加減してやるよ。」

 「いや、怪我をするのは貴方たちで、そんな目に合わせるのは不本意なんですよ。」

 「ふざけんな。やっちまえ!」

 ジョーイは、頭を押さえて、深いため息をついた。

 「はーぁ。やれ、やれ。」

 狭い路地の中を、前後から五人が、同時に襲い掛かって来る。

 一瞬の出来事だった。

 五人は、瞬く間にナイフを持つ手をへし折られ、うめき声をあげている。

 「だから言ったろ、怪我は嫌だって。可哀そうに。」


 ジョーイは、ようやくブライトン商会の支店に辿り着いた。

 「やあ、ジョーイだね。話は聞いているよ。久しぶりのポーツマスはどうだった?」

 支店の店長という人が出迎えてくれる。

 「いやー。昔より物騒になりました?

 ここに辿り着くまでにスリと、強盗に会いましたよ。」

 「それは、災難だったね。お前さんにちょっかいを出そうとした奴が。」

 「酷いなあ。私にも、少しは同情して下さいよ。」

 「だって、そいつら全員、のされたんだろ?」

 「それは、まあ、そうですが。」

 「あまり、間抜けそうな面で歩かない事だね。

 今夜は、店の二階に部屋を用意してあるから、そこでゆっくりしておくれ。」

 「ありがとうございます。でも、間抜けな面は酷いなぁ。」

 「いや、悪い。謝るよ。

 明日は、新しい孤児院の方に顔を出すんだろ?ルイスが楽しみにしていたよ。」

 「僕も楽しみですよ。」


 「お兄ちゃん?ジョーイお兄ちゃんなの?」

 玄関のドアを叩くと、シェリーが飛び出して来た。

 幼い頃の面影を残しつつ、すっかり美しくなったシェリーが、ジョーイの首に抱き着いてくる。

 「や、やあ。シェリー。大きくなったね。」

 「うん。去年の春に、先生からジョーイとアイザックは売られたんじゃない、って聞かされて、ずーっと帰って来るのを待ってたんだよ。あら、アイザックは?」

 「あいつは、新しい仕事でアムステルダムに向かったよ。」

 「えーっ!こっちには来られないの?」

 「そのうち、仕事の合間に顔ぐらい見せられるだろ。」

 「そっかぁー。アイザックにも会えると思って楽しみにしてたのに。残念だわ。」

 「シェリー。ルーク達から聞いたよ。俺達が、修道院を出てから立派に頑張っていたって。」

 「うん。ありがとう。二人がいなくなった時は、本当に寂しかっんだよ。」

 ジョーイは、ブラックスワン号で聞いたルーク達の話を思い出していた。

 「でも、すぐに手下になる連中が来たんだろ?」

 「ひどい!手下だなんて。私は、彼らの面倒を見て上げてただけよ。

 どうせ、あいつらの事だから、ある事、無い事、面白おかしく言ってたんでしょ。」

 「ああ、ルークとサムとマシューはシェリーに顎で使われてたって。」

 「くそ。アイツら、今度会ったらお仕置きよ。」

 「おお、怖いな。分かれた頃の泣き虫シェリーが、勇ましくなったね。」

 「もーう。ジョーイまで。あいつらの言ったことは忘れて!全部嘘だから!」

 「ところで、ルイス先生は?」

 「あ、忘れてた。」

 「おいおい、俺を忘れるなよ。」

 玄関ホールの奥の扉が開き、ルイスが顔を出した。

 「ごめんなさい。先生。つい、話に夢中になって。」

 「ジョーイ。立派になったな!よく帰って来た。」

 ルイスの目には早くも涙が光っていた。

 「先生。お元気そうで何よりです。お年を召されて、涙もろくなりましたか?」

 「こいつ。一人前の口を利くようになりやがって。」

 ジョーイが、シェリーの側からルイスの前に進み出て右手を差し出した。

 「ただいま帰りました。先生。」

 二人は、がっしりと握手をし、しっかりと肩を抱き合った。

 気が付くと、孤児院の子供たちが玄関ホールに顔を揃えていた。

 「シェリー。みんなを紹介してくれないか?」

 「うん。こちらから、ニック、テッド、クレアとローザよ。

 みんな、こちらは、ジョーイ。孤児院の先輩よ。」

 ジョーイは、屈んで小さな子供たちと視線の高さを合わせて言った。

 「やあ、みんな。初めまして。みんなの事は、マシューたちから聞いているよ。これからよろしくな。」

 「はい。よろしくお願いします。ジョーイさん!」

 「ルイス先生。ルークも言ってましたが、本当に良い子たちですね。」

 「ああ、俺の自慢の子供達だよ。お前らも含めてな。

 ジョーイ。もう酒は飲めるよな。俺の部屋で一杯付き合え。」

 シェリーが、厳しい顔で突っ込む。

 「何、言ってるんです!まだ昼前ですよ。」

 ジョーイが、ルイスに笑顔で応じる。

 「先生、夕食の時には、お付き合いしますよ。それまでは勘弁して下さい。」

 「そうだな。まだ早いか。」

 ルイスが、少し拗ねたように言う。

 「先生。いい加減、我儘を言うのは止して下さい。」

 シェリーに睨まれて、ルイスが小さくなる。いつも見慣れた光景なのか、小さな子供たちは、笑いながらルイスとシェリーのやり取りを見ていた。

 「ジョーイ。今夜はここに泊まれるんでしょ?」

 「ああ、今晩は世話になるよ。明日は、ポーツマスに戻らなきゃいけないがな。」

 「それは、私もよ。明日は一緒にポーツマスまで行きましょ。」


 翌朝、ジョーイは、ルイスに飲まされた酒が残る頭で、ポーツマスに向けて、馬で出発した。

 「ジョーイ、御免なさいね。先生には厳しく言っときます。ほんとに昨日は、先生ったらはしゃいじゃって…。」

 「いや、大丈夫。俺も昨日は楽しかったんだ。小さな子供達もよく頑張っているよな。

 所で、シェリーは、ポーツマスで何をするんだい?」

 「私?うん、学校で小さな子供たちに勉強を教えてるの。週末以外は、ポーツマスに部屋を借りて住んでいるわ。」

 シェリーが、恥ずかし気に言った。

 「へー。そうか。シェリーは、先生になったんだ。いつからだい?」

 「去年の夏になる少し前から。ルーク達が孤児院を出てからね。まだ、慣れないんだけど…。」

 馬の轡を並べてポーツマスに向かう道すがら、シェリーは、恥ずかし気に、しかし、誇らしげに教えている子供たちの事を話した。


 やがて、ポーツマスの街の入り口に差し掛かると、埃まみれのフードコートをまとった老人のしゃがれ声が聞こえてきた。

 「聞け!皆の者。再び神の恩寵が現れたぞ。

 この冬の初め、スペインとフランスの間で戦が起ころうとした時じゃ。エニシの奇跡が再び現れた。

 フランス軍が、スペイン軍の陣に火を放ち、火責めを行ったが、エニシの鎧に身を包んだスペインの兵は、燃え盛る火の中で火傷一つ負わず、フランスの兵士にエニシの手 枷をはめて全員を捕えたのじゃ。

 エニシの奇跡は、大砲や銃の弾だけではなく、火責め炎もはねのける。

 神の奇跡を崇めよ。褒め称えよ!エニシの奇跡は、この世から陰惨な戦を無くしたのじゃ。」

 側に馬を止めて聞き入っていたジョーイが、ジェリーに尋ねた。

 「ありゃ、何だい?」

 「最近、よくあちらこちらに現れるようになった宣教師よ。なんでも、エニシの奇跡の素晴らしさを語って歩いているようね。」

 「『えにし』は、科学の力で、神の奇跡じゃないだろうに。」

 「そうね。毎日『えにし』のお世話になっている、私たちはよく知っているけれど、エニシ鋼の武具の事しか知らない庶民にとっては、もっともらしく聞こえるわね。」

 「そうだね。まだ、庶民にしたら、『えにし』の存在は、神様の奇跡みたいなものなんだろうな。

 この次グレイがこっちに帰ってきて『えにし』の量産が始められればそれも変わるんだろうけど。」

 「ねえ。本当に『えにし』は、人の手で造れる物なの?」

 「ああ、俺はこの目で見てきたからね。」

 「そっか…。早く『えにし』が庶民でも買える時代になれば良いね。」

 「ああ、もうすぐそうなるさ。」

 ジョーイは、軽く請け合った。

 「じゃあ、私の今夜の宿はこっちだから。また、いつか孤児院に遊びに来てね。」

 「ああ、そのうちにな。元気で頑張れよ。」

 そう言うと、二人はそれぞれの宿へと向かった。


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