↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Enisi  作者: 中田 敦
『えにし』の隠れ里編
PR
80/208

80.それぞれの帰還

『えにし』の隠れ里編がようやく完了です。

次は、「エニシ教」編へと続きます。

少し、間が空くと思います。

今しばらくお待ちいただけますようお願いいたします。

  それぞれの帰還


 師走だった、座敷の火鉢の炭火だけでは寒気を追いやるには、足りないように思える。

 「内藤様。よろしいでしょうか?」

 襖の向こうから、仁平の声が尋ねてきた。

 「構わぬ。入れ。」

 兵衛が答えると、襖を開けて、仁平が入って頭を下げた。

 「どうした?」

 「松江藩に潜入させておりました配下が、先ほど戻って参りました。」

 「で、首尾は。」

 「金は、名刀の代金として、本間久四郎より出ておりました。」

 「ほう、それだけの対価がある名刀が有ったか。」

 「はい。岩も鋼も、その刀にかかれば、簡単に切れてしまうとの事。」

 「その刀。どこより出てきた?」

 「出雲の刀匠が打った業物にて、最近松前の松平公に献上された二振りの内、一振りです。」

 「つまらぬな。報告はそれだけか?」

 「はい。」

 「ご苦労。下がって良い。」

 内藤兵衛は、火鉢で、冷えた指先を暖めながら、呟いた。

 「本当につまらぬ事よ。本当につまらぬ。

 まあ、良いか。仕方ない。次の手を考えよう。」


 ようやく冬の嵐に阻まれていた船の運航が、再開したのは、隠密を捕えた三日も後の事だった。

 平本とナナは、里での顛末をグレイに伝え、気になる一言を置いて、去って行った。

 (グレイ。『えにし』教に注意をして下さいね。)


 グレイは、里に戻り、イギリスのトムと、遠隔通話装置で連絡を取っていた。

 「やあ、グレイ。おはよう、元気かい?」

 「こちらは、日も沈んだ時刻だが。」

 「何だ、不機嫌そうだね。」

 「いや。そんな事は無い。」

 グレイは、隠密騒動の顛末を報告する。

 「では、里は当面、安泰だね。」

 「ああ、大丈夫だろう。」

 「で、『えにし』の量産の目途は付いた?」

 「春までには、改めてマルジンから詳細の報告をさせるが、目途は付いたらしい。」

 「長い間、苦労を掛けたね。」

 「いや。俺は、こちらでじっくりと修行をやり直せて良かったよ。

 ま、一時期、マルジン達は、病人の様にやつれていたがな。」

 「では、皆が帰る為の準備に取り掛かっておくよ。早ければ一年後にはこちらに戻れそうだね。」

 「そうだな。ところで、トム。『えにし』教の噂は、そちらに入っているか?」

 「ああ。今、こちらで怪しげな新興宗教として、あちらこちらに沸き出ているよ。しかし、グレイは、耳が早いね。最近の事なのに。」

 「いや、ある筋から気を付けるように言われたばかりだ。一体、どのような宗教なんだ?」

 「ある筋ねぇ。

 『えにし』は名ばかりで、その実態は、麻薬取引の隠れ蓑にされているようだよ。」

 「麻薬だって?」

 「ああ、ベンガルから輸入されているアヘンの取引が、だんだん規模を大きくしている。

 清をターゲットにして、かなりの額を稼いでいるようだよ。」

 「どこの商人だ?」

 「フランスの商人が今の所多いけど、放って置いたら、エウロパ中の商人が群がりそうだね。」

 「で、トムとしては、放って置けないと。」

 「そりや、そうだろう。ブライトンの名前は出さないが、ベンガルの生産者から、可能な限りこちらが買い占めて、価格を高騰させている。」

 「よく、買い占めの資金が続くな。」

 「うん。ベンガルの太守には、その代わり、エニシ鋼製の武具を高く、大量に売ってるから、損はしていないよ。」

 「ああ、それは良いな。これで、ベンガルで大きな戦争は起こらずに済むか。」

 「うん。アヘンの売り上げの大半をエニシ鋼製の武具に、あちらの太守様はつぎ込んでくれているからね。」

 「で、役立たずの武具だとばれても、ブライトンの名前は、どこからも出てこないと言う事だ。それだけ聞いていると、悪徳商人の見本みたいだな。」

 「まあね。でも、今の所、悪魔の薬アヘンの大量流出は、防いでいるんだから、褒めて欲しいな。」

 「そこは、高く評価している。しかし、今後は、どうなる?」

 「もちろん、次の手も打っているさ。

 既に芥子畑の土地のほとんどの権利は、買い取ってあるんだ。

 そこに、ブライトン商会特製の蒸気機関付き農機具を入れて、別の作物を栽培させる。」

 「抜かりは無さそうだな。」

 「ああ、抜かりは無いはずだ。

 しかし、『えにし』教の連中の動きは、怪しいんだ。

 早くこちらに戻って、手伝っておくれよ。」

 「後、一年だ。辛抱して待っていてくれ。」

 「仕方ないよな。マルジン達から早めに『えにし』の製造に必要な資材を聞いて、『えにし』の大量生産の準備をしているよ。」

 「ああ、頼む。それじゃな。」

 「ああ、次の定期連絡を待っているよ。じゃあね。」

 定期連絡を終えたグレイは、しばらく次の手を考え込んだ。エニシ教にアヘン。多分、どちらも一筋縄では、済まないだろう。


 「サム。また腕を上げたな。先日の隠密との闘いが、良い方に繋がったな。」

 師匠の言葉に、サムは、戸惑っていた。

 「そうでしょうか。」

 「グレイに勝ちたい、と、一年前は言っておったの。どうじゃ、変わらぬか?」

 「師匠も、グレイも強いし、勝てるぐらいにはなりたいと思うけれど、今は、それ以上に、自分の大切なものを守る為に、強くなりたいと思います。」

 「ほれ。一年前より、サムよ、お前が目指す強さが一段の高みに昇った。じゃから、腕が上がったのじゃ。」

 「俺は…。もっと強くなりたいです。」

 「ああ。頑張れ。お前は、これから、まだまだ強くなれるじゃろう。自分の為ではなく、人の為に強くなりたいと思う限りな。」

 「でも、もうすぐ帰らなきゃいけない。修練が、出来なくなる。」

 「やろうと思うならば、修練はどこでもできるぞ。ここでなければ出来ぬ訳では無い。」

 「また、いつか。ここに帰るまでに、俺、強くなります。」

 サムの瞳の輝きが増した。

 「師匠。サムだけですか?」

 ルークが、羨まし気に聞く。

 「いや、お前達全員、ここに来た頃より格段に腕は上がったよ。」

 その言葉に、四人の顔がほころんだ。


 「源太殿。ようやく、『えにし』の製法の極意が掴めましたぞ。」

 錬成箱、と源太が名付けた箱の蓋を開き、出来上がったばかりの『えにし』の確認を終えたマルジンが、嬉し気に言った。

 他の開発部員達の顔にも、自信が溢れている。

 日本語の古文書を解読し、事細かに製造工程を記録し、失敗の度にその原因を突き詰めてきた艱難辛苦の日々が、開発部員全員の胸の内を去来していた。

 何度、挫けそうになった事か。そして、その都度、里の職人が丹念に教えてくれ、共に新しい工夫を考えてくれた。『えにし』の里は、開発部員に取って、第二の故郷のような存在になっていた。

 「ここまで、本当にありがとう。」

 マルジンの目には、涙が浮かんでいた。

 「いや、お国に戻られるまでに、あと一息。量産方法の再検討と品質維持の再検討。頑張りましょうぞ。」

 源太も、幼い頃から取り組んできた『えにし』の量産の苦労を思い出し、長い年月に思いを馳せていた。

 トマスとジョセフに命を救われ、エニシの量産の約束を果たし、『えにし』の隠れ里を発展させ続けてきた。

 源太の中でも、何か、大きな山を乗り越えた気がした。そして、この製法が、エウロパに伝わることで、変わり往く世界が、明るくその扉を開いたように思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。