79.最後の一手
最後の一手
作業場に入り、マルジン達が集まっている場所に、サムが向かうと、何人もの口から、思い思いに違う事を問いかけられた。余程、『えにし』の隠れ里に隠密が侵入してきた事を不思議がる者もいれば、その後の隠密の運命がどうなったかを知りたがる者など、一度に答えられるものでは無かった。サムは、思い切って、全ての問いを無視した。
「マルジンさん。『えにし』鋼を使って打たれた日本刀は何振り有りますか?」
「ああ。我々がここに来る前に打たれたものは二振りだそうだ。」
「有難うございます。」
(ナナ、聞いたかい?)
(はい。助かりました。で、その日本刀は今はどこに?)
「その二振りって、今はどこにあるの?」
「ああ、作業場の隅で埃をかぶっている、それ、その二本じゃよ。」
「えらく、粗末に扱われているんだね。」
「ああ、わしらの研究成果を教えたら、ま、当然じゃが、ゴミ扱いになるわな。」
「研究成果?」
「お前も良く知っておろう、『えにし』鋼で造られた刃物では、人に毛ほども怪我をさせられず、命を奪うような使い方をすれば、砂鉄に戻ってしまう、というやつじゃ。
それまでは、巨岩でも分厚い鉄の板でも、簡単に切れる名刀として、大切にされていたらしいが。
昔からこの地では、『タタラ』という製法での日本刀づくりは盛んだったらしい。戦いに役立たない刀は、刀じゃないとさ。」
(良ければ、その二振りを隠密対策に使いたいのですが、今、ここで貰って行っても良いか聞いて見て下さい。)
「その『えにし』鋼製の日本刀、貰って行ってもいいかな?」
「こんなもの、何に使うんじゃ?」
「うん。隠密をだまして帰らせる為に使う。」
「ああ、それなら持って行け。」
里の刀鍛冶が、サムに日本刀を預けた。
(で、この後どうすればいい?)
(源太さんにお願いに行きます。二振りの内、一つは、本間様にお渡し頂き、もう一つは、家老の朝日様に預けます。そして、本間様には、本当の『えにし』鋼製の日本刀は、人を切れない事を話してもらいます。そして、これを里から四千両で買ったと、口裏を合わせてもらいましょう。
朝日様には、藩主への献上品として、この『迷刀』が届いたことを藩主に知らせてもらいましょう。
正月には、将軍から、この刀について、問われる筈だと。)
(ふうん。何だか良く分からないけど、それで里が安全になるんなら、そうしてもらうよ。)
サムは、その足で源太を尋ね、ナナの教えてくれたことを話した。
「成程、それは名案です。役立たずのこの二振りが、里を救ってくれそうですね。
早速、本間様と朝日様に連絡をして、お渡ししましょう。おっと、その前に、こんな粗末な拵えでは持っていけませんね。
五平さん。この二振りの拵えを上等なものに直してください。一つは、藩主様への献上品に致します。」
「かしこまりました。源太様。」
(サム、もう一つ源太さんにお願いしておいて。
まだ、松江の城下で調査をしている女の隠密さんに、四千両の出所が、刀を買った本間様だ、という話をもっともらしく伝えてほしいと。)
「源太さん。あと一つお願いが。今、松江のご城下で金の出所を調べている、女の隠密の耳に入るように、今の噂を流しておいて下さい。」
「ああ、それは、最優先で行わせましょう。サム殿、色々と素晴らしい知恵をお貸しいただき誠に有り難うございます。いやー、本当に助かりました。」
「い、いいえ。そんな。」
サムは、真っ赤になり、顔の前で手を振り、恐縮した。
二日後、源太は松江城下の家老のお屋敷にいた。
「源太よ。この度は、本当に助かった。いきなり、この夏から四千両を銭屋五平が融通してくれると聞いた時は、何がどうなったか分からなんだが。
そうか、里に受け継がれた名刀を売ったとはな。」
「で、この話は、いずれ公儀にも伝わりましょう。その際に、藩主様にご迷惑が掛からぬよう。残りの一振りをここに献上いたしたく存じます。」
「迷惑?なぜじゃ。」
「稀有な太刀でございますれば、隠密より、この太刀を本間様買い取られた事が、伝わるはず。その時に御領主様が知らないという訳には、参りません。」
「うむ、それは道理だが…。」
「では、この剣の力をご覧いただき、お伝え頂けますよう、お願いいたします。」
「それで、本当に良いのか?名人ではなく一介の剣士が試し切りだなどと。」
「だからこそ宜しいのですよ。名人・達人でなくとも岩を断つ事ができる剣ですから。」
「では、始めようか。」
座敷の縁側の戸が開けられ、庭先に一人の武士が控えていた。
「彦十郎。ご苦労である。」
「はっ。」
「早速じゃが、先ほどお主に渡した剣で、そこの巻き藁を切ってみてくれ。」
「承知いたしました。」
彦十郎と呼ばれた武士は、腰に挿した『えにし』鋼の剣を向き放ち、巻き藁へと向かう。
「えいっ!」
気合と共に剣が振り下ろされ、巻き藁は見事に両断されていた。
「ほう、見事じゃな。切れ味はどうか?」
「はっ。素晴らしい切れ味かと存じます。」
「どれ、切れ味が見たい。今、お主が切った巻き藁の切り口を見せてみよ。」
家老に命じられた彦十郎は、地面に転がった巻き藁を拾い、驚いた表情を見せた。
「こ、これは?」
「彦十郎、早うせよ。」
「は、はい。しかし、これは?」
「うむ、良き切れ味じゃ。」
「ですが、ご家老。芯になっておりますこれは…。」
「三寸の鉄棒じゃ。お主が、切って見せてくれたのは。」
「い、いえ。私にはそのような剣技はございません。」
「うむ。お主の技には関係なく、剣が切ってくれたのう。」
「どういう事でございましょう?」
「お主が振るった剣は、地元の刀匠の元に伝わる名剣じゃ。どれ、次は、岩を切って見せよ。そんなに大きい岩でなくとも良い。」
「分かりました。」
彦十郎は、続いて子供の身の丈ほどの岩に向かう。
(ここで、切り損ない、刃こぼれでもさせたらどうしよう。いや、小さな刃こぼれならばまだ良い。剣が折れたら切腹で済むだろうか…。)
彦十郎は、恐ろしい未来を予見しながら、恐怖に震える膝に気合を入れて、正眼に構える。
(そうだ。力を入れなければ、刃こぼれはしても、剣が折れる事はあるまい。力を入れるな…。)
彦十郎は、力の籠らない小さな気合の声と共に剣を振り下ろした。
「おお、見事じゃ。」
家老の声が聞こえ、閉じていた瞼をそっと開いた。その眼前には、信じられない光景が、映っていた。
何と、岩は、真っ二つに切り分けられていた。
彦十郎は、安心の吐息を漏らすと、まだ、その手の中に握られている剣をまじまじと見つめた。
「彦十郎。ご苦労であった。その剣は、鞘に納めてこちらに渡しくれ。」
彦十郎から剣を受け取った家老の朝日は、縁側の雨戸と、障子を閉めさせると、家来を皆下がらせた。
「源太、確かに懐の豊かな、物好きの商人であれば、一振り四千両を支払っても無理のない、業物であったわ。
して、これを殿に献上したとして、次は、どうなる?」
「はい、きっと隠密の報告を聞き、興味を持った将軍様は、この剣に興味を持って、正月の参賀の際にお殿様にお尋ねになります。
その際は、時期を見て、気候が暖まりだした頃に国元より、届けさせる。と、お答えいただければ。」
「フム、やはりそうなるか。心しておこう。大儀であった。」




