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Enisi  作者: 中田 敦
『えにし』の隠れ里編
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78/208

78.三次の黄泉の比良坂

    三次の黄泉の比良坂


 三次が、黄泉の比良坂と呼ばれる場所に到着したのは、そろそろ、夕刻も終わりかける時刻だった。

 そこは、確かに、薄気味の悪い洞窟だったが、中に入ると、ほんの数間で行き止まりになっている。

 地面は、硬い岩の上に、長い年月を経て降り積もって細かな砂に覆われていた。

 「鬼が出入りしてるだって。最近、誰かが入って来た足跡の一つもねえじゃ無いか。お千が聞いたってのは、やはり、ただの与太話か。」

 三次が、興味を無くし洞窟の外へ出ようとした時、何か、違和感を感じ、もう一度突き当りの壁を観察すると、一個の大きな岩だけが、違って見えた。

 「こいつは変だな。」

 三次は、違和感を覚えた岩の側に行き、その岩をしげしげと見て気付いた。

 「こいつ、動きそうだぜ。」

 岩に手を掛けて、力を入れてみる。やはり、そうだ。この岩は動く。

 三次が、寒い日にも関わらず、大汗をかいて岩を動かす。その後ろには、人ひとりなら、這いずれば入って行けるような穴が、口を開けていた。

 「ほう。この奥に何かが隠してあるのか?」

 三次は、用意しておいた明かりに火を灯すと、穴の奥を照らしてみる。

 狭くなっているのは、入り口だけで、すぐに立って歩けそうな広い洞窟が広がっていた。

 「これは、調べねえ訳にいかねえな。」

 意を決した三次が、狭い入り口を這いずって抜けると、やはり、広い洞窟に出た。ずっと奥にまで通じているようだ。

 足元を照らして確かめると、つい最近、誰かが付けた足跡が奥へと続いている。

 周囲の気配に探りを入れるが、誰も居ない様だ。

 明かりを手に洞窟の奥へと進んでいく。かなりの距離を進んだところで、前方に明かりの灯っている場所がある事に気付き、三次は、手にしている火を慌てて消した。

 何人もの声と気配が、明かりが灯された場所に感じ取れる。三次は、自分の気配を完全に殺し、注意深く前方の明かりに近づいた。

 「おや、まだ、お若い男の方が、いらっしゃいましたよ。ささ、遠慮せずにどうぞこちらへ。」

 若い女の艶やかな声に誘われる。何かがおかしい。俺がいる事を気取られたのか?

 いいや。きっと他の誰かに、掛けられた声だったのだろう。

 三次が、もっと前がよく見える位置に移動しようとした瞬間だった。三次は、突然優しく肩を叩かれた。ぎょっとした。背後には、誰もいなかったはず。

 「ほら、遠慮なんていりませんよ。」

 背後を振り返ると、そこには、長い着物の裾を引き摺った、真っ白な肌の妖艶な美女が立っていた。

 三次は、女に手を引かれ、前方の明かりに近づく。見えてきたのは、異様な光景だった。

 身体が腐りかけた鬼の男女が、お互いの身体に齧りつき、食い合っている。恐怖に全身が硬直した。そして、手を引く女も、身体が腐りかけの鬼女に姿を変えていた。

 「死者の国へようこそ。ああ、おいしそうな体だね。」

 三次は、強い力で捕まれた腕を引き剥がすと、来た道を慌てて引き返し始めた。いつの間にか、手にしていた明かりはどこかに行ってしまい、ほとんど何も見えない漆黒の中を手探りで走る。

 「お待ち。この国を見た者を、生者の国に帰らせる訳には行かないよ。お待ち!」

 鬼女が、後ろから他の鬼を引き連れて追いかけてくる。腐臭が、どんどんと強くなる。

 な、何か、逃げる算段を考えなば。三次は、懐を探り、煙幕弾を探り当てると、背後の地面に投げつけた。このまま、逃げた振りをして、物陰に隠れてやり過ごそう。

 「おや、急に何も見えなくなったね。だが、硫黄と硝煙の香りの中に、まだ、旨そうな生者の匂いがしているのは、隠せないよ。

 ああ、こんな狭い所に隠れてたのかい。もう、逃げるのは、諦めたね。」

 鬼女の腐った手が、三次の身体に掴み掛かってくる。三次は、懐の短刀を引き抜くと、その腕に切りつけた。女の腐りかけの手が、二つ、地面に落ちる。

 「あら、痛いじゃない。でもね、こんなものすぐに、ほら、生えて来るんだよ。」

 見ると切り落とした腕の肉が不気味にうごめき、そこから、新しい手が生えだした。

 三次は、また、手探りで出口に向かって走り出す。

 炸裂弾を使い、崩れそうな後方の岩を破壊する。

 「み、見えた!」

 三次はようやく、洞窟の入り口に辿り着くと、狭い穴に頭から飛び込み、這いずり出ようとした。足首を冷たい手が掴む。蹴り飛ばして外すと、ようやく外に出た。

「逃がしはしないよ。お待ち!」

 三次の這いずり出てきた穴から、不気味な声が響き、腕が出てくる。

 三次は、慌てて外へと逃げ出した。

 「あれ、口惜しや。このしめ縄。三次や。この縄を切っておくれよ。ねえ。」

 見えない壁に遮られるように亡者達が、阻まれる。それを見た三次は、自分の気が遠くなって行く事に逆らえず、その場に崩れ落ちた。


 (ナナさんや。やりすぎじゃないかい?地下道と里の記憶を書き換えるだけなら、ここまでの恐怖体験は、必要ないだろうに。)

 (いえ。この地の古代の伝承を元にした、強烈な恐怖体験は、江戸に戻って報告した所で、誰も信じはしないでしょう。三次は、そう考えて、全て無かった事で済ませる筈です。)

 (ナナが、そう言うのなら大丈夫だろうけど、あまりに可哀そうじゃないかい?ほら、失禁までしている。)

 (そんな事より、まだ、未解決になっている問題があります。)

 (何?問題って。)

 (隠密が命じられた最大の命令は、延暦寺修復に際して、四千両もの費用を松江藩がどうやって調達したか?です。

 この問いの答えを持たせなければ、調査は、この後も続くでしょう。)

 (ああ、そうだね。で、何か持たせられる答えはありそう?)

 (サム。マルジンに尋ねて欲しいのですが、『えにし』鋼で造られた日本刀は何振りあるかを。)

 平本とナナのやり取りと、三次という名の隠密の書き換えられた記憶にあっけに取られていたサムは、現実に戻り、慌てて答えた。

 (ああ、マルジン達に聞けばいいんだね。行ってくるよ。)

 サムは、作業場に向かって駆け出した。


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