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Enisi  作者: 中田 敦
『えにし』の隠れ里編
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77/208

77.隠密との対決(四)

      隠密との対決(四)


 「隠密か。どうしものかのぅ。」

 師匠が、顎をさすりながら独り言ちた。隠密の気配は、工房の方へと去っている。

 「師匠。頭の中に聞こえる声によりますと、とりあえず、気絶させてしまえば、隠密の記憶を書き換える事が可能だそうです。」

 サムが、ナナに言われたとおりに師匠に伝える。

 「そうか。気絶させればよいとな。しかし、それが難しい。」

 「師匠でも難しい強敵ですか?」

 「いや。そうではない。あ奴は、わしの力を見て、敵わぬと判断しておる。よって、正面から、わしに挑んでは来ぬじゃろう。少しでも敵わぬと感じたら隠密、忍びは、安全に逃げる事だけを考えるものじゃ。」

 「では、どうすれば…。」

 エドモンドが、そう言うと黙り込んだ。

 「師匠が、少しばかり離れた所にいる事を察知させて、俺たちが、取り囲んで倒せばどうでしょう。」

 イースが、提案する。

 「しかし、お主ら五人が、敵う相手ではないぞ。」

 「せめて、こちらが、来て欲しい場所に誘導するぐらいは出来ませんか?」

 マシューが、自信無げに、それでも意見を言う。

 「隠密は、地下道を通ってこの里まで来たとの事です。下手に山中に逃げ込ませず、地下道の入り口に誘導出来れば…。」

 ルークも、顎をさすりながら思案に暮れている。

 「そうじゃのう、多分、お主らが隠密に見られた姿は、今日の鎖かたびらの最も重い物を身に付けて、基本の型のおさらいをしていた頃じゃろう。それが、お前らの実力と見くびっておったならば、何とか成るやも知れんのう。」

 「それでは、俺達、五人だけで隠密と対峙しよう。なあ、みんないいだろ?」

 サムが、勢い込んで、提案する。

 「しかし、本当に戦ってはならぬぞ。隠密は、必要とあれば、いつでも人を躊躇なく殺す奴らじゃ。危ないとなれば、すぐに逃げるのだぞ。」

 「はい、分かりました。師匠。」

 「うむ。念のため、着物の下には、『えにし』鋼の簡易鎧を着用しておくのじゃ。」

 五人は、すぐに準備に取り掛かった。

 (ねえ、ナナ。隠密は今どこにいる?)

 (サムにだけ、特別にちょっと変わった視界を見せて上げましょう。平本さん、お願いします。)

 (了解。)

 平本が答えると同時に、サムの視野が変化した。

 (左の上に見えているのは、この里の地図だ。緑の点が動いているのは、マシューやマルジン達、里に住んでいる者。そして、赤く点滅しているのが、隠密だよ。)

 (すげぇー。隠密は気配を完全に消しているのに、居場所が判るんだ。)

 (気配を消しても、『えにし』から逃れる事は出来ないさ。)

 (これは、便利かも。ありがとう。)


 サムは、他の四人と師匠に、自分の視界が変わった事をどうにか説明し、作戦の指揮を買って出た。

 「師匠は、洞窟の中で気配を殺して潜んでいて下さい。俺達、五人で、隠密を洞窟の中におびき出しますから。

 「隠密は、まだ、作業場の屋根の上にいる。ジュニアとイースで、先ず、屋根の上から、下に移動させてやって欲しい。」

 「ジュニアは、止めろって、何度も言ってるだろ。」

 エドモンドが、怒った風に言い返す。

 「やっぱ、ジュニアの方が呼びやすいよね。屋根の下に落とすのは任せて。」

 イースが、エドモンドを揶揄いながら請け負った。

 緊張感を紛らそうと、口数が多いような気がする。

 「隠密に大怪我をさせないために、武器の使用は禁止な。」

 「わーってるよ。」

 「隠密が屋根から追い出されたら、ルーク、マシュー。二人で洞窟の方向に誘導を頼む。」

 「ああ、任せろ。」

 「もちろん。エドモンドとイースも応援よろしく。」

 「洞窟と、源太さんの家との分かれ道で俺が最後の誘導をする。」

 サムが、みんなの顔を見渡すと、緊張と共に、これまでの修練の成果を試せるという期待に瞳を輝かせている。

 「よし。では、作戦開始!」

 「おう!」

 元気な返事と共に、全員が持ち場に向かって気配を殺して一斉に移動を始めた。


 三次は、屋根の上に潜み、作業小屋の中の様子を探っていた。どうやら、『えにし』と呼ばれる、黒い玉石を造っているらしい。出来上がった物を一つ一つ、職人が手に取り、色と大きさを確かめている。

 「うーん。まだ、二十個に一個は赤くなってしまうな。」

 「なかなか難しいですね。せめて百個に一個の割合まで、精度を上げられないと…。」

 「赤色の『えにし』になってしまう原理が解明出来れば、…。」

 あれは、見慣れねぇ代物だが、何かな?

 せめて、一個だけでも持ち帰る事が出来れば、何かの証拠になるんじゃねぇか。

 三次が、色々と思い悩んでいた所に、突然、背後に気配が現れた。

 「隠密殿、調べはそこまでにしてもらおうか。」

 「ああ、大人しく捕まってもらえると助かる。手荒な真似はしたくないんだ。」

 若さが抜けきらない声のした方をゆっくりと振り返ると、昼間遠くから見かけた異人の若者の内の二人だった。

 三次は、短刀を抜き放ち構えを取る。

 「あ~あ。やっぱり大人しくしてもらうのは無理か?」

 「そうだね。」

 「では、行きますか。」

 そう言った若い異人が、一斉に向かってくる。得物は持っていない様だ。

 一人目が間合いに入ったところで、三次は、必殺の一撃を放った。

 「カキン。」

 間違いなく、首筋を切っていたはずの刀は、防御もされてはいないのにはじき返されていた。背後からもう一人が三次の身体を捕えようとしてくる。

 三次は、身をひねり、羽交い絞めにしようとしてきた敵に、拳を放った。しかし、これは、片腕で軽くいなされてしまう。

 (この狭い屋根の上じゃ、こっちが不利かな?)

 そう咄嗟に判断した三次は、作業小屋の前方に飛び降りた。

 「よう、マシュー。こっちにも出番が回ってきたぜ。」

 地面に降り立つまでは、微塵も気配を感じなかったが、作業小屋の入り口を守るように別の異人の若者が、二人立っていた。

 三次は、懐に隠した手裏剣を二人に向かって、同時に投げつけた。

 「無駄だよ。そんなもの。」

 本来なら、心の臓に突き立っていたはずの手裏剣は、相手の身体に当たって、そのまま、下に落ちている。

 「気絶させればいいんだよな。先にやるぜ。」

 一人が威勢よく襲い掛かってくる。猛烈な拳打と蹴りの襲撃に守勢に回ってしまう。

 (本当に、昼間見た異人共かよ。昼間は、あんなに動きが、トロかったのに。)

 戸惑った三次の側面から、もう一人が攻撃を仕掛けてくる。

 反射的に三次が放った拳は、勢いを削がれ、危うく腕を取られそうになる。

 三次は、飛び退り、二人から距離を取った。しかし、そこに待ち受けていたのは屋根の上に居た、あの二人だった。

 何とか攻撃を凌いだ三次は、脱兎のごとく道を駆け下った。

 「お待ちしてました。」

 道が分かれ、少し広くなったところに、最後の一人が悠然と立っていた。

 三次の心に、猛烈な怒りと殺気が膨らんだ。

 

 サムは、これまでに味わったことの無い恐怖を感じていた。

 さっきまでは、上手く行けば倒せる、という、根拠の無い自信に満ちていたのに、隠密の姿が、全く異なる化け物に見えていた。

 それでも、怯む自分を鼓舞して、攻撃を開始する。

 まず、距離感を正確につかむために、軽いが速度のある拳で、敵の顔面を狙う。

 しかし、ことごとく紙一重で避けられ、逆に、こちらが顔面に拳を貰っていた。

 拳に打たれて、膝を付いたように見せかけ、しゃがんだ姿勢で、鋭く足払いを掛ける。

 だが、これは、後ろにトンボを切られ、避けられた。

 サムは、低い姿勢から地面に降り立とうとしている足元に突進した。

 隠密は、どのような技を使ったのか、逆に、姿勢を低くしたサムの頭の上に着地して、サムは、顔面を地面にめり込まされた。

 「まだまだよ。わしの敵では無いは、若造!」

 (サム、すぐに起きてください。この道を進まれると、源太の家が襲われます。)

 口に入った土の塊を吐き出したサムは、慌てて立ち上がると周囲を見渡した。確かに隠密の背後にある道は、源太の家につながる道だ。

 よろよろと、ふらつきながらもサムは、隠密につかみかかろうとした。

 (何としても、源太達は守らなければ、だが、とても勝てそうな気がしない。)

 (平本さん。サムに少し力を貸してもよろしいですか?)

 (ナナ、何をするつもりだ。)

 (潜在能力を少し解放します。)

 (サム、聞いてくれ。今からほんの少しの間、君のスピードと、筋力、それと、早い物を見切る力を増やしてあげる。その力で、隠密を洞窟の方へ押し戻すんだ。)

 頭の中の言葉を聞いた時、港で謎の盗賊と戦った時のことをサムは、思い出した。

 「ありがてぇ。」

 サムは、隠密の正面にあり得ない速度で間合いを詰め、敵が驚愕した隙をついて背後に回り込む。そのまま、羽交い絞めにしようとしたが、紙一重で避けられた。

 間を置かず、続けて拳打を放つと、今度は面白い様に顔面を捕える事が出来た。隠密の動きがとても遅く見える。

 隠密は、サムの突然の変化に戸惑いを見せると、洞窟側に後退した。

 祠の脇に追い込んだ所で、ルーク達四人が応援に駆け付ける。

 状況の不利を見て取った隠密が、洞窟に走りこんだ。

 「ドサリ。」

 人の身体が、地面に崩れ落ちる音がした。

 「お主ら、遅いぞ。この程度の敵に手こずるとは、情けない。今一つ、修練を厳しくせんとな。」

 気を失った隠密を肩に担ぎ、師匠が洞窟を出て来て言った。


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