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Enisi  作者: 中田 敦
『えにし』の隠れ里編
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75/208

75.隠密との対決(二)

    隠密との対決(二)


 三次が、黄泉の比良坂と呼ばれる場所に到着したのは、そろそろ、日の沈む時刻だった。

 そこは、確かに、薄気味の悪い洞窟だったが、中に入ると、ほんの数間で行き止まりになっている。

 その時、三次は地面の上に残された足跡に違和感を覚えた。明らかに、幾つかの足跡は、突き当りの岩壁の向こう側に消えているように思われる。

 「こいつは、何かあるな。」

 突如、地の底から何か重たい物が動く気配がした。三次は、慌てて脇に飛びのくと、岩陰に潜み、気配を消した。

 三次が、気配を消すと同時に、突き当りだった岩壁が後ろに下がり、壁が二つに割れ、その奥から光が漏れだす。

 息を飲んで見つめる中、二つに開いた岩壁から、二人の男が歩き出して来た。そのうちの一人が、左右に分かれた岩壁の脇で何かを操作し、扉は、不気味な音と共に閉じられて行った。

 出てきた男の内、一人は、身の丈が、優に六尺を超す、がっしりとした大男。武芸者らしき服装で、深編笠を被っている。

 あとの一人は、百姓にしては小ざっぱりとした出で立ち。村おさ、と言ったところか。

 二人の男は、慣れた様子で洞窟を抜けると、外へと立ち去って行く。

 二人の気配が遠くに消えるまで身を隠し、気配を絶っていたいた三次は、

 「やれやれ、面白いものを見つけたな。もう暫く、ここを見張っていりゃ、もっと面白くなりそうだぜ。」

 そう、小さく呟くと、ニヤリと笑った。


 グレイと源太は、地下道を抜けると、『えにし』の隠れ里の手の者が営む、渡し船で境港へと向かった。

 港に着いた所で、外海用の船の手配を済ませた源太は、里へと戻って行く。

 グレイは、乗り換えた船で、隠岐の島へとすぐに出発した。

 港にいた里の手の者の話では、隠密と思われる商人風の男は、今日の夕刻には隠岐の島に到着している筈だ。

 隠岐の島へと向かう船に揺られながら、グレイは、胸騒ぎを覚えていた。

 (ブラックスワン号が、西洋船だとは、すぐには思えないだろう。だが、もし見られていたらどうする?

 やはり、始末するか?いや、隠密が戻らないとなれば、公儀はしつこく調べを繰り返すだろう。だが、ブラックスワンを今、出航させるには、水夫の数が足りていない。どうすれば…。)

 (グレイ。お困りのようですね。)

 (ああ。ナナ、困ったよ。)

 (もし、船が見つかっていたとしても、私達で何とか出来ますよ。)

 (ナナは、また、そう軽く言うかな?

 例によって、俺に無茶を言うんだろ?)

 (無茶ではありませんよ。平本さんが相手の精神に同調している間に、偽の記憶に書き換えるだけですから。)

 (そういう違法な事を企んでいるんだ。

 人の記憶に干渉なんて、やってはいけない事だと思うぞ、俺は。)

 (でも、平本さん。ここで、隠密さんの命を奪う事は、したく無いでしょう?

 それに、隠密さんが、無事に報告に戻らなければ、『えにし』の里に危険が及びます。)

 (う、うーん…。)

 (平本、俺からもお願いする。俺も人の命を奪う真似はしたくはない。頼む。)

 (全く、俺は、どんどん悪の大魔王に近づいて行っている気がする…。今回限りだよ。)

 (では、よろしくお願いします。)


 境港から、源太が地下道の入り口まで戻った時には、日が昇り始めていた。

 「やれ、やれ。これから後、四里の道のりか。」

 独り言を言いながら、慣れた手つきで扉を開き、中に入る。

 その様子を岩陰に隠れ、気配を殺した三次が見つめる。

 十分に時を待った三次が、岩陰から現れると、源太の触っていた辺りを調べ始める。

 「ふーん。こいつは凝ったカラクリだ。こうかな?」

 三次が、岩の一つを動かすと、例の不気味な音が響き、岩壁が分かれる。

 素早く中に入った三次が、地下道の脇の壁に描かれた印を押すと、扉がピタリと閉じた。

 「こりゃ、驚いた。何だいここは?」

 壁や扉を触ると、何らかの金属で出来ている事が判った。

 「黄泉の比良坂といやぁ、昔話の神様が、死者の国に行ったときに辿った道だよなぁ。ここも、死者の国につながってやがるのかな。ま、そん時は、地獄の鬼を返り討ちにして戻って来るまでよ。」

 三次は、懐に忍ばせた武器を確認すると、一本道を音も無く進み始めた。


 商人に身をやつした藤次が、隠岐の島に辿り着いたのは、日も暮れ始めた頃だった。

 今晩は、ここで宿を取り、聞き込みをする事にした。

 小さな居酒屋を見つけると、藤次は中に入り、にこやかに愛想を振りまくと、口の軽そうな男達を見つけ、たらふく酒を奢ってやる。

 噂の場所の目星は付いた。ここから、真っ直ぐで二里ほどらしいが、道もなく険しい山が立ちふさがっているらしい。

 「いやー。船でねぇと見えねえぞ。」

 話をしてくれた男はそう言っていたが、翌朝、藤次は、森に入りすぐに忍び装束に着替え、背の高い木立にスルスルと昇って行く。

 辺りの景色と方角を木の上から見定めた藤次は、木の枝を伝い、目的の方角に向かう。

 一刻も過ぎた頃には、それらしき崖を見つけ、切り立った岸壁から下を覗き込む。

 鍛え抜かれた藤次の眼力は、すぐに怪しい物を見つけ出した。

 「何だ、ありゃ?」

 海上から見つからないように、巧妙に鉢に植えられた木々で隠されてはいるが、白い平らな板が敷かれているのは、上から覗くと何とか見いだせる。

 「これは、降りて見るしかないな。」

 藤次が、猿のように絶壁を降りて行く。ようやく、平たくなった白い板の上に降り立った。

 「何だ、こいつは。おや、扉がある。」

 扉を見つけた藤次が、何とか開けようと試みるが、どうやっても開けられない。懐のクナイを取り出し、隙間をこじ開けようとするが、傷一つ付ける事も出来なかった。

 「ありゃ、ギヤマンの窓か?」

 藤次が、扉と格闘を諦め、改めて周囲の様子を窺うと何か光るものを少し離れた所に見つけた。

 「ありゃ、何だ?」

 ガラスの板に取り囲まれた部屋の中には、羅針盤と舵輪が見て取れた。ガラスなら割れるかと考えた藤次が、クナイで叩き割ろうとするが、全く歯が立たない。

 「これが、船、それも西洋の船だったらしい事は、分かったが…。ここまで調べりゃ、報告しても叱られはすまい。」

 船上で二刻も扉や窓を相手に格闘を続けていた藤次は、自分にそう言い聞かせると。来た道を引き返した。


 (グレイ。どうやらブラックスワン号は発見されてしまったようですよ。)

 隠岐の島に降り立ったグレイに、ナナが伝えた。

 (隠密は、今どこにいる?)

 (ここから五マイルと少し離れた山の向こうの海岸線、いえ、ブラックスワン号の甲板上ですね。)

 (すぐに向かおう。)

 (駄目ですよ、グレイ。今は、隠密がこちらの近くに戻るまで待って下さい。)

 (何故?)

 (グレイが、隠密の男を肩に担いでここまで運ぶ気があるなら止めませんが。山中には他の人間はいないようですし。)

 (そうか。では、隠密がこの近くに戻るまで、のんびり待とうか。)

 (平本さん。いつもの映像で、隠密さんの位置をグレイに見せて上げて下さい。)

 (うん。分かったよ。)

 平本の返事と共に、グレイの視野が変化する。

 (うむ。敵の位置は、分かった。まだ、随分と遠いな。)

 小さな港に立ち止まっているのも、不審がられると、グレイは、隠密の帰ってくる、であろう経路上の森の中に静かに身を潜めた。

 隠密は、平本とナナが出してくれた視界の地図上を恐るべき速さで動き出した。

 (ああ、やっと動き出したな。木の上を伝いながらの移動か。見事な体術だ。)

 グレイは、その移動速度を見ながら感心して呟く。

 (これは、心してかからないと、簡単には倒せそうにないな。)

 そう感じ取ったグレイは、隠密が地上に降りると思われる木の付近に隠れられる場所を探し出し、気配を完全に殺して潜む。

 隠密は、木の葉の音も立てずに、地上に降りてきた。

 地面へ、静かに足を着く寸前の、防御が最もおろそかになった瞬間、グレイは襲い掛かり、首筋を一撃して、隠密を昏倒させた。

 (お見事です。隠密さんは、自分が攻撃を受けた事にも気付かず、眠っています。平本さん、お願いします。)

 ナナの合図で、平本は、隠密の神経系と同調を始め、瞬く間に乗っ取った。

 そこに、ナナが、隠密の持っている記憶の書き換え作業に入る。

 (はい、終了しました。隠密さんは、崖下で腐りかけた鯨の死体が打ち上げられている姿を見て、その酷い匂いに辟易しながら、調査を完了しました。

 そして、こちらに戻り、気を抜いた一瞬に手足が滑り、地面に落ちて気を失っています。平本さんが同調をとくと、すぐに目覚める事になります。)

 (よくもまあ、そんな偽の記憶を簡単に創作するな。感心するよ。)

 平本が、あきれたように考えていると、

 (では、すぐにここを立ち去ろう。俺の存在に気付かれると厄介だ。)

 グレイは、そう考えると、すぐに森を音も無く抜け出した。


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