74.隠密との対決(一)
隠密との対決(一)
「源太様。本間様より書状が届いております。」
「ああ、五平、ご苦労様。ありがとう。」
五平から手紙を受け取った源太は、すぐに封を開いてみる。
そこには、「例の者、江戸を発ちました。」
と、簡素な一行が記されていただけだった。
源太は、家を出ると山の上へと向かう。
時の流れは、速いもので、少年達がこの地で修練を始めてから、一年と半年が過ぎようとしていた。
そろそろ、年の瀬だ。少年だと思っていた五人も、もう既に立派な若武者へと変貌している。
広場に出ると、源太は、師匠とグレイの姿を探した。
「お師匠様、グレイ殿。修練の最中にお邪魔して申し訳ありません。」
「いや、構わぬよ。」
「源太殿、如何されましたか?」
師匠とグレイが答える。
「本間様より、文が届きまして、とうとう、隠密がこちらに放たれたようです。」
「そうでしたか。」
師匠が、試すようにグレイに尋ねる。
「グレイ、どうする。」
暫く、顎に手を当てて思案していたグレイが答えた。
「今すぐに、この里に来る事も無いでしょう。暫くは、松江藩の城下町で、探りを入れるだけになるかと思います。
源太殿、里の手の者で、御城下をそれとなく見張って貰えないでしょうか?先ずは、相手の顔と、人数を調べましょう。」
「分かりました。すぐに手配いたします。」
「よろしくお願いします。」
源太は、山を下ると、家に入り、五平にグレイの依頼を伝えた。
「承知しました。源太様。すぐに。」
五平は、家を出ると静かに森の奥に消えて行った。
「ああ、松江は遠いね。京都から日本海へ抜けて、そこから三日もかかったよ。」
鳥追い笠と、三味線を脇に置いた、色白の女が愚痴を言う。
「文句をなら、頭目に言いな。俺に愚痴られても仕方がねえ。さ、明日はいよいよ松江に入る。気を抜くんじゃねえぞ。」
薬箱を背負う男が、女をたしなめる。
「私も海路にするんだったかねぇ。」
「俺は、海路は勘弁だ。どうも船に揺られるのには馴れねえ。」
焚火に薪を加えた男に、女が尋ねた。
「明日は、どんな手筈で動く?」
「お前は、城下で出来るだけ噂話を仕入れてくれ。
俺は、お武家の様子を探る。船で来る三次は、回船問屋がらみに探りを入れる。」
「あいよ。つなぎは、いつも通りでいいね。」
串に刺し、焼きあがった川魚を齧りながら男が答えた。
「おう、そうしてくれ。」
「源太様。ちょっとよろしいでしょうか?」
五平が、夜になってから遠慮がちに声を掛けてきた。
「どうかしましたか?」
源太は、久しぶりに師匠とグレイを相手に晩酌をしている。
「はい。例の隠密ですが、それらしき者が見つかったと、里の手の者より連絡がございました。」
「そうですか。どのような人でしょうか?」
「富山の薬売りの男と、女芸人、そしてあと一人は商人でございます。」
「三人もおりましたか。間違いは無いのでしょうか?」
「今も監視の者を付けて見張らせております。」
「で、三人とも今は、松江のご城下ですか?」
「はい。色々と聞き込みをしておるそうです。」
「師匠、グレイ殿。如何いたしますか?」
「何も情報が見つからずに帰ってくれるのならば、下手にこちらから手を出す必要は無いでしょう。」
「承知しました。このまま、監視を続けさせます。」
境港の近くの漁師小屋に夜中、隠密の三人が集まり、これまでに集めた情報を話し合ってていた。
「お千。お前さんの方じゃ、なんか面白い話は無かったかい?」
鳥追い笠を被り、顔を隠した、お千が答える。
「あんまり、いい話は拾えなかったよ。ここいらじゃ、神様の話と黄泉の国から来た鬼を見かけた、なんて与太話くらいだね。」
「俺は、家老の朝日様の周辺を探ってみたが、あんまり、悪い噂も聞けなかったよ。飢饉の年も、御囲米を使って、領国の民を救った偉いお人らしい。」
「じゃあ、俺だけかよ、収穫があったのは。」
「何だよ。収穫って?」
三次が尋ねる。
「その、お偉いご家老様と、金沢の両替商の銭屋が、かなり関係が深いらしい。四千両の出所も銭屋が絡んでいるんだとさ。
それと、もう一つ。隠岐の島の崖っぷちにおかしな物が現れたそうだ。」
「おかしな物?何だい、それは?」
「ああ、何か、でかい物が崖の下に隠されている、って話だけで、正体は分からねぇ。」
「それじゃ、話にならねえだろうが。お前ぇ、隠岐の島に行って見て来いよ。」
「そう来ると思って、もう明日の朝、出る船の段取りは付けてある。」
「そいじゃ、そっちは任せた。」
「鬼が出た場所は、判ってるのかい。」
「ああ、東出雲の黄泉の比良坂って言われている所らしいね。地元じゃ知らない奴はいないらしいよ。」
「じゃあ、おいらは、そっちを見に行くとしよう。お千は、街中で銭屋について聞きこんでくれ。」
「あいよ。鬼の方じゃなくて良かった。くわばら、くわばら」
里の手の者が監視している内の一人は、今朝、隠岐の島に向かったそうだ。
「ブラックスワン号に目を付けられたか。」
グレイは、思案に駆られていた。その時、頭の中に久しぶりの声がした。
(グレイ、お久しぶりです。)
(おお、ナナ。来てくれたのかい。平本も一緒だな。)
(はい。何かお力になれそうでしょうか?)
グレイは、現在の状況を頭の中に思い浮かべる。
(状況は、理解しました。隠密が、何も目ぼしい情報を手に入れられずに帰ってくれることが最善のようですね。)
(そうなんだが…。)
(隠岐の島ですか。顔も分からなければ手の打ち様が有りませんね。)
(俺が出向いて、対決するしかないか。)
グレイは、頭の中で、ナナとの会話を一旦終えると、側にいる源太に言った。
「私が、隠岐の島に行って、対応しようと思います。船の手配をお願いできませんか?」
「承知しました。例の地下道を抜けて、港に参りましょう。」
グレイと源太は、その日の内に出雲へと向かった。




