71.黄泉の比良坂
黄泉の比良坂
全員が、森を抜け、暗い洞窟の中に入った。源太が奥へと進み、突き当りの岩壁に手を当てると、その手を少し動かした。
小さいが、不気味な響きを立ててどこかで機械が動く。
突き当りだった洞窟の壁が全体に、少し後ろにずれ、壁が中央から開き、丸い天井の地下道が現れた。
「さ、皆様。お早く中へお入りください。」
源太が、日本語で喋ったことをグレイが、英語で言い直し、皆を中へと入らせた。
源太は、地下道の入り口の脇に描かれた印に手を当て、地下道の扉を閉じた。
「おお、見事な地下道だ!エニシ鋼をこのように崩落防止用にはめ込むとは!扉を動かしていたのは、蒸気タービンですな。素晴らしい!」
マルジンは、地下道の扉が閉まりきるなり、興奮して早口で喋り始めた。
他の開発部員も地下道のあちこちを触り、驚愕の声を上げる。
源太が、左右の壁の扉を開け、小部屋に案内する。
「さて、夕餉が遅くなりましたが、こちらに握り飯と香の物をご用意いたしましたので、お食事をお取り下さい。」
グレイは、それぞれの言葉を相互に訳して行く事で忙しい。
「さあ、とりあえず、腹ごしらえだ。」
左右の部屋に別れ、テーブルの上に置かれた握り飯を物珍し気に手に取り、眺めた後、齧りついたサムが、その旨さに感動の声を上げる。
「こいつは旨いぞ!イース、ジュニア。食ってみろよ!」
胡散臭げに握り飯を手に取り、眺めている二人に、サムが勧めた。
「お、ホントに旨いな。」
「うん。これは美味しいよ。」
既に、ルークとマシューは、二個目に手を伸ばそうとしている。
その様子を見ながら、イースとエドモンドが恐る恐る、一口目を齧る。
「あ、ホントだ、美味しいよ。これ。」
イースは、ほんのりと口に広がる米の甘みと、塩の旨さに感じ入っていた。
エドモンドは、感想を述べる間もなく、憑りつかれた様に、片手に握り飯、もう片手に漬物の大根を持ち、交互に齧りついていた。
「お前ら、もう少し行儀よく食事が出来んのか。」
グレイが、あきれたように小言を言う。
一方、向かいの部屋では、開発部員たちが、握り飯を片手に、部屋の隅に設置された蒸気機関の仕上がり具合に見入っている。
「うむ。トーマス達に送っておいた図面よりも更に工夫がされている。源太殿、これを造ったのは、全部トーマス達ですか?」
マルジンが、まだ、ぎこちない日本語で源太に尋ねる。
「最初の一台目は、彼らが、送られてきた図面に従って作ったのですが、それを見ておりました、里の鍛冶職人と、細工職人が面白がりまして、そこからは、ほとんどその職人達が作りました。
で、その作り方に慣れた職人たちが、削岩機が出来ると、地下道の壁と天井をまとめて作れば良いと、この地下道の造りを提案してくれましたよ。
おかげで、四里を超す地下道は、二年がかりの予定が一年で出来上がりました。」
「そうですか。里に着きましたら、その職人たちに紹介してください。ぜひとも色色とお話がしたい。」
「ぜひ、『えにし』の使い方など、色々とお教えください。彼らも喜びます。
しかし、職人たちは英語を話せません。大丈夫でしょうか?」
「なに、私たちが日本語をもっと覚えればよいのですよ。大丈夫です。」
「源太殿。そろそろ里に向かいませんか?」
食事と『えにし』の話題に夢中になりだした開発部員達を呼びに、グレイが、顔を出した。
「おお、そうですな。お若い方たちは、食事は済みましたか?」
「ええ、握り飯と漬物に夢中で、あっという間に食い尽くしました。有難うございます。」
「では、参りましょうか。」
源太は、立ち上がり、荷物をまとめた。
「ここから四里ほどですが、上り坂が続きます。」
「マルジン以外は、まだ若く体力には自信がある連中です。」
「グレイ。わしを年寄り扱い、せんでくれ。わしとて、若いものには、まだ負けぬよ。」
マルジンが、不満そうに言い返し、一行は、歩き始めた。
「そう言えば、先ほど入り口が開かれていた場所は特別な所なのですか?」
道中にグレイが、源太に尋ねる。
「はい。あの場所は、黄泉の比良坂と申しまして、あの世につながる道と、皆に怖れられております。」
「そうなのですね。道理で、周囲に人家も少なく、人も少なかったのですね。
この大人数をどのように里まで見つからずに連れて行ったものかと、心配していたのですが。」
「地元の民も、暗くなる頃には、誰も恐れて近寄りません。」
「上手い事を考えられましたね。しかし、問題には成りませんか?」
「なに、どうせ只の言い伝えに過ぎません。まあ、こちらに取っては、好都合ですが。」




