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Enisi  作者: 中田 敦
『えにし』の隠れ里編
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69/208

69.遠い日の思い出

   遠い日の思い出


 「嫌だよ~。行かないで!ジョーイ。行っちゃ駄目だよ~~…」

 涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らして泣き叫ぶシェリー。

 「ごめん。シェリー。泣かないで。もう行かなきゃ。」

 ジョーイは、、小さな手でしがみつく、シェリーの肩を抱きしめる。

 「駄目だよ、置いて行かないで。」

 小さな手をそっと引き剥がす、ジョーイの目にも涙が光っていた。

 「それでは、出発するぞ。」

 黒い服に黒髪の青年が後ろから声を掛けた。

 「はい。グレイさん。」

 シェリーの細い体をルイスに託して、ジョーイは立ち上がった。


 久しぶりに昔の夢を見た。シェリーは、まだあの修道院にいるのかな。

 ベッドから起き上がったジョーイは、頭を振り、昔の夢を頭の中から追い出そうとした。

 「ジョーイ。大丈夫か?」

 「ああ、アイザック。昔の夢を見ていたんだ。小さなシェリーの夢を。」

 「そうか。」

 アイザックは、そっけなく相槌を打つと、顔を洗いに部屋を出て行った。

 「ジョーイ。そろそろ朝食の時間だぞ。準備をしておけよ。

 トーマスも、そう言うと部屋を出て行く。

 ジョーイは、大急ぎでベッドを片付け、着替えを済ませるとその後を追った。


 ジョーイが食堂室に入った時、中から大きな驚きの声が聞こえてきた。

 「エー!アイザックさんは、俺達と同じ修道院にいたんですか?」

 アイザックの向かい側に座り、朝食のパンを齧りながら、大きな声を上げていたのは、昨夜、紹介されたルークという少年だった。

 彼らは、ジョーイ達と入れ違いに『えにし』の里に送り込まれるらしい。

 「ああ、俺とジョーイは、ルイス先生の居られた修道院の出身だ。」

 「シェリーからは、船に乗せられて、どこか遠くの国に売られて行った、って話を聞いた事があるよ。」

 「アイザック。ルークは、ルイス先生の教え子なのかい?」

 朝食を貰い、アイザックの隣に座ったジョーイが、アイザックに声を掛けた。

 「ああ、そうらしい。」

 「おはようございます。ジョーイさん。」

 ルークが元気に挨拶をした。

 「やあ、おはよう。ルーク。今朝、目覚める前にシェリーの夢を見たんだ。あの子は元気なのかい。」

 「はい。元気過ぎる位ですよ。孤児院じゃ皆、シェリーに顎で使われていました。」

 「へえ、あの小さな、泣き虫のシェリーからは、想像できないな。」

 「俺と、サムとマシューは、同じ修道院にいたんですよ。

 俺は、シェリーと同い年ですが、俺が、訓練でシェリーに勝てるようになるまで、一年かかりましたからね。

 いやー、あの一年間はシェリーが、悪魔の様に見えてましたよ。」

 ルークが、朝食のパンを齧りながら言った。


 その時、遠いイギリスの孤児院では、シェリーが、大きなくしゃみをしていた。

 「誰か、私の悪口を言ってるわね。きっとルークだわ。」


 「そうか。懐かしいな。修道院を出る時に、シェリーが、行くなって、泣き叫んで大変だったんだよ。」

 「あのシェリーが、ですか?いやー、想像もできませんね。俺が、ようやくシェリーに訓練で勝てるようになった後は、サムとマシューをコテンパンに、いたぶってました。」

 ジョーイは、遠い昔の思い出の中のシェリーの姿と、今聞いたルークの話とのギャップに思わず吹き出していた。

 「ほんと、想像できない姿だな。あの小さな泣き虫さんからは。」

 そこに、マシューとサムが、朝食を乗せたトレイを手に加わった。

 「誰がシェリーにいたぶられていたって?」

 サムが、心外そうに言う。

 「でも、サム。あのシェリーに逆らう度胸は無かったろ?」

 マシューが、追い打ちをかける。

 「ああ、そんな事をしたら、飯抜きになりかねないからな。」


 シェリーは、再び大きなくしゃみをした。

 「あら、風邪でも引いたかしら?ううん、やっぱり、ルークのせいよ。あの馬鹿が、変な噂話をしてるに決まってる。

 いつか、帰ってきたらお仕置きが必要ね。」


 マシューが、呟くように言った。

 「ルーク。そんな事を言ってると、今度、シェリーにあったら、もっと恐ろしい目にあわされるよ。」

 「シェリーは、いつも俺達に、優しくしてくれたよ。」

 と、サムが、懐かしそうに言った。

 「アイザック、今の話、どっちが想像できる?」

 ジョーイが、隣で聞いていたアイザックに尋ねた。

 「いや、どちらも想像がつくね。シェリーは、あの小さな体の中に、強い、でも優しい心をいつも持っていたからな。」

 ジョーイは、改めて今朝の夢を思い出し、小さなシェリーを懐かしんだ。

 「ああ、そうだな。あの子は、本当に強くて優しい子だったな。」

 「もうすぐ、俺達は、あの子のいる場所に帰るんだ。再会が楽しみだな。」

 珍しく、アイザックが、感情を表して、ジョーイに言った。

 「ああ、帰って、成長したシェリーに会う楽しみが増えたよ。ありがとうな、ルーク、マシュー、サム。」

 「シェリーに有った時には、俺達が、元気にしていたと伝えてください。」

 マシューが、ジョーイに頼むと、

 「ああ、分かった。きっと伝えるよ。」

 食事を終えたサムが、ルークとマシューを促して、席を立った。

 「さあ、仕事に戻ろうぜ。じゃ、アイザック、ジョーイまたゆっくり話を聞かせてください。」

 「また今度な。」


 「元気な坊主達だな。」

 ジョーイが、素直に感想を口にすると、アイザックが言った。

 「あいつらなら、里での修行について行けそうだな。」

 「どうかな?師匠の修業は厳しいからな。」

 里での修行に何度も音を上げていたジョーイが、少し、懐かし気に答えた。

 「いよいよ、イギリスに帰るんだな。」

 「ああ。」

 「アイザックさんよ、もう少し、何か感想は無いのかな。やっと帰られるんだぜ?」

 「何を言えばいいんだ?」

 「相変わらず、人間味が薄いよな、お前は。」

 そう言うとジョーイは、朝食を食べ始める。

 「パンなんて食うの何年振りだっけ?旨いな、ここの食事は。」

 厨房から、顔を出したチャンが言った。

 「私が作る料理は、旨いに決まってるアルヨ。」

 「うん。お美代さんが作ってくれる飯も、旨かったけど、チャンさんの味は懐かしいよ。」

 満足げな表情を見せてチャンは厨房に戻って行った。


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