69.遠い日の思い出
遠い日の思い出
「嫌だよ~。行かないで!ジョーイ。行っちゃ駄目だよ~~…」
涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らして泣き叫ぶシェリー。
「ごめん。シェリー。泣かないで。もう行かなきゃ。」
ジョーイは、、小さな手でしがみつく、シェリーの肩を抱きしめる。
「駄目だよ、置いて行かないで。」
小さな手をそっと引き剥がす、ジョーイの目にも涙が光っていた。
「それでは、出発するぞ。」
黒い服に黒髪の青年が後ろから声を掛けた。
「はい。グレイさん。」
シェリーの細い体をルイスに託して、ジョーイは立ち上がった。
久しぶりに昔の夢を見た。シェリーは、まだあの修道院にいるのかな。
ベッドから起き上がったジョーイは、頭を振り、昔の夢を頭の中から追い出そうとした。
「ジョーイ。大丈夫か?」
「ああ、アイザック。昔の夢を見ていたんだ。小さなシェリーの夢を。」
「そうか。」
アイザックは、そっけなく相槌を打つと、顔を洗いに部屋を出て行った。
「ジョーイ。そろそろ朝食の時間だぞ。準備をしておけよ。
トーマスも、そう言うと部屋を出て行く。
ジョーイは、大急ぎでベッドを片付け、着替えを済ませるとその後を追った。
ジョーイが食堂室に入った時、中から大きな驚きの声が聞こえてきた。
「エー!アイザックさんは、俺達と同じ修道院にいたんですか?」
アイザックの向かい側に座り、朝食のパンを齧りながら、大きな声を上げていたのは、昨夜、紹介されたルークという少年だった。
彼らは、ジョーイ達と入れ違いに『えにし』の里に送り込まれるらしい。
「ああ、俺とジョーイは、ルイス先生の居られた修道院の出身だ。」
「シェリーからは、船に乗せられて、どこか遠くの国に売られて行った、って話を聞いた事があるよ。」
「アイザック。ルークは、ルイス先生の教え子なのかい?」
朝食を貰い、アイザックの隣に座ったジョーイが、アイザックに声を掛けた。
「ああ、そうらしい。」
「おはようございます。ジョーイさん。」
ルークが元気に挨拶をした。
「やあ、おはよう。ルーク。今朝、目覚める前にシェリーの夢を見たんだ。あの子は元気なのかい。」
「はい。元気過ぎる位ですよ。孤児院じゃ皆、シェリーに顎で使われていました。」
「へえ、あの小さな、泣き虫のシェリーからは、想像できないな。」
「俺と、サムとマシューは、同じ修道院にいたんですよ。
俺は、シェリーと同い年ですが、俺が、訓練でシェリーに勝てるようになるまで、一年かかりましたからね。
いやー、あの一年間はシェリーが、悪魔の様に見えてましたよ。」
ルークが、朝食のパンを齧りながら言った。
その時、遠いイギリスの孤児院では、シェリーが、大きなくしゃみをしていた。
「誰か、私の悪口を言ってるわね。きっとルークだわ。」
「そうか。懐かしいな。修道院を出る時に、シェリーが、行くなって、泣き叫んで大変だったんだよ。」
「あのシェリーが、ですか?いやー、想像もできませんね。俺が、ようやくシェリーに訓練で勝てるようになった後は、サムとマシューをコテンパンに、いたぶってました。」
ジョーイは、遠い昔の思い出の中のシェリーの姿と、今聞いたルークの話とのギャップに思わず吹き出していた。
「ほんと、想像できない姿だな。あの小さな泣き虫さんからは。」
そこに、マシューとサムが、朝食を乗せたトレイを手に加わった。
「誰がシェリーにいたぶられていたって?」
サムが、心外そうに言う。
「でも、サム。あのシェリーに逆らう度胸は無かったろ?」
マシューが、追い打ちをかける。
「ああ、そんな事をしたら、飯抜きになりかねないからな。」
シェリーは、再び大きなくしゃみをした。
「あら、風邪でも引いたかしら?ううん、やっぱり、ルークのせいよ。あの馬鹿が、変な噂話をしてるに決まってる。
いつか、帰ってきたらお仕置きが必要ね。」
マシューが、呟くように言った。
「ルーク。そんな事を言ってると、今度、シェリーにあったら、もっと恐ろしい目にあわされるよ。」
「シェリーは、いつも俺達に、優しくしてくれたよ。」
と、サムが、懐かしそうに言った。
「アイザック、今の話、どっちが想像できる?」
ジョーイが、隣で聞いていたアイザックに尋ねた。
「いや、どちらも想像がつくね。シェリーは、あの小さな体の中に、強い、でも優しい心をいつも持っていたからな。」
ジョーイは、改めて今朝の夢を思い出し、小さなシェリーを懐かしんだ。
「ああ、そうだな。あの子は、本当に強くて優しい子だったな。」
「もうすぐ、俺達は、あの子のいる場所に帰るんだ。再会が楽しみだな。」
珍しく、アイザックが、感情を表して、ジョーイに言った。
「ああ、帰って、成長したシェリーに会う楽しみが増えたよ。ありがとうな、ルーク、マシュー、サム。」
「シェリーに有った時には、俺達が、元気にしていたと伝えてください。」
マシューが、ジョーイに頼むと、
「ああ、分かった。きっと伝えるよ。」
食事を終えたサムが、ルークとマシューを促して、席を立った。
「さあ、仕事に戻ろうぜ。じゃ、アイザック、ジョーイまたゆっくり話を聞かせてください。」
「また今度な。」
「元気な坊主達だな。」
ジョーイが、素直に感想を口にすると、アイザックが言った。
「あいつらなら、里での修行について行けそうだな。」
「どうかな?師匠の修業は厳しいからな。」
里での修行に何度も音を上げていたジョーイが、少し、懐かし気に答えた。
「いよいよ、イギリスに帰るんだな。」
「ああ。」
「アイザックさんよ、もう少し、何か感想は無いのかな。やっと帰られるんだぜ?」
「何を言えばいいんだ?」
「相変わらず、人間味が薄いよな、お前は。」
そう言うとジョーイは、朝食を食べ始める。
「パンなんて食うの何年振りだっけ?旨いな、ここの食事は。」
厨房から、顔を出したチャンが言った。
「私が作る料理は、旨いに決まってるアルヨ。」
「うん。お美代さんが作ってくれる飯も、旨かったけど、チャンさんの味は懐かしいよ。」
満足げな表情を見せてチャンは厨房に戻って行った。




